第8話 不安

「なぁ、光、もしお前以外に人間の仲間がたった1人しかいなかったら、そいつと仲良くなりたいか?」

「どうしたの? ゴウキおじさん、いきなり」


 ゴウキのアパートの部屋に遊びに訪れていた光に、ゴウキは聞いた。復讐の猛虎、タイガーアベンジャー。そう名乗った自身の同胞と敵対する道を選びながらも、彼は迷っていた。


「……前にも言った通り、俺は半獣人だ。半獣人は獣人でも人間でもないからな。両種族から差別と迫害の対象になるがために、同胞である半獣人と出会うことは滅多にねぇんだ。だが、俺以外にも半獣人がいたんだ。だが、その半獣人は人間を滅ぼすつもりらしい。光、お前ならそんな時どうする?」

「……俺にはゴウキおじさんの気持ちはわからないけど、俺だったらその半獣人の仲間と仲良くなりたいな。だから、悪いことをしたら止めるけど、話し合ってわかり合おうとするんじゃないかな?」

「そう……だよな。仲良くなりてぇよな」

「同じ半獣人同士なんだからさ、きっとわかり合えるよ!!」

「……ありがとな」


(そうだよな、俺達はこの世にたった2人かもしれない半獣人。わかり合いたくねぇ訳がねぇ。人間は絶対傷つけさせねぇ。だが、和解の道も捨てねぇ)


「あっ、仲間と言えばゴウキおじさん、俺やっとおじさん以外にも友達ができたんだよ!」


 その言葉を聞き、ゴウキの表情が変わる。


「そ、そうか。良かったな、光」

「ゴウキおじさん、どうかしたの?」

「な、何でもねぇよ。それより光、その友達大切にしてやれよ!」

「言われなくてもそうするよ!」


 光と他愛ない話で談笑する中で、ゴウキは今まで感じたことのない感情を感じていた。


(何だ、この気持ちは? やっと光に俺以外の友ができたんだぞ! 嬉しくねぇってのか?)


 その後、ラジオで獣人出現の放送を聞いたゴウキは光と別れ、獣人達との戦いに向かう。その経験したことのない感情をわずかに引きずりながら。


……


 ゴウキの住むアパートからほど近い街でビーストウォリアーズの獣人、コウモリ獣人が手下の小型コウモリ達を操り人間を襲わせていた。コウモリ獣人自身も1人の街の女性の生き血を吸っている所であった。そんなコウモリ獣人に突如飛来したブレイブレオが殴りかかる。


「止めねぇか! コウモリ野郎!!」


 コウモリ獣人は即座に女性から離れ距離をとる。残され倒れそうになる女性をブレイブレオが抱きかかえる。


「ブレイブ……レオ。来てくれた……の」


 その女性を無事だった人間達に託すと、ブレイブレオはコウモリ獣人と向かいあう。


「良かった、ブレイブレオが来てくれたぞ!!」

「これであのコウモリの化け物も終わりだ!」


 ブレイブレオが人間の世界で獣人達から人間を守り始めて数ヶ月、徐々に人間達はブレイブレオを人間の味方、ヒーローとして認識するようになっていた。無論、彼を獣人達同様の化け物と扱う人間も同じようにいるのだが、獣人と人間どちらにも居場所のなかった彼にはそれだけで十分だった。


「現われたか、ヒーロー気取りの半端者。貴様の中の獣人と虫けらの血、両方を頂くぞ」

「やれるもんならやってみやがれ!!」

「いわれるまでもない。ナイトメアバッツ!!」


 そう叫んだコウモリ獣人は自身の漆黒の翼を大きく広げ、その翼から無数の小型コウモリが飛び出しブレイブレオに襲いかかる。その攻撃に対し、ブレイブレオは自身の周囲に無数の炎弾を作り出し迎撃した。


ドガアァーン!!


 両者の技が激突し、激しい爆発と煙が起こる。煙の中からの攻撃を警戒し、円形のバリアーを自身の周囲に展開するブレイブレオ。だが、しばらく経過し爆発の煙が消えるとコウモリ獣人の姿は消えていた。


「あのコウモリ野郎、一体どこへ? ぐっ、がぁぁ」


 突如、左の首筋に鋭い痛みを感じるブレイブレオ。見ると、姿を消していたコウモリ獣人がブレイブレオの背後からその鋭い牙をブレイブレオの左の首筋に突き立てていたのだ。


「て、てめぇ、どうやって……」


 コウモリ獣人の足下を見ると、彼はブレイブレオの影から膝から上の身体を現していた。膝から下はまるでブレイブレオの影に溶け込んでいるようであった。


「影を……使って……転移しやがった……のか」


 ブレイブレオは左の首筋から血を流しながらも、コウモリ獣人の顔をなんとか引き剥がすと前方に投げ飛ばした。


「ハァ……ハァ……」

「半端者、今日は貴様の小手調べのために私は来た。次に私と会うときが貴様の最期だ」


 そう言って、自身の影に飛び込み姿を消すコウモリ獣人。


「何だってんだ、あのコウモリ野郎! 小手調べだと?」


 獣人をひとまずは撃退したことで人々が歓声を上げる中、釈然としないものを抱えつつブレイブレオはその場を立ち去った。


……


 獣人達との戦いとアルバイトの両方を終え、ゴウキは自身のアパートにようやく帰宅した。彼は薄手のTシャツとズボン、真紅のトランクスを脱ぐと浴室に入りシャワーを浴びて身体の汗を流す。温水が鍛え上げられた筋肉質の肉体を伝って滴り、疲れ果てていた彼はようやく人心地をつく。だが、ゴウキの心は晴れてはいなかった。


(俺やっとおじさん以外にも友達ができたんだよ!)


 光のあの言葉が光と別れて数時間たった今でも彼の心にひっかかっていた。その言葉に自身が感じている感情、それに考えを巡らす内に1つの答えに行き着く。


(俺は……不安……なのか?)


 それはゴウキが初めて感じる感情であった。初めて「友」と呼べる存在を持つようになった彼は、光に自分以外の友ができたことで不安を抱いていたのであった。


(俺は人間じゃねぇ。あいつに年の同じ人間の友ができたら、俺は……)


 考えたくない想像を彼は言葉に出してしまう。


「あいつに……捨てられちまう……のか?」


 猛烈な恐怖心が彼の心を覆っていくようであった。彼は友と呼べる存在を得た今でも、自身が半獣人であるという負い目を拭い切れてはいなかったのだ。


「友を疑うってのか? ……あいつは、そんな奴じゃねぇ」


 自身の考えを否定しつつも、その言葉はどこか弱気を感じさせるものであった。


……


 その頃の獣人達の住む異世界、鬱蒼と生い茂った森の中にある敵組織ビーストウォリアーズの本拠地の城では御簾越しの首領に対し、コウモリ獣人が報告をしていた。


「抜かりはないだろうな、コウモリ獣人?」


 静かだが威圧感を感じる男の声がコウモリ獣人に投げかけられる。


「はっ、私の持つ能力の1つ、精神感応によるサイコメトリー能力により奴の弱点を探ってまいりました。奴の首筋から吸血した際に接触していたわずかの間に心を読んでまいりましたので、奴は弱点を知られたとは夢にも思っていないでしょう」

「よかろう。では、教えてもらおうか。あの半端者の弱点とやらを」


 コウモリ獣人は精神感応で知り得た情報を詳細に報告した。ブレイブレオの人間体の姿がゴウキであることとその住んでいる場所、ブレイブレオには心の支えとなっている友がいること、そして、その友から捨てられるのではないかと恐れていること、友の母親から疎まれていること等を詳細に報告した。


「首領、これらのことはどうかご内密に。私に良い作戦があります。今回知り得た奴の弱点を元にあの半端者を必ず葬ってご覧に入れます!」

「いいだろう。貴様の探ってきた情報は私と貴様だけで共有してやる」

「感謝します、首領!」


 その言葉を残し、コウモリ獣人は城の窓から飛び去っていった。1人になった首領は、密かにつぶやく。


「ブレイブレオ、私の計画の邪魔をする汚らわしい半端者。だが、だがなぜだ? なぜ、人間などを守る?」

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