13 再会

 仮置場管理者の会合を終えたあと、楢野の車で柊山は浜松に繰り出した。堅苦しい懐石料理なんかは口に合わないからと、炭焼きレストランさわやかで静岡県民には定番のげんこつハンバーグを食べ直し、時間極駐車場から美神宮殿まで歩く途中、突然、柊山は固まった。視線の先に、ガールズバーの客引きをやっているミニのチェックの女子高制服風ユニフォームを着た女のシルエットが見えた。

 「どうしたのよ。知り合いの子なの」

 「いや、べつに。行こう」

 柊山は女から目を逸らして歩き始めた。女も柊山に気づいたのか、茫然としていた。自信がなかったのか、それとも楢野を柊山の彼女だと誤解して声をかけるのを遠慮したようだった。

 「怪しいなあ、知ってる子よね。まさか、この界隈を総舐めしてんの。やっぱ、親の子なのかなあ」

 「ちがあよ。ババアに挨拶したら、さっさと帰んぞ」

 「やっぱり、うちはやめとく」

 「なんで」

 「ババアの当てつけになんでしょう。うちの方がきれいやし、若いし、それにあのババア、祐介君のこと狙ってるみたいやし」

 「神崎さんは、ただ貸した金を返して欲しいだけだよ」

 「違うと思うなあ」

 「じゃあ、なんで雪乃をくっつけようとしたんだよ」

 「その子がお目当てなのね」

 「違うけどよ、ああいう店は最初についた女をブスでもデブでもずっと大事にしとかねえと信用なくすかんな」

 「なによそれ、遊び人のジンクスってわけ」

 「聞きかじりだよ」

 「やっぱりお邪魔ね」

 楢野は踵を返した。実のところは、柊山が視線を凍らせたガールズバーの子を調べるつもりだった。

 すでに女は路上にいなかった。界隈には風俗店が入った雑居ビルがいくつかあった。適当なビルの2階の制服カフェ・チュチュアにあたりをつけて、入ってみた。

 妙齢の女の1人客は珍しいので、店内に居合わせた全員の視線が集まった。狙いどおり、路上で見た子がカウンターの真ん中で、キャッチしたばかりの3人連れの男の相手を始めていた。楢野はカウンターの隅に座った。

 「いらっしゃい、お姉さん、何にします」可もなく不可もない子が担当になった。大学生か専門生だと思ったが、関心がないから聞かなかった。

 「水割り。それからやめてな、お姉さんて」

 「あ、すいません。じゃあ、なんてお呼びすれば」

 「いいわよ、もう呼んだんやから、お姉さんで」

 「お姉さん、きれいですね。あたしたち、負けちゃう」

 「もとからあんたらと勝負してないわ。そやけど、あの子は結構きれいやない」楢野は目当ての子を見た。

 「でしょう、カヨちゃん、すっごくきれいよね」

 「カヨちゃんて言わはるのね、モデルでもやってはるのかな。あとでいいから呼んでな」

 「わかりました。お姉さんもモデルさんですか」

 「うちは化粧とか面倒臭いほうやから、そういう仕事はムリやわ」標準語が堪能なのに、楢野はわざと京都弁で受け答えを続けた。

 「スッピンでそのレベルだったら、すごいですよ」

 楢野は水割りを舐めたふりをしながら、辛抱強くカヨを待った。人気嬢らしく、なかなか他の客から離れられなかったが、1時間半ほどでやっと客が途切れた。

 「いらっしゃいませ。ご指名、ありがとうございます」

 「あんた、名前は」

 「シオンです」

 「本名なの」

 「ほんとは汐子ですけど、子がつくのはやらないから」

 「うちも莉子やから、子がつくのよ」

 「リコさんなら、かわいいじゃないですか。シオコってださいですよね」

 「あんた、いくつ。高校生やないよね」

 「大学1年です」

 「そう、大学生になったばかりね。震災の翌年に大学生になるやなんて、最悪やね」

 「そうですね」

 「家はどこ」

 「榛原でしたけど、流されちゃいました」

 「ご両親とかは大丈夫やったの」

 「それは…」

 「余計なこと聞いたね」

 「かまわないですよ。みんな聞くし」

 「さっき、路上で、うちの連れの男、じっと見てはったよね」

 「あ、ああ、あの時の」

 「なんで見てはったん」

 「素敵なカップルだなって」

 「うち、あいつの女やないから、安心してな」

 「はあ」

 「ね、ここ、終わったら会えへんかな」

 「アフターは禁止ですから」

 「男やないんやから、いいやない。ちょっと話そうよ。あの男のこと知りとうない」

 「でも、ほんと今日はダメです」

 「ほしたら、いつならいいのよ」

 「明日の昼間なら」

 「わかったわ。携帯教えて」

 「それも規則で。店長、こっちガン見だし」

 「なら、これうちのIDや。ほしたら、明日ランチしよ」

 「わかりました」シオンは楢野が差し出したネームカードをこっそり受け取った。

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