怪異的な彼女 ~だけど真犯人は別にいる?~

赤月カケヤ

エピローグの直前に読み返すとゾッとするプロローグ

――俺はなんて馬鹿なんだ。


 激しい自責の念に駆られながら、俺は走っていた。駅に近づくにつれ、人や車の姿も少なくなっていく。


 最近、彼女ができた。両想いになったことに浮かれてばかりいて、彼女の苦しみを何一つ知ろうとしなかった。


 俺が、恋人のできた喜びに頬を緩めて間抜け面を曝していた頃、彼女は酷いイジメに遭っていたのだ。

俺がそのことを知ったのは、ついさっきだ。


 目の前に金網のフェンスと線路が見えてきた。すぐ右手にはプラットホームと薄い鉄板の壁が見える。


 その壁の向こうで、おそらくは今もイジメが行われている。


 道を直角に曲がり、線路と平行に走る。駅の無人改札口は、この道をずっと行った先にある。

 その距離が今は邪魔だった。


 ホームの手前数メートルのところに、フェンスが傾いて隙間の空いている場所があった。

 荒い息の下で、思考を走らせる。ここからなら中へ入れる。ショートカットだ。


 俺がフェンスの隙間に体を押し入れたタイミングで、いつの間にかやってきていた電車が、激しいブレーキの音を響かせた。


 風の塊を俺の体にぶつけながら、急速に速度を落としていく。


 そして次の瞬間、


 ぼんっ


 という短い破裂音が聞こえた。


 ――血の気が引いていくのが、自分でもわかった。


 ホームによじ登り、辺りを見回す。がらんとした空間。人の姿はない。


 臭いがした。

 言葉にできないような胸糞の悪い臭いが充満している。


 停車した電車のドアが開き、ぞっとするほど蒼白な顔をした運転手が姿を見せた。


 俺は運転手のほうへ小走りに駆け寄る。


 途中、何かが足にぶつかって床の上を転げていく。

 妙に重たい感触。

 それでいて痛みをまったく感じないほどやわらかいモノ――。


 それは、肘から先だけになった、人間の腕だった。


(誰の腕だ?)


 そう思うと同時に、そんな疑問を掻き消すほどの猛烈な嘔吐感が襲ってきた。


 壁に行き着くまでの間我慢して、一気に口の中の物を吐き出す。


 ふと人の気配がして、後ろを振り向いた。薄汚れた夏服。次に見知った顔が目に入ってくる。


 真白陽奈。


 俺の彼女だ。


 よかった。陽奈じゃなかった。

 そう思うと同時に、ある事実に気がついた。


 電車が到着したとき、ここには二人の人間しかいなかったのではないか。


 一人は陽奈で、もう一人は千切れた腕の持ち主――。


 まじまじと彼女の顔を見る。


 色白で頬が少し赤みを帯びた顔は、今は暗闇にぼんやりと浮かび上がる、死人のような色に変わっていた。


 小さく震える彼女の身体を、俺は思いっきり抱き締めた。


「私が……」


 彼女の凍えたような唇から微かに言葉が漏れる。


「言わなくていい!」


 俺は思わず叫んでいた。その先は聞きたくなかった。


「いいんだ。何も言わなくて。もう、大丈夫だから。ごめんな、今まで何もしてやれなくて。ごめん。でも、もう大丈夫だから――」


 俺は彼女の手を取ると、ホームを後にした。


 去り際に、ちらりと運転手の様子を確かめる。

 彼はただ、ホームの一角の誰もいない空間を、呆然と見つめているだけだった。

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