第3話 突然のご招待

 わたしは、暇を持て余していた大学時代、ファンタジー小説を書いて、ネットの小説投稿サイトに作品を載せた。別に自信作だったわけではないが、のちにわたしの担当編集者になる後輩のちまりがせっかくだから多くの人に見てもらった方が良いですよ、というので載せてみた。

 ネット上での評判は上々だった。

 投稿サイトにアップした時にはすでに作品はかなり書き溜めてあったので、わたしは調子に乗って、立て続けにアップした。すると、それがムラヤマ出版の編集者の目に留まり、とんとん拍子でデビューが決まってしまった。

 その作品こそ、わたしのデビュー作、『白き姫君と剣の少年』である。

 絶対に小説家になりたい!そんなことを思っていたわけではない。暇を持て余していた時にたまたま、話を思いつき、書いた。それが評価されてしまった。流れに乗っただけである。

 人生の波に逆らってまでなりたいものが無かったわたしは、そのままどんぶらこどんぶらこ流されて、デビューし、さらに書けと言われるままに書き続けた。

 ファンレターをもらったのも、うれしかった。

 わたしにもファンがいるのだ。ファンの期待を裏切るのも悪い。わたしはさらに書き続けた。

 すると今度は『白き姫君と剣の少年』をアニメ化しようと話が持ち上がる。

 わたしは当時の担当編集者に尋ねたことがある。

「ぼくなんかの作品をアニメ化して、大丈夫でしょうか?」

 わたしは自信家ではない。小さな舟に乗り、流されるままに流されていただけの、小説家と名乗ることも恥ずかしく思うような人間だ。そんな人間が垂れ流すように描いた作品がアニメ化されて、ものの見事にずっこけても、責任が取れない。

「大丈夫だよ。面白いんだから自信を持って」

 わたしが身を任せる流れを作ってくれた担当編集者は、笑って言った。そして流れはさらにどんどん進む。アニメ化された『白き姫君と剣の少年』も好評で、何と放送が終わると同時にアニメ第二期の政策が発表されたのだ。

「やったじゃないですか先輩!さあ、もっと書くのです!」

 この頃、わたしの担当編集者になってしまった山寺ちまりは嬉々としてわたしに鞭打ち、書かせ続けた。そして、アニメ二期の放送も好評のまま終わり、さらにわたしは尻を叩かれ続け、叩かれるがままに書き、『白き姫君と剣の少年』は無事に完結したのだった。つい先日のことである。

 流れはようやく止まった。

 じゃ小舟を降りましょう――、というのは甘かった。

「じゃあ、次はどんな作品にしましょうか!」

 ちまりは満面の笑みを浮かべてわたしに恐ろしいことを言う。流れが止まって安どしていたわたしは完全に腑抜けになっていたのだ。新たな流れに乗るのも億劫だった。しかしちまりは強引にわたしを舟に乗せ、流れを再び起こそうとしている。

 いやいや、無理だって。無ー理!

 次回作のアイディアなんて何も浮かびませんーん!

 わたしは嘘をついて流れから逃げようとした。

 そう。アイディアはある。あるが、迷っていた。

 再び流れに乗って、作品を書き、発表しても読者に受け入れられない可能性がある。流れに乗るしかできないわたしが世に否定され、流れから突然放り出されるのが怖い。わたしには自ら進む流れを起こす力など無いのだ。流れに乗るにも、覚悟がいる。

 だからこそわたしは覚悟が決まるまで、とにかく時間を稼ぎ、逃げ回ることに決めた。

 ところがである。

 止まったと思っていた流れが実は止まっていなかったのだ。

『白き姫君と剣の少年』が、文化交流の一環で異世界デューワ王国でも出版されたのである。

 お互いを知るにはお互いの国の文化に触れるのが一番!

 誠にごもっとも。そんなわけで、日本の小説や漫画、アニメ、映画などが次々とデューワ王国で発表され、デューワの住人にも喜ばれていた。日本スゲー!日本カッケ―!空前の日本ブームがデューワ王国で巻き起こった。巻き起こっただけではない。どういうわけかわたしの作品まで出版されるという、全く想像もしていなかった流れが起きたのである。わたしはまたも自分の意志とは関係なく流されてしまったのだ。

「先輩の作品はファンタジー作品ですし、あっちの世界の人にも受け入れやすいんじゃないでしょうかね」

 ちまりは楽観的に言っていたが、わたしは不安だった。

 わたしの書いた作品など、所詮はフィクション。空想の産物でしかない。今まではそれで良かった。しかし、いきなり扉が現れ、扉の向こうから本物のファンタジー世界がやって来たのである。黒船来航など目じゃない程のびっくり大事件である。本物から見ればわたしの作品など紛い物でしかないではないか。

 不安を通り越し、完全にあきらめていたわたしは、次回作などそっちのけでデューワ側の作品を読んでいた。

 そんなわたしにまたも驚きの知らせが届く。

「先輩の白き姫君、デューワでもめっちゃ好評らしいっす!」

 うそーん……。

 わたしの作品は、紛い物のはずだったのに、ホンモノにまで受け入れられてしまったのだった。

 

 三月ももうすぐ終わる頃。あと二週間もすれば山形でも桜が咲くが、わたしは桜が散った東京のムラヤマ出版に足を運んでいた。

 ちまりに来いと言われたからである。無理やり呼びつけやがって。後で仕返ししてやろう。付き合いが長い分わたしはあいつの恥ずかしい過去をたくさん知っている。編集部の人間に軽く暴露してやろう。そう考えながら編集部の扉をくぐると、ちまりがわたしを見つけ、

「あ、先輩、早かったですね!じゃ、行きましょう!」

 と言った。

 山寺ちまりは、わたしの一年後輩にあたる。中学と大学が一緒だった。恐ろしい事に中学時代から見た目が全く変わっていない。中学時代からどんくさい奴で、昔からよくすっ転ぶ女だったが、背が低く、150cmに届かないため、ちょっとでも高く見せようとヒールの高い靴を無理して履く。その結果さらによくすっ転ぶようになった。いや、転ぶのはヒールのせいだけではない。そのちっこい身体に不釣り合いなほど大きな胸のせいで、バランスが悪いのだ。きっとそうに違いない。

 ちまりはわたしを、今まで足を踏み入れた事の無い、立派な応接室へと案内した。

 わたしが高そうなソファーに腰掛けると、すぐに編集長の米沢が二人のスーツ姿の男とともに応接室に入ってきた。

「や、霞ヶ城君久しぶり。元気でした?」

 編集部の人間は、わたしを『先生』とは呼ばない。わたしがそう呼ばれるのを嫌うからである。わたしが、はい、おかげさまで、と答えると、米沢編集長はわたしに二人の男を紹介した。

「外務省の石田さんと、文化庁の真田さんです」

 二人の男は頭を下げるとわたしに名乗りながら名刺を差し出した。

 外務省デューワ局デューワ日本大使館職員、石田光紀いしだみつのり。文化庁文化交流推進課、真田信也さなだのぶや

 名刺をもらい、改めてあいさつしたわたしに、ぴっちり七三分けのこれぞ官僚といった感じの石田が言った。

「先生は、どのくらい話を伺っておられますか?」

「ああ、先生はやめてください、恥ずかしいんです。話は……、まあ、大体は」

「それは話が早い。では、――行ってくださいますか?デューワ王国に」

 そう。わたしが異世界のデューワ王国に招かれているというのだ。

 デューワ王国第一王女、ティオリーナ姫は日本で療養中に日本語を覚え、日本の文化に深く親しんだ。特に好んだのは日本の漫画やアニメなど、いわゆるサブカルチャーである。当時、日本で言えば中学生に当たる女の子である。そういう物の方が親しみやすく、より深く日本を知るのにぴったりだったのだろう。

 お姫様はその中でもわたしの作品の大ファンなのだという。日本語の勉強に、わたしの作品を活用したというからびっくりである。

「それで、この度、二国間の文化交流がより一層進められることになりました。様々な人が、王国にお招きを受けています。その中でも霞ヶ城さん。ティオリーナ姫は特にあなたをデューワ王国にお招きしたいと、こう仰っているわけです」

 石田がびしっと決め顔で言った。

 わたしは首を傾げる。

「何でかなあ。自分で言っちゃうのもなんですけどね、高貴な方が喜んでくれるような、すごい作品でもないですよ?」

「ご謙遜を。だって実際喜んで読んでおられるわけですから」

「読みました?」

「一巻だけですが。すみません。正直、今回の話が持ち上がるまで、霞ヶ城さんの作品を存じませんでした」

 正直な男だ。下手に持ち上げてくるよりも好感が持てる。すると石田の隣に座る、真田が、

「僕は全巻読みました。アニメも観ましたよ。僕、好きなんですよね、そういうの」

 と、にこにこしながら言った。ほう。オタクでも官僚になれるのか。

「アニメの第三期、まだなんですかねえ」

「ええ。もう少し待ってください」

 真田の問いに、米沢編集長が答えた。え?もしかして三期作るの?聞いてないんですけど?

「……、読んだなら分かるでしょうけど、そんなに大したもんじゃないでしょ?」

「先輩、自分で言ってて悲しくないですか?すごいじゃないですか、お姫さまですよ?お姫さまが先輩のファンなんですよ?しかもご招待です!自信持ってくださいよ。」

 ちまりはやや興奮気味で言ったがわたしはそれでもやはり自身は持てないでいた。

 わたしの作品『白き姫君と剣の少年』は、こういう話だ。

 ある王国に、可愛らしいお姫さまがいた。平和に暮らしていたお姫さまであったが、次期国王の座を狙う、実の叔父が仕掛けた罠にはまる。姫の命の危機を救ったのは、たまたま居合わせた主人公の少年である。少年の力を借り、どうにか王都を脱出した姫は、少年とともに国を奪還するために奮闘。協力者を募り、叔父に戦いを挑む。ところが、叔父は真の黒幕に操られていただけの傀儡に過ぎず、姫は改めてそのラスボスに決戦を挑み、打ち倒す。そして、姫は主人公の少年と結ばれるのであった……。

 とまあ、ざっとこんな話である。

「よくある冒険譚でしょ?あっちにだって、似たような話はあるんじゃない?何で、ぼくの作品に食いついちゃったかなあ?」

「先輩、自虐的すぎます」

「王女殿下が日本で入院生活をしていた時、たまたまテレビでアニメを観て霞ヶ城さんの『白き姫』を知ったそうです。それで興味を持って、頑張って日本語を覚えて、日本語で書かれた霞ヶ城さんの本を読んだらしいです」

「マジで!?何で異国の人ってアニメとかに興味を抱くとあっという間に日本語覚えちゃうんだろうね。それにしても、アニメって、やってたの深夜だよ。夜ふかしして観てたのかなあ」

「ええ。一人淋しく異国の病院のベッドの上で過ごしていた時の、数少ない楽しみだったのではないですかねえ……」

 石田がしみじみと言った。わたしも想像する。

 知らない世界。狭い病室。眠れぬ夜。

 病に侵された身。

 自分は、再びあの愛した国へと帰れるのだろうか。

 そんな泣き叫びたいほど不安いっぱいの少女の目に、たまたま付けたテレビから、今まで見た事の無い不思議なものが飛び込んでくる。

 そこには、国のため、何よりも自分のために必死に戦う姫と、それを支える少年がいた。

 少年は、自分が傷付くことを厭わず姫のために剣を振るう。

 心奪われても、無理はないかも……、知れない。

 その姫の心を奪った相手がわたしの作品というのが何とも面映ゆく、身体全体がむずがゆくなるような感覚を抱いてしまうが、アニメのスタッフが頑張ってくれたから、と思う事にしよう。しかし照れくさいので、わたしは、

「他にも、楽しみがあってもよかったように思うけどなあ。病院の売店で売ってるアイスとかプリンとかさあ」

 などと口にしてしまう。するとちまりがじとっと目を細めながら、

「何で素直にありがたいって言えないんですか」

 と言うと、いきなりテンションを高めて、続けた。

「いいですか!これはチャンスなのです先輩!異世界のお姫様が大好きな作品『白き姫と剣の少年』!話題性ばっちり!売り上げ倍増!」

「んっだよ。お前、やけに乗り気だな……。まあ、編集部的には、このご招待受けないとまずいんだろうね」

 すると米沢編集長が、そうなのよ、分かって頂戴と言いたげな表情。

「あったり前じゃないですか先輩!先輩の作品をより多くの人たちに知ってもらう好機が訪れたのです!もっと張り切っていきましょう!」

 やたらテンションアゲアゲな後輩に向かって、わたしは冷ややかに言った。

「さては貴様。売り上げだの何だの言って、実はぼくをダシに使って異世界に行ってみたいだけだろ。お前昔からファンタジー物のアニメやゲーム大好きだもんな」

 ちまりがやっべ、ばれた!といった顔をする。何だか腹立たしかったので、わたしも言ってやった。

「いいか、ぼくが行くと言っても、お前もあっちに行けるとは限らないではないか」

「ちんまりって言わないでください!何言ってるんですか!わたしは先輩の担当ですよ!一心同体!パートナーですよ!」

 どうやらこいつは、自分も異世界に行くこと決定で話を進めようとしているな。

 まあ、こいつはとりあえず置いておこう。わたしは二人の官僚を見た。そして言う。

「そちらさんも、ぼくに行ってもらわないと困るんだろうね。あっちの世界はうま味たっぷりだもん。ぼくみたいなもんでも、あちらの偉い人のご機嫌を取るために利用できるなら利用しようってことでしょ?」

 真田の方は、やや表情が硬くなったように見えたが、石田の方は相変わらずやんわりとした表情で、

「いやいや、利用だなんて」

 と言った。編集部の二人は何言ってんのあんた、といった顔をしながらわたしを見ている。

「先輩?利用って何ですか?」

「気を使わなくてもいいですよ。あっちの世界は、日本が喉から手が出るほど欲しいお宝がいっぱい。日本としては、他の国にぶんどられないように手を打たないと。そのためにあちらのご機嫌を損ねるようなことは極力避けないとねえ」

 真田は「そんな、考えすぎですよ」と言ったが、石田は、

「……、まあ、ぶっちゃけて言うとその通りです」

 とあっさり言い切った。

「さすがに作家さんは鋭いですね。お姫様。テュオリーナ王女殿下は、王位継承権第一位。VIP中のVIPです。将来王位に就かれれば、私達の交渉相手となる重要人物。こちらに悪い印象を抱かれるようなマネは極力避けたいというのが本音ですね。はい」

 正直な男だ。しかし、時に伏魔殿と揶揄される外務省にあってこの正直さは逆に怖い。

 もしかしてこの男、ぼくが感じている以上にできる男なのかも知れない。利用されるのはまあ、いいとして、この男が作った流れに不用心に乗ってしまうのは、いかがなものか。

 石田がわたしを真っすぐ見ながら言った。

「何やら、気が進まないようですが、どの辺が気に入りませんか?」

「気に入らないっていうよりは、正直面倒くさいかなあ。だって、そんな高貴な人と接する機会なんて今まで無かったもの。どうしてよいのよやら」

「堅く考える必要はないと思いますが。お望みとあればいくらでもフォローしますよ」

「うーん……」

「とりあえず、あちらからお越しになっている、テュオリーナ殿下の御使者に会ってくださいませんかね。招待状を携えてるんですよ。先生に、直にお渡ししたいとのことで」

 わたしは仰天した。

「ええ?使者!?それも気が重い!」

「大丈夫ですよ。ティオリーナ殿下が日本で療養中に、殿下に付いておられた侍女でして、日本語も話せますし、何より美人ですよ」

「マジで?」

 わたしが、ちょっと食い付いたのを見て、真田もうんうん頷く。そうか。美人なのか。隠す必要もないのではっきりと断言しよう。美人が好きだ。大好きだ。

「そうか。美人に会えるのか」

「先輩、美人について男前風な顔で考え込まないでください」

「その美人に会って、招待状だけでも受け取っていただけませんかねえ。デューワに行くか行かないかはその招待状を見てから決めても遅くはないと思いますが」

「そうだなあ。その使者さんにはいつ会ったらいいんですかね」

「明日です」

「ええ!?明日!そりゃあ急すぎますって……。心の準備が……!!」

 美人に会えるのは嬉しい。とても嬉しいが、今できつつある予想外の流れに、乗ってしまってよいものか。

 そんな煮え切らないわたしを見かねたちまりが、割り込んできた。

「行きます!この人が行かないってダダこねても連れて行きますから!任せてください!」

 ちまりは強引にわたしの意志を決定し、官僚二人も嬉しそうにちまりに明日の予定を伝えてから帰っていった。

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