第9話

雨はしとしとと地を踏む。何度も何度も。

 何度も踏まれた。何度も何度も。

そして啓太たちも雨と同じく地を踏み、道を進む。しかし目的の場所があるわけではなく、あってもそれがどこか分からずただただ歩いた。

ずぶ濡れになって張り付いた衣服からは滴る雫と共に紅い血も薄く垂れ、彼らの跡をつけるかのように点々と続く。

誠をおぶったリーアが歩き、その少し前を啓太が歩く。

会話はなかった。リーアは道中何度か話し掛けようとしては口を噤んで、また口を開きかけ、噤みを延々と繰り返した。

啓太が足を止める。


「どこにいこうか?」


後ろを振り返らずにリーアに問いを投げ掛ける。


「あちらに。しかし準備などはよろしいのでしょうか?」


啓太は答えない。雨の止まぬ曇天を仰ぎ、そして笑った。


「なにもないのになんの準備をすればいいのさ」


リーアは俯く。俯き、雫が滴り頬をなでる。なにか答えねばいけないのに何を答えていいものかリーアには分からなかった。

啓太もリーアの返答を待っているようだったが、やがて黙って歩き始めた。

並ぶ事のない足音が二つ。薄暗い曇天の下、水溜りを踏む音が続く。


「いこう」


啓太が歩きながら呟く。

それは雨音が響く空の御許でもはっきりと聞こえた。どこにいくかなんてもはや知れた話だ。

その眼差しは恐ろしく憎悪に染まったものだった。


「はい」


リーアは答え、掴みあぐねながらも啓太の腕を掴んで引き止める。

そして胸元を少し開き、首にかけられたお守りのような袋が谷間に挟まっていた。

リーアはわずかに啓太に前のめりになりながら恥ずかしそうにはにかんだ。


「恐れ入ります。ご友人が落ちてしまいそうなので、私の首飾りをとってくれませんか?」


リーアは背中にいる誠を背負いなおす。啓太はリーアの胸元の袋を掴みそしてそれを開く。

その瞬間袋からは溢れんばかりの光が溢れた。光に目を焦がされ、何も見えなくなる。

眼前がすべて白一色になり、先程まで聞こえていた激しい雨音は消えうせ、酷く静かだった。

凍えるように冷たかった体は仄かに温かい。

まるで雲の上にでもいるような浮遊感を感じた。

次の瞬間ひどく強い風が啓太に吹きつけた。

眩しくて閉じた瞼を開く。

眼前に広がっていたのは青い海だった。

啓太は落ちていたのだ。高い空からただただ落ちていた。

周りを気にする余裕もなく、ただ落ちる。

わずかに風の激しい抵抗の中目に入ってきたのは、島だった。

今まさにそこに落ちようとしている。啓太の腕になにか触れる。

振り返るとリーアが啓太の腕を掴んでいた。

そして急に落下が止まる。内臓が体内でバウンドする。浮遊感を感じる。

啓太たちはまさに宙に浮いていた。

リーアの首から垂れる袋から溢れんばかりの光が袋越しに灯っていた。


「あれがあなた様の国でございます」


リーアが真下の大陸を見る。啓太は黙っている。

 啓太の様子を見つつ、ゆったりと真下の大陸に降下していく。どういう原理で宙に浮いてるとか、国だとか、王だとか今の啓太にはどうでもよかった。

ゆっくりと地に足がつく。降り立った場所は拓けた草原であった。何もないだだっぴろい草原。馬に乗って走ったら気持ちがいいですよと隣のリーアが笑いながら言う。背負っていた誠を地面に下ろして誠と啓太から距離をとり、腰から短い杖のようなものを取り出しぶつぶつと何か呟いているようであった。

 リーアの周りに光の円が広がる。それは波紋のように重なることなく広がっていく。

煌々と金色の光を放った円は、くるくると廻っている。リーアが大声で叫ぶ。


「啓太さまー!恐れ入りますがご友人をおぶってこっちにいらしてください!先にあちらにいっています!」


そういうと光の中に消えていった。

啓太はその場に呆然と立ち尽くしていた。

地面に横たわる誠の肩を持ち上げ、おぶる気はしなかったので引きずる。

円に入るとまた光で視界が埋め尽くされ、白一色単に眼前が染まる。


光が薄れ、視界が拓ける。

そこは古びた洋館の一室だった。

紅いカーテンは所々にシミを作り、布地の下は虫食い穴が目立つ。

天蓋つきのベットと中から綿が飛び出したソファと木の鏡つきの机がひとつ。

部屋はそこそこ広く10畳ほどだ。

ふと窓の外に目をやる。さっきは下に落ちていて天を仰ぎはしなかったため天気は分からなかったがこちらも曇り空だ。

 ふと誠に目をやる。色々な事がありすぎて結局リーアがおぶったまま連れてきてしまった。あの男は関係者はころさないといけないといった。結局のところ置いてきた所で家族もろとも殺されていた。

 そういう意味では正解だったのではないかと思う。男の言葉も気になった。難しい横文字の国の王子だとか言っていたが、結局の所よくわからなかった。しかし敵はうった。母も姉も無残にあの男の手に掛かった。だから奪ってやった。命を。

左腕を見る。先程の戦いで生えてきた。紅かった腕は元通り綺麗な腕に戻っている。変形したりもしない。見るからに普通の腕だった。

コンコンッ

ノックの音がなる。


「啓太様準備が整いました」


リーアの声がドア越しに掛かる。

なんの準備なのか分からぬまま、眠りから覚めない誠をソファに寝かせ、ドアを開く。


「さぁこちらへ」


廊下は酷く長かった。

 廊下の途中にはいくつも部屋があった。飾ってある花瓶は手入れされていないのかくもの巣が張っていた。

大きな階段をくだり、広間にでる。広間にでるとメイド服を着た女性達が深々とお辞儀をする。

女性達はみな耳がとても長かった。猫のように耳がぴこぴこうごいている。

広間を通り、一際大きな扉の前に立つ。

リーアは横にずれ、手でドアをさし、こちらへと促した。

啓太は促されるがまま大きなドアを開ける。


ギィィィィィィィ…


と重音と共に大きな歓声が啓太を迎えた。

 そこには多くの人達がいた。大きな体のものから、耳の長いもの、体の小さなものから、体は人なのに顔が獣だったりと多種多様の個性達が集っていた。

 群集が中央に道を開け、そこを啓太は歩く。そして中央には大きな石の玉座がずっしりと構えていた。


「さぁこちらへ」


 何がなんだか分からぬまま玉座へ腰をおろす。

先程まで盛り上がっていた群集は静まり返る。

呆然とその光景を眺める。リーアが啓太の前に立つ。


「今日この国に新たな王が即位なされる。彼の名は啓太。ここまで来るのに彼は級友を、親友を、家族を失った。それでもめげずに我らを御許に置く事を許した寛大な王にまずは感謝を」


一斉に群集が膝を折り、頭を垂れる。


「前王が討ち取られ幾年の時が過ぎた。我々は新たな亜王を筆頭に人間からの領土奪還を目指す!」

歓声が上がる。リーアは群集をなだめ続ける。


「今日はまず新たな亜王を迎えられた事がいい報告だ。しかし悪い報告もある。王の母君、姉君をほうむったのはアクティウス帝国の第三王子を名乗る者であった。しかし王が葬った事でもし本物の王子であれば帝国との戦争もあると皆には覚悟して頂きたい。獣の国の亜王も刺客を差し向けてきた。同士にも油断はできない。しかし今日はめでたい日だ。とにかく今日は楽しんでくれ。」


オォ!!!と歓声が響く。

リーアが啓太のほうへ振り返り、膝を折り頭をたれ、啓太の手をとった。


「私リーア筆頭にここにいる者全てがあなたの手となり足となり、楯となり、剣となりましょう。いまここに第三亜王、啓太に一同忠誠を誓う」


高らかに叫び、啓太の手の甲にくちずけをする。一同再度ひざまずく。


ここに今三人目の亜王、啓太が誕生した瞬間であった。




 ◇ ◇ ◇



とある王国の一室。

黒髪の男が一人本を読んでいた。

彼はフィン・オーウェン。趣味は読書。

王宮図書館の司書をやっている男であった。おかげで毎日資料という名の本とにらめっこの毎日であった。

コンコンッ

ノックの音が鳴る。


「はいはーい」


本から目を離し、老眼鏡をはずし、ドアを開ける。しかしそこには誰もいない。


「いたずらか」


とドアを閉める。


「よっ」


声がして後ろを咄嗟に振り返る。

そこには無骨な長い剣を携えた男が机に寄りかかって腕組みをしながらニヤニヤしていた。

フィンはため息を漏らす。


「ノックからはいれと習わなかったのか、ベルギア」


「ノックならしたぜ。しっかしこんな本ばかり読んでいてあたまおかしくなんねぇのか?」


「だからノックすればいいというもんでもないとあれほど」


頭を抱えうな垂れる。

「まぁまぁいいじゃねぇか。それにいい報告もってきたつもりだぜ?」

ベルギアは笑いながら答える。


「いってみろ」


「じゃーん」


とベルギアは包みを取りし、男のもとにほおる。

それを慌てて掴む。中は結構重たかった。10kgぐらいの重さだ。

これは、と顔をベルギアに向けるといいからあけろといわんばかりに首をくいくいと動かすそぶりを見せる。フィンは包みを開ける。


「うっ…」


フィンはベランダに駆けていって速攻吐いた。ベルギアは腹を抱え笑う。

結果からいうと中身は人の生首だった。


「あはははは…腹痛てぇ…傑作だったぜ。ぶふふ」


ベルギアは尚笑っている。


「お前、これ…」


「あぁお前はみたことなかったっけか?これアクティウス帝国の第三王子のウィレム・アクティウスだよ」


「これが…しかし何故これを俺にみせる?」


ベルギアはにやりと笑った。


「一国の三男とは言え王位継承者の一人が殺された。大問題だ。下手したら戦争だ」


フィンは緊張に生唾を飲む。ベルギアは続ける。


「しかし殺されたって所は今回はさほど問題じゃない。一番重要なのは誰に殺されたかだ」


「いったい誰なんだ…?」


「おいおい万年本ばかり読んでるにしちゃぁいきなり答えを聞いちまうのはちと野暮なんじゃねぇか?まぁいいけどよ。結果から言えば新たな亜王が選定され、今日即位したと情報が入った」


「亜王が…現存する三人目か」


「そうだ。しかも異界から選ばれゲートを使ってきた王ときく」


「という事は第二亜王と一緒か」


「まぁそれはどうでもいい。しかし第三亜王に殺された事できっと王はお怒りになるだろう。さてそうなればどうなるか」


笑いながらベルギアがフィンに問う。

戦争、といいかけすぐに違うと判断する。


「領土拡大、か」


「その通り。一歩的虐殺を戦争とはいわねぇからな」


ベルギアが嬉しそうに指を鳴らす。


「先の戦いで立てた約定は解かれる事になるだろう。そうなれば亜人どもを殺し放題だ」


嬉しそうに剣の降るそぶりを見せる。


フィンはため息をひとつついて老眼鏡をかけ直してベルギアに向き直った。


「んで僕は何をすればいい?」


「第三亜王の誕生とそれに伴って亜人共が人間の領土への侵略をたくらんで各地で画策している様子がみられると裏から情報を流してくれ。まだ昨日の今日の話だ。民衆も多少の混乱をみせるだろう」


「分かった。王子の件はいかがする?」


「いやまだだ。噂が流れきってから公表する。王に死亡を伝えるのもそのあとだ。彼には王に果敢に立ち向かった英雄として死んでもらう」


「ほんとあくどいことやるな。ほんとにかの英雄か?」


「はぁ?英雄になんてなった覚えねぇよ。俺は亜人共を殺すだけだ」


「そうか」


「んじゃ頼んだぜ」


ベルギアは腰を机からあげ、窓から飛び出しいずこへ消えていった。

窓をながめながらフィンが一言つぶやく。


「精々頑張りな、炎帝さん」


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