第20話 遭遇

「いやー、晴れてよかったですねえ、先輩!」

 ジョーガバーズを出発するため、高機動車に荷物を積み込みながら、ちまりが晴れ渡った青空を見上げて声を上げた。

「うん。ほんとだ。何せこっちには天気予報が無いから、ちょっと不安だったんだ」

 雨が降れば、道がほぼ舗装されていないデューワでは、ぬかるんで、どこでどれだけ足止めを食うか分からない。ある程度は覚悟の上だが、初日でいきなり足止めを食うのだけは勘弁してほしかった。

 昨日は、市場を一通り見た後、ジョーガ湖を見て、その大きさに感嘆の声を上げ、リリミアの父上が住んでいる館の写真を撮らせてもらった。リリミアのお父上にご挨拶するべきなのだが、残念ながら不在だった。

 ジョーガ湖の水は、澄んでいて、桟橋からのぞき込むと泳ぐ魚がよく見えた。

 遠くに、小さな島と小さな舟が見える。おそらく漁をしているのだろう。

 夕食時には、噂のジョーガ湖に生息している大型魚タロウのフライをいただいた。

「うめえ!!」

 一口食べてわたしは声を上げた。今まで、アジフライこそ魚のフライでは一番だと思っていたが、わたしの口の中で、アジの立場を脅かすほどの旨みが大暴れしていた。

 タロウの姿を、市場で見たところ、おそらくはマスやサケに近い魚ではないだろうか。全身がきれいな銀色で、わたしが見たものは50cmほどの大きさだったが、最大で2mにもなるという。味も確かにサケに近いが、口の中に広がる旨みと、上品な脂はサケを超える。

「だろう!うめえだろ!」

 勝道まさみちがぐびぐびとジョッキのビールを飲みながら言った。

 ジョーガ湖周辺では、このタロウを養殖しているという。養殖しているのであれば、ドンちゃんのラーメンの材料としても、手に入りやすくて、良いかも知れない。


「しゅっぱーっつ!」

 春風が声を上げた。我々を載せた高機動車が、ゆっくりと動き出し、ジョーガバーズの町を出発しマヤの村を目指す。

 ジョーガバーズを通る街道を東へ。分かれ道を北へ向かう。きらきらと光を反射する湖面を眺めながら、真っすぐな道を車両三台が順調に進む。

 時折、街へ向かうのだろう、野菜の入った籠を背負った行商のおばさんや、荷車を引く馬などとすれ違った。春風が手を振ると、にこやかに笑って手を振り返してくる。

 道の左手には美しい湖、右手には集落や畑が見え、その奥には森が広がっている。

「いやあ、のどかだねえ……」

「そうですねえ。何だか、海外の田舎に来たみたいです」

「こりゃあ、すんなりマヤの村に行けちゃいそうだねえ」

「あ、ユウリくん、マヤちゃん、これ食べてみなよ、美味しいよ!」

「あ、どうもです」

 車中がのんびりゆったりした雰囲気に包まれる。

 まるで、アウトドアを楽しむために出かける仲良しグループのようだ。実際、皆がこれからの旅に、不安など感じてはいなかった。きっと、何だかんだ言って楽しい旅行になるだろう。 

 わたしをはじめ、誰一人それを疑ってはいなかったはずだ。

だが、そんな我々の予感と、楽しいうきうきタイムはあっさりとぶっ壊された。

 

 前方左側に、たくさんの木々が見えてきた。背の高い木々である。

 その木々の間から突然、人が飛び出してきた。慌てて左沢あてらざわ陸曹がブレーキを踏む。

「おおお?」

わたしは、急停車した反動で、体が前方に引っ張られた。

「何だあ!?」

 地図を見ていた勝道は、驚いて声を上げる。慌てて前方を確認。

「冒険者か!?」

 見れば、確かに、飛び出してきた者たちは、金属製の胸当てや、兜を身に着け、武器を手にしている。彼らも、ジョーガバーズの町中で見かけた者たちと同様、この近辺にあるというダンジョン内のお宝目当ての冒険者なのだろう。

 我々の前に飛び出してきた冒険者たち五名は、とにかく慌てた様子で、我々に向かって何か叫んでいる。勝道が窓から顔を出した。

「何だ、どうした!?」

「あんたらも逃げろ!」

 勝道は、その言葉に反射的に反応して、冒険者たちが走ってきた方向に顔を向けた。

「……?」

「何か来ます!」

 わたしも、フロントガラス越しに、様子を窺うと、冒険者たちが飛び出してきた方から、黒い巨体が姿を現した。

「ん?」

 それは、3mはある、ずんぐりとした黒い物体だった。

「ヒグマ竜?」

 自衛隊員が、ヒグマ竜と呼ぶ、デューワではそれほど珍しくも無いドラゴン、正式名称『オーボン』。それが我々の前に姿を現したのだ。確かに、ドラゴンというよりは、ずんぐりとした体形からぱっと見、熊のように見えるが、頭には短い角、尻には短く太い尻尾が生えている。普段山の奥地を住処にしているが、時折山から下りてきて、農作物を荒らす、まさにクマのようなドラゴンである。

「ケガしてる」

「ああ」

 ヒグマ竜オーボンは、首元や、背中に何かに引き裂かれたような傷を負っていて、赤い血が流れており、痛々しい姿をしていた。

「さっきの冒険者がやったのかな?」

「いや……、違うな。だったら、あいつらが逃げる理由がない」

「と、言うことは……」

 嫌な予感が頭をよぎる前に答えはすぐに分かった。


「ゴガアアアアアアアアアアアアアアッ……!!!!!!」


 周りにある全ての物を激しく振動させるような、ものすごい叫び声が、右手側から響いてきた。樹々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立ち逃げた。

「鶴岡!川上!車をバックさせろ!左沢もバックだ!何かいる!」

 後方の高機動車とトラックが後退した。それに続いて左沢陸曹も我々が乗る車両を下がらせた。

 勝道が89式小銃を手にしている。バックミラー越しに見た勝道の顔は、わたしが見たことの無いほどの真剣な表情をしていた。自衛官東海林勝道三等陸尉の顔である。

 再び、全身を縮み上がらせるような、咆哮が響き渡った。

「来るぞ!」

次の瞬間、ヒグマ竜オボーンが木々の間から姿を見せた巨大な何かから衝撃を受け、我々の左側にある湖まで弾き飛ばされた。

「はいぃい?」

 弧を描き、30mほど飛ばされたヒグマ竜の巨体は、どぼおんと湖に落ちて、大きな水柱が上がる。ヒグマ竜を軽くぶっ飛ばした『それ』を見て、一同が叫んだ。

「でか――――――――っ!」

 それに反して、わたしは間の抜けた声を漏らす。

「あーあ、こりゃびっくりだぁ……」

 あんぐりと口を開け、わたしが呆然として見上げたもの。


――『それ』は、巨大なドラゴンだった。


 黒い身体に反して、首の後ろに、赤い鮮やかなたてがみのような羽毛が生えている。大きく避けた口、頭部に太い角が二本。下顎の先にも、短い角があって、下の方に伸びていた。口の中には、太く長い歯が並ぶ。わたしが知る肉食獣の歯など、比べ物にならない程、鋭い歯だ。

 太い胴から、地面に向かって真下に太く筋肉質な脚が生えていて、長い尾をゆっくりと左右に振っている。

「似ている……」

 わたしは、目の前の巨大生物を見て、そう呟いた。

 最強の肉食恐竜として世に広く知られる、ティラノサウルス。目の前の生物の身体のフォルムは、ティラノサウルスによく似ていた。頭部から尾の先まで、姿勢を水平にして、身体のバランスをとっているところも、ティラノサウルスと同じだ。

 しかし、ティラノサウルスは前足が身体の大きさの割に極端に小さいが、目の前にいる生物の前足は大きく、その先には太く長い指がついている。あれならば、物をつかむこともできるだろう。

 そして、身体全体の大きさ。ティラノサウルスは13mほどだが、目の前の生物は、明らかにそれよりも大きい。

「20mはあるな……」

 そう。頭から尻尾の長さ20m。足から頭までの高さは6、7mはあるだろうか。

「ぼかぁ、ゾウより大きな動物を見たのは初めてだ」

「おれもだ」

「勝道っちゃん、良かったな。二階級特進ができるぞ」

「うわーいって、笑えねえよ」

「ちょちょちょ、ちょっと!何冗談言ってるんすか!逃げましょうよ!」

 ちまりが、ガタガタ震えながら言う。勝道が頷いた。

 身体の割に、小さな目が、こちらをじっと見ている。

 ――次の瞬間。

 樹々の間から、もう一頭のヒグマ竜が飛び出して来て、怪物の尻尾に噛みついた。

「おお!?」

「兄ちゃん、ドラゴン同士の対決だ!」

春風が、ビデオカメラを片手に興奮している。

「今だ!もっと下がれ左沢!」

 左沢二曹が力強く頷いた。高機動車がバックする。二頭のドラゴンと、大分距離が空いた。

 巨大ドラゴンの尻尾が大きく振られる。噛みついていたヒグマ竜は、尻尾に振り回されて、地面に叩きつけられた。ヒグマ竜は、その衝撃で、噛みついていた尻尾から口を離した。ヒグマ竜は、すぐに立ち上がり、大きく吠えて威嚇する。

 だが、巨大ドラゴンの方は微塵もひるむ気配は無く、逆に大きく口を開けて、咆哮して返した。また、恐ろしいほどの大きな声と、振動があたりに伝わり、ちまりがひいっと悲鳴を上げる。

 どう見ても、新手のヒグマ竜の方が圧倒的に分が悪い。大体、体格が全く違う。片や3m。相対するドラゴンは20m。子供がバカでかい力士やプロレスラーにケンカを売っているようなものだ。

わたしは、ユウリと、その隣のリリミアに向かって訊いた。

「ああいうの、君たち倒せる?」

 ユウリと、リリミアが、ぶんぶん首を横に振った。

「無理です。ボクも初めて見ました、あんなの。――ていうか、あんなのこの辺にいるわけがないんです」

 ユウリの言葉にリリミアも頷いている。つまり、彼らにとってもあのドラゴンとの遭遇は想定外中の想定外。ありえないことが目の前で起こっているということだ。確かに、あんなのがごく当たり前にうろついていたら、自衛隊をはじめ日本の関係者が知らないわけがない。知っていたら、我々の旅など許可が下りなかっただろう。

 少し間をおいてユウリがつぶやいた。

「ダンジョン」

「そうか……!さっきの奴らか!」

「そうですよ、きっと!さっきの冒険者たち、許可なく違法にダンジョンに入ったんですよ。ダンジョンの入り口や封印を壊しちゃって、だから中のドラゴンが出て来ちゃったんです!あれはダンジョンのボスですよ!」

 ダンジョンの入り口には扉があってそれは通常閉められている。閉められている分には、中にいるモンスターたちが外に出てくることは無い。そのように作られているのだそうだ。さらに、管理局の封印もされていて、許可なく立ち入ることはできない。

 ところが、どこの世界にも許可なく奴らはいるもんで、ダンジョンの封印を無理やりぶっ壊して中に入ってしまう輩も少なくないのだそうだ。管理局に金を払うのを渋っているのだ。

「そっかー。スライムすら倒した事の無いLv1の段階なのに、ラスボスに出会っちゃったか―……」

「お前、のんきだな。怖くないのか?」

「いやー。怖いんだけどさあ、ぼくはどうもヤバい時ほど、何か、間の抜けたのんきな声が出ちゃうんだなあ……」

「兄ちゃん、あれ、火とか吹くかな!」

「妹の方は、何だか楽しそうだし……」

「火かぁ。どうなの?」

と、わたしがユウリに訊くと、彼は、青い顔で答えた。

「多分吹かないかと……。吹かないと思いたいです」

 そんなユウリよりも、青い顔のちまりが再びわたしの服を引っ張って言う。

「ははは、はやく!早く、逃げましょうってば……」

「待って!スマホでも写真を一枚」

「はるちゃん!そんな場合じゃないですって!」

「そうだな。ヒグマ竜とやり合ってるうちに逃げんべ」

「待て」

 わたしが、勝道を止めた。

「何だ?」

「逃げるのに賛成したいところだが――、できればあれをダンジョンの中に戻したい。できなければ、可哀そうだが

「は?」

 わたしの提案に皆がぽかんとしている。あのでかい化け物をやっつける?何言ってんだこいつ?空気読めよ、と皆の顔が言いたげだ。そんな皆にわたしは言った。

「ここはジョーガバーズに続く道だよ?しかもそんなに離れていないし、人だって良く通る。あれが、もしも、最低でもティラノサウルス級の生き物だとすれば、嗅覚も優れているだろうし、頭も良いと思うんだよね……。ならすぐに気付くさ。絶好の狩場に」

 皆が、あ、と口を開けた。

「……、ジョーガバーズを襲うってか?」

「あれ、見てみなよ。ばりばり武闘派の身体してるよ?どう見ても肉食でしょ。歯だってぶっとくて鋭いじゃんか」

「まあ、あの見た目で草食系ってことは、無いはなあ……」

「この国は日本と同じで、平和な時代を謳歌中で、あんな怪物と戦える人材も武器も用意されてないでしょ?」

 リリミアに訊いてみたところ、頷いて答えた。

「正直、武器弾薬は倉庫でほこりをかぶってます」

「ほら。ここで食い止めなきゃ、街でどれだけの犠牲が出るか。あれをドラゴンと思うな、怪獣だと思え。自衛隊が怪獣を退治するのは責務だろう?頑張れ自衛隊。目指せ二階級特進!」

「だから、死んでんじゃねーか、それ!」

「笑えないですよ!マジで!」

 黙ってハンドルを握っていた左沢まで突っ込んできた。

「大体、勝てると思いますか?東海林とうかいりん陸尉」

 左沢は、前を見たまま東海林に訊いたのだが、代わってわたしが答えた。

「勝てるでしょ。あれだって生物であることに変わりはないんだし。だったら弱点だってあるでしょ」

「目とか?」

「あとは、口の中とか、本当なら、内臓が詰まってる、お腹なんかも狙いたいとこだけど、ちょっと無理かなあ?」

「んー、転ばせないと無理だべなあ……、あ?」

 東海林が、横を見て変な声を出した。彼の視線につられてわたしも窓の外を見た。すると、ヴァンドルフがでかくて厚みのある穂の付いた槍を持ち、あの怪物に向かって歩を進めていくではないか。わたしが、どこから出したん?そんな物騒な槍、と訊く前に、勝道が言った。

「ちょ!あんた、何やってんだず!」

 ヴァンドルフは鋭く怪物をにらんだまま、

「無論、討ち取るのです」

と、静かに決意表明をした。

「討ち取るって、あれをか?」

 やはり、ヴァンドルフもあの怪物をここで食い止めなければ、どれだけの被害が出るか分からないと考えたのだと思ったのだが、違っていた。ヴァンドルフが、槍の柄を握る手に力を込めて、

「あれこそは、わが宿敵、迷宮の暴君ギルガル!我が剣にて刻み付けたあの鼻の傷が、その証!」

と、興奮を抑えられそうも無いといった感じで言う。

 双眼鏡を手にして、勝道がドラゴンの傷を確認する。

「ん?あ?あー、あった、鼻の先に傷」

「あらぁ?お知り合いでしたか」

「七年前、ともに迷宮に挑みし我が友を、食い殺したかたきにございます!」

「あー、食べられちゃいましたか」

「たべっ、たべ……!!」

 ちまりが、さらに血の気が引いたようで、今にも死にそうなくらい真っ青になっている。意識を保つのがやっとのようだ。

「それはお気の毒に」

「よもやこのような所で相まみえることが出来ようとは、これまさに天祐!奴に食われた我が友二人の敵、ここで討ち果たしてくれん!」

「二人!今二人食べられたってさらりと言いましたよこの人!」

「で、ヴァンさん。勝ち目があると――?」

 わたしは、当然の質問をした。勝ち目がないのに、あんなドでかい怪物に勝負を挑むなど、あり得ない。が、返ってきた答えは――。

「あろうがなかろうが、奴を前にして、戦わないという選択肢は我が騎士道にはありません!」

「ないんだ……、勝ち目」

「うおおおおおおおお――――――っ!!」

 ヴァンドルフは、雄たけびを上げると、威勢よく、友人二人の敵に向かって駆けだしたのだった。

「あーあ。食われるな、ありゃ」

「ああ。あれは典型的なやられキャラの言動だ」

「死んじゃう!食べられちゃう!いやああああああ――――――――っ!!」

 ちまりが、バカでかい悲鳴を上げた。その悲鳴のせいで、わたしの頭の中は、逆に冷静になっていく。わたしも恐怖心は感じているのだが、目の前で涙をぼろぼろこぼし、鼻水まで出しながら、ぶさいく極まりない顔をさらしてパニックに陥っているちまりを見たら、おかしくてこっちまでパニックに陥る気にはならない。

「ああ!もう!」 

 リリミアが声を上げて、車外に飛び出した。

「リリみん!?」

「ここは、我々で時間を稼ぎます!ユウリ、後は頼む!皆さんを安全な場所へ!」

 リリミアはそう言うと、ヴァンドルフの後に続いて走り出した。

「兄ちゃん!リリみんが!」

「うむ!勝道っちゃん!後に続け!」

「は?」

「敵を討つために武士道だか騎士道だかを胸に、突っ込んでったヴァンさんはともかく、あのもふもふ犬耳ロリッ娘をドラゴンに食わせるのは惜しい!しかも貧乳だぞ!貧乳キャラは大事にしなくてはならん!」

「流石兄ちゃん!分かってるぅ!」

「ぜんっぜん分かってないですよぉおおおおおおおお―――――――っ!!」

「お前、さらりとひどいこと言ってねえか?」

「急げ勝道っちゃん!」

「行けまさみっちー!」

「この××××《ぴー》(不適切な発言により自主規制)兄妹が!ええい!仕方ねえ!あの二人を死なせちゃ、自衛隊の沽券にかかわる!行くぞ左沢!右の原っぱに回れ!」

「ああもう!了解しました!」

 左沢陸曹も、ついに腹をくくった。アクセルを踏む。高機動車は街道を外れ、右手の森の手前に広がる原っぱへ。

 勝道が後部座席の大きな荷物に手を伸ばした。春風が手を貸して荷物を勝道に渡す。

「あーーーー!」

「何よ、ちまり」

「ヒグマ竜が!」

「んー!?」

「しししし、死んじゃった―――――っ!」

 目を凝らせば、ヒグマ竜の首元に怪物ドラゴンギルガルが噛みついている。血が滴り落ち、ヒグマ竜が動く気配はない。はっきり言って、ハナから勝負は見えていた。しかし何故、あのヒグマ竜は、勝ち目のない勝負を挑んだのか。もしかすると、あのヒグマ竜も仲間の敵討ちだったのかも知れない、と、少し思った。

「死んじゃった―――――!!」

「うるさいちまり!」

「兄ちゃん、ヴァンさんが!」

 春風が言った通り、ヴァンドルフがギルガルの前に立ち、槍を構えて何か叫んでいる。おそらく、名乗りを上げたり、戦いを挑む理由などをギルガルに向かって言っているのだろうが、ドラゴンには、何のことだか分かっちゃいるまい。

 ヴァンドルフに追いついたリリミアも、剣を抜いて構えた。あの二人が弱いとは思わない。デューワ王国が責任をもって付けてくれた我々の護衛役である。腕に覚えがないわけがない。

――が。

 相手が悪すぎる。悪いどころではない。最悪だ。

 ヒグマ竜二頭を相手にして、難なく勝ってしまったほどのドラゴンである。どう考えても、ゲームならばラスボス級。あのドラゴンから見れば、ヒグマ竜も武器を持った人間も大差はないだろう。

 前もって何の準備もせずに、行き当たりばったりで挑んで勝てる相手ではない。

「ぬおおおおおおおお――――――っっっ!!」

 ヴァンドルフが、ジャンプして高い位置にあるギルガルの顔に向かって槍を突き出した。

「おお!?」

 ギルガルが、鼻先の角で、槍の穂先を受け止めた。

 ヴァンドルフが、着地をする。すると、その瞬間を狙って、ギルガルが、大きな頭部を横に振り、ヴァンドルフの身体を薙ぎ払った。

 真横から強烈な一撃を、とっさに槍の柄でガードするも、その威力に耐え切ることはできず、

「がっ!」

と、短く声を上げて湖まで弾かれ、水しぶきとともに水中に消えた。

「あーあ。やっぱりそうなるか」

「食われなかっただけましじゃね?」

 などと、のんきに観戦している場合ではなかった。次の標的はリリミアである。

リリミアは、こわばった表情でドラゴンの恐怖に耐えながら剣を構えているが、太刀打ちできるとは思えない。このままではあの可愛い犬耳を、もふもふできなくなってしまう。


 ぱぱぱっ!ぱぱぱんっ!!


 突然の破裂音に驚いた。勝道が、ギルガルに向かって89式小銃を構え、そして発砲したのだ。

 ギルガルの、目の付近に何発か弾が当たる。ギルガルが、顔をぶるっと左右に振った。

「効いてねえ!当たったのに!」

と、勝道が悔しそうに叫んだ。ギルガルが、こちらを見た。

「ごがあああああああああああ―――――――っっっ……!!」

「怒った!」

 ギルガルは、またも恐ろしい声で鳴き、そして、

「こっちに来るぞ!」

ずんずんと、こちらに向かって歩を進める。そのスピードが徐々に上がってくる。標的をこちらに定めたのだ。

 再び勝道の小銃が火を噴いた。ギルガルの顔を捉え、ギルガルがまたも嫌がって顔をそむけた。しかし、

「左沢!逃げるぞ!」

「はい!」

ギルガルには89式小銃の弾は当たってはいるが、効き目が見えない。勝道が左沢陸曹に指示を出すと、彼女は大きくハンドルを右に切りながらアクセルを踏む。高機動車が右に向かって走り出す。

 ギルガルが出てきた森林の手前に広がる、原っぱを高機動車が突っ走る。ギルガルが吠えながら走って追いかけてきた。

「はや!」

 ギルガルをバックミラー越しに確認した左沢陸曹が短く言った。左沢陸曹がさらにアクセルを踏み込んだ。ギルガルが少し引き離される。しかし、ギルガルもさらにスピードを上げた。

「おおおおおおお?おいつかれるぅうううううう!!」

「マジすか!何なんですかあいつ!」

 巨体をものともせずに高機動車の速度に付いてくるギルガルに、左沢陸曹がイラつきながら叫ぶ。

「あー。ティラノサウルスが走れなかったかも知れないっていう説は、ありゃ嘘だな。似た体形のやつが走ってるもん。ちまりー、ちゃんと撮れよぉ。すごい映像になるぞぉ」

「そそそそそ、そんな余裕ないですよぉおおおおおお!!」

「大丈夫兄ちゃん!わたしが撮ってるから!まかせて!」

「陸尉!何なんすかこの人たち!」

「慣れろ!」

 益々イラっときたらしい左沢に、勝道は短く命令をしながら、窓から身を乗り出して、追いかけてくるギルガルの顔に、発砲し続ける。

 目にさえ当たれば、怯むはず。勝道はそう思っているに違いない。しかし、でこぼこした地面を猛スピードで走る高機動車の車体は、ちょっとした起伏で大きく揺れる。そして、あの小さな目だ。当てるのは容易ではない。

「ああっ!くそ!当たんねえ!壊れてんじゃねえだろうな!これ!」

 勝道が自分の小銃に八つ当たりをする。

 勝道の放った弾丸は、目の付近には当たるものの、目に命中することは無く、顔の肉を穿つこともなく、固い皮膚に弾かれてる。それでも、当たれば多少痛いのか、ギルガルは、ぶんぶん顔を振って嫌がっている。

「ねえ、ユウリくん何やってんの?」

 春風の声が耳に入って来て、わたしはユウリを見た。彼は、目を閉じて両の掌を顔の前で近付けながら何やら集中している。

「んん?」

 掌の間にぼんやりオレンジの光る球体が現れた。

「魔法?」

 ユウリが、窓を開け身を乗り出す。春風がとっさにユウリの身体が車外に落ちないように左手で彼の服の裾をつかんだ。右手ではしっかりビデオカメラを手にしている。流石だ妹よ。

「行きます!」

 ユウリが、両手を後方のギルガルに向けて叫ぶ。

「炎の聖霊よ、力を貸したまえ!アージョン!!」

 ユウリが、そう叫ぶと、オレンジ色の球体が、炎をまとって勢いよくギルガルに向かって飛び出した。

 球体の大きさは直径およそ1m。それがギルガルの顔めがけて飛んでいく。

「かっこいいいいいいいいいいい―――――――!!」

 わたしと、春風が同時に叫ぶ。

 

どがあああああんんんん……!!


 ユウリの放った炎の魔法は、ギルガルの顔に真正面から命中し、爆炎がギルガルの顔全体を包む。ギルガルの足が止まった。


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