第7話 ハゲがバイトをする。

ハゲがバイトをする。

この字面だけで、ハゲてる自分でも滑稽な気がする。ハゲてるのにバイトしてる場合か!とか、真剣な話をしている時に何をハゲているんだ!とか言われると、たまに笑ってしまう。

なぜこんなにハゲが馬鹿にされるのかはわからない。哲学的な話は後にして、弁当屋のアルバイトの面接に行こうと思い立った。


履歴書の写真。

まずこれが第一関門だった。

真正面から帽子を被らずに撮る。普通の人ならなんてことない行為だが、僕には一番苦しいことだった。

正直、何度かハゲを隠さずに生きていく道を考えもした。でもダメだった。

短髪にしようが、スキンヘッドにしようがハゲの短髪やハゲのスキンヘッドは、普通のそれらとは見た目が違うのだ。

また、中年ならともかく20歳そこそこの年齢でハゲを暴露するというのは辛すぎた。


ほとんど残っていない前頭部に、あらゆるところからちょっとずつ髪を分けてもらい、何とか格好をつける。

実際に見ると明らかに不自然だったが、写真ならまだなんとかなりそうだった。

証明写真の機械に入り撮影。


カシャ


僕の前髪を、無慈悲なフラッシュが貫通していた。

スッカスカ。

前髪というより、頭皮に黒線が散らばっている。この光景は見たことがある。いつか夕飯で見たひじきご飯だ。


悲しくてたまらなかった。写真1つで涙が出そうになる。

証明写真の機械の中で、ひじきご飯写真を見ながら5分ほどうなだれたが、徐々にこの理不尽さに怒りがこみ上げてくる。


発作的に機械を飛び出し、近くにあったスーパーへと駆け込んだ。

購入したのはマジック。


僕はトイレに入るなり頭部に怒りをぶつけた。怒りや悲しみが暴発したのだ。自分の頭を芸術作品にしてやろうと思った。マジックを叩きつけるように頭皮に書きなぐった。


前衛的な作品…には程遠い、見るも無残な落書きが完成した。


ふと、考えた。

この頭で証明写真を撮るだけ撮ってみようか。もしかしたら、奇跡が起きてマシに見えるのではないかと。いや、でもそんなに上手く行くはずがない。そんなので誤魔化せるなら誰でもやっているはずだ。

ほとんど期待せずに写真機に入って撮影をした。



奇跡は起きなかった。

正直言うと少し期待していたが人生とは無情だ。

やはり神は敵だった。絶対に僕を救わない。むしろ、僕を苦しめてほくそ笑んでそうな雰囲気さえ感じる。


その後、頭を洗い、髪を整えて、光が弱い証明写真の機械を半日ほど探して撮影。

ギリギリ納得のいく写真が撮れた。薄らハゲの写真だったが…。

お金も時間もかかったが、アルバイトに向けて一歩前に進んだ。

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