僕の爆走物語

橙奏多

第1話 On your mark!

23歳になって、1週間が経ち、祖父が亡くなった。年を重ねていくうちに祖父と会うことも少なくなっていたが、幼き頃はよくいろんな話を祖父はしてくれた。内容自体はとても理解できない小難しいものであったけど、わかった気になって話を夢中で聞くのが凄く大好きだった。

祖父の亡骸を葬儀前に清めてもらっている時、祖父が本当に色々な話をしてくれたことを思い出した。その中でも特に印象に残っている話がある。

確かそれは僕が5歳くらいの頃だ。

祖父は私の頭を少し震える手で撫でながら、少し滑舌は悪いがいつものようにとても楽しそうに話してくれた。「燈、この宇宙は何もないところから突然バァッーンッと生まれたんだ。凄いだろ。何でそんなことが起こったのか、あの舌出しのアインシュタインでさえ分からなかったんだっ!どんなに頭が良くても分からない。じゃあ、頭がそんなに良くなくても答えは出るかもしれない。あははっ!わくわくするなぁ!燈は頭のお絵描き帳に何もないところって、どんな色を、どんな世界を描くかい?」

当時の僕はこう聞かれて、どこまでもどこまでも果てしなく真っ白な世界を脳内で描いた。高さなんてない、奥行きなんてない、底さえない、そんな白い世界を。そのイメージが底知れず怖くなって僕は大泣きしてしまい、結局祖父にはその質問への回答を出来なかった。

祖父は一体、どんな色のどんな世界を想像していたのだろうか。お焼香で合掌をしている間、答えの返らぬ質問を祖父へ投げかけていた。

葬儀の終盤まで、僕の悪い癖がでて、考えても答えの出ないことをウジウジ思考していた。(ウロボロス思考と僕は勝手に呼んでいる。)

一旦ウロボロス思考が停止すると、既にお経を唱えていた住職さんのお話が始まっていた。そしてそれはまさしく、神懸かったタイミングの良さだった。

「〜…。人は、宇宙に喩えられることがあります。これは生まれてから7つまでは神稚児と呼ばれ、神が宿る極めて清い存在と考えられていることから由来しているとかなんとか。間違えていたら恐縮ではありますが、つまり神稚児の期間は人としては無の存在であり、7つを過ぎると自我が芽生え、人へと移りゆく。無から様々な個性、出会い、経験をして、自分の世界を無限に広げてゆく。まるで、宇宙のようではありませんか。どんなに、自信のない方でも、夜空の星々のように暗がりの中に必ず光り輝く何かがあるのです。御尊父の照さまは、お話が大好きで、皆様の星々を見つけるのが大変お上手な方だったのでしょう。……。」住職さんのお話の最後は、自分の嗚咽と祖父のあの笑顔が頭一杯に広がって、何も憶えていない。けど、葬儀中にあったモヤモヤは何故かすっきりしてて、帰り道の足取りはとても軽やかで力強かった。

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