第6話 友情

 人々が逃げ惑う中、ブレイブレオは街の中心部に到着した。そこにいる、黒い炎の炎弾で街を破壊している異形の獣人に後ろから叫ぶ。


「そこまでだ、獣人!! 今はてめぇの相手をしてる場合じゃねぇんだ、さっさと片付けさせてもら……」


 振り返ったその獣人の姿を見て、ブレイブレオの言葉が途中で止まる。それもそのはずである。なぜなら、その獣人は漆黒のたてがみとパンタロン、ブレイブレオより浅黒い肌という違い以外はブレイブレオと瓜二つの外見をしていたからだ。


「……何もんだ、てめぇ」


 そのブレイブレオと瓜二つの怪人はその外見に似合わない無邪気な笑顔を見せると答える。


「俺だよ、ライオンのおじさん!」

「ライオンのおじさん……だと?」


 聞き覚えのある、その呼ばれ方。


(ま、まさか、お前は!!)


「そう、光だよ! ライオンのおじさん、俺おじさんみたいに強くなれたんだよ!!」

「ど、どうしたんだ光! なんで、そんな姿に……」

「私が負の感情を増幅させて洗脳し、改造を施しました。ですが、洗脳後にこの姿と能力を得ることを望んだのはこの少年自身ですがね」


 漆黒のライオン怪人の傍らに、光を連れ去っていった組織の科学者ネズミ獣人が姿を現した。


「洗脳……だと?」

「ええ、我らビーストウォリアーズの首領が生み出した技術、その人間の強い憎しみの感情を用いて人間の細胞を変化させ、人間を獣人化させる技術。その技術を用いて、以前目をつけたこの少年の憎しみや怒りなどの負の感情を増幅させた上で獣人に改造しました。あなたと戦わせるためにね。この少年は他の人間達にいじめられていたようですね。洗脳する前から人間に対し、負の感情を持っていたおかげで洗脳の拒絶反応なども無くすっかりなじんでくれましたよ」

「……光を選んで洗脳した理由を他の獣人達に伝えたのか?」

「ご安心ください。あなたを亡き者にした上で得られる手柄は私1人のものです。まだ誰にも伝えてはいませんよ」

「なら、てめぇだけは確実に倒さなきゃならねぇな!」

「この子にはあなたと同等の戦闘能力をもたせています。私を倒すのは不可能ですよ。この子があなたを倒すか、相打ちになった所を私がトドメをさす。素晴らしい作戦だと思いませんか?」

「ふざけるな! 光を元に戻しやがれ!!!」


 怒りの感情のまま、ネズミ獣人に殴りかかるブレイブレオ。しかし、漆黒の獅子が殴りかかるブレイブレオとの距離を一瞬で詰めると、ブレイブレオの顔を殴りとばした。


「ゴッ……!!」


 後方に吹き飛ぶブレイブレオ。


「ぐっ、光! なぜ邪魔を!!」

「俺、ずっとおじさんみたいに強くなりたかった! 学校で俺をいじめる奴らを力で見返してやりたかったんだ!」

「お前は弱くなんかねぇ! お前がいたから、俺は人間を守りたいと思うようになったんだ!! 目を覚ませ!」

「おじさんみたいに強い人にはわからないよ。学校でいじめられていた俺がどんなに惨めで悔しかったかなんて! おじさんだって、心の中では俺のこと笑って馬鹿にしてたんだろ!」


 そう言って、無数の漆黒の炎弾を作り出しブレイブレオに向けてそれらを一斉に放つ光。


「くっ!!」


 心の支えだった光を攻撃できず、ブレイブレオは円形のバリヤーを作り出しそれらを防ぐ。


ドガァーーン!!


 円形のバリヤーに炎弾が炸裂し、激しい爆発音が響く。


「ブラックトルネード!!」


 爆発で起こった漆黒の煙の中から漆黒のライオン怪人が全身を回転させた刺突を放つ。


ミシ、パキパキ……


 黒き竜巻はブレイブレオの円形のバリヤーを突き破り、ブレイブレオの腹を抉る。


「がぁああああああ!!!」


 鮮血を飛び散らせながら、ブレイブレオが吹き飛ばされる。


「ぐっ、がはっ!!」


 傷口から生々しい血を流しながら、ブレイブレオはなんとか立ち上がる。


「な、なぜ、お前が俺と同じ力を?」

「私が今までのあなたの戦闘データを元にこの子に改造を施したからですよ。ですが、先ほど言った通り洗脳後とは言え、この姿、この力を得ることを望んだのはこの子自身です」

「俺にとってライオンのおじさんはヒーローで、強さの象徴だから。だから、おじさんと同じように強くなりたかったんだよ。俺はもう弱くなんかない! 強くなれたんだ!!」


 力に溺れる漆黒の獅子の言葉を、ブレイブレオは元の少年の強さを思い出しながら否定する。


「……光、お前の強さはこんな力じゃねぇ。以前のお前は俺よりも強かった。だが、今のお前は強くなんかねぇ!!」

「今の俺が強くないだって? 俺はおじさんと同じ力を貰って、やっと強くなれたんだよ!」

「ああ。確かにお前の攻撃は効いたさ。だが、俺が人間に、お前に教えてもらった強さはこんな強さじゃねぇ! 光、お前がそれを忘れちまったのなら、俺が思い出させてやる」


 そう言ったブレイブレオは、漆黒のライオン怪人に近づいていく。


「俺が強くないって言うなら、本当の強さを教えてみせてよ!! 今の俺はおじさんと同じ力を持ってる! 何をしても無駄だよ!」


 そう言うと、漆黒のライオン怪人は先ほど作りだした炎弾とは比べものにならない大きさの炎弾を作り出すとブレイブレオに向けてそれを放った。


(今の俺が弱いだって? 以前の俺がおじさんより強かった? ライオンのおじさんに俺の何がわかるんだよ)


 向かってくる破壊力の塊に対し、ブレイブレオはその場から動かなかった。


ドガァァーーン!!!


 ブレイブレオは巨大な炎弾の直撃を受けた。いや、逃げずに受け止めたのだ。


ブスブスブス。


 身体のあちこちが焼け焦げ煙が上がっていたが、ブレイブレオは立っていた。そして再び、漆黒のライオン怪人に一歩一歩近づいていく。


「な、なんで避けないんだよ、ライオンのおじさん!」

「光、お前の言う強さはこんなものか? こんな攻撃じゃ俺は倒せねぇし、俺はまだこうして立ってるぜ!」

「だ、だったら、これならどうだ! ダーク・フレイム・ドラゴン!!」


 光は左手をブレイブレオに向けると、龍をかたどった炎をブレイブレオに放った。ブレイブレオはこれも避けようとはせず、直撃を受けた。彼の周囲が炎に包まれ、漆黒の火の海と化す。その中から、現われる異形のライオンの半獣人。


「な、なんで、なんで逃げないんだよ!!」


 漆黒の獅子の攻撃を受け続けたブレイブレオは、全身に火傷を負いつつも遂に光の目の前にたどり着く。思わず後ずさる漆黒のライオン怪人。そんな彼の両肩を掴むと、ブレイブレオは静かに話し始める。


「これが、お前の強さ、お前が俺に教えてくれた人間の強さなんだ!」

「俺の……強さ?」

「俺とお前が初めて会ったとき、お前は俺から逃げ出さず母親を守ろうとした。恐れを抱く相手に闘争の目を向けてきた。誰かを守るために恐怖を、痛みをこらえ戦おうとする強き心、それがお前の強さなんだ」

「でも……実際に俺はいじめられて」


 そんな少年に対し、ブレイブレオは優しく笑うと力強く断言する。


「お前は強くなれるさ。俺だって、獣人達、人間達に半端者扱い、化け物扱いされてきたんだからな……」

「おじさんも、いじめられてたの?」

「ああ。だが、俺は強くなれた。いじめられることを気にすることはねぇ、自分より力で弱い者を虐げる奴らに気後れすることはねぇ。お前は自分を誇っていいんだ」

「……なんでおじさんは、こんなボロボロになってまで戦うの? 俺なんかのために、どうして?」

「お前は俺に人間の強さを教えてくれた人間で、半獣人である俺を受け入れてくれた。そんなお前は、俺にとっては支えであり『友』なんだ」

「とも……だち?」


 憧れていたヒーローの支えに自分がなっていることに驚く光。


「そうだ。自分の友を助けたい。そう思うことはおかしいか?」

「……おかしくないよ」

「半獣人ったって、俺もお前達人間と同じなんだ。獣人の攻撃を受ければ痛ぇし、自分より力で上回る獣人を相手にする時はものすごく怖ぇんだ。だが、俺は自分の認めた人間を、自分の友を助けるためなら絶対逃げねぇ。お前にも、その強さがある。恐怖に立ち向かう心の強さが。だから、こんな洗脳を受け入れてまで無理に変わることはねぇんだ」

「ライオンのおじさん……」

「お前なら……大丈夫だから……よ、しっかりしろよ……な」


 ブレイブレオの手が光の両肩からずり落ち彼は光にその身をわずかに預けた後、うつ伏せに倒れ込んだ。


「ライオンの……おじさん?」


 光は気絶し、うつ伏せに倒れている満身創痍のブレイブレオの身体を揺する。


「おじさん!! 起きてよ、ライオンのおじさん!!!」


 ブレイブレオの身体を揺すりながら、必死に声をかけ続ける光はブレイブレオに自身が与えた傷を間近で見る。えぐられた腹から流れる血、漆黒の炎で焼けただれたヒーローの全身、そして、自らの両手を見つめる光。


「俺が、俺がおじさんをこんなに傷だらけにしたんだ。おじさんは、俺を助けようとしてくれたのに! うっ、あぁ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 漆黒のライオン怪人は自身の行った行為への恐怖と後悔から叫び続けた。叫び続けていた漆黒のライオン怪人は、いつしか元の少年の姿、光に戻っていた。


「半端者の分際でなかなかやってくれますね。私の施した洗脳を解除するとは。その上、獣人化した肉体まで。やはり、この技術はまだ実験段階ゆえに不完全のようですね。半端者の命懸けの説得で、憎しみとは相反する強い親愛の情が芽生えたためでしょうか? 完全に細胞が変化しきる前に変化途中だった細胞の大半が人間のものに戻ってしまったようですね。だがこれで、この実験データを得た手柄、裏切り者の半端者を倒した手柄は私だけのもの! 早速、この半端者にトドメを!」


 ネズミ獣人は何もない空間に鋭利な長剣を出現させると、瀕死のブレイブレオに近づいていく。近づいてくるネズミ獣人に対し、光はブレイブレオとの間を隔てるように立ち塞がる。


「邪魔する気ですか? 改造されていた時の力など微塵も残っていないあなたが」

「……ライオンのおじさんは、俺の友達だ。だから、お前には殺させない!!」


 そんな光をネズミ獣人は嘲笑う。


「くく、泣ける友情ですね。ですが、それには何の意味も無い! あなたも、この半端者もここで死ぬ!!」


 光に対し、手に持つ長剣を振り上げるネズミ獣人。


ドスッ!!


「ガッ、ゴホッ、こ、これは……」


 固くつむっていた両目を少しずつ開く光。そこでは、長剣を振り上げた体勢のネズミ獣人の胸を氷のようなものでできた透き通った剣が後ろから刺し貫いていた。


「な、なぜ? この半端者に……仲間がいるなどと言う情報……は……」


 ネズミ獣人は長剣を残して、光の粒となり消滅する。


「悪いな。そいつに今消えてもらっては困るのでな……」


 声のした方へ顔を向ける光。逆光で姿はよく見えなかったが、光にはその影の顔は獰猛な猛虎そのものに見えた。その影が立ち去った後の少しの間、立ち尽くしていた光だったが我に返ると自身の後ろで横たわっている瀕死のヒーローに駆け寄る。気絶した影響か、ブレイブレオの変身は解け人間としての姿ゴウキに戻っていた。


「ゴウキ……おじさん?」


……


「うっ……」

「ゴウキおじさん、気がついた?」


 ブレイブレオ=ゴウキが目覚めたとき、そこは街の病院の一室であった。起き上がろうとした彼だが、全身に激痛が走りうめきながら再びベッドに仰向けになる。


「俺が救急車を呼んで、おじさんを病院に運んでもらったんだ」

「そう……か」


 しばらく沈黙が続いていたが、光は意を決したように口を開く。


「……ゴウキおじさんが、ライオンのおじさんだったんだね。ありがとう、俺を助けてくれて」

「!!!」

「おじさんが倒れた後、あのネズミの獣人から俺達を助けてくれた獣人がいたんだ。なんで俺達を助けてくれたのかはわからないけど。その獣人がどこかに行っちゃった後にライオンのおじさんの方を見たら、ゴウキおじさんが倒れてたから」

「……俺の正体は、俺とお前の秘密にしてくれ。正体がばれたら俺の周りの奴らが危険に晒されるからな」

「うん……」


 ゴウキは、光が自分と関わるようになってからの、今回の一件で決定的になっていた罪の意識を打ち明ける。


「……ごめんな、光。俺なんかと関わっちまったせいで、お前を危険な目に遭わせちまった。全部、俺のせいだ」

「おじさんは悪くないよ。悪いのは獣人達だし、俺の方こそおじさんをこんな傷だらけに……」

「光、俺はこの街を出る。もうこれ以上お前にも、周りの人間にも迷惑はかけられねぇ」

「そんな!! 嫌だよ、ゴウキおじさん!!」

「安心しろ。この街を離れても、獣人が暴れたらすぐにかけつけてやるさ。これ以上お前を、友を巻き込みたくねぇんだ」

「そんなことを心配してるんじゃないよ!!」

「?」

「おじさんは俺のためにボロボロになってまで戦ってくれた。俺のことを友達だって言ってくれた。だったら、俺にとってもおじさんは友達なんだよ!」


 孤独感と罪の意識に支配されていた彼の心にとって、光の言葉は意外なものであった。


「……俺は、ライオンの獣頭を持つ半獣人の化け物だぞ」

「半獣人だとか人間だとか、そんなこと関係ないよ! 俺にとっても、おじさんはもう友達なんだ」

「……わかった。それなら、もう何も言わねぇ。俺はお前達の守護者として、この街にとどまる。だが、俺と獣人達との戦いにはもう近づかないでくれ。今回のようなことは二度と起こってほしくねぇんだ」

「わかったよ」

「それに光、お前母さんに自分の無事を伝えてねぇんだろ? 俺はもう大丈夫だ! 早く母さんに会いに行ってやれ」

「わかった。でも、またお見舞いにくるからね」


 病室を後にする光。病室に一人きりになったゴウキは、目元を右手で押さえながら笑う。


「ハハッ、俺も弱くなったもんだな。涙が、止まらねぇよ」


 ブレイブレオは初めてだった。自分を「友達」と言ってくれる相手に、疫病神だと思っていた自分を受け入れて、必要としてくれる相手に巡り会ったのは。


「光、俺はお前にとって疫病神じゃねぇんだな。こんな俺を、必要としてくれるんだな」


 身体はまだほとんど動かなかったが、ブレイブレオの闘志の炎は、人間に対する守護の気持ちはさらに強まったのだった。

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