もぬけの殻


こうも何も手につかなくなるものか。

ポジティブ思考の私も今回ばかりは、時間が経過しても虚無感だけは埋められない。

聡美も同じ気持ちだったのか、解散ライブ以降しばらく連続して家を訪れていた。


切なさに胸を焦がしたり悲しさに落ち込んでる今も…人間は少しずつは強くなれてるのかな?

何かのためにこんなに落ち込める自分がまだ存在してるんだね。



「なぁ?」


寝室で資格の勉強をする一樹の横で小説の投稿をしている私。一樹が突然ペンを持つ手を止めたから、私は彼に目を向けた


『どうかした?』

「落ち込んでる時に申し訳ないんだけど」

『うん…』

「美咲は入籍いつぐらいにしたい?」


ついさっきまでカメレオのことでフワフワとしていた心が、一樹の質問によって一気に現実に引き戻される。


“入籍”=“結婚”

“結婚”=“今の自由が全てなくなり田舎に骨を埋める”そういうこと?


恐らく…今、私の顔はかなり引きつってるに違いない。


「ごめんな。突然だけど…カメレオが解散したら、話そうと思ってたんだよ」

『うん…』


私にとっての優先順位を理解して、色々一樹なりに考慮をしてくれたんだろう。その気遣いには感謝。


『それは急ぎなの?』

「いや、美咲がしたいタイミングで良いと思ってる」

『ちょっと時間が欲しいな』

そう放つと一樹は“わかった”と優しい笑みを浮かべてくれた。


私と一樹の両親は、自分達の結婚をずっと前から認めている。おまけに親同士も仲が良く、何なら親族も公認の仲だし…結婚をしようと思えばすぐにでも出来るんだ。


気持ちが追いついてこない。ようやく仕事やこの田舎町にも慣れてきたところなのに、次は結婚か。


結婚するために地元に帰ってきたはずなのに…どうしてか、“結婚”と言うワードに対して威圧感を感じてしまう。


「美咲~!」


名前を呼ばれたのと同時にベットのスプリングが弾み、一樹の体が私の体を大きく包み込んだ。


『ちょ…どうしたの?』

「思いつめた顔してるからさ」

『なんか、ごめん』


フワリと一樹の部屋着から自分と同じ柔軟剤の匂いがした。一緒に住む前はお互いに別々の柔軟剤を使っていて、違う匂いだったっけ。


…私達は今、一緒に暮らしているんだ。

一樹のことは好きなのに一樹が自分の中で一番になることはない。

私はいつもそうだ。自分のことしか考えられていない。だから、一樹という人間が視界から外れているんだ。

いや、結婚と言う言葉を受け入れたくなくて今まではカメレオに全力を注いでいたのかもしれない。

何かにつけて言い訳をしていたんだ。


もっと大事にしなきゃ…その思いを込めて、私は一樹のことを抱きしめた。


【“結婚”と言うワードをリアルに考えれば考える程に怖気づいてしまう。

これが世間で言う所のマリッヂブルーなんだろう】

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