エピローグ

「お帰りなさい、徹ちゃん」

「…………ああ」

気がつけば俺は家の庭に座り込んでいた。周囲の草が黒く燃え尽きているが、俺自身には火傷一つ無い。

「突然お庭がぴかって光ったと思ったら、徹ちゃんが座ってたのよ」

「ブラスが……あいつが俺を戻してくれたんだ」

「あら、そうなの。じゃあ、お礼を言わないと」

そう言ってリビングに戻ろうとする姉貴の小さな手を俺は掴んだ。

「徹ちゃん……?」

「あいつは……本当にヒーローだった……」

震える声で呟くと、俺の半分にも満たないその小さな身体に縋りついた。そしてどうしても止められないその涙をボロボロと溢しながら、その場に泣き崩れる。

「宇宙人で馬鹿で常識知らずで……けど、自分の命を賭けて俺を助けてくれたんだ……! あいつは悪でもなんでもねぇ。本当の……本当のヒーローだったよ……!!」

「本当ですか!? ああ……私はついに徹さんに認められるような正義のヒーローになれたんですね! 感激です! 感無量です! 一発大逆転です!!」

「祝福するぞ、母よ」

その時、家の中から出てきたブラスとブラスタがぱちんと手を叩き合わせた。そして嬉しそうに手をつないでくるくると回りだす。

「よかったわね、ブラ子ちゃん」

「ありがとうごさいます! できればご褒美として今度、駅前のデパートの屋上で行われるヒーローショーへと連れて行ってくれると嬉しいのですが!」

「我々も行きたいぞ、母よ」

「いいわねぇ。次のお休みにみんなで行きましょうか」

「………………………………………………………………………………………おい」

俺は静かに立ち上がると、無邪気に喜んでいるブラスを手招きした。

「なんでしょうか? お褒めの言葉とねぎらいのなでなでなら二十四時間受け付けています――――って、あたたたたたたたたたたたたたっ!?」

無防備に近寄ってきたアホを掴まえた俺は、お望みどおりそのつむじを思う存分鉄拳で撫でてやった。

「い、いきなり何をなさるのですか!?」

「何をなさってんのはお前だろうがゴルァ!! 死んだんじゃなかったのかよ!?」

「いやー……それが、よく考えたら私の本体って徹さんと融合したままだったんですよ。なので有機生命体モジュールが燃え尽きても意識を転送すればまったく無問題でして」

「なら、なんであんな台詞を言ったんだよ」

「一度言ってみたかったんです!!」

「アホ毛引き抜くぞ、このポンコツ生命体……!」

「痛たたたたた!? す、すいません! あの時は色々と興奮していて、つい勢いでやってしまったんです! 今は反省しています! あと私は超機生命体です!!」

アホ毛を押さえて涙目になるブラスの姿に俺は大きなため息をついた。

ちくしょう、俺が流した涙と感動を返せ。

「心配した俺が馬鹿みたいじゃねぇか……」

「ご心配をおかけしてすみません。ですが、私としてはまた徹さんに会えてよかったです。それに……」

ブラスは俺を見上げると、ぱあっと満面の笑みを浮かべた。

間違いなく今までで一番だと断言できるぐらい――とびっきりに嬉しそうな笑顔を。

「徹さんがあんなに褒めてくれて、私は凄く嬉しいです!」

「…………」

「おや、どうしました? 精神兵器のようなお顔が赤いようですが……はっ、まさか大気圏突入の後遺症ですか? それとも別に落ちたい場所がありましたか!?」

「んなもんねぇ! それはもういい。けどな……」

俺はブラスを振り払うと、今一番の謎ポイントである相手にびしっと指を突きつけた。

「なんでこいつもいるんだよ!?」

その声に、正座して夕方五時のヒーローアニメを見ていた自称ラスボスが振り返った。そして相変わらず表情が死んだような顔で俺を見つめると、さも当然のように答えた。

「それは我々が母と同一存在だからだ、融合者よ。母が存在する限り、我々は決して滅びはしない」

「どっかのラスボスみたいな設定だな」

「ふっ、わたしはラスボスだ、融合者よ」

そう言って隕石的な胸を張る。くそ、表情は完全に死んでるくせにドヤ顔をしているのが分かるってのがまた逆にムカつくな……。

「そしてもう一つの回答だが、融合者よ。母がこの星にいる以上、我々もこの星に留まるのは当然のことだ」

「どこも当然じゃねぇよ。それでまた悪事を働くつもりか?」

「答えは否だ、融合者よ。ラスボスを倒された悪は第二期が始まらない限り悪事を働いてはならないのだ」

「何だよ、第二期って」

「安心するがいい、融合者よ。二期になったら本気を出す。隠しボスとしての身体も影のシルエットももう用意してある。これぞ悪役の美学だ」

「………………こいつは悪役マニアか」

無表情でふんすと鼻を鳴らすその姿を見て、俺はこいつとブラスが同じモノだってことを心底納得した。こいつら、どっちもただのマニア馬鹿だ。

「宇宙人ってのはどいつもこいつもこんなのしかいないのか……? そういや何か計画が早まったとか言ってたけどよ、ありゃ結局何が原因だったんだ?」

「出番だ」

「……………………は?」

「宇宙空間に残していた我々の一部が早く出番を欲しがったのだ。曰く『母と上位意識ばかり目立ってずるい。我々も出番が早く欲しい!』とのことだった。だが計画では彼らの登場はこの星の時間で百年以上後になっていた。それで計画を早めたのだ」

「百年もやるつもりだったのかよ!? ってことは最終決戦を仕掛けてきたのは……」

「あの作戦ならば隕石やダークブラストールとして全員に出番があるからな」

「…………お前たちの悲願ってのは……」

「当然、見せ場だ。あのまま戦っていれば第三形態サードフォーム究極形態アルティメットフォーム、さらには激情態げきじょうたいや新・巨鋼獣などで全員に見せ場があったはずなのだ。ふっ、我々ながら素晴らしい作戦だ」

自慢するように胸を張る悪役馬鹿を、俺は黙って張り倒した。

「何をする、融合者。痛いぞ」

「それはこっちの台詞だ、この超馬鹿生命体どもが!!」

ブラスタは何故叩かれたのか分からないと言うように首を傾げる。

くそ、こんなアホ生命体たちの出番と見せ場のためだけに、俺はあんな苦労と恥ずかしい台詞を色々と……っ!

「すいません、徹さん。彼女は私が面倒を見ますので、どうかここに置いていただけないでしょうか」

その時、珍しく神妙な顔でブラスが頭を下げてきた。そういやこいつにとってブラスタは娘とか家族みたいなものだったな。

「もし外に追い出したら怪しいおじさんが……」

「その話はもういい! ああもう、分かった。家に居たけりゃいていい!」

耳元で囁く小学生型悪魔を追い払うと、俺は早々に白旗を挙げた。どうせどんな手段を使ってでも姉貴が家に置くに決まってるからな。

「ありがとうございます! よかったですね、これで二号ヒーローのフラグが立ちました! ああ、憧れの合体技……今夜は俺とお前でダブルブラストールです!」

「素晴らしい提案だ、母よ。是非、そうしよう」

「お前ら、それが狙いか」

二人並んでうっとりした表情を浮かべる宇宙生物の姿に、俺はひっそりとため息をついた。くそ、マジでブラスが二人に増えやがった……。

「ったく……いいか、この家に置いてやる代わりに俺の言うことはちゃんと聞けよ。出来なけりゃ殴る。理解するまで徹底的に殴る」

「あ、あれか……了承した、融合者よ。ところで提案があるのだが」

心なしか青ざめた顔で頷くと、ブラスタが俺のところにやってきた。そして息が掛かりそうな距離までその顔を近づける。

「な、なんだ?」

「初めて見た時より思っていたが、素晴らしい悪役顔をしているな、融合者よ。どうだ、次は我々と融合して悪役かダークヒーローをしてみないか? 我々ながら実によい提案だと思うのだが」

何となく期待を込めた瞳でブラスタが俺を見つめる。言ってる事は完全にノーサンキューだが、正直顔が近すぎてそれどころじゃない。

くそ、ブラスとそっくりなだけあって間近で見るとかなりの破壊力が……!

「それは駄目です! 徹さんは私と正義のヒーローをするのですから!」

その時、ぐっとブラスが俺の手を引っ張った。よし、助かったと思った瞬間、今度は宝物を守るかのように俺の頭が隕石の中に埋め込まれる。

「だが、光では裁けない悪を断罪する闇のヒーローもかっこいいと思うぞ、母よ」

「それは確かにかっこいいですし、正直私もやって見たい気もしますが、徹さんだけは絶対に渡しません!」

「い、いいから離せ! お前らはヒーローよりも先に恥じらいと常識を覚えろ!」

何とか天国のような地獄から脱出した俺は、何を言われているのか分からないと言った顔で首を傾げる二人の宇宙生命体に向かって叫んだ。

「大体な、こいつを倒した以上もうヒーローごっこは終わりだ! 俺はこれから――」

「わたくしと共にワルの道を突き進むのですわ! おーっほっほっほ!!」

「そうだ、俺は真面目に不良王に――ならねぇよ!? お前はどっから湧いて出た!?」

突然リビングに乗り込んできた真っ赤な髪のスケ番お嬢さまに俺は指を突きつけた。その手にはどう見ても合鍵と思わしきものが握られている。

「お、おい、それって……姉貴!?」

「うふふ、今夜はブラスタちゃんの歓迎会も兼ねて豪勢にしましょうね♪」

振り向いた俺の目の前で諭吉さんの束を掴みつつ姉貴が笑う。こ、この小学生型邪神、ついに俺の平穏まで売り飛ばしやがった……!

「そういうわけであなたはもう用済みですわ、白髪娘。ついでにそこのハレンチ娘もよくお聞きなさい。いいですか、竜ヶ崎徹さんは遠からずわたくしのモノになるのですから邪魔をしないように」

「そうは行きません! 徹さんのような正義の使徒を悪の道へと引きずりこむのは絶対に阻止します!」

「光から闇への転落は悪の華だと思うのだがどうだろう、母よ。そしてハレンチ娘とは我々のことか、地球人よ」

「うるせぇ! いっぺんに喋るな!」

喧々諤々と喋る三人を一括すると、俺は改めて決意を叫んだ。

「いいか、俺はもう正義のヒーローもやらねぇし、ダークヒーローもやらねぇ! 当然ワルの不良もだ!! そもそも悪役だっていなくなったし、必要が――」


『臨時ニュースです』


その時、付けっぱなしにしていたアニメが切り替わった。そしてお馴染みのニュースキャスターのお姉さんが、相変わらず淡々とした声で原稿を読み上げる。

『先ほど、玉鋼市近郊で謎の巨大生物が大量に発見されました。それらは全て玉鋼市を目指しているようです』

そして映像が切り替わると、川や山、海などから次々と巨鋼獣が現れた。そいつらはガオーだのパオーンだの好き勝手に鳴くと、一斉に玉鋼市を目指して動き始める。

「……おい、これって……」

「我々だ」

恐る恐る振り返る俺に、ブラスタはあっさりと頷いた。

「砕け散りはしたが、我々超機生命体がその程度で死ぬわけが無いだろう」

「はぁぁぁぁっ!? おいブラス、どういうことだ!」

「わ、私は知りません! 部下たちが勝手にしていることです!」

「どこの汚職政治家だ、お前は!? おい元ラスボス、どうにかしやがれ!」

「無理だ、融合者よ。あそこまで小さく砕かれてはもはや命令改変を受け付けるだけの知能も無いだろう」

「ってことは……」

「最後の命令に従うだろう。母を楽しませる悪役になれ、と」

その言葉に思わず絶句すると、さっそく近くから地響きと大きな咆哮が聞こえてきた。

「ああもう、マジかよ!?」

「これは大変なことになってしまいましたね! なので私たちが頑張りましょう! そう、地球を守る正義のヒーローとして!!」

「なんで嬉しそうなんだよ! 全部お前のせいだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

瞳を輝かせる全ての黒幕に思いっきり拳骨を落とすと、俺は頭を抱えた。

なんだよ、これ。

全部終わるどころか悪化してるじゃねぇか!!

「ああ、ストレスで苦悩する徹ちゃんも可愛い……」

「貴女、ハレンチですが中々センスのある格好ですわね。ワルの心意気を感じますわ」

「それは褒め言葉だな、地球人よ。そういう貴様も良いセンスをしている」

「当然ですわ! おーっほっほっほ!!」

「お嬢様のセンスは宇宙生命体にも通じるのですね! 直恵、感激です!」

「姐御とお呼びなさい」

「はい、お嬢様!」

「どうだ、我々と融合してみないか?」

「やめろ! 地球を滅ぼす気か!?」

「ではやはりダークヒーローなどどうだ、融合者よ」

「いいえ、わたくしと共にワルを極めるのですわ!」

「違います! 徹さんは私と正義のヒーローをするんです!」

「どれも違う! 俺は……俺は平凡に生きたいんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

狭いリビングに姦しい声が響く中、俺の叫びが夕暮れの空に木霊する。

残念ながら、この星から正義のヒーローがいなくなる日は、まだ、こない。


(第一部 終わり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る