5-6

 何だ? 何が起こった?

 急展開に急展開が相次ぎ、俺たちは狼狽する。


 するとどこからか「火事だ!」と言う声が聞こえて来た。

 あの声は……基樹先生か。

 慌てて廊下に出ると、そこで基樹先生と鉢合わせる。


「先生! どしたんすか!」

「駿河! お前無事だったのか!」

「えっ? それってどういう――」


 ボンッ! と言う爆発音がして、俺たちは一瞬身を屈める。

 その時、俺は見た。

 二階の家庭科室の窓から、煙が大きく上がるのを。


「二年生が調理実習でまだ取り残されてるって!」


 誰かが叫ぶ声がして、心臓が早鐘の様に鳴り響く。

 哲、三科さん、みんな……。


「くそっ!」


 俺は気がつけば走り出していた。

「駿河!」と基樹先生が制止する声も振り切って。


「戻って来い!」

「まだみんなが居るんすよ!」


 二階の廊下には、濛々もうもうと黒い煙が立ち込めていた。

 物凄い熱気に、思わず顔をしかめる。

 中に居る生徒は、無事なのか。


 考えていると、すぐに何人かのクラスメイトがこちらに走ってきた。

 命からがら逃げ出して来たのだろう。

 見知った顔ぶれに、内心安堵する。


 階段の方まで逃げてきて泣いている女子に「中はどうなってる?」と俺は声をかけた。

 

「駿河君、まだ何人か中に居て……全然、余裕なくて……」

「何がどうなったんだよ」

「火が近くの物についちゃったみたいで、慌てて消そうとしたら一瞬で火が広がってきて、本当に訳わかんなくて……」


 先ほどの光景を思い出す。

 爆発音がしていた。

 近くの布巾に火がついて、そのまま近くのコンロに引火したのかもしれない。

 じゃなければ、こんなに一瞬で燃え広がるわけがない。


 すると、次にまた数人が姿を見せた。

 逃げてきた生徒は、結構な人数が居る。

 もしかしてみんな、助かったんじゃないか?


「駿河君……」


 出てきた人の中に、三科さんの姿があった。


「大丈夫?」


 尋ねると、彼女は首を振る。


「まだ二人残されてて……」

「誰だ?」

「先生と、哲君。私達を逃がしてくれたけど、先生助けようとして哲君が煙吸っちゃって」

「……わかった」


 俺は近くにあるバケツの水を持つと、意を決して教室に近付く。

 物凄い熱に、吹き出た汗が次々に乾いた。

 皮膚が焼けそうに熱い。


「哲!」


 叫ぶも、やはりと言うか、返事はない。

 教室の開け放たれたドアから、不意に炎が吹き出てきた。

 かなり火の手が回っている。時間はなさそうだ。

 

 行くしかない。

 俺は意を決して、水を頭から被ると炎の中に飛び込んだ。

 

 そこは地獄だった。


 炎が巡り、全てを焼き尽くそうとしている。

 熱気が室内に満ち溢れ、煙が酷くて視界が悪い。

 肌を突き刺すような炎が、浴びたばかりの水を一瞬にして乾かしていく。


 ボサボサしていられない。

 身を低くし、這いずるようにして俺は二人の姿を探した。

 すると、、奥の方に人影があるのが分かった。

 哲と先生だ。二人共倒れている。


「哲!」


 声をかけるも、二人共ピクリともしない。

 焦る気持ちを抑えながら、何とか進む。


 焼け焦げた天井の木片が落ちて来ないことを祈りながら、ようやく二人の元へとたどり着いた。だが、呼吸をしているのかしていないのかも分からない。

 とにかく今は、出来ることをやるしかない。


 俺は先生の口にハンカチをあてがい、哲がつけていた調理用のバンダナを奴の口に巻いてやる。そのまま引きずるように二人を出口のほうへ引っ張った。

 二人の気絶した人間は俺には重すぎる。全然動かない。

 それでも、やるしかない。火事場のバカ力が出ている気がした。

 

 もうすこし、もう少し。

 自分に言い聞かせ、なんとか進む。

 と、出口まで来て、俺は思った。


 どうやって出るんだよ、コレ。


 出口は炎で防がれていた。

 とても人を担いで出られる状態じゃない。

 入ってきた時みたいに、思い切って飛び込めば何とかなるかもしれないが……。

 気絶した人間を、それも二人も投げることは、今の俺には出来そうになかった。

 

 どうする? 考えている暇はない。

 

 逡巡していると、不意にドンッと言う衝撃と共に、地面が揺れた。

 途端、入り口の炎が消える。


 何が起こった?

 一瞬、困惑したが、すぐに気付く。


 トカゲのような、鱗に覆われた尻尾。

 それが、煙の向こう側から入り口の炎を叩き消したのだ。


 誰かが中に入ってくる。

 見覚えのある小さい人影が。

 

「龍音?」


 背丈の小さな、半人半龍。

 それは間違いなく龍音だった。


 尻尾を生やし、二足歩行をし、皮膚の半分以上を鱗で覆った、人の姿をした龍。

 その光景は、今まで半信半疑だった俺の疑問を拭い去るには十分だった。


「龍の子……」


 気付けば、俺はそう呟いていた。


 龍音は、一瞬大きく、煙ごと息を吸ったかと思うと。

 肺を思い切り膨らませて、一気に空気を吐き出した。


 次の瞬間。

 圧倒的な突風が、一気に室内から外へと吹き荒れた。

 俺は思わず、先生と哲が吹き飛ばされないよう、その場にうずくまる。

 もの凄い勢いの風は、煙を一気に押し流し、炎を瞬時に鎮火していく。

 

 龍の息吹ドラゴンブレスだった。

 

 次に顔を上げた時、先ほどまで猛威を振るっていた炎はすべて消えていた。

 完全に鎮火している。

 おまけに、窓にヒビまで入っていた。

 目の前で起こった現象が信じられず、呆然とする。


 パチパチと、焼け落ちた木々が燃え終わった音を立てていた。

 割れた窓ガラス、ボロボロになった天井。

 どこか遠くから聞こえるサイレン。


 全てが、俺の理解を超えている。

 

「龍音……、お前」


 本当に龍だったんだ。

 その現実が、俺の思考を止める。

 

 すると、龍音は力を使い果たしたのか、ふらふらと俺の元まで歩いてきて。

 くたりと腕の中に倒れこんだ。

 俺はそれを、正面から抱きとめる。


 龍音の皮膚は、もう普通の人間だった。

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