第25話 ダンジョンへ

 かくして、勝道たち自衛隊と、アルドーラ伯爵率いる討伐隊は、夜通し周辺の村や集落を警備し、ダンジョンから這い出してきた魔物たちを退治してまわった。

 土人形の他に、バカでかいトカゲのような姿であるにもかかわらず二足歩行の魔物、直径1mを超える水まんじゅうのようなぷにぷにぷるぷるした魔物や、鎧をまとった骸骨、身長二mを超えるコウモリのような顔の毛むくじゃらの獣や、全長3mを超えるムカデのような体に、ハサミムシのはさみのようなものを尾に持った節足動物型の魔物などなど。

 夜が明けるまで10種、50体を超える魔物と遭遇し、ことごとく打ち倒したのだった。

 魔物に襲われ、けがをした村人はいたが、幸いなことに死者は出なかった。

 あと少し対応が遅ければ、被害はどこまで拡大したか分からない。

 ――で、話は今日に戻る。先述した通りその魔物が内部から次々と出てくる、ダンジョン『試練の道』の前に我々はいる。

 入口の手前にアルドーラ伯爵と自衛隊が設置した作戦本部が設置されて、アルドーラ伯爵と、自衛隊デューワ王国ヘルゲン駐屯地における一番偉い人、駐屯地指令の本田忠司陸将が並んで座っていた。

 本田陸将は、PKO活動で海外での任務経験も豊富であるため、デューワへ派遣されたと聞く。デューワ王国は、何が起こるか分からないまさしく未知の地。いざという時には、日本やPKOで海外派遣された時とは、全く異なる難しい対応が求められるかもしれない。

「気苦労も多いことでしょう」

と、わたしが訊くと、本田陸将は、

「いや、思ってたほどではなかったですな」

と、優しい笑顔で答えた。特に頭を抱えるような難しい問題は起こらず、キューブをくぐればそこは山形市内である。必要なものはすぐさま届けられる。

「休みにはすぐ日本に帰れますし、何より目の前にコンビニがあるのが嬉しい。わたし、実はマンガが大好きでしてな。毎週マンガ雑誌が手に入るんで、うれしい限りですわ」

 と、言った後、本田陸将が、にやりと笑う。

「魔物退治など、まさか現実にできるとは思いませんでしたわ。あー、もうちょっと若けりゃ、東海林なんぞに任せず、私が自ら出て行きたいくらいで。何か、こう、胸が高鳴るというか、ふふ、ふふふ……っ」

 本田陸将は笑いながら、自分を落ち着かせるかのように、一口お茶を飲んだ。ヤバい。この人も、勝道と同類だ。

 そこに、勝道がやって来て敬礼し、報告する。

「準備、全て整いました、いつでも潜れます」

「あ、そう。では伯爵、よろしいですな」

 本田陸将に声をかけられ、アルドーラ伯爵も頷き、

「うむ。よろしくお願いする。ヴァンドルフ、皆さまへの助力、任せたぞ」

と、すぐ側にいたヴァンドルフへと言葉をかけた。

 ヴァンドルフは、ダンジョン内へ潜った経験が豊富で、この『試練の道』へも潜ったことがある。その時にはかなりの痛手をこうむったが、今回は、ラスボスギルガルはもういない。しかも自衛隊が一緒。さらに、ダンジョン内にいた魔物も、すでに50体以上が外へ出てきて打ち倒されている。

「では、東海林陸尉。ダンジョン内魔物討伐作戦行動開始!」

「は!作戦行動開始します!」

 再び敬礼した勝道は、部下に合図を送ると、ヴァンドルフたちデューワ王国の戦士たちとともに、試練の道へ続く階段を降りて行った。

 作戦。つまりは、ダンジョン内の魔物をすべて倒してしまおうというのだ。本来なら、扉を修復するなり、穴で埋めたりするのだろうが、ギルガルのくれた鍵がある。中に用事があるのだ。とはいえ、中に魔物がいるのではおいそれと立ち入るわけにはいかない。よし、ここはひとつみんなで退治してしまおう。さらには、内部をくまなく調査し、ダンジョンというものがどういう場所か、データを取ろう。よし、思い立ったが吉日、そらいそげ。ということだ。

 作戦と言っても、やることは単純。ダンジョン内に潜って、中で魔物と遭遇したら、片っ端からぶっ倒すのみ。中がどうなっているのかは、今までも中に立ち入った者たちが作った地図があり、道がどうなっているか、ほぼ分かっており、その地図が作戦本部の机の上にも広げられている。さらには、偵察のために先に中に少し潜った隊員が撮影した写真がプリントアウトされて並べられている。

 地図や、写真から推測するに、内部の床、天井、壁も石で補強されているように見える。ダンジョンは、地下4階まであり、地下3階までは道が入り組み魔物が徘徊していて、地下4階にはボスであるギルガルがいたはずの広い空間がある。おそらく、その奥に、ギルガルからもらった鍵で開くはずの扉があるだろうとのことだった。

 まさしく、RPGのダンジョンである。

 さらに、ユウリが持ってきた、『ドラゴン・魔物大図鑑ダンジョン編』を開いてみれば、中にいる魔物の姿や特徴がよく分かる。

 試練の道に生息する魔物は、すべて人を襲ってくる危険な存在であるという。つまり、魔物に出会ったらやられる前に即、退治である。

 特に、コウモリに似た頭部を持った『アーゴ』と呼ばれる毛むくじゃらの魔物は、獰猛で知能も高く、要注意とのことだった。

 ぱぱぱん!ぱぱん!

 ダンジョンの中から銃声が聞こえてきた。早速魔物と遭遇したようだ。気のせいかその銃声に交じり、勝道の笑い声が聞こえてくるような……。

 中に入った自衛隊員は、約30名。さらに、ヴァンドルフたちデューワ王国側の戦士が10名。それらが4つのチームに分かれてダンジョン内を探索している。探索が終了し、魔物がすべて倒され、安全が確認され次第わたしが降りて行って、ギルガルからもらった鍵を使って、最深部の扉を開ける手はずとなっているが、それまでわたしの出番はない。

 無線を通して、状況が逐一報告されてくる。順調に奥へと進んでいるようだ。

『第二班、骸骨四体と交戦中!出汁とってスープにすんぞこらあ!』

『第三班、ぷっ!小野寺と佐々木両陸曹が落とし穴に落下、ぷはははっ!救助を開始する』

『第一班、わはははは!水まんじゅうのお出ましだ!くらすけっぞぉ!遅れるなあ!!』

『うわ!ばか、壁撃つなって!跳弾がこっちにくんだろ!』

『いやあああ!!でっかいクモぉおおおお!クモはダメえ!!ぱぱぱぱぱぱーん!!』

 うん。楽しそうで何よりだと思う。


 さて、ダンジョン探索は自衛隊とヴァンドルフたちに任せ、わたしは作戦本部が設置された仮設テントを後にし、打ち倒された魔物たちが集められた安置所へと移動した。

 そこには、倒され息絶えた魔物たちが並べられている。そのほとんどは、ダンジョン探索の後に土に埋めることになってはいるが、詳しく解剖、解体して調べるために一部は研究施設へと運ばれる。

「おお、ゆっきーさん、どうもどうも」

 手を上げるのは、柳氏である。ジョーガバーズで、ギルガルの死体を調べていたところ、今度は魔物が出たと聞いて、こっちにやって来たのだ。

「なに?また来たの?柳さん」

「いやいや、また楽しそうなことになってますなあ」

 にこにこ笑う柳の側に、数人の日本の研究スタッフがいて、魔物たちをくまなく調べている。その中に、尾に、はさみを持ったムカデのような生き物の死骸を前に首をひねる牧野もいた。

「んー。何でこんなにおっきくなるのかしら。陸上の節足動物が、こんなバカでかくなれるわけないのに」

「あ、それね『カンバ・トッパ』っていうらしいよ、ほら、図鑑に載ってる」

 わたしが、ユウリにもらった魔物図鑑を見せる。

「図鑑!?ちょっと、そんなのあるなんて聞いてないわよ!」

「はい、貸してあげます。ちゃんと返してね。ぼくもまだ全部見てないんだから」

 図鑑を渡すと、牧野たちは、おお、とか、へええ、とか言いながらページをめくり、目の前の魔物たちの姿と名前を確認し始めた。そんな彼らに、わたしが訊いた。

「で、質問なんだけどね、魔物って、何だろね」

「それなのです。明らかに我々の知る生物とは異なりますなあ。てか、土人形でしたか?あれなど、生物ですらないわけで……。さらに、こっちのぷるぷるしたものなど、生き物なのかそうじゃないのかすら、現段階ではさっぱり」

 わたしの質問に、柳は、水まんじゅうを棒でつつきながら答えた。

 魔物が出る。

 石田にもらった異世界についての資料に、記されてはいたが、それがどのような姿でどのような特徴を持った存在なのか、詳しいことは書かれていなかった。

 それもそのはずで、デューワ王国では、魔物が出るのはほぼダンジョン内部であり、ダンジョンに立ち入らなければそうそう出くわすものではないと、ユウリも言っていた。

 しかし、裏を返せば、そうそう出くわさないが、、だから気を付けてねということ。

 日本の関係者が、ダンジョンに立ち入ったのは今回が初めて。日本からこちらに来ているのは、まず、政治に関わっている者、ビジネスに関わっている者、自衛隊、調査研究に携わっている者、マスコミ関係者くらいで、ダンジョンに積極的に入っていこうとした者が、いなかった。調査対象としても、後回しにされていたようだ。まあ、まずはこの世界がどんな世界かもほとんど判明していないのだから、無理もない。

 と、いうか、ダンジョンについて存在を知っていた者自体、少なかったのではないか?

 故に、日本の関係者が魔物と遭遇したことも、無かった。

「こっちのことは全く分かんないことだらけなのに、その上魔物って!大体、何で骸骨が歩くのよ!」

 牧野は、銃弾や、ハンマーか何かで割られた跡がある、動かなくなった骸骨の魔物をにらみつけて言う。確かに、我々の常識では、これはである。が、白骨死体であるはずの、骸骨がしっかり立って動き、人を襲うというダークファンタジー的事実。

 眼窩には目すらないくせに、しっかりと標的を定めて、武器を手に襲ってくるのだ。

「魔法、かなあ……?」

「だったら、誰がこいつらに魔法をかけて動くようにしたのかしら」

「てか、これさあ、人間の骨なのかなあ」

 わたしは、骸骨型の魔物の、太い大腿骨を手に言った。見た目は、人間の骨っぽく見える。だが、わたしは法医学の専門家ではない。見た目だけでは分からない。

「どういうこと?」

「だから、骨っぽい物を作って組み立てて、魔物としてダンジョンに配置してあるとか」

「おお。そういう考えもあるんですな、ゆっきーさん」

「誰が、何のために?」

「それは分かんないけど、誰かが魔法をかけて、骸骨型の魔物を作るんだとしたら、そうした方が、数はいっぱい作れるんじゃない?白骨化した死体なんて、そうそうあるもんじゃないでしょ?それに、ダンジョンはここだけじゃないよ。ええとねえ、この近くにもいくつかあって、デューワ全体だと大小80か所くらい?まだ未発見未調査のものもあるらしいし、その全てにこんな魔物がいるんだったら、死体がいくらあっても、足りないでしょう?」

「んー、確かに。じゃあ、こっちの、ええっとカンバ・トッパ?ムカデみたいなやつも、誰かが作ったのかしら」

「さあ、それは、調べればすぐ判るんじゃない?生物なら、細胞やらDNAやら、はっきりとしたものがあるだろうし」

「そうね。まずはこいつの正体を暴いてやるわ」

 牧野は、腕まくりをして、ムカデの怪物カンバ・トッパを、男性スタッフの手を借りて、トラックの荷台に載せた。

「て、言うか、あのムカデ。もしダンジョンにしかいない『生物』だったら、希少な生物ってことになるのかなあ?」

「殺すのは、まずかったですかな?」

「でも、人を襲ってくるしなあ……」

「と、言うと、このぷるぷるも、希少な生物ですかねぇ?」

「ううーん……」

 動かない、水まんじゅうタイプの魔物を見てわたしたちは首を傾げるしかなかった。

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