第15話

その異変に気がついたのは誰であったか、取り巻きの一人が声を上げた。


「……なんだよ、あれ」


 一同がシロエからその異変の方へと視界を移す。それは血液に酷似した色を帯びていた。啓太の周りを取り巻き収束する。それはやがて小さな竜巻のようにぐるぐると力なく伏した彼を取り囲む。

その様子にシロエが誠を放り、にやりと下卑た笑みを浮かべる。


「ここまでしてやっと本性あらわしたか。王様」


シロエが見据えるその先に立っていたのは啓太であった。周りを取り巻く闇が一瞬にして散る。


「……」


啓太はなにも答えずただ虚ろな目でそこに佇んでいた。シロエは両の手に携えた剣を握り締め笑った。


「影縫ッ!!」


 その言葉と共に背後に一瞬禍々しい姿をした人影が現われたかと思うと一瞬にして刃に収束したかと思うと、白銀の刃は一瞬にして漆黒に染まる。それと同時に闇が彼女を取り巻いた。彼女は不敵に笑う。


「天啓によって選ばれし、意思を持つ天災よ。醜きその姿今我魔法武具〝影縫〟の主がシロエ、今ここに打ち滅ぼそうぞッ!!ハハッ!」


 さも自分が正義のように語る彼女の宣言と共に下卑た笑みを携え、一瞬にして加速し、啓太目掛けて刃をつきたてる。

一方目の前に迫る脅威に対し、啓太はただ黙ってその場に立ち尽くしていた。虚ろな視界が捕らえるは目の前の敵ではなく、真下の虚空を呆然とぶつぶつと言葉を呟きながら眺めていた。

誠が思わず声を上げる。


「け、けいたくん!!」


 しかしその声は届かない。シロエが目の前で天高く啓太の頭上に跳躍し、片方の剣を逆手に持ち替え、振り被り一投する。しかし啓太にあたる事はなく背後の地面に勢い良く突き刺さった。

そしてそのまま啓太の背後に降り立った。


「俺の〝影縫〟は文字通り影を縫いつけんだよ。いくら亜王の力があろうが存在そのものをその場に縛り付ける能力には叶わない。お目覚めの所悪いけど死んでもらうぜ。ケケッ!」


啓太の様子は変わらない。その場にだまって佇むだけだ。

それを見てシロエは心底落胆した様子で剣を逆手に天に掲げ、眺めていた。


「……ガキの王ってのはここまで味気ないもんなんだな。もう少し歯ごたえあるもんだとばかり思ってたが。しょせんはガキか。呪うなら自らを王に選んできたあそこでへばってる半端もんを呪うこったぁ。じゃあな」


 振り上げた刃をシロエが振り下ろそうとした時それは起こった。背後に突き刺さった剣が独りでに振動している。そして振り上げている腕の剣、その双方共鳴するかの様に震えている。


「あ?」


瞬間地面が抉れ爆散する。辺りに舞う土煙に紛れ剣が力なくその場に転がった。


「影縫いが、解けた?どうなってんだ」


 思わずシロエは目の前の疑問を吐露する。しかしその疑問の答えを彼女は知っていた。目の前の計り知れない化け物の姿に。

彼女の目に映ったのは〝怪物〟だった。その小さな体に夥しい数の〝災厄〟を引き連れて彼女の前に現れた。虚ろな目は目の前の彼女を見ていない。ぶつぶつと呟き虚空を見つめふらついている。

ふらふらとさまよう啓太は真っ直ぐとシロエの元に足を進める。一歩ずつゆっくりと。


「へん。そんなんでびびると思ってんのかよ」


 彼女は腰に手を伸ばす。取り出したのは三本の投擲用ナイフ。鋭くとがれた刃を啓太向かって投擲する。的は啓太の頭。鋭い刃が一瞬にして啓太の顔面を捉えた。その衝撃に啓太は後ろのめりにのけぞった。


「よっしゃ。的中」


 だが啓太は倒れなかった。のけぞった体制を元に戻すと顔を撫で回す。そして右目に突き刺さったナイフを確認する。そしてそれを恐れる間も無くあっけなく抜き去った。

ドロりとした血液が涙のように彼の頬を伝う。そして右目の変わりに生まれた虚空はシロエの存在を捕らえていた。そしてにやりと笑みを浮かべた。


「ッ!?」


 僅かに反応が遅れ、シロエが気がついた時には啓太が眼前に迫っていた。

弱々しかった小さな少年の姿はもはや何処にもない。シロエの目に映ったのは紛れも無い〝怪物〟だった。

血の涙を流す右目にぽっかりと空いた空白から覗く底知れぬ闇に思わず足が退きたいのか足が下がる。


「クソがッ!」


 自身が目の前の少年に慄いているという事実に苦言を呈す。そして引き際に更に背中の投擲用ナイフを啓太目掛けて投擲する。しかし目の前の啓太の姿に動揺したのか僅かに狙いがずれる。ナイフは啓太の肩を掠めるに留まる。

はずした事と恐怖に動揺しその場に僅かにシロエが体制を崩す。しかしそれ以上に目の前に広がる更なる恐怖がシロエを支配していた。


「……何だよこれ」


 先程掠めた傷から溢れんばかりの赤黒い霧が溢れていた。その形状はまるで肩翼の翼のように天高く放射状に伸びていた。そして顔を上げシロエを見下ろし、笑った。


「今度は……俺の番だぁ」


 瞬間放射上に伸びた翼は一瞬にして細く収束し、一本の線となり、直角に曲がりシロエ目掛けて加速する。

その衝撃に反射的に硬直が解けたシロエは、仰け反り初撃をかわす。地面が衝撃で爆散する。腕で視界を遮りながらも持ち前のスピードで加速し、啓太から距離をとるかの様に啓太に背を向け走り出す。

 しかし啓太もそれを追うかの様に収束した翼を加速させる。大きな岩影にシロエが身を隠す。

啓太はにやりと笑い、一本の線は岩目掛けて加速し、寸でで先端が放射状に幾重にも割れ、岩を粉々に砕く。粉砕された岩と辺りを舞う砂埃の中から何かが飛び出してくる。シロエだ。その姿は先程の放射状の翼の一撃でダメージを負ってはいるものの速さは依然健在であった。突き刺した翼を更に幾重に割り、本体に向かってくるシロエに向けて放つ。しかしその速さに中途半端に分離させた翼では対応できず難なくシロエはかわしていく。


「はッ!所詮は子供だましさッ!くんのがわかりゃぁこわくねぇ!」


そして啓太目掛けて〝影縫〟を構える。啓太は全く身構えている様子は無い。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおッ!」


掛け声と共に啓太の眼前に迫った時、一瞬にして翼が啓太の元へと戻り、そして目の前のシロエの位置に一気に落ちる。

しかしそこにシロエの亡骸は無かった。


「ばぁ~か」


シロエの姿は啓太の頭上にあった。最初から啓太の思考回路を読んでいたのだ。

そして宙から自身の〝影縫〟を啓太の背後へ投擲する。ザクリと地面に深々と突き刺さった〝影縫〟を確認し、着地と同時に背中から最期の投擲ナイフを構え、固定された啓太へと目掛けて突き穿つ。


「おらぁぁあああああああッ!」


シロエの懇親の一撃が啓太に突き刺さった瞬間であった。


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