水商売の代償


「警察に届出出そうよ?今日はウチが来れたけど、みーちゃん基本的に一人なんだし危なすぎる」

『…うん。もう少しエスカレートしたら届け、出すよ』

「これ以上エスカレートしたら、刺されるかもしれないじゃん!」

聡美は声を荒げて私に訴えた。


思えばRussoを辞めてから私は警戒心に欠けていたのかもしれない。

開放感に浸りすぎていて…ヒロ君のことなど頭にもなかったし…ましてやここまでされるとも思っていなかった。


またしてもスマホが震えた…

一樹からの着信。


『電話、出ても良い?』

「うん」


聡美に了解を得て、着信ボタンをタップする。


『もしもし?』

「大丈夫か?」

『もしかしたら、家の近くに例の客いるかもって』

「まぢかよ。とりあえず、明日朝一で下船するから美咲もさとちゃんも一歩も家出るなよ」

『うん…』

「心配だな…今日そっちに祐樹泊まらせるか?」


祐樹とは近所に住む一樹のイトコだ。

それはそれで心強いけど、さすがに夜も遅いし…まさかヒロ君が家の鍵をこじ開けて侵入すると言う事は考えにくい。

実家に行くという方法もあるが、今ここで私が家を出たらヒロ君は私が住む場所を特定するかもしれない。

いや、もう特定されてるかもしれないけど…



『とりあえず大丈夫だから』

「分かった。もし何かあったらのためにK町警察の電話番号は電話帳に入れておけよ」

『うん…』


電話が終了し、あのLINEから特にヒロ君からのアクションはなかったが、少しも気が抜けず…結局私達はシンミリとした空気の中で当たり触りない会話をして朝方まで二人で起きていた。


「ただいま!大丈夫か?」


一樹は部屋に入ってくるや否や心配して駆け寄ってきた。

仕事終わりと言うこともあって顔には疲労感が伺える


『うん…大丈夫

心配させてごめんね。まだ外に車居た?』

「いや、居なかったけど…」


「かっちゃん、お帰りなさい」

寝室で寝ていた聡美は目をスリスリこすり、リビングに来た。


「さとちゃんごめんな。巻き込んでしまって」

「良いの。みーちゃんのこと心配だったから」

『本当にありがとうね』


「どうする?警察に相談するか?」

一樹は心配の眼差しで私を見つめた。

『それも考えたけど、相手はメンヘラだし…何をしてくるのか分かんないから』

「このまま放置しておくわけにも行かないだろ?」

『うん…』


「ちゃんと二人で話して決めなね。ウチは帰る~家で寝たいし」

そう言って、聡美は上着を羽織った。


『聡美、本当にごめんね』

「後でご飯奢ってね~なんちゃって」

そんな冗談を放ちながらも、聡美は家を出て行った。


「美咲~」

名前を呼ばれた拍子に振り向くと一樹の腕が、私の上半身に絡んだ。

厚い胸板に顔を押し付けて、彼のぬくもりを感じる。


「ホッとした…何もなくて」

『ごめんね…』

「謝るなよ。美咲は大事な彼女だから、何かあったらって不安になるんだよ」

仕事中にあんなLINEを送ってしまって…心配症の一樹のことだから、きっと悩ませてしまったに違いない。


「美咲のことは、俺が守るからな」


ありがちな言葉と言うのに…今まで一樹の口からそんな言葉を聞いたことなど一度もなかったから、こんな状況だと言うのに心が暖かくなった。

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