第17話

「お、お前そんなお酒一気飲みしやがって、また気持ち悪くなるぞ?」


葵さんが心配そうにこちらを見る。


「だ、大丈夫ですから。」


テーブルに次々と料理が運ばれてくる。どれも美味しそうだったが、特に白身魚のムニエルがとても美味しそうだった。


「うーん。美味しい。」


白身魚を口いっぱいに頬張る。


「うまいだろ。」


葵さんは嬉しそうに言うと、ムニエルを食べる始める。


「柊さんの占いはどこかで習ったんですか?」


「習ったっていうか、小さい頃、親父の知り合いに教えてもらったんだ。俺がやると、なぜか当たるみたいで、口コミで評判になっちゃったんだ。」


「私の時もすぐに当てられてしまって、本当にびっくりしました。」


「へぇ。何を占ってもらったんだ?」


葵さんと聖さんが興味津々にこちらを見てくる。


「それは、2人だけの秘密だよね。」


柊さんが私にこっそりと目配せする。


「は、はい。」


そんな柊さんの顔を見て、顔が熱くなり思わず下を向く。


「なんだか、僕が知らないうちに、すみれちゃん、葵さんと柊さんと仲良くなっちゃって妬けるな。」


私たちは、頬を膨らませて拗ねてしまった聖さんを見てクスクス笑う。お酒と料理が進み、いつのまにか夜が更けていった。


「僕も葵さん達のお店で働きたいです〜!」


どうやら聖さんがはお酒が回ってきたようだった。頬を赤くし、ろれつが回らなくなってきている。


「お前は親父の会社があるだろ。ほら水飲め。」


葵さんがため息をつきながら、聖さんに水の入ったグラスを渡す。


「しゅいません。あっそういえば、パリで大和さん見ましたよ〜。」


「えっ?大和を?」


柊さん葵さんが嬉しそうな顔をする。


「あいつ元気そうだったか?俺たちに全然連絡、寄越さないんだよ。」


「…。」


返事のない聖さんを見ると、机に突っ伏していた。


「うわー。聖寝ちゃったよ。」


柊さんが聖さんの肩を揺するが、そんなことにもビクともせず、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。


「あの、聖さんの言っていた大和さんってどんな方なんですか?一緒に働いていた方ですか?」


大和さんの話が出た時の2人の嬉しそうな顔を思い出す。


「あぁ。大和ね。俺たちと一緒に働いていたんだけど、今は世界各国を回って花の勉強をしているんだ。」


柊さんが遠くを見て懐かしそうに言った。


「へぇ。すごい方なんですね。」


「あいつは、生花もプリザーブドフラワーの腕も他とは抜き出る物があって、本当にすごい奴なんだ。」


葵さんも大和さんを思い出したのか、懐かしそうな顔をする。


「きっと、そのうちひょっこり帰ってくるから、すみれちゃんもいつか会えると思うよ。」


「はい。楽しみにしてます。」


大和さんも、葵さんと柊さんに劣らずイケメンかもしれない。そんな妄想をしていると、葵さんがチラリと私のことを見たような気がした。葵さんの方を見返すと、さっと目をそらしてしまった。


「完全に寝ちまったな。俺、タクシーでこいつ送って行くわ。」


葵さんは柊さんの腕を肩にかけると席を立ち上がる。


「遅くなっちゃったし、家まで送って行くよ。」


柊さんが腕時計で時間を確認しながら言った。


「歩いて15分くらいですから、大丈夫ですよ。」


「女の子をこんな夜遅くに1人で歩かせられないよ。俺も飲んじゃったから歩きだけど、送って行くから。」


柊さんは店を出ると、アルブルの方向へスタスタと歩き出した。葵さんと聖さんはすでにタクシーに乗って出発したようだった。私は慌てて柊さん後を追いかけた。

街並みは、寄り添って歩くカップルばかりだった。ふと、ショーウィンドウに映る柊さんと私の姿を見ると、まるで私たちも恋人同士のように見え、なんだか嬉しかった。


「あの、今日思ったんですけど、お店はどうしてあの路地の奥にあるんですか?」


「え?どうして?」


柊さんが驚いた顔をして私を見る。


「道に面した所にお店があったら、もっと行列になるくらいお客さんが来るんじゃないかと思って。」


「あはは。行列になったら、俺困っちゃうな。それに、あそこでひっそりとやってればいいんだよ。自然と、俺たちを必要とする人達が迷い込んで来るから。」


「なんだか不思議ですね。私も、あのパンフレットが飛んでこなかったら、柊さんたちと働くことなんてなかったでしょうし。」


「そうだね。偶然でも俺はすみれちゃんに会出逢えてすごく嬉しいな。」


「え?」


驚いて柊さんを見上げると、柊さんは私をじっと見つめた。柊さんのまっすぐな瞳に吸い込まれてしまいそうだった。いつのまにか鼓動が早くなっていた。


「さぁ着いたよ。じゃあ、また明日ね。」


いつのまにかアルブルの前まで歩いて来ていた。柊さんはいつものように優しく微笑むと、きた道を引き返して行った。ドキドキと鳴り止まない胸に手を置き、柊さんの後ろ姿を見送った。家の鍵をカバンから取り出すとと、鍵と一緒にハサミが転がり出てきた。今朝の水揚げ作業の時に、柊さんから借りた物だった。エプロンのポケットから出し忘れて、持って帰ってきてしまったようだった。今、走れば柊さんに追いつくかもしれない。私は慌てて柊さんが歩いて行った方向へ走り出した。しかし、なかなか柊さんの後ろ姿を捉えることができなかった。結局、柊さんには会えず、店の前まで走ってきてしまった。店のシャッターは閉まっていたが、窓から店の中は、まだ灯りがついているのが見えた。誰が店で作業しているのかもしれない。店の裏口へ周り、ドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。店の奥から柊さんの声が聞こえた気がした。


「柊さ…」


声を掛けようとして、思わず口に手を当てる。店内で、柊さんと女性が抱き合っている光景が、目に入ってきたのだった。

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