第4話 純情ヤクザの旅行店

私たちが店に復帰した日、この時を待ち望んだ様に例のヤクザ氏が店を訪問して来た。私達を呼んで、

「今日こそふたりで俺の店に来てくれ。頼む、もう時間が無いんや」

訴えるような目で見た。

この気迫に負けて軽く頷いた。

すると、

「今日6時、屋仁川(ヤンゴ)通りの室地ビルの2階シャレードと言う店だ」

言いたい事だけ告げるとコーヒーを一気に飲み干して店を出て行った。

驚いたママが2階に上がって来て、

「山田君、どうしたの一体」

「今日6時に玲子と二人で訪問すると約束したんです」

ママは烈火のごとく怒り、

「あんたはなんて事を言うの。事の大変さは分かっているの」

私が躊躇していると其れを受けて玲子が、

「二人で行きます。心配しないで下さい」

この返事に、あきれたのか、

「私も一緒にいくので其のつもりで、あなた達は分かってないネ」

怒って下に降りていった。


6時きっかり私はシャレード゙にママ、玲子の3人でいた。ヤクザ氏の名前は、山越 真一だと知った。両手の小指もあり話し方も論理的で妙に説得力があった。

ママが、

「山越さん用件は何でしょうか」

トーンを落として聞くと、ヤクザ氏は静かに話し出した。

「実はなワシには、大阪に分かれた女房と一人娘がおってな。今度、ええとこのボンと結婚するんや。そして、明日、旦那を連れて俺に挨拶にくるんやが、俺がヤクザと言うことは旦那には内緒やし娘にも俺は、ヤクザを止めて堅気になっていると言っているんで、それを証明せんといけんのや。だから頼むんやが俺が社長になって、お前ら二人が夫婦の振りをして娘夫婦を案内して欲しいんだ」

最後は気の毒なくらいつまりつまり話した。


一段落すると、山越さんは自分の過去を話し出した。

「シベリア抑留から帰還後、ちょっと遊んで警察官の紹介で、自衛隊の前進への入隊が決まったんだが、入隊前の気分転換で難波の千日前を歩いている時に、この世界の親分の目にとまって杯をもらって、この世界に入ったんだ。その後、出入りで刑務所に2回入って箔をつけた」

「へーそんな世界もあるんだ。すると前科2犯ですか」

玲子が、興味を示したがそれに答えず、

「俺は武闘派で、親分のために誠心誠意尽くしたんや。結婚もして子供も出来た。命のやり取りもやった。刀傷は3箇所、玉は2発受けた。其の時もヤクザを止める気にはならんかったが、ある出来事で稼業に疑問を持ったのと、子供の近くには居れなくなって此処に来たんや。これ以上は辛抱してくれ」

山越は涙目になった。


これを受けてママが、

「何故、この二人がそれにかかわらないといけないんです」

「既に娘には、都会から逃げて来た二人をワシが更正させて、俺の店で働かせていると言ってしまったんだ。だから引っ込みがつかないんだ。だから頼む。ほんま」

前にも増して懇願する様に言った。

これにはママも負けて、

「分かりました。何処の店に行けばいいの」

「県庁通り角の奄美旅行社。俺は其処の社長を4日間することで、あそこの親父とは既に話はついているんだ」

安心したのか静かに言った。

「今から一緒に行こう」

徒歩で向かい、5分で到着した。

其処には私と玲子の机とヤクザ氏の机が既に準備されていた。玲子は真新しい机に座り御満悦だ。

「社長、この案件はどのように処理いたしましょうか」

と聞くとやくざ氏は、

「そうやな、それは内田商店に連絡して処置しとけ。それで問題あるようなら俺に連絡するように。それが駄目なら俺がケツまくるから」

それを聞いて、玲子が社長に、

「ケツまくるは問題発言ですが」

「わかった。分かった」

短く答え、皆で笑ってその場は解散となった。


「山田君、今日から4日間、店には来なくていいから頑張りなさい。玲子も真をサポートしなさい」

そして行き付けの郷土料理店で、この企ての成功を願って乾杯した。

興奮したためか、何時もに増して回りは早かった。美紀ママは好きな割にはお酒が余り強くないのか、二杯の酒で顔が真っ赤になっていた。店を出てママと分かれようとするとママと玲子は二人で帰ると言い、私は一人で部屋に帰った。


私と別れたママと玲子はスナックに行って、歌の合い間にママから、

「あんたと山田君とはどんな関係」

と何度も問い詰められたが、それには『友達未満と答えるのみだった』と玲子から後で聞いた。素直に考えると、それが二人の真実の関係だ。そしてママから旦那の事を聞かれた。重い話で玲子は悪酔いした。


過去を奄美に捨てに来た整形(したかどうか知らないが)変身女と道を探している男との話など絵にならないものだが、其れを許してくれるのが奄美の太陽と海だった。私達は其れに甘える同志と言える存在だったのかも知れない。

所謂、四国遍路で言う同行二人と言うのが正解で、一人ではいけなくても二人なら行けるという存在かも知れない。

こんなことを考え、夜の星を窓から見ながら眠りについたが、途中スコールがあって叩き起こされてそれ以降、眠れなった。時間は午前5時だった。


少し早いが、7時過ぎに奄美旅行社に出向き中に入ろうとするが、まだ店は開いていなかった。店の前で待つこと30分ヤクザの山越氏が来て、

「すまんすまん遅れた。今、開けるから。俺より早く来たことを褒めてやる。その気持ちが大事だぞ」

店を開け自分の席に座った。

「山田君お茶」

「其れ古いです。いまでは社長は、自らお茶を入れて社員にサービスするんです」

「そう言うもんか今は。俺と世界が違うな」

自分でお茶を入れ始めた。

少しして玲子が来て、

「遅いぞ」

「昨日、ママにからまれて大変だったんです」

中身は言わなかった。自分の席に座り、暫くしてから段取り良くお茶を入れて社長と私に出した。

社長は、

「おい山田君それみいや社長には、お茶いれてもらえるやないか」

少しむくれた。

「さあ空港に迎えに行くで」

3人で外に出たが、

「お前、車運転せえや」

「私、出来ません。免許ないんです」

「ほんまか。お前は明治人か」

あきれ顔で言った。

玲子が、

「私やります。社長が部下を乗せて運転て変ですもんね」

「そやな、ほな頼む」

一言、言って車に乗り込んだ。玲子が運転し、助手席に私が座り後ろに社長だ。


大阪からの飛行機は、10時30分着だが空港には10時10分に到着した。玲子の運転が旨いと言うかスピードが速いと言うか、カーブの多い本茶峠越えの道路で、私は酔ってしまった。

此処でヤクザ氏の希望で、自分を納得させるために社長と連呼してくれと言うので私たち二人は交互に、

「社長」

「社長」

「社長、これお願い致します」

「社長お願いです」

「社長」

「社長」

と連呼した。これでヤクザの山越氏は完全に社長になった。

「玲子君、これ松阪さんにファックスしてくれたまえ。山田君、これを関西商事奄美支店に持って行ってくれたまえ」

板についた口調で言ってのけた。


この様にふざけていると飛行機の到着時間となり、娘夫婦と元妻が降りてきた。元妻が来るとは聞いていなかったみたいでヤクザ氏は慌てた様だが威厳を持って、

「やあ、洋子に智頭絵、元気やったか。それに婿殿も遠路はるばるご苦労さんです」

とまず挨拶して、私と玲子を3人に紹介した。

私が、

「社長には何時もお世話になっております。これから妻と二人で案内させて頂きますので、宜しくお願いします」

すぐに婿殿は、

「大北誠司です。宜しくお願い致します」

丁寧に挨拶した。娘は少し驚いた様な顔をして、

「智頭絵です。父がお世話になっています。今回は宜しくお願いします」

二人して頭を下げた。


全部で6人ということもあり、車を一台借りて二台で島を回ることになった。一台目に私と玲子それに若夫婦(正確には予備軍)、二台目に社長と元妻が乗った。

まず、あやまる岬に行き岬と海岸を見学した。因みに私はこの岬が奄美では一番好きで、都会人の心を揺さぶるものがあると思っている。太平洋と東シナ海が交わる潮目では、明るい海の色と黒っぽい海の色が交わって独特の色合いを見せるのだ。

此処で30分見学し、次に私が最初に泊まった用安海岸リゾートに向かった。


若夫婦と私と玲子の俄か夫婦は海岸に出て磯遊びを楽しんだ。地元料理の鶏飯(けいはん)を食べた。この料理は都会人に好評で、平たく言えばご飯にチキンラーメンの汁を掛けた様な感覚で、若者世代でチキンラーメンを知る者には特に受けが良かった。この説明は少し乱暴で玲子が、

「美味しい暖かいご飯に鳥のささ身、卵焼きを刻んだもの、ショウガ、ねぎ、千切りきゅうりと海苔を載せて、それに鳥ガラで取ったたっぷりの汁を掛けるんです。昔、薩摩藩の武士を接待するために考えられた郷土料理で、夏負けにも耐えることができるんです」

と適切な説明を行った。


この説明に安心したのか、若夫婦は、ご飯に具を載せてたっぷりの汁を掛けて一気にお腹に流し込んで満足感を味わっていた。

次は大島紬村に行って大島紬が出来るまでの工程を見学し展示品の試着をしてアイドル風写真を撮ったりして楽しんだ。良く似合っていた。玲子も智頭絵さんの勧めで大島紬に着替えたが、其処は控えめにして若夫婦に華を持たせることは忘れていなかった。

更に、名瀬市内のハブセンターでハブとマングースの決闘ショーを見て、自らの動物の血を滾らせたのち、大浜海岸に行って世界一と言われる奄美のサンセットを6人並んで見て、沸騰した血を落ち着かせた。世界一かどうか評価は分かれるが、真っ赤に燃える太陽が珊瑚のリーフで揺れる青い海に沈む光景は素晴らしく、太陽が水平線に沈み海の青と交わる時、一瞬赤色が大きく揺らぎ暫くして暗闇が襲ってくる。

暗闇が襲って来たのを受けて私たちは、宿泊先で名瀬を見下ろす高台にある奄美グランドホテルに送って別れた。


翌日は、若夫婦予備軍と私達偽夫婦で海に泳ぎに行く予定だ。私は龍郷湾沖の“こおとり”と呼ばれる岬を提案した。此処は陸地だが歩いていくのは困難で、番屋と呼ばれる船着場から船で30分の所にあり、プライベートビーチの様相があることにもまして、海が静かで透明度があり、釣りと海水浴とスキンダイビングが楽しめた。

手漕ぎ船で岬に向かい、100メートルほど前で船を下りて海に入り、珊瑚の間を縫って泳ぎ白砂の海岸を目指す。船が珊瑚のために接岸できないのだ。私は泳ぎが苦手だが、立場上弱音は言えず、道具、食料、着替え等を乗せたゴムボートを引っ張って陸地に向かう。他の3人は泳ぎ、時たま潜って海を楽しんでいる。


上陸後、皆で白砂の海岸を笑顔でダッシュした。

「気持ちいい」

玲子が言って空を見上げ、幸せに浸っている姿は天使が舞い降りたような錯覚に捕らわれた。それほどに魅力的な笑顔だった。綺麗な青い空と海、白い砂に馴染んでいた。

智頭絵さん達は白砂のプライベートビーチで遊び、岬の反対側の岩場で釣りを楽しんだ。

大物を釣り上げ、料理して刺身にして食べる予定だが空振りだった。

最後は沖に出て潜ってウニやサザエやエビを取って遊んだ。二人とも潜りは上手だ。それに合わせて玲子が少し遅れて付いて行く。1時間後、大きな袋2袋分の収穫を持って3人が戻ってきた。

早速、料理して食べる。私は都会派でこの様に海岸で食べる料理は余り好きではないが、他の3人は美味しい美味しいと盛んに食べる。


食事中、天気が俄かにおかしくなり黒い雲が岬を覆い、激しく雨が降ってきた。全員、私がボートに乗せて持って来た服と着替えた。玲子も着たが、玲子は黄色の小さめのビキニを着ていた。この予想外の光栄は刺激的で少しの間、私の脳裏を独占した。黒く日焼けした顔と肌とひざ小僧より下と日焼けしていない胸とウエストのバランスがなんともセクシーなのだ。こいつ抜け駆けしやがってと、心の中でつぶやいた。

雨はやむそぶりを見せないので、仕方なく洞窟に移って火をおこして暖を取った。海も荒れてきて、これでは予定の4時に迎えの船が来ることは難しいかもと考え始めていた。食料と水はあるので大丈夫と確認し余裕が少し出来た。


迎えが難しいことは二人には伏せて、取ってきた獲物を材料にバーベキューを再開することにした。持って来たアルコールで景気付けをおこなった。アルコールの力は大きく、これまで不安そうな顔をしていた智頭絵さんも陽気さを取り戻し、ポツリポツリと話し出した。

「山田さん、玲子さんご苦労さんです。迷惑お掛けいたします」

「いいえ、どういたしまして。お世話になった社長のためですから、気に無さらないで下さい」

更に玲子が、

「そうなんです。私たち夫婦がここにおれるのもお父さんのおかげなんです。感謝しています。お父様は、昔はヤクザもんで御家族に御苦労を掛けていたようですが、今では立派に更正されていますし」

智頭絵さんは納得した様な顔になった。

それを見て取って、私が、

「本当は結婚式にも出たいと言われていましたが、大阪に行くと顔が差すので。とも言っています。お嬢さんから出席してくれるようにもう一度頼まれたらいかがですか。なあ玲子」

「そうよキットお父さんも其れを望んでいますよ」

旨くつなげたが、私達を見透かしたように、

「皆さんお芝居がお上手ね。みんな知っているんですよ。父のこと。でも其処までしてくれる父がいとおしいんです。父が大阪に来れない理由は、他にもあるんです。実は私には二つ違いの弟がいたんです。それが7年前に単車の事故で亡くなったんです。それも父がヤクザだったことが絡んで。それで父は大阪を離れて此処に来たんです。」

「そうだったんですか。そのとき足を洗えばよかったのに」

周りを見渡しながら私が言った。

「父はヤクザしか出来ない人で。其れでしか生計が建てられないんです。毎月の仕送りをきっちりしてくれて、それで私は大学までいけて其処で彼と知り合ったんです。感謝しています」

「そうなんだ」

玲子が言った。

それを受けて智頭絵さんが、

「でもこの話はここだけのことにして。お父さんには今の状況を演じさせてやるんも峨親孝行じゃないですか」

「私もそう思います」

玲子と婿さん候補も頷いた。

「ところで山田さんて、死んだ弟に似ているんです。姿形それに声と話し方まで」

「それで山越さんが私に興味を示したんだ」

納得し頷いた。

智頭絵さんは、

「私もそう思います。弟は勉強が良く出来て、国立大学の文系を目指して勉強していたんです。特に歴史が得意で、考古学者になるのが夢と言っていたこともありました。でもヤクザの父とは面と向かって話せる関係ではなかったんです。弟はバイクが趣味で、家に帰って来た父と顔を合わせるのが嫌で、たまたま父が雨の日に早く帰って来た、と言うより訪ねて来たので、バイクで出かけて行ったんです。父は雨が降っているので、やめとけと言ったんですが。反対にその言葉に加速されるように家を飛び出して、家から少し離れた所の坂道で、鉄製のマンホールの蓋でスリップして転倒し亡くなったんです。あっけないものでした。それ以後、母も父を捨て、私も無視してきました」

此処まで言うと智頭絵さんは泣き崩れて彼氏の胸に顔を埋めた。私と玲子はこの場を少し離れて、岩場の奥に入った。玲子もうっすらと瞳が濡れていた。玲子を軽く抱き寄せた。


 山越さんは、息子の死にショックを受けて、自分の存在に疑問を持ち、この世に存在しない方が良いのではと考え悩んだ。それを、四国の有名な遍路寺の住職から、『先ず生きることが大事。“実の如く、自身を生きなさい”』と諭されて、奄美に来た。と言っていたのを後に聞いた。


長い時間のように感じられたが、ほんの数分の出来事だった様で、私たちが前に行った時には二人は笑顔で腕を組んで語り合っていた。

「ところで二人は本当に夫婦なんですか」

婿殿が自然な形で聞くので、私が、

「そうです」

玲子も、

「勿論そうです」

「その勿論て変じゃないですか」

旦那候補の大北誠司が言ったが、私はまた、勿論と言って茶化して皆で笑った。時間は8時を過ぎていた。雨と嵐は収まったが、この暗さでは今日の迎えは無理だと思った時、

「おおい元気か、智頭絵いるか」

海の方から声がして、それが次第に大きくなって来た。

迎えの船が来たのだ。船の舳先には大きな松明が付けられていて、船首にヤクザ氏と元妻が立っていた。私たちの姿を見るとヤクザ氏は、海に飛び込み大きなボートを引っ張り此方に向かって来た。接岸後、其れに智頭絵さんと婿殿候補が、もう一つに玲子と私が乗って船に引き返した。

船に戻ってひと段落して、私が、

「社長すんません。私の判断ミスでした」

それを受けて娘さんが、

「お父さん、それは違うんです。全くの不可抗力なんです。山田さんは私達に服を用意し、雨宿りの場所を探し、苦労して火まで炊いてくれたんです」

暫くヤクザ氏の反応を待ったが、

「分かった皆無事で良かった。さあ早く帰ろう」

娘を飽き寄せ、船を番屋に向けさせた。

今日予定の宿、用安海岸リゾートに着いた時には10時を過ぎていた。濡れた服を脱ぎ風呂に入り私たちは生気を取り戻した。

ヤクザ氏が、

「これからどうする」

「玲子に運転してもらって、これから帰ります」

「私、疲れた」

「じゃ泊まっていけや」

と遣り取りがあり此処へ泊まることになった。


ヤクザ氏が

「一緒でいいわな」

玲子が否定するのを待っていたが、其のそぶりが無いので慌てて声が出なかったが、辛うじて、

「二つお願いします」

と声を絞り出すと、

「変った夫婦だ」

笑いながら自分の部屋に引き上げた。

暫く私たちは此処にいて、今日の出来事を反省し、明日7時海岸で待ちあわせる事を約束して、

「ジャー。明日」

ハイタッチして指定された部屋に向かった。


翌日、目覚時計の力を借りて7時きっかりに起きて、シャワーを浴び海岸に向かうと其処に玲子はいなかったので、急いで部屋に向かって静かにノックすると玲子が出てきて、

「今頃、何」

「7時の約束」

やっと思い出した様で、私を部屋に招き入れ自分はシャワー室に入った。この行動に一瞬驚いたが、成り行きに任せた。しばらくして、玲子はシャワー室から起用にバスタオルを胸に巻いて出て、私に海を見るように注文して素早く普段着に着替え、二人で手をつないでヤクザ氏の家族が待つ食堂に向かった。

既に4人は着席していた。

「おはようございます」

挨拶すると皆がいっせいに挨拶を返した。今日8時に食事を取るには訳があった。と言うのはダイビングをするためだ。


ヤクザ氏は潜りの経験者でC免許、若夫婦予備軍も体験ダイブが出来る資格を持っていた。更に驚いたことに玲子も資格を所持していた。講習証を見せてもらうと小田前玲子22歳、東京都・・・・・と記述されていた。

予定通り、9時にリゾートを出航し午前中に1本ボンベを使い、リゾートに帰り食事、小休止の後、また1本ボンベを使うのだ。潜っている時間は賞味30分程度だ。元妻は宿で待機し私は、船に乗ってサポートし玲子とヤクザ氏一家が潜った。

今日の潜水ポイントは流れが静かで、深さも8m程度で初心者でも楽しめると船長、池大地さんが言っていたが、後で玲子に聞いた話でも結構楽しめて、海のなかではヤクザ氏が終始リードしたとのことで、親子の信頼感も醸成された様に思うと言ったので安心した。少しでも空白の時間を埋める事が出来て良かった。


リゾートに帰還後、タクシーを呼んでもらって皆さんにお礼を言って、私と玲子は名瀬に向かった。玲子を宿まで送り、港で降りて3階の我が家に向かった。


さすがに翌日は、10時まで起きることが出来ず、降りていくと玲子も来ていなかった。玲子は昼を過ぎた13時頃店に現れた。

事前調整でも有った様にヤクザ氏も現れて、

「兄ちゃんどうもありがとうな。助かったわ。家族への義理も果たせた。これでもう思い残すことはなにもないは」

笑顔だった。娘さんからも宜しく伝えておいてくれとの事だった。

昨日は、家族揃ってこれまでの事を話し合ったそうで大層感激していた。

「この埋め合わせはきっとするから。二人も夫婦みたいに仲良うしてな」

二人が無言でいると、

「今日は忙しいんでこれで」

玲子に2万円を渡し帰っていった。さすが気配りヤクザで義理堅い。


この金は夜、二人で食事し残りは玲子が取った。食事中、自然にヤクザ氏が娘の結婚式に出席するか、しないかが話題となり私が少し強引に、

「必ず出席する。出席する。きっと出席する」

何度も言ったので、

「山田さんて本当はすごく強引なんだ。それをここでは隠してる」

「そんな事無いですよ」

むくれて少し大きな声で言ったので、

「やっぱりジョッパリだ」

玲子が言い結婚式へ出席するかしないかの結論は出なかったが、私の本質は強情で強引なことは、玲子にすっかり知られてしまった。

でも良いことも有った。出された黒糖焼酎の瓶に書かれているキャッチフレーズをもじって玲子は、

「天に太陽、地に砂糖キビ、人には黒糖焼酎で乾杯」

このフレーズを考え出したことだ。この日から玲子は黒糖焼酎を飲む時、多用する様になった。

 飲みながら玲子が、

「真、私達良い仕事したね」

「玲子も、これからも二人で頑張ろう」

「何を・・」

私が問い、話しは終った。この時、玲子が初めて私の下の名前を呼び捨てにしたが違和感が無かった。

 これでまた段階が変わったかも知れない。


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