第12話 明日、上映会に行ってみね?

 お姫さまとのお茶会が終わり、我々は再び馬車に乗って城を後にした。アルアは律儀にも、滞在先まで我々を送ってくれるという。

「またお会いできる日を楽しみにしております」

 お姫さまが手を振ってわたしたちを見送ってくれた。わたしも、窓の外のお姫さまに頭を下げ、手を振った。春風はるかぜも、大きく手を振って別れを惜しんだ。

 再び城門をくぐって、堀の上の橋を渡り城の外へ。

 ――陽は大分傾いて、空は赤く染まっていた。城が夕日に鮮やかに染まってとても綺麗だった。こんな雄大な景色はなかなかお目にかかれるものではない。

 通りの店の多くは早々と店じまいの作業に入っていた。電気が通っていないのだから、できる商売など限られている。食事や酒をふるまう店以外はとっとと店を閉めてしまうのだ。

 日本街のコンビニも、10時には閉店するという。

「山形にも、夜になるとさっさと閉めちゃうコンビニありましたねー」

と、ちまりが懐かしそうに言った。確かに、最近は見なくなったが、昔はちょっと郊外のコンビニは夜9時閉店なんてざらだった。開けていたところで、客が来ないのだから24時間店を開ける意味が無い。

「お姫さま、別荘に呼んでくれるかなー……」

春風が少し淋しそうに言った。春風は、すでにお姫さまとは友達になったつもりでいる。とはいえ、相手は一国のお姫さまである。仲を深めたくともそうそう遊びに行ける相手ではなく、遊びに誘える相手でもない。別れが切なかったのだろう。

「姫さまに伝えておきます。春風さまが別荘に行きたがっていたと」

「んー。別に別荘じゃなくてもいいんですよねー。わたしたちの世界に来るのは、難しいんだろうなー。でも、せっかく出会えたんだから、もっと仲良くしたいなーって……」

「わたくしからも、お願いいたします。姫さまに、メールやお手紙、出して差し上げてください。姫さまには、あんなに楽しそうに笑い合えるお相手が、ほとんどおられないので」

 アルアが、お姫さまの立場を思い我々に言った。そんなアルアにちまりが言う。

「メルアド、つい交換しちゃいましたけど、わたしなんかがメール送って良いもんなんですかねえ……」

「はい。日本の様子などを伝えて差し上げてください」

「アルアさんもくださいね」

「え?あ、はい。でも……」

 アルアがもにもじしながら、恥ずかしそうに言う。

「まだ、使い方がよく分からなくて……。漢字の変換が……、難しくて……、間違った文章でも、笑わないでくださいね」

 凛としたアルアも素敵だが、もじもじして恥ずかしがるアルアも可愛い。和む姿だ。


 滞在先の屋敷に着く。我々が降りるとアルアが別れの挨拶をし、馬車とともに城へと帰って行った。

「王女殿下とのお茶はどうでしたか?」

 城には付いてきたものの、控えの間に控えて待っていたデューワトリオの一人、リリミアが訊いてきた。

「うん。良い方だったよ。この国は安泰だね。次期女王さまがあんな優しい人なら、きっと良い政治をするよ」

 わたしは屋敷の今のソファーにドカッと腰を下ろし、ネクタイを緩めながら答えた。一日ネクタイを締めていたので、首が疲れた。

「リリミアは、お姫さまに会ったことは無いの?」

「舞踏会の時に、ご挨拶をしたことはありますが、それだけです」

「舞踏会!」

 やはり、お姫さまがお出ましになる場所は違う。まかり間違って舞踏会などに呼ばれでもしたら、壁にびったりとくっ付いて動けずにいることだろう。想像しただけで冷や汗が出る。

 ――ん?ちょっと待てよ。舞踏会に呼ばれたということは……。

「リリミアも踊れるということか?」

「え?はい。一応。たしなみとして」

「たしなみ!もしかして、君はの子か?」

「え?いいとこ?それほどではありませんが……、わひゃう!!」

 春風が、リリミアの背後から近付き、耳をもふもふしながら、

「すごいね、リリみん!」

とじゃれついた。警護役を任ぜられるほどの腕を持ちながら、春風に簡単に背後をとられる。大丈夫か?この犬耳娘。

「は、はひゃ、リリみんって!」

「ダンス、教えてよ!」

 ちょっと前まで、淋しそうにしていたくせに、すでにいつもの春風に戻ったようだった。リリミアの手を取ってくるくる変なステップで踊っている。

「おー。おかえりー」

 勝道と左沢あてらざわが居間にやって来た。

「結構時間がかかったな。楽しかったか?」

「ああ。思ってたよりも会話が弾んだ」

「先輩は、王女さまとメールアドレスのやり取りまでする仲になりました。すごいですよねえ、王女さまは17歳。日本ならJKですよ。そんな若い娘とメールでやり取りなんて」

 ちまりが勝道に説明した。ちょっと待て、トゲがあるぞ、その言い方。踊っていた春風まで「やったね兄ちゃん!」などと言う。ほほうと声を出す勝道。

「すげーな。でも淫行だけはすんなよ。かばいきれねえ」

「愛があれば良いんじゃないの、兄ちゃん」

「あほか!万が一そんなことになってみろ、首を刎ねられるわ!」

 勝道が腕を組んで真面目な顔でわたしをからかい始めた。

「いや。例え首を刎ねられても、一国の王女に手を出したんなら、ある意味英雄だべした」

「国際問題になっず!」

「国際問題は困ります!!」

「うわあっ!びっくりしたあ!」

 わたしの背後から突然現れて、困りますと大きな声で言ったのは、文化庁の真田だった。その隣には石田も立っている。

「何?真田さんも来てたの!?」

「はい。問題は困りますよ、霞ヶ城さん。くれぐれも、くれぐれも!お願いします」

「も、問題なんて起こさないですよ……」

「いかがでしたか?ティオリーナ殿下とのお茶会は」

 そう訊いてきたのは石田だ。

「ええ。楽しかったですよ。美味しいお茶をいただきましたし、お土産も喜んでいただけたようです」

 わたしが答えを返すと、石田はうんうん頷き、それは良かったと言った。

「殿下にもおよろこびいただけたようですね。何よりです」

「まあ、楽しかったからいいんだけどさあ、何だか、色んな人に利用されてる気がするんだよねえ……。ぼくを外交の道具に使うのは、もうやめてくださいね」

 疲れていたせいもあってか、ちょっと文句を言ってみた。石田は手を左右に振って、

「いやいや、だから利用だなんてそんなことはありませんよ。ですが、殿下にお会いしたなら分かるでしょう?殿下はいずれは玉座に着かれるお方。我々も、将来のために交流を持っておきたいのですが、殿下はどうも内気というか、何というか。まあ、お若いので致し方ないと言ってしまえば、それまでなのですが、私達に心を開いて下さいません。ですが、これを機会に我々にもいい印象を抱いていただければなあ、と」

と、笑って言う。しかしそういうのを利用しているというのではないか?

「ま、いいや。こっちも何かあったら、よろしくお願いしますよ。用が済んだら後は知らないとか、勘弁してくださいね」

「分かっていますよ。で、霞ヶ城さん、どこに行くか決めましたか?」

 石田たちがわたしの向かいのソファーに座った。

「ええ、まあ、ぼんやりと。もうちょっと具体的に決まるまでは王都を見て回ろうかと思っています」

 とりあえず、王都を見た後、ジョーガ湖方面に行くことしか決めていない。まあ、今回はそれでもいいかなあ、と考えている。

「いいですね。王都だけでも見どころはたくさんありますよ」

 石田がそう言うと、ちょいちょいと手招きする。何?と思って顔を近付けると、石田がわたしの耳元で小声で言った。

「――ここだけの話、夜の歓楽街など、結構すごいのです」

「ほほう……」

 歓楽街、とな?心躍る甘美な響きではないか。勝道がうんうん言っている。ちまりが、何ですか?と首を傾げたが、

「いや、何でもない」

と、はぐらかした。しかし、成程、夜の街を見て回るというのはこれまた盲点だった。うむ。ちょっと良いかも知れない。いや、これは決して鼻の下が伸び切った助平心丸出しで言っているのではない。あくまで取材のためだ。そう!仕事!!

「ああ!!」

「うわあ!びっくりしたあ!!」

 再び真田が大きな声を出したので、またもわたしは驚かされる。

「何?」

「今、上映会やってますよ!霞ヶ城さん!」

 真田がぼくに向かってそう言った。そして、スーツのポケットから一枚のチラシを出した。

「上映会?」

 チラシには『文化交流日本映画上映会』と書かれていた。日本を広く知ってもらうために企画されたイベントで、日本の映画はもちろん、ハリウッドの有名な作品などを上映するという。

 上映される作品のジャンルは様々で、旅ばかりしているちょっと困ったお兄ちゃんが妹たちをはらはら悩ませる人情溢れる昭和の映画や、勧善懲悪の時代劇、ロミオとジュリエットや、シンデレラなど、デューワの人たちにも親しみやすいと思われる欧米の作品など、とにかく多彩だった。

「裏を見てください」

真田に言われて見てみると、

「――んん?」

 そこには『白き姫君と剣の少年』の上映スケジュールが書かれていた。

「あ。忘れてた」

 と、ちまりが言い、ぺちっと自分で自分の額を叩く。

「『しろけん』のアニメの上映会を、こっちでやってるんでした。すっかり忘れてました。ティオリーナ姫も泣いた!とかいうふれ込みで。盛況らしいっす」

『しろけん』というのは、『白き姫君と剣の少年』の略称である。

「アニメって、声はどうするの?魔法使ってみんなに分かるようになってるのかな?」

 リリミアとのダンスをひとまず終えた春風が訊いた。確かに、日本の映画をそのまま上映しても、こちらの人には分からないだろう。わたしたちにかけられているような魔法でも使うのか?それに真田が答えた。

「こっちの舞台俳優さんに声を入れてもらったやつと、字幕のやつと両方を上映します。行ってみませんか?」

「どうします先輩?」

 自分の作品をわざわざ見に行くのも恥ずかしい感じだが、まあ、予定も特に無いし、行ってみるのも悪くないかも知れない。

「行くか」

 こうして翌日のスケジュールが決まった。上映会は、王都にいくつかある劇場を借りて行われるらしい。今日も、その劇場の前を通って来たらしいのだが、わたしは反対側の景色を眺めていたので気付かなかった。

「――ねえ。『しろけん』ってさあ、今更だけど、結構なお色気シーンがあるよね?」

と、春風が言う。そうだ。ファンサービス。ラノベ的事情により、結構なお色気ドキドキシーンがある。アニメでは多少控えているが、こちらでそのまま上映してしまって大丈夫か?宗教観や文化の違うところで、エロシーンをそのまま見せるのは、問題が生じる可能性がある。

「あるなあ。いや、ぼくはそんなシーンはいらないって思ったんだけどさあ、ちまりが、書け!もっとえぐく、ぐっちょんぐっちょんのれろれろのびっちゃびちゃでいけって言うからさあ……」

「え、ちまりん……、ちょっと引くかも」

「いや!そんなこと言ってないですよ!冤罪です!濡れ衣です!ファンのために多少の演出は必要だと言っただけです!それに、こっちで小説発売する時に、デューワの担当者に見せて許可だってもらってるんですから!アニメだって同様です!大丈夫です!多分……」

 ちまりや真田が言うには、日本の作品をデューワで発表、発売する際に、性的表現や暴力シーンなどを理由にNGを出された例はないという。どうやら、そういったものに対して寛容なようだ。すばらしい。表現の自由万歳。

「どっちにしても、こっちの人に、『日本ってエロい』って思われないかなあ……」

と春風が結構真剣なトーンで言った。それに対してわたしはきっぱりと断言した。

「もともとエロいから問題無いだろ」

「それにさあ、お姫さまの名前で宣伝しちゃって、『お姫さまはエロいのがお好き!』みたいに思われないかなあ……」

 その場にいた一同がうーん……、と悩みだすのだった。

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