第5話

「よし。じゃあこの花器にローズを好きな場所に好きなように挿してみろ。」


葵さんは机の上に置いてある花器を指差した。花器を覗き込むと、中にスポンジがセットされていた。


「中に何か入ってる。これに挿すんですか?」


「そうだ。花器のサイズに合わせてオアシスをカットしてセットしてある。オアシスが抜けないようにボンドで止めてあるからな。」


「わかりました!じゃあ、このLサイズのローズをここで、Mサイズのローズを…。」


3本のローズを自分なりに考えてオアシスに挿してみる。葵さんは私の手元をじっと見ていた。


「なるほど。どうしてこのローズはこっちに向けたんだ?」


葵さんが真ん中より少し左に挿した、Lサイズのローズを指差す。


「えっと、この向きが1番綺麗だったから…。」


「そうだな。お前なかなかセンスあるんじゃないか?残りの2つのローズは全然ダメだけどな。」


褒められて嬉しくなるが、余分な一言に、ガクッと肩を落とす。


「花にも顔があって、どの向きが花の正面でキレイに見えるかを考えてアレンジするんだ。このLサイズはちゃんと前を向いてるが、残りの2つは顔が下を向いてしまっている。」


葵さんはMサイズとSサイズのローズをクルクルと回し、向きを変える。それだけで、バランスがとれ、見違えるようだった。


「あとは、下のオアシスが見えないように、アジサイやリーフ、リボンを好きなように挿して見てくれ。」


私は黙々と作業を進めていった。その間、葵さんは目の前に座り、花の雑誌を熱心に読んでいた。


「レッスンは他にも生徒さんいるんですか?」


作業をしながら、葵さんに疑問に思っていたことを聞いてみる。


「いや。今はお前だけだ。他にもいたんだが、みんな途中でやめてしまった。」


「え?」


驚いて思わず顔を上げる。


「どうして?プリザーブドフラワーこんなに楽しいのに…。」


「他のやつらは、お前ほど強靭なメンタルの持ち主ではないらしいぞ。みんな、俺の態度に耐えれなくなるらしい。」


葵さんは馬鹿にしたように鼻で笑った。


「強靭なメンタルって失礼な。もしかして、他の人にもこんな感じだったんですか?」


「まぁな。どうも女は苦手だ。花より、男のほうに興味があるらしい。」


葵さんはこちらを向かずに雑誌をペラペラをめくりながら言った。


「そうですか…。」


たしかに、花を扱って黙っている葵さんは、格好良く、私も惚れ惚れとしてしまう時がある。今までの女性達が花より葵さんに虜になるのも理解できる。しかし、険しい表情で冷たい態度は、傷つく女性も多いだろう。


「ほら、ぼけっとすんな。手が止まってるぞ。」


葵さんは雑誌から顔を上げると、眉間にシワを寄せて、私を睨みつける。


「はいはい。すいませんでした!」


私は肩をすくめると作業に戻った。しばらく私は作業に集中し、葵さんの雑誌をめくる音だけが部屋に響いた。


「じゅるっ。」


集中しすぎて、思わず口元が緩みヨダレを垂らしてしまう。慌てて口元を袖で拭う。


「なんだよ。ヨダレなんか垂らして。プリザーブドフラワーは水分に弱いんだから、気をつけろよ。腹が減ったのか?」


葵さんが不審な顔をしてこちらをじっと見る。


「ち、違います!集中してたら口元が緩んだだけです!」


「変な奴だな。おっ。出来てきたんじゃないか。見せてみろよ。」


葵さんは花器を手に取り、私が挿したアジサイやリーフ、リボンをチェックする。


「…。」


葵さんはしばらく花器を色んな角度に回して花を確認していた。


「なんか変ですか?」


恐る恐る葵さんの顔を覗き込む。


「いや。変じゃない。むしろ最初にしてはいい出来だ。」


「本当ですか?」


「お前さ、レッスン少し続けてみないか?」


「え?」


真剣な眼差しで、葵さんに見つめられ、動揺して、手に持っていた残りのアジサイを落としてしまった。バラバラとアジサイが床に散らばる。


「あっ…。えっと…。俺は何ガラでもないこと言ってるんだか。今のは忘れろ。またやりたいと思ったら声掛けてくれればいいから。」


葵さんは花器を私に押し返すと、席を立ち、落ちたアジサイを拾い始めた。俯いていて表情は分からなかったが、よく見ると耳元が真っ赤だった。


「葵さん?もしかして、照れてますか?」


ニヤニヤしながら、葵さんの表情を確認しようと、顔を覗き込む。


「お、お前。馴れ馴れしいんだよ。」


近づいてきた私を葵さんは押しのけようとする。


「照れちゃって可愛いとこあるじゃないですか〜。」


負けじと葵さんの腕を退けて顔を覗き込もうとし、2人でもみ合ってると、ドアが開いた。


「あれ?葵がお客さんとこんなに仲良くなるなんて珍しいことがあるもんだ。」


「兄貴!」


「山瀬さん!」


私たちはギョッとして、慌てて離れる。お盆を持った山瀬さんが笑いながら入り口に立っていた。


「お茶が入ったよ。」


山瀬さんはテーブルに苺のタルトと紅茶を並べてくれた。


「ありがとうございます。わぁ美味しそう。」


山瀬さんも一緒にテーブルに座ると、私たちはさっそくケーキを食べ始めた。


「美味しー!これどこのケーキなんですか?」


あまりの美味しさにほっぺたがとろけ落ちそうだった。


「これは…。」


山瀬さんが葵さんをチラリと見る。


「兄貴が作ったんだよ。」


葵さんがブスっとしたまま、素っ気なく言った。


「え?山瀬さんが?」


「気に入って頂けて良かった。プリザーブドフラワーはどうでしたか?」


山瀬さんはなぜかクスクス笑いながら言った。


「はい。とても楽しかったです。ぜひレッスン受けたいと思ってます。」


「え?お前続ける気になったのか?」


葵さんが驚いてこちらを見る。


「はい。プリザーブドフラワーもっと勉強して見たいと思って。」


「葵、よかったじゃないか。じゃあ、僕は先に下に行ってるから、すみれさんはごゆっくり。」


山瀬さんは静かに立ち上がると部屋を出て行った。


「お前、本当にレッスン続ける気になったのか?」


葵さんは疑わしそうに私を見る。


「何ですかその顔。せっかくやる気になったのに。私がレッスンに来たら迷惑なんですか?」


私は葵さんをジロリと睨んだ。


「いや。やるからには、厳しく教えるからな。」


「望むところです!」


こうして、私は毎週木曜日にプリザーブドフラワーのレッスンに通うことになったのだった。








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