第40話「一時休戦、共闘関係」

「最近優介にまとわり付いてる女の子のこと、教えてくれないかな?」


「お兄ちゃんの、ですか?」

 そう聞き返しながらも、やはりその話題かという気持ちであった。

 恐らくはこの人も何かしらの形で彼女──梔子楓のことを知り、こうしてここに来たのだろう。

 ──だけど。

「どうして私に聞くんですか?」

 それだけが、どうしても解せなかった。

 いざこざがあったのは数ヶ月前とはいえ、仮にも一度本気でやり合った相手。今でこそこうして平静を装っていられるが、互いに一歩間違えればまた以前のようになってもおかしくは無い。

 だが、春瀬七海という女性からは、それを気にする素振りが全く見えない。

「それはね、協力して欲しいと思ったからだよ」

「……協力?」

「そ、協力。一緒に優介を守ろうって話」

「……話が見えてこないんですけど」

「んー、そうだね。簡単に説明すると、私たちが互いに情報を共有し合おうって話。朱莉ちゃんは自宅での優介の様子を知ってるけど、学校での姿はあんまり知らないでしょ?」

 確かに、最近は制服に盗聴器を仕掛けることも出来なくなったので、学校でのお兄ちゃんのことはあまり知らない。

「逆に私はさ、優介が自宅で何をしてるとか、全然知らないんだよね。あの一件以来、優介の部屋には入ってないし」

「……つまり、互いの知らないことを教えあうってことですか?」

「まあ、そういうことかな。とりあえず期間は、この問題が解決するまでってことで」

 ……なるほど、だから私をこうして呼び出したのか。

 あの一件以来、私もお兄ちゃんに仕掛けるカメラや盗聴器は最小限に抑えてて、以前のように全てを把握することが難しくなっていた。

 だから休日に梔子楓と出かけているのも、結局は見過ごす状態が続いていて。

 ……しかし、この申し出を受けるということは、春瀬七海と協力をしなければならないと言うこと。

 以前ほどの嫌悪感は無いが、それでもこの女は、一度お兄ちゃんを襲った相手だ。

 そんな相手と協力するなんて……。

 と、悩んでいると、あることを思いついた。

「春瀬さんは、桜井先輩とは仲良いですか?」

「桜井? うーん、別に悪くは無いけど」

 ……よし、これなら。

「分かりました、その申し出受けさせていただきます」

「よし、じゃあ交渉成立ってことで……」

「そこで、早速なんですけど」

「ん?」

「桜井先輩に、梔子楓っていう女性について尋ねてきて欲しいんです」

「梔子……それがもしかして」

「そうです。最近お兄ちゃんに近づいてる女性の名前が、梔子楓らしくて。年は一つ上、白菱学園の生徒で……お兄ちゃんと出会ったのが、その学校の女子と合コンしたところからだったんです」

「合コン……なるほど、桜井が誘って、それに優介が着いていったわけね」

「そういうことです。私から聞くのは流石に不自然だったので」

「了解、とりあえず分かったことがあったら連絡するから」

 そう言い、飲みかけのコーヒーを口につけ、私より先に喫茶店を後にしていった。

「協力……か」

 あの頃では考えられないが、こうして手を組むことになった私たち。

 流石に全てを信用するわけにはいかないが……お兄ちゃんが絡んでいるとなると、恐らく向こうも下手な行動は出来ないだろう。

 ひとまず、この問題を解決させるまでは、一時休戦だ。



『もしもし、朱莉ちゃん?』

 数日経って、春瀬さんから連絡が来た。

 用件は恐らく、先日のことだろう。

「何か分かったんですか?」

『そうそう。前に言ってた梔子楓って人だけど、実は桜井じゃなくて、引退した本間先輩から情報を得られて』

 本間……ああ、お兄ちゃんを合コンに誘ったあの人か。

『どうも、その梔子って女が、優介を名指しで指名したらしいんだよね』

「名指しでって……合コンにですか?」

『うん。口止めされてたっぽいんだけど、"ちょっとだけ"本気でお願いしたら全部教えてくれたから』

「……そうだったんですか」

『向こうから優介を指名されて、呼んでくれたら交流会──合コンを開いても良いって話だったらしいくて。それで優介と、ついでに桜井も呼んだみたい』

 ……つまりあの合コンは、仕組まれたものだったということ?

「分かりました……ありがとうございます」

『……ねえ、もしかしてなんだけど』

「はい。この件について、詳しく調べる必要があるかもしれないです」

 合コンと、梔子楓という女について。

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