5.認識のズレは果てしなく

 結局、本人に反省の色は無し。傍若無人なところはあるものの、身を隠すという事に関しては、これ以上、何を言っても無駄だろうし、スバルの言うことにも一理あるため、月人たちも折れるしかなかった。


 ただし、それは良いとしても、もうひとつ……何が何でも言っておかなければならない事がある。


「で……? このバカみたいな食料の数々は?」


 月人でさえ身震いを禁じ得ないほど冷たい口調で弓月が尋ねる。弓月から発せられる怒気で家中の空気がピリピリと張り詰めているような感じさえする。


 弓月が怒るのも当然だ。この居間に散乱した無数の空き袋や空き容器に加え、ビニール袋にまだまだいっぱい詰まっている食べ物を見れば、月人だってスバルに詰め寄りたいくらいである。


 けれど、月人も口を出せない……そんな雰囲気を弓月は作り出していた。


「食べ物が全然無かったからなぁ。ワァが買って来てやったって言っただろ? それにしても……この時代のものは美味いな! 特にこの焼きそばパンとかいう物が気に入ったぞ!」


 嬉しそうにビニール袋の中から焼きそばパンを取り出して机の上にひとつ、ふたつと並べて行く。さっきも同じ物を食べていたのに、いったいいくつ買って来たのだろう?


 思い返してみれば、先ほどスーパーアヤオリに立ち寄った際、パン類の棚がスカスカになっていた気がする。まだ納品が来てないのだろうくらいにしか思ってなかったが、犯人はスバルだったのだという事が現状を見てハッキリした。


「朝、出かける時におにぎり用意しといたでしょ!」

「ああ……あれなぁ……。あんなスズメかウズラの餌みたいな量で足りる筈ないじゃないか」


 これには月人も弓月も愕然とする。

 しかし、この有り様を見れば納得だ。スバルはこんな小さな体をしているのに、食べる量は人の平均レベルを遙かに上回っているのだ。「痩せの大食い」という言葉があるが、まさにそれである。


「そういやニンゲンは小食なんだったっけ? ワァなんて、これでも鬼の中では小食な方だったんだけどなぁ……」


 そこは鬼であろうと女の子だからなのか、少し照れ臭そうにして食べる手を止めた。


「そ、その……あんたがそれだけ食べるって事に関しては、確かに誤算だったけど……。でも、それはそれ! これはこれ!」


 弓月も少しばつが悪そうに頬を染めていたが、問題はそこじゃないとばかりにスバルに食ってかかった。指先をスバルの胸にあてて、ズイッと迫る。


「わたしがお金を置き忘れてったのも確かに悪いけど、あんたがそのお金を勝手に持って出て、買い物した事が問題なの!」

「ん? だって、金が無きゃ食料を買って来る事もできないじゃないか」


 スバルはキョトンとしている。咎められている理由が全く理解できていないようだ。


「いくら相手がニンゲンだからって、ワァは盗みを働いたりはしないぞ? その辺り、ワァは定められた規則はちゃんと守るようにしてる。王として君臨しようという者が秩序を乱しては、王の資格はないからな」

「そういう事を言ってるんじゃなくて……あ、いや、そういう事も含まれてるんだけど……ああ、もう!」


 こう言ってることがズレていると弓月も一からどう説明して良いものやら分からず、癇癪を起こす。

 一方のスバルはその場にあぐらをかいて、食べる手は止めて、ちゃんと聞いている。とは言っても、理解できていないため怪訝な顔であるが……。


「あのな……スバル。そのお金だってオレたち家族のものだ。それをおまえが勝手に持ち出すのは罪になるんだぞ?」


 説明に困っている弓月の代わりに月人が教えてやろうとするのだが、スバルは眉を顰めて、


「んん? だって、ワァはナァの嫁じゃないか。だったらワァだって家族だろ?」


 と、まあ……呆れるほど認識にズレがある。


「そこは認めた覚えないけどな! それはそれとして、仮におまえが家族の一員だったとしても、家族のお金を勝手に使っちゃいけないんだよ。それだって立派な盗みになる。昔はどうだったか知らないけどな」

「ううぅ……ニンゲンの築いた国は何かとしがらみが多いなぁ」


 スバルは眉間に皺を寄せて頭を抱える。まあ、確かに色々としがらみがある事は否定できない。月人たちだって時には窮屈に感じることもあるのだ。


「まあ、仕方ない。そういう事なら、ナァの言うことに遵ってやる。ワァとて、つまらない事でニンゲンどもの虜となって身動き取れなくなったら君臨どころじゃなくなるからな」

「何となく動機が不純な気がしなくもないけど……まあ、理解してくれたんなら何よりか……」


 所詮はこの時代に目覚めて二日目である。この時代のルールを直ぐに把握できるものじゃないし、少なくともルールに遵ってくれると確約してくれたのだから、落としどころとしては妥当だろう。


「でも、それもワァがこの国の長となるまでの話だ。ワァが王として君臨した暁には『家族の物は家族全員が自由に使える』という規則を設ける事にしよう」

「結局、それかよ……」


 国家転覆なんて盗みとは比較にならない程の大罪なんだけどなぁ……と内心思いつつ、言ってもこればかりは聞かないだろうと、月人はため息をついた。


 話は纏まった……とも言い難いところではあるが、ひと段落ついたところで弓月は「夕食の支度しちゃうね」と席を立った。月人も夕食前に風呂でも沸かしておこうと席を立とうとするが、


「あ、そうだ……。そう言えば、月人に聞きたい事があるんだ」


 スバルにも何か用事があったらしく、華奢な手で手首を掴まれて呼び止められた。

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