不機嫌なフローリスト

@michaki

第1話

「すみれといても何も得られないっていうか、刺激がないんだよね。」


「え?」


「仕事も契約打ち切りになったんだろ?今度は何か自分の好きなことを仕事にしたら?」


「好きなこと?」


「だから、そういう所が刺激が足りないんだよね。何も得られないなら1人のがましだよ。」


竜司りゅうじ君はそう冷たく言い放つと私の前から歩き去って行った。つきあい始めて1年の間、順調に愛を育んでいると思っていたのは、私だけだったようだ。突然の言葉に、何も言い返せなかった。1人取り残された私は、人が行き交う道端に茫然と立ち尽くしていた。冷たい言葉を浴びせられ心が冷え切っているせいか、寒さがより身に沁みた。


****


「えっ?竜司君と別れた?」


親友の美智子みちこは人目もはばからず大きな声で言った。


「美智子!声大きいから…。」


私は美智子を睨みつけ、口の前で人差し指を立てる。


「だってまだ付き合い始めて1年くらいだったよね?ケンカでもした?」


美智子は驚いた表情で私を見つめる。


「ううん。何もないよ。受付の仕事、契約打ち切りになったって話したら、私といても刺激が足りないから何も得られないって言われちゃった…。」


「へぇー。エリートは言うことが違うね。そんなに自分の周りは刺激のある人ばっかりなのかね。」


美智子はお皿に残っていたケーキを頬張りながら言った。


「会社の同期は一癖ある人ばかりで楽しいみたいよ。この前、SNSに竜司君との写真載せちゃったよ。消さなきゃいけないけど、周りに突っ込まれるの面倒だなー。」


「あちゃー。それはご愁傷様。」


私は口いっぱいにケーキを詰め込んで、気持ちを紛らわせようとした。


「まぁ、そんな奴忘れて、次に行こう!ほら、竜司君との写真はさっさと消して、今日のケーキの写真でも上げちゃいな。」


「うん…。」


私はお皿の上のケーキをスマホで写真を撮る。


「すみれは、もっと自分に自信を持たないと!ほらケーキ取りに行くよ!」


美智子と私は立ち上がると、ケーキの並ぶショーウインドへ向かった。今日は美智子に話を聞いてもらうついでに、駅前のケーキバイキングに来ていた。


「失恋した時は甘いものをたらふく食べるに限る!ほらすみれいっぱい食べな。」


お皿いっぱいにケーキを取って来た私は、黙々とケーキを食べ進めた。


「もうダメだ〜。食べれないよ。」


30分後、美智子がお腹をポンポンと叩く。


「私ももうダメみたい。今日の夕ご飯は食べれそうにないよ。」


私もお腹を抑えて、椅子にもたれかかる。


「やばっ。もうこんな時間。今夜、合コンがあるのよ。すみれごめん。また話聞くから!」


そう言うと美智子は慌ただしく店を出て行った。1人ポツンと店に取り残されると、急に寂しさが込み上げてきた。周りを見ると、カップルや家族連ればかりだった。慌てて会計を済ませ、私も店を後にした。とぼとぼと歩いていると、竜司君に言われた言葉が頭をよぎる。たしかに、私はこれと言って趣味も目標もなかった。超有名企業に勤め、多彩な趣味をもつ竜司にしたら、つまらない女なのかもしれない。突然、視界が何かに遮られ、目の前が真っ白になった。


「え?何?」


強風にのって飛んできた紙が急に顔にまとわりついてきた。もがきながら、無我夢中で顔から紙を引き離そうとする。なんとか顔から引き離すが、街行く人にこちらを怪訝そうにチラチラと見られ、恥ずかしくなり、慌てて紙をグシャグシャと丸めた。ゴミ箱を探すが、なかなか見当たらなかった。仕方なく、しばらく丸めた紙を手に持ったまま歩いていると、しわくちゃになった紙の隙間から、花の写真がチラリと見えた気がした。紙を丁寧に伸ばすと、ショーケースに色とりどりの花が並んだ写真が載せられていた。どうやら花屋さんのパンフレットのようだった。ふと、片隅に"花占いやってます"と小さな文字で書かれているのに気がついた。花占いとはどんなものなんだろうか。今時、花占いなんて聞いたことがなかった。パンフレットに書かれた地図を見ると、ここから割と近い場所に店はあるようだった。興味本位で店を一目見てみたい気持ちになった。地図を頼りに歩いていると、今まで通ったことのない細い路地を抜け、都会の中にあるとは思えない程の緑がおおい茂った森に辿り着いた。そこには、木々に隠れるように、小さな建物がひっそりと建っていた。とんがり帽子の赤い屋根に白塗りの壁の外観は、メルヘンな雰囲気で、まるでおとぎ話に出てくる小人の家のようだった。


「わぁ。可愛いお店。」


店に看板を見ると、"My Little Garden"と書かれていた。パンフレットを確認すると、同じ名前が書かれており、どうやら探していた店はここで合ってるようだった。窓を覗くと、花が陳列されているのが見えた。入り口近くには、"花占いやってます"と書かれた看板が立っていた。どこからか、花の甘い香りがフワリと漂ってきた。私は吸い込まれるように店に入って行った。ドアを開けると、ドアについたベルがカランカランの音を立てた。


「いらっしゃいませ。」


お店の雰囲気から、女の店員さんに出迎えられると思っていた私は、男性の声を聞いて、少し驚く。声のした方をチラリと見て、思わずハッとして立ち止まった。レジの前には、息を飲むほどの端正な顔立ちの男性が笑顔で立っていた。私は軽く会釈すると、すぐに目をそらし、お店を見渡した。天井からはドライフラワーがぶら下げられ、ガラス張りのショーケースには、色とりどりの花が陳列されていた。窓際の棚に目をやると、アレンジされた花がいくつも陳列されいた。どれもとても綺麗で可愛らしかった。


「何かお探しですか?」


優しく微笑みかながら、近づいてくる男性を見て、胸が思わずドクンと音を立てる。


「あの…。偶然このパンフレットを見て、それで花占いやってるって書いてあったので…。」


「占いですね。かしこまりました。こちらへどうぞ。」


男性に言われるままに、店の奥にある小さなテーブルへ案内される。私は、差し出された椅子に腰掛ける。男性は向かいの席へ静かに座った。


「今日はお越しいただきありがとうございます。山瀬柊やませしゅうと申します。」


「き、木下すみれです。よろしくお願いします。」


丁寧にお辞儀をされ、私も慌てて同じようにお辞儀をする。


「すみれさんですね。では、何を占いましょう?」


「えっと…。恋愛のことも気になるし、未来のことも気になるし…。」


迷っている私を見て山瀬さんはクスリと笑う。


「でしたら、全部占ってみましょう。ではこのカードの中から3枚好きなカードを引いてください。」


山瀬さんは、トランプぐらいの大きさのカードを扇型に広げて、私に絵柄が見えないように伏せて差し出した。アンティーク調の花柄のカードは使い込まれ年期がはいっているようだった。私は直感で3枚のカードを選び、山瀬さんに渡した。山瀬さんは引いたカードを伏せて机の上に並べ、1番左のカードをめくった。


「これは…。」

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