みるなの内裏

東條文緒

第1話

 京の都は、年の暮れの大にぎわいの中である。

 御仏名や御読経をはじめとする仏事がたてこんで、大邸宅を出入りする貴族の豪華な牛車が大通りを行き過ぎると、出だし衣が折からの風にひるがえって華々しく舞い、眺める人々の気持ちを浮き立たせた。布施を山のように抱えて僧の一団が神妙な顔つきで大路小路を行くさまも、年の瀬のせわしなさに拍車をかけて、新しい年を迎える準備に、町は追い立てられるような活気に満ちている。


 そんな喧噪の十二月二十八日未明、西二条院から火の手が上がった。

 厨の小さな失火は風に乗り、後手後手の消火作業にますます勢いを増して、とうとう丸一日かけて邸を焼き尽くした。夜になってやっと火勢は衰えたが、その時、闇を引き裂いて、物の怪がけたたましい声をあげながら、南を目指して飛んで行った。その声を追うように、もう一つ別の声が、悲鳴のような叫びをあげて南に向かった。

 往来の野次馬は、身の毛もよだつ声を耳にして、家の中に飛び込んだ。新しい年を待つ身に、物の怪のたたりはごめんである。だが、この年の瀬に、何かが起こる気配を誰もが感じていた。


 西二条院の南に五条宮はある。年の暮れをよそに、邸は門をぴたりと閉じたまま、息を殺していた。ここは時の帝・八条帝の中宮禎子の里邸である。中宮は第三親王の出産のため、五条にある平匡業邸に下がっていた。

 西二条院が焼け落ちた頃、五条宮で中宮は八条帝との間の三人目の親王をお産みになった。喜びの声があがった後、やがてその声は慟哭の波に変わる。声は狭い邸を幾重にもこだまして、地なりのように漆黒の往来にうねり出た。軒を連ねた五条の粗末な家々は、その叫びに耳をすませた。

「五条の宮で何か起こった」

 誰もがそう予感した。

 家の戸口からそっと外を覗いた者は、その時、確かに見たのである。五条宮から、まだ明けきらぬ闇の空へ、ぞっとする笑い声が飛び立ったのを。声は、はるか上空を旋回し、やがて一直線に北東へと飛び去って行った。

「物の怪が五条宮から北東へ飛んで行った」という噂は、あっという間に洛中を駆けめぐった。

 その方角には安倍清明の邸がある。このとき清明は往来へ出て、

「たった今、ここを殿がお通りになった」

 そう、つぶやいたという。






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