4 蘇生

 「おい、おめえら、いいもんみっけたぜ。上がってきてみな」ヤクザ男がスケルトンになった校舎の4階から顔を出し、物色を終えて校庭に降りていた仲間に呼びかけた。3人は何事かとヤクザ男が待つ4階の教室に上がった。

 窓が破れ、机も椅子もぐちゃぐちゃにつぶれた教室の隅に制服姿の女子高校生が3人、男子高校生が2人倒れていた。逃げ遅れて被災したのだ。

 「な、見ろよ。JKだぜ。セーラー服もどろどろになってねえし、眠ってるみてえだろう」

 「かわいそうになあ。逃げればよかったものを」中年男が言った。

 「なに言ってんだよ。上玉だぜ。女が3人いるからよ、3人でやろうぜ。爺さんはむりだろうから見てろや」

 そう言うとヤクザ男は女子高校生の一人に近づき、下着を脱がせ始めた。

 「こいつ信じらんねえゲス野郎だ。もう付き合いきれねえ。俺は抜けるぜ」中年男は唾棄するように言うと踵を返した。

 「こんなことして霊に祟られてもしらんぞ」爺さんも中年男に従った。

 「霊なんているもんかよ。これから女になるってときに死んだんだ。女にしてやんのがせめてもの供養ってもんだろう」

 ヤクザ男はズボンを踏み抜き、女子高校生の両脚を抱え上げた。

 「おめえはやんねえのか」柊山がまだ残っているのを見てヤクザ男が言った。

 「やるわけねえけど屍姦てのがどんなものか見たことねえからな」

 「やってみればいいじゃねえか。そっちの二人おめえにくれてやっから好きにするさ」

 「あんたの女じゃねえだろ」

 「死体じゃなく人形だと思えばいいんだよ。おお、入った、入った。意外と簡単に入るもんだな。ひんやりしていい感じだぜ」

 「おい、おまえ、行くぞ。こんなゲス野郎にかかわるんじゃねえ」中年男が柊山を迎えにきた。

 ヤクザ男は屍姦に夢中ですでに柊山は眼中になかった。


 「俺、ちょっと行きたいとこあんで、ここでわかれます」校庭に降りた柊山が言った。

 「なに水くせえこと。どこ行きたいんだよ」中年男が言った。

 「近くにダチの家があるの思い出したんすよ。この高校の近くのはずなんだけど、なんもなくなっちまってぜんぜんどこだかわかんねえ」

 「ダチの名前は」

 「それは言わない聞かないでしょう」

 「おまえの名前じゃないだろう。探してやるから名前くれえ言えよ」

 「言ったところで、名前がわかりそうなものはなんもねえだろうし」

 「ちっ、ダチじゃなくて、コレだろう」中年男は小指を立てた。

 「違いますよ」

 15分ほど歩くと、柊山はこれと見当をつけた家の名残の基礎の周囲を回り始めた。なにかを泥の中に探しているのか、水浸しの地面を蹴っていた。

 「でっけえ家だな。基礎見ただけでわからあ。こんだけの家なら、金庫とか宝石箱とかよ、金目の物ザクザクあったんだろうな。最初っからここ狙ってきたのか」爺さんが言った。

 「ほかは建ってる家もあんのに、この家だけ全部流されちまってるな。運悪く津波の通り道になったってことか」中年男が言った。

 実際、建物ばかりか庭木も根こそぎ流され、根の跡の大穴に海水が溜まっていた。

 「ここらが一番引き波が急だったんでねえか。ガレキのかけらも落ちてねわ。この家にいたんなら死んだな。避難したんなら、どっかの避難所にいんだろう。探してみっか」爺さんが言った。

 「生きてんならそれでいいし、死んだんなら興味ないすよ」

 「なんか記念にもらっとけよ。後で再会したときとかによ、ここまで来たって証拠にならあ。女はそういう話、感動すんぞ」中年男が言った。

 「女じゃねえって」

 「そうむきになんなよ」

 柊山はふとなにかに気付いたように、半ば泥に埋まった車の割れた窓の中を覗き込んだ。

 「おい、なんかあんのか」

 「どうかな」

 柊山は助手席の窓に手を突っ込んで、ダッシュボードの泥をかきわけた。車体の前後は完全につぶれ、車内には泥が充満していて車種もわからないくらいだ。それでもハンドルにはトヨタのマークが確認できた。おそらくレクサスだ。車内に死体はなかった。柊山はダッシュボードの長財布を拾い上げた。

 「目ざといじゃねえか。いくら入ってる」

 「万札2枚くれえかな」

 「しけた財布だな。それくれえもらっとけよ。この先、金がなくてはどうにもなんねえぞ」

 「金なんかいらないすよ」

 「じゃ俺がもらってやろう」

 「ああ、でもやっぱ、これもらっとこかな」

 柊山はジャンパーの内ポケットに濡れた長財布を入れた。この日初めての盗みだった。


 「さてと日も暮れたし、宿を探すか」中年男が爺さんを見た。

 「もっと上流に行けば寝られる家があるんじゃねえか」爺さんが言った。

 「俺もそう思ってた。そのかわり住人が様子を見に戻るかもしれねえが、そん時はそん時だ。おい、お前も行くだろう」

 「俺は高校に戻ってみます」

 「あんなゲス野郎が気になるのか」

 「あの子らかわいそうだから、毛布でも拾ってってかけてやるかと思って」

 「へえ、なるほどね。おまえいいとこあんな。それは任せたわ。俺らは宿を探しにいくぜ」

 柊山は二人と別れ、道々乾いた毛布を探しながら高校の校舎に戻った。毛布が乾いていようと濡れていようと無意味だったのだが。

 真っ暗な校舎には人の気配がなかった。ヤクザ男はもう立ち去ったようだった。

 拾った毛布を引きずって4階に上がってみると、月明かりが差し込む教室にヤクザ男に凌辱された女子高校生の死体が転がっていた。下着は脱がされたままで、制服のスカートがはだけて下半身が露わになっていた。陰毛にヤクザ男の精液がべっとりとこびりついているのが見えた。いくら死んでるといったってひでえことしやがると思った。死体に下着をはかせ、身仕舞いをただしてやった。そのとき案外体が柔らかいなと気づいた。となりの死体と比べてみると違いは明らかだった。ヤクザ男が凌辱した死体だけ死後硬直していないのだ。逆に言うと死後硬直していないから犯せたのだ。もしかして死体ではないのか。そう思って口に耳を当ててみた。かすかに暖かい吐息を感じた。生きてるのだ。あるいはヤクザ男に凌辱されているうちに蘇生したのだ。

 「おい、起きろ、おい、おい」耳元で大声で呼びかけても返事がなかった。頬を叩いても反応がなかった。

 濡れた衣服を脱がして体を温めてやらないとまた死んでしまうだろう。そう思って服を全部脱がせて全裸にした。暗がりの中でもまぶしいくらいきれいな裸体だった。陰部の汚れをぬぐってやってから、被災した住宅から拾ってきた男物のスウェットを着せ、さらに自分が着ていたジャンパーを羽織らせた。

 ほかの4体の死体の様子も念のため確かめてみた。氷のように冷え切っているうえ死後硬直していて蘇生の見込みはもうなかった。死体を一か所に寄せて毛布をかけてやった。それから柊山は生き返るかもしれない高校生を抱え上げて校舎から運びだした。

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