第10節「トゥルーアント・プレイヤーズ」

 午後。焔が体育館裏を訪れると、背の高い亜麻色髪の男が、この季節は閑散とした花壇を眺めていた。


「祈、さん?」


 祈は振り返ると、ニっといつもの柔和な微笑を作った。


「焔君。なんだい? まだ、授業中でしょ」

「人のこと、言えないっスよ」


 悠未の話を聞いてから、モヤモヤとして落ち着いて授業を聞いている気分ではなかったのだ。


「ハッハ。この場所。学園内の絶好のサボりスポットだからねぇ。ここを知ってるとか、焔君もサボり係数高いねぇ」


 そもそも長い期間学校に来てなかったので、サボり係数は振り切っている。


 その口ぶり、祈もそういうタイプの生徒ということだろうか。


 そういえば、しばらくいなかったようなことを悠未も灯理も言っていた。


 さて。胸に抱えているモヤモヤのウサ晴らしがてら、確かめてみることにする。


「うおりゃ」


 焔は、おもむろに鉄拳を作り、祈に向かって殴りかかった。


 祈は顎を狙った焔の拳を右腕を掲げて受けると、慣れた動作で空手の「回し受け」を行い、逆に焔の右手首を掴み、そのまま円心運動で「脇固め」のようにして焔を掌握した。


 明らかに、体系的に戦う技術を修めている人間の動きだった。


「ててっ。やっぱり祈さんも『街アカリ』なんだ」

「フフッ。殺気が出過ぎ。あと、狙ってるところをガンし過ぎ」

「強い側の人だよ」

「それはちょっと違う」


 祈は焔を解放すると。


「僕はオールマイティーの代役バックアッパーだから、ある程度何でもできるだけさ。戦うことに関しては、ユーミには遠く及ばない」

「あいつはやっぱり凄いんだ」

「戦闘に関してはね。でも逆に、ユーミが苦手なこともある。前に出した小説同人誌ね。エロシーンだけユーミの代わりに僕が書いたんだ」

「今は、エロの話はイイよ」

「なんか、心が乱れてるよ。お兄さんに話してごらん」


 祈は焔の首に腕を回して、グッと引き寄せた。


「祈さん。スキンシップ激しいよ」

「可愛いもんでしょ。ナユカなら、いきなり性的関係をせまってる」

「そんなヤツいないだろ。だからエロの話はイイって」


 ぶっきらぼうな態度で、首に回された手を外す。


 ただ、内心悪いとは思っていなかった。


 比較的歳が近い同性にここまで親しく接せられたのも久々で、祈がまとっている陽気さは、少しだけ焔の心を軽くした。


「あいつには。悠未には勝てねぇ」

「だから、戦うことに関してはでしょ。焔君には焔君の良さがあるでしょ」

「あるか? 絵も、そんなには自信ない」

「ははあ。焔君はアーティスト気質な人だねぇ。時々、自意識の迷宮に迷い込むんだ。アカリも、ちょっとそんなところがある」


 灯理の名前を聴いて、焔の心拍数が少し上がる。


 そして、祈はそういう他人の些細な変化を見逃さない男だった。今はあえてそこを突っ込みはしないけれど。


 そもそも、悠未と比べること自体がおこがましい。強さに関しても。灯理への気持ちに関しても。焔としては、そう一刀両断してくれた方がむしろすっきりしたのかもしれない。


 けれど、迷う焔に向かい合いたる、飄々とした祈は、むやみに自分の判断で他人を裁くということをしない人間であるようだ。


「頑張り屋さんは好きだけどねぇ。でも、そーゆう『自分に厳しく』って、自分の地盤が固まってからの話じゃないかな?」


 自分への評価を下す代わりに与えられた警句に、焔は感心した。


「イイこと言うな」

「ハッハ。年長者のカッコ良さ、実はあるでしょ? ちょっと、付き合いなよ」


 歩き出した祈は、学園の裏門に向かっていく。授業はサボタージュして付いて来いということらしい。


 焔はブルブルと首を振って、抱えていたモヤモヤを一旦横に置くと、祈を追って歩き始めた。


 この時はまだ、この祈という男とも浅からぬ縁になってゆくことに、焔は気づいていなかった。

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