2.食べ歩き

 祭りが本格的に始まるのは夕方からだという。しかし、出店などは昼過ぎから始まっているところが多かった。

 人口が少ないため、出店の数はそれほど多くはないものの、それでも祭りには定番とも言える焼きそばやリンゴ飴、たこ焼き、金魚すくいなどの出店が十以上出ているし、付喪牛の人達が全て出て来ているので、狭い集落ながら、こんなにも人が居たのかと驚かされる。


 月人とスバルは昼食を取らずに二人で歩き回って見ようという事になった。

 弓月はというと、どうやら学校の友達に誘われたとの事で、御神体のお練りが始まる頃になったら合流しようとの事であった。

 つまり、それまではスバルとのちょっとしたデートである。


(こういう時って、どうしたら良いんだろ……?)


 相手が鬼とはいえ、月人も妹以外の女の子と二人きりでお祭りに行くなんて事は初めてだ。

 嫌でも変に意識してしまうし、勝手がわからないから余計にあれこれ悩んでしまう。


「月人? どうかしたのか? 難しい顔して……」


 一方のスバルは天真爛漫でいつも通りブレる事がない。月人がどうしてそんな顔しているかなんて想像もつかないのだろう。

 藍色の地に金魚をあしらった浴衣姿で上目遣いに覗き込んで来るものだから、思わずドキッとしてしまう。


「二週間くらい便秘が続いてるみたいな顔してるぞ?」

「別にそんなんじゃないから……」


 見た目に反して言うことは下品だ。それにしても……。


(こいつ……こんなに可愛かったっけ……?)


 いや、実際に目鼻立ちに関してはかなり整っている方だろう。

 けれど、やってる事はハチャメチャで尊大な態度がデフォルトであるし、頭脳明晰であっても精神的に幼いといったところから普段は色気というものが皆無なのだ。


「あ、月人! 焼きそばがあるぞ! パンも買って挟もう!」


 思わず見惚れていた月人の気など知るよしも無く、腕を引っ張ってせがむ。そんなところはやっぱり子供だ。


「おまえ……折角の祭りの焼きそばを焼きそばパンにしちゃったら、いつもと変わらないだろ。それに、残念ならがパンを売ってる普通の店は祭りの間だけ休業だ」

「ええぇぇ⁉」


 口をへの字に曲げ不満を露わにする。

 まるで好物の焼きそばパンが二度と食べられなくなってしまったかのような……そこまでガッカリしなくても……と言いたくなる程の憤りと悲愴に満ちた顔だ。


「たかが祭り如きで本業を疎かにするとは……。やっぱり一刻も早くワァがニンゲンどもを支配する世に作り変えないとな!」

「それはもういいから」


 変なところで使命感に燃えるスバルの脳天に軽くチョップを食らわしてやる。大体、たかが焼きそばパン如きで国家転覆を企てられても困るというものだ。


 まあ、それはそれとして……。昼食を抜いていて空腹であったし、スバルが焼きそば屋の真ん前まで引っ張って来てしまったので、折角だから焼きそばだけでも買う事にした。


「あ、月人! あれ何だ?」

「お、おい!」


 スバルは興味を惹かれたものに、すぐ食いつく。本人にそんなつもりはないのだろうが、月人の姿など全く見えていないかのように、その場にほっぽって走って行ってしまう。

 何にでも食いつく辺り、まるで池の鯉のようだ。


「これこれ!」


 スバルは月人から大分離れた場所で立ち止まり、とある出店を指差し興奮した様子で声を張り上げていた。


「雲が売ってる!」

「んん?」


 月人がその出店の前までやって来て見ると……何の事はない。祭りの出店にはよくある綿菓子だ。


「はっはっはっ! 雲は良かったなぁ」


 手ぬぐいを頭に巻いた店のおじさんは大笑い。今日び綿菓子でこんなに驚く者も稀少であろう。


「スバル、綿菓子知らないのか?」

「わたがし……? これもお菓子なのか?」


 あれだけネットにハマって現代の情報を集め、すっかりこの時代に馴染んでしまっていたから、綿菓子くらいは知っているのかと思ったが……意外にまだまだ知らない事も多いようだ。


「食べてみるかい? 甘いぞぉ」


 早速、おじさんは売り込みに入っている。食いついたら勧めるというのは商売の鉄則だが、なかなか抜け目がない。


「月人ぉ……」


 愛玩犬のような潤んだ瞳で見つめらる。そんな目で懇願されては「ダメ」とも言えない。


「はいはい……。あんまり突っ走るなよ? あとで楽しみが無くなるぞ」


 さっきの焼きそばも食べかけなのに、今度は綿菓子。

 まあ、それが祭りの醍醐味でもあるが、如何せんここの祭りは店も少ないので、ペースを落とさないと御神体のお練りが始まるまでやる事がなくなってしまう。


 しかし、スバルにとってはありとあらゆるものが新鮮で、そんなペース配分など全く気にしていないようだった。


「んんっ! んまいっ!」


 綿菓子の新食感に感激している。現代の子供でも、綿菓子如きでなかなかこれほどの反応を見せる子はないだろう。

 それが月人には何だかおかしかった。


「ふわふわしてて、口に入れると直ぐに消えちゃう。でも、甘い! ワァ、こんなの初めてだ! ……ん? 何、笑ってんだ?」

「いや……。ホントに嬉しそうだなぁって……。大体、それ……材料なんてザラメだけなんだぞ?」


 確かに美味しいとは思うが、これほど原価のかかってないお菓子もそうそう無いだろう。


「ふぅん……。でも、ワァの生まれた時代には砂糖なんてものも無かったからなぁ」

「ああ、まあ確かに……」


 厳密に言えば日本に砂糖が入って来たのが奈良時代であるそうだから、スバルの生まれた頃には既にあった。が、当然のように昔は貴重な物だったから、砂糖なんてものは貴族などの上流階級にしか手に入れられなかった筈だ。

 スバルのような朝廷から迫害され続けた鬼族では、その存在すら知らなかったかもしれない。


「おまえの忌み嫌ってる人間の世だけど、豊かにはなってるだろ? そういう物が気軽に食べられるようになってるんだしさ」

「ん……。まあ、それは否定しない」


 少しだけ言葉にトゲがある。否定しないと口では言ってるし、実際に認めているのだろうが、やっぱりどこか不満げだった。


(無理もないか……。スバルにとっては一族の仇だもんな)


 月人には友好的に接してくれているし、付喪牛の人々とも口では色々言いながらも何だかんだで嫌っている様子はない。

 スバルの心の内を見る事はできないが、どれだけ友好的に接していても、人間が自分の家族や仲間たちを滅ぼした仇敵という事実だけは抗いようがないのだろう。

 その事を思うと、月人は何となく寂しくなった。


(こんなふうに思う事なんて……ずっと無かったのにな……)


 自分でも知らず知らずのうちにスバルに対する意識が変わって来ていた。その事が不思議でならない。

 けれど決してそれは嫌なものではないし、しかし、どこか胸の奥がチクリと痛むような、言いようのない気持ちがあった。


「ん? 月人、あれは何だ?」


 月人がそんな事を思っている最中でも、スバルの興味の対象はコロコロ変わる。


「だから走るなって!」


 サンダル履きなので、あっという間に遠くで行ってしまうような事はないが、何かに興味を惹かれる度に月人をほっぽって行ってしまうので気が気でない。

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