8.泣いてる女の子
スーパーを後にするとスバルは再びアテもなくぶらぶらと集落の中を歩き回る。
どこか見晴らしの良いところに腰掛けて、大好きな焼きそばパンを堪能しよう……などと考えてはいたのだが、これと言って決まった場所を事前に決めていたわけでもないので、適当に見て回っているだけだ。
「それにしても……」
しばらく歩いて気づく。
「ここって見晴らしの良い場所なんて、どこにも無いじゃないかぁぁぁ!」
苛立ちを爆発させて独り叫ぶ。その声は虚しく山の緑の中に吸い込まれて行った。
それもその筈、ここ付喪牛は山深い場所にある小さな集落である。あっちを向いても山。こっちを向いても山。緑はあっても遠く離れた下界を見渡せる、夜になったら夜景がキレイだなんて言えるような眺望なんてものはカケラも無い。
「むうぅぅ〜。オマケに出歩いてるニンゲンも殆ど無いと来てる……」
田畑は村のあちらこちらに見られるが、遠くにポツンポツンと人影が見られるくらいで、通りを歩いている者はスバルくらいのものであった。
まあもっとも……他に人が居たからといって、率先して慣れ合うつもりもスバルには無いのだが……。
「……なのに、何でかニンゲンの方から気安くワァに話しかけて来るんだよなぁ……。どうなってるんだ? この時代のニンゲンどもは……」
スバルの生まれ育った時代では、鬼たちは人間から忌み嫌われており、また恐れられてもいたために、鬼と見ればまず逃げるか、好戦的な人間などは刀や槍で襲いかかっても来たものだ。
それがこの時代に来てみれば、人間たちは鬼であるスバルに愛想良く接し、ある者は友達感覚で、またある者はどういうわけか憧れのような眼差しを向けるというスバルには理解し難い世界になっていた。
「度し難いな——お……?」
難しい顔で歩いていると、少し先に高台になっている場所を見つけた。
周囲を石垣で固められた台地の上に広い空き地があり、その奥に大きな木造の建物が見える。
その場所からなら、村全体を見渡せそうだ。
「でも、待てよ……? あそこって確か、月人たちが通ってる学校とかいうとこだったな……」
丁度、この時間は月人も弓月も学校に行っている。つまり今見えている建物に居るのだろうが、スバルは月人たちから釘を刺されていた事柄があった。
「部外者が勝手に入っちゃいけないんだったな……。うぬぬぅ……あそこだったら景色も良さそうなのに……」
と、独り……誰もいないのに悪態をついている。
そんな時だった。
スバルの立ち尽くしている通りの向こうから、小さな女の子がベソをかきながらトボトボとやって来るのが見えた。
恐らく五、六歳といったところだろう。
少女はスバルの姿に気づくと、「あ……」と戸惑った様子で足を止めた。
「お、おう……」
少女の反応にスバルもどう返して良いものやら微妙な顔をする。
何となく気まずい……。
しかし、少女はスバルの事を怖がっているのではないようで、何かを訴えようと口を開くのだが、どうして良いのか躊躇っているようでもあった。
「な、何だ? ワァに言いたい事でもあるのか?」
強い口調で言ったつもりはないのだが、少女は途端に顔をクチャクチャにして、今にも大泣きしそうになる。
さすがにスバルも慌てた。
「ちょ、ちょっと待て! 何で泣いてるんだ? そ、そうだ! これ食べるか? 元気出るぞ?」
と、ダッフルコートの内ポケットからスッと焼きそばパンを取り出す。
ダッフルコートの内側には大きめのポケットが無駄にたくさん付いており、それぞれに買ってきた焼きそばパンを差し込んである様は、まるで服の内側にダイナマイトを仕込んだテロリストだか銀行強盗のようだ。
「お姉ちゃん……魔法使いみたい……」
何本もの焼きそばパンを仕込んでいるスバルの姿に少し安心したのだろう。少女は焼きそばパンの一つを受け取ると、不思議そうにスバルの顔を見上げて、口元に柔らかい笑みを浮かべた。
「魔法使いじゃなくて鬼だから妖術は使えるぞ!」
月人でも居れば「小さい子相手に何を威張ってるんだ」と突っ込まれそうだが、少女は魔法と妖術の違いが分からないのだろう。キョトンとしているだけである。
「それで? 何を泣いてるんだ? いずれこの国を平定する鬼の王、このスバル様が聞いてやる。ふふぅ〜ん。ありがたく思うが良いぞ〜」
大層な鼻息だ。
すると少女はスバルから貰った焼きそばパンを、その小さな口で小鳥のように啄ばむと、
「ミーコが居なくなっちゃったの……」
と、か細い声で答えた。
「ミーコ? ナァの母親か?」
そんな筈ないだろ!
……と、突っ込みたくなるが、生憎とこの場にツッコミ担当が居ないので、そのまま当たり前のように会話が続く。
「ウチの猫……」
「猫ぉ? ナァは猫が居なくなったくらいで泣いてんのか?」
コクリと頷くが、スバルの「猫が居なくなったくらいで」が少女の傷口を広げたのか、またぞろ涙を浮かべて嗚咽を漏らし始めた。
これにはスバルもさらに慌てて、
「だぁぁぁ! わ、わかった! ワァが一緒に探してやるから! だから、もう泣くな! 頼むから!」
必死になだめ……五分くらいはかかったであろうか……。少女がようやく泣き止むと、二人は一度、スバルの来た道を戻る事にした。
「それで? ナァの名前は?」
「
「カンナか……。ワァはスバルだ! 偉い鬼なんだぞ!」
「うん……知ってる」
そう言われてみれば、今し方、自分で名乗っていたのだった。
その事を思い出して急に気恥ずかしくなったのか、「そ、そうか……」とぶっきらぼうに答える。自分でも分かるくらい頬が赤くなっていた。
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