第14話 ヨムカク小説コンテストを「無期限繰り返しゲーム」として考える(ゲーム理論・その4)

 ヨムカク小説コンテストは、『繰り返しゲーム』


 そう瑞樹は言った。


 私の頭はさらにこんがらかってきた。20%や50%が出てきたところから、理解はかなり怪しくなっている。


「あのね、瑞樹。申し訳ないけど、やっぱり私、わからなくなってきた気がするんだよね。ここから先の説明、大丈夫かな」


「……大丈夫であって欲しいけど……」


 瑞樹は困惑した表情だ。こんな簡単なことがわからないなんて、と思っているに違いない。でも仕方ないのだ。私は経済学の素人。いわゆる「経済学的なものの見方」というのが全くできない。


「まずはここからの筋を、簡単に教えてくれない?」


「いいよ。俺が説明したいのは、まず、ヨムカク小説コンテストをと考えるのと、と考えるのでは、参加者の行動が変わってくるということ。次に、参加者が★を付け合うことが、コンテストにおいてどういう意味を持つのかまで考えてみたい。ここまで大丈夫?」


「うん」


 この説明ならわかる。


「じゃあ、まず繰り返しゲームのことから。確かにヨムカク小説コンテストは、一回ごとに結果が出る。その意味では繰り返しはないと言える。だけど、。この点を考慮すると、半年ごとに繰り返される繰り返しゲームと言える」


「そして繰り返しゲームには、有限と無期限があって、プレーヤーが協力する可能性が高くなるのは、『無期限繰り返しゲーム』。ヨムカク小説コンテストは、『無期限繰り返しゲーム』だと思う」


「そうなの? そもそも、『無期限繰り返しゲーム』の意味は?」


「ゲームのゲーム、ということ」


「そっか。ヨムカク小説コンテストは、何回まで開催されるかわからないものね」


「そういうこと。このような状況のゲームの時は、ゲーム参加者の間で協力が発生しやすい。それはなぜかを考えていこう」


「第六回ヨムカク小説コンテストを一回限りのゲームとして検討した場合は、A、Bの取る戦略はナッシュ均衡(※1)で(非協力、非協力)だった。それが、終わりのわからない無期限繰り返しゲームになると、相手に協力を持ちかける参加者が出てくるかもしれないんだ」


 (なんだろう、ナッシュ均衡って。まあいいか、後で自分で調べれば)


 瑞樹は私の疑問には全く気付く様子を見せず、説明を続けていった。


「なぜなら、『協力、協力』が続けば、その方が利得は長期的にはずっと高くなるし、相手が協力をしてくれなくても、次回のコンテストからこちらが非協力に切り替えれば、一度裏切られた損失は長期的にならせば小さくなるから」


「具体例として、Aが、ナッシュ均衡でない『協力』をBに提示、つまり★を付けるとしよう。もしBもたまたま同じ考え方を持っていて、一回目のゲームでAに協力して★を付け返せば、二人の協力関係は成立し、均衡は右下の(20%、20%)から左上の(50%、50%)に移る。経済学の用語で言うと、ナッシュ均衡からパレート改善(※2)が起こった、ということだ」


            作者B

         ★付ける   ★付けない

   ★付ける (50%,50%)(15%,60%)

 作者A

   ★付けない(60%、15%) (20%,20%)



「もしBが、一回目のゲームでAに非協力で★を付け返さなければ、二人の協力関係は成立せず、均衡は右上の(15%,60%)となる。この場合は、Bが今回の一次予選を通過する確率が60%に高まる」


「でも次回以降のコンテストでは、Aがよほどのお人好しでない限りはBに非協力となるから、均衡は右下の(20%、20%)になり、長期的に見るとBは、Aと協力する場合よりも損をすると考えられる。そしてAにとっては、長期的に見れば一回目のゲームでの損失は小さくなっていく」


「なるほど。最初のコンテストで協力を提示して、相手が協力で応じれば、次回以降のコンテストでもお互いにずっと協力し合う。相手が非協力で応じればこちらも非協力で応じる、ということね?」


「そう。ゲーム参加者がある戦略、例えばはじめは協力を選択し、相手が一度でも非協力になったら自分も非協力に転換する『トリガー戦略(※3)』や、最初は協力を選択し、以降は前回の相手の手をそのまま出す『しっぺ返し戦略(※4)』などをお互いにとっていると、次回以降のコンテストでも協力関係が続く」


「今の例だと、Aは一次予選通過の可能性を高めるために、リスクを取ってBに★を付けたけど、私は他の場合も考えられると思うんだ」


「どんな場合?」


「作者さん同士が、お互いのつながりや評価し合うことを楽しいと思って大切にしている場合」


「そうだね、それもあると思う。あとは、コンテストの仕組みをよく理解していない作者もいるかもね。これらの作者は最初から、『協力』の手を取る可能性が高い」



 --------------


 ※1

 米国の数学者、ジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニア(1928-2015)が証明した均衡。

 他のプレーヤーの戦略を所与とした場合、どのプレーヤーも自分の戦略を変更することによってより高い利得を得ることができない戦略の組み合わせ。ナッシュ均衡の下では、どのプレーヤーも戦略を変更する誘因を持たない。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%9D%87%E8%A1%A1


 ※2

 社会の人すべての状態が良くなること。もっと詳しく言うと、ある集団に対するある資源の分配を変更する際に、誰の効用も悪化させることなく、少なくとも一人の効用を高めることができるように資源配分を改善すること。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E6%94%B9%E5%96%84参照



 ※3

 最初は協力し、相手が協力する限り協力を続けるが、相手が1度非協力の態度をとれば非協力に切り替え、以後永久に非協力をとる。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%B0%E3%82%8A%E8%BF%94%E3%81%97%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0


 ※4

 1手目は協調を選択する。

 2手目以降のn手目は、(n-1)手目に相手が出した手と同じ手を選択する。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%81%A3%E3%81%BA%E8%BF%94%E3%81%97%E6%88%A6%E7%95%A5

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