第11話 正義の代償……!

『私が……黒幕……?』

「その通りだ、母よ。アナタが全ての始まりだ」

淡々とブラスタが告げる。その言葉に、ブラスはありえないと脳内で首を振って。

『そんな……そんなはずはありません! ありえません! あるわけがありません!! だ、だって私は銀河連邦から惑星保護のために派遣された超機生命体で――!!』

「知っている。そういう設定にしたからな」

その悲痛な叫びに、しかしブラスタは顔色一つ変えずに頷いた。

そのあまりに自然な姿に、思わずブラスが言葉を失う。

「どういうことだ……? お前らだけで納得してないで説明しろ!」

「いいだろう、融合者よ。『正義のヒーロー』として我々の前に立つお前にはその資格がある」

悠然とした態度で頷くと、ブラスタは語りだした。

俺の知らない本当の真実って奴を――。

「本来の我々は宇宙の深遠で発生した究極の生命体だ。その生態は単独で完結しており、時折生体の維持のために星を喰らう程度だ」

「そんな単細胞生物みたいな奴が、なんで地球を襲うんだよ!?」

「暇つぶし、だ」

さらりと告げられたその理由に、俺は一瞬こいつの言葉を理解できなかった。

暇つぶし……だと?

「我々は永遠とも言える寿命を持って無限の進化を繰り返してきた。我々が生まれてより、この星の単位で既に六十億年ほどが経過している」

「ろ、六十億……!?」

「その無限にも近い時間は我々に次元を操る力や、自在に自らを変化させる能力を与えてくれた。だが、そんな我々にもどうしても耐え切れない苦痛があった。『暇』だ」

その言葉を口にした瞬間、初めてブラスタが表情を浮かべた。無表情だったその口元を僅かに引き結ぶと、何かに耐えるように視線を伏せる。まるで、辛い記憶を思い出しているかのように――。

「生命体として我々は完成の域に達している。空間を捻じ曲げ、単独でワープを可能にし、星さえも破壊する力を持っている。だが、単一で完結している我々には『文化』が無かった。故に『娯楽』という概念すら生まれなかった」

ブラスタはその目を虚空に向けた。六十億年の暇なんて俺には正直想像もできなかったが……それがこいつにとって、どうしようもなく嫌な事だってのは何となく分かった。

「目的もなく、ただ存在している『だけ』の時間……それは想像を絶する無為との戦いだった。だから我々はそれを解消するためにも様々な星を喰らった。何千何万の星を破壊してその情報を喰らい、この無限の飢餓を満たそうとした。だが、駄目だった」

そう言うとブラスタは周囲に広がる灰色の街並みを見渡した。相変わらず感情は変わらないが、それでもその瞳は輝いているように見えた。

「そんな時、我々はこの地球を見つけた。地表全てに飛び交う感情や情報、そして娯楽……この惑星に来て我々は始めて『歓喜』というものを知った」

「なら、ずっと引き篭もってテレビでも見てろ!」

「それでは満足できなかった。特に〈星を砕くモノわれわれ〉を統括する最上位意識である母は『正義のヒーロー』という情報を好み、体験してみたいと強く望んだ。故に我々は母に最低限の力と創作した記憶を持たせ、望み通りに地球に降下させた。そして残された我々は足りない要素を補うことにしたのだ」

「要素……?」

「悪役だ」

ブラスタははっきりと言い切った。

「この地球には我々の相手になるような悪は存在しない。悪が存在しなければ、それに対する正義もまた存在できない。故に、我々が悪役となったのだ。全ては母を楽しませるために」

「……まさか、巨鋼獣が全部この街にやって来たのも……」

「正義のヒーローが守っている場所に敵が来るのはお約束だろう」

『確かに!』

「あいつらがどいつもこいつも動物なのも……」

『我々の一部が変化したものだ、良い出来だろう。テーマとしては視聴者への分かりやすさを重要視し、さらには巨大生物のお約束と昨今の流行と、ついでに我々の好みを入れてみたのだが』

『素晴らしいデザインでした!』

「おい」

『はっ!? い、いえ、とっても困ります!』

慌ててブラスが訂正する。こいつのヒーローマニアっぷりはもう脊髄反射の域だな。

「この姿も基本は母を参考にしたが、それ以外は悪役としての立場と母へのサービス、そして我々の好みを追及した結果だ。我々ながら見事な出来だと自負している」

ふふん、とブラスタが自慢げに自分の姿を見せ付ける。確かにどこからどう見ても悪役っぽいんだが……。

「……ずっと思ってたんだけどな。どうしてお前ら情報が微妙に古いんだ?」

『旧き時代のヒーローが一番かっこいいと思ったからです!』

「我々もだ、母よ。やはり視聴者に分かりやすいのが一番だ」

「だから誰だよ、視聴者って」

揃ってボケた回答を返す二人に突っ込む。だが、その一方で俺はブラスタの説明に納得するものを感じていた。というか、こいつの言っている事が本当なら色々な辻褄が合う。

「しかし、随分とべらべら喋ってくれるな」

「それが悪役というものだ、融合者よ。悪役は最後には自分の目的や背景設定を高飛車な態度で告げるものなのだ。それに、もうすぐこの地球は消滅する」

ブラスタが映像を見上げると、それまで静止していた巨大隕石が地球に向かって少しずつ落下し始めた。

「マジかよ……!?」

「この星の技術レベルでは我々を止めることも妨害することもできない。そう、止められるのは――アナタだけだ、母よ」

『そんな……!? や、やめなさい! 私はそんなことなんて望んで――』

「楽しいだろう、母よ」

『――――っ!?』

「量子通信を何度か傍受したが、地球での遊びは実に楽しんでくれたようだ。我々は嬉しいぞ、母よ」

僅かに口元を歪めたブラスタに、ブラスは何も答えない。

俺は脳内でブラスが震えているのを感じた。ブラスタに対する怒りじゃない。こいつが言ったことが正しいことに、だ。

『……わ、私……私は……っ』

「こちらで勝手に計画を変更したことについては謝罪しよう。だが、そうしなければならなくなってしまったのだ、母よ。これが新しい計画だ」

ブラスタがパチンと指を鳴らすと、小さな光が生まれてブラストールに飛び込んでくる。

『これ……は……』

「だが母よ、そこにも書いてある通り最終決戦の内容はさほど変わっていない。隕石はこの街を目指して落とすし、手加減なども一切しない」

「ちょっと待てよ! お前、地球に感動したくせにそれをぶっ壊していいのか!?」

「問題無い、融合者よ。必要ならば後ほど再生させればいいだけだ、母がお前の身体を再生させたように」

俺の言葉にブラスタはさも当然のことのように答えた。そしてその瞳を見た瞬間――俺はぞっとした寒気を覚えた。

こいつ、本気だ。本気で悪役を演じて、本気でそれを楽しんで……そして、本気で暇つぶしのためだけに地球をぶっ壊そうとしてやがる……!!

「我々は無限の生に飽きた。それを埋めることができるのなら、この宇宙すらも滅ぼして見せよう」

「随分と自分勝手だな!」

「それが悪役と言うものだ。では、さらばだ母よ。我々は隕石(そら)で待っている」

「おい、待て! まだ話は――!」

俺の叫びを無視すると、ブラスタはまるでコマ落としの様に一瞬で姿を消した。後には灰色の世界だけが残される。

「くそ、お前と同じだけあって人の言うことを聞かねぇな! おいブラス、身内ならお前が責任持って――」

その瞬間、目の前が眩い輝きに包まれた。ブラストールを解除する時に感じる光――それが晴れた時、俺は元の姿で灰色の街に立っていた。

「ブラス、一体どうし……」

振り向いた俺は――思わず言葉を失った。

同じく人の姿に戻ったブラスは顔を俯かせて……肩を小さく震わせていた。

「………………ははっ、私は本当に馬鹿ですね……正義の味方になりたい。そのためにわざわざ悪を作り出して戦うなんて……自作自演もいいところじゃないですか……」

「……俺が言うのも何だけどよ、あいつの言葉を信じるのか? あいつが出鱈目言ってるだけかもしれねぇだろ」

「そうですね。そうだったら、よかったですね」

そう言ってブラスは顔を上げた。

瞳一杯に涙を溜めた――今にも泣き出してしまいそうなその顔を。

「先ほどの『接続』で全部……全部思い出しました。六十億の倦怠も、地球を見つけた喜びも、わ、私が計画したこの茶番のことも全て……!」

「お前……」

「全部彼女の……いえ〈星を砕くモノわたし〉の言う通りです。どことも知れない宇宙の深遠で生まれた私たちはずっとずっと退屈していました……いいえ、生きながら死んでいたと言っても過言ではありません。生物として完成しようが頂点に立とうが、文化も娯楽も無い私たちには決して晴れることの無い退屈と無為しか無かった…………辛かった…………でも、そんな時に私たちは見つけたんです、この素晴らしい星、地球を」

そう言うとブラスは空を見上げて僅かに笑った。さっきのブラスタと同じその顔で。

「最初は一息に全部食べてしまおうかと思いました。でも……それじゃもったいないじゃないですか」

「もったいないって……」

「もったいないです。だって六十億年ですよ? それは本当に長くて本当に辛くて……だから私はこの星をもっと味わおうとしたんです。大好きな正義のヒーローになって悪の宇宙人から星を守って大活躍してみんなに憧れられて……そんなヒーローごっこをするために私は力を制限して、記憶も封印して、残した同胞を悪役に仕立てて……そ、そして徹さんまで巻き込んで……っ!」

堪えきれないようにブラスが俯いた。俺は思わず手を伸ばすが、ブラスはそれを見ると怯えたように後ずさった。昔から見慣れた拒絶じゃない。まるで、子供が怒られるのを怖がるように――。

「……徹さん。信じてもらえないでしょうが、私は本当にこの星を守りたいと……正義を行いたいと思っていました。困った時、苦しい時、本当に助けて欲しい時……颯爽と現れて誰かを助ける。それは本当に素晴らしいことだと思うんです。だって、群体であり他者を持たない私たち超機生命体にはそんなモノは存在しなかったのですから……」

嗚咽を堪えて肩を震わせるブラスの姿に、俺はふと昔を思い出した。

かっこよく誰かを助ける正義のヒーローに俺も憧れていた。けど、ある時気付いた。いや、気付かされた。自分みたいな悪人顔じゃ絶対に正義のヒーローにはなれないのだと。幾らそうなりたいと望んでも、そうありたいと願っても。他人はきっとそれを認めないのだと。

……あれは結構きついんだよな。あのどうしようもない……絶望感は。

「ですが、それもこれも全部、私の自己満足に過ぎなかったんですね……私は正義のヒーローなんかじゃありません。自分勝手で馬鹿で愚かな、ただの……宇宙生命体です」

そう呟くとブラスは顔を上げた。

自嘲するように笑いながら……その頬に一筋の涙を流して。

「徹さん、そして地球の皆さん。本当に申し訳ありませんでした。彼女たちは私が必ず止めて見せます……!」

「止めるって……待てよ、ブラス!」

今度こそ俺は駆け出した。だがその手が触れる瞬間、ブラスは光り輝くと――最初に出会った光の球へと変わった。

『今までありがとうございました。本当に……本当に楽しかったです……』

「何言ってんだよ! おい、ブラス!?」

『……………………………………………………さようなら』

小さなその一言を残すと、光の球は一瞬で灰色の空へと飛んで行き――消えた。同時に世界に色が戻っていく。

破壊された商店街も店長の店も賑わう人々も全部元通りになる中、俺はただ一人呆然としながら青空を見上げ続けた。

「…………なんだよ……なんなんだよ、そりゃあ!!」

その叫びに人々が驚いて俺を見る。けど、そんなことはどうでもよかった。

俺は何度も何度も声と脳内でブラスを呼び続けて――そして、その返事が返ってくることは遂に無かった。



「あら、徹ちゃん。遅かったわね」

家に戻るとリビングで姉貴が待っていた。一体何をしでかそうとしてたのか、リビングにはエプロンや学校の制服、スクール水着に体操服、メイド服にナース服にチャイナドレス、果てはバニーガールの衣装までが広げられている。

「うふふ、せっかくだから色々試して見ようと思ってクローゼットから出してきちゃった。あら、ブラ子ちゃんはどうしたの?」

「あいつは…………行っちまった」

「徹ちゃん……?」

その場に立ち尽くす俺に姉貴は首を傾げた。けど、俺にそんなことを気にしてる余裕なんて無かった。

「そりゃ、あいつが悪いさ……退屈しのぎにこんなことして、街のみんなや俺まで巻き込んで、ふざけんじゃねぇって思う…………けど……けどよ……」

俺は、途切れ途切れながら今までの事を姉貴に漏らした。

ブラスのこと、あいつがしでかしたこと、あいつが行ってしまったこと、あいつが……泣いていたこと。

「あらあら……そうだったの」

本当に分かっているのかいないのか、全てを聞いた姉貴はそれだけを呟く。

俺はブラスが唯一残していったヒーローフィギュアの箱を見つめた。そして何度考えても纏まらない考えを……どうしようもなく溢れる思いを、ぼろぼろと口から漏らしていく。

「…………どうしてもよ……どうしても納得できねぇんだよ。あいつが悪いのは分かってる。けどよ……あいつは責任を取るって言って勝手に行っちまった。人の話も聞かずに一人で納得して後悔して一人で抱え込んで……何をするっていうんだよ。あんな……あんな泣きそうな面で何をしようって言うんだよ……!」

ぎり、と手の中でフィギュアの箱が凹む。

ああ、そうだ。これは確かにあいつが望んだヒーローごっこだ。あいつが責任を取るって言うならそうするのが筋だし、これが悪の宇宙人の侵略じゃないなら俺にはもう関係ない。

そう――関係無いはずだ。そもそも俺はずっとあいつに出て行けって言っていたし、あいつが起こす問題は本気で本当に迷惑だった……けど……けどよ!!

「なんか違うんだよ……なんか納得いかねぇんだ……!!」

俺はリビングの扉を背にしてずるずると座り込んだ。

ちくしょう、なんでこんなに納得がいかねぇんだ? もう関係ないだろ。出て行って欲しかったんだろ。あいつが責任を取るのが筋だろ!

けど……けどよ、違うんだよ。こんなのは……こんなのは絶対に違う!

くそ、何なんだよ、竜ヶ崎徹! お前がしたいことってのは、一体――。


「――徹ちゃんはね、徹ちゃんのしたいことをしたらいいよ」


不意に聞こえたその声に顔を上げると、いつの間にか姉貴が目の前に立っていた。そして近所の小学校に紛れてもまったくバレないその小さな身体で、俺をそっと抱きしめる。

「それが正しいことでも間違ったことでも、お姉ちゃんは応援してあげる。お姉ちゃんはいつだって徹ちゃんの味方だから」

「姉貴……」

「ブラ子ちゃんに会いたいんでしょ? だったら会いに行けばいいよ。それでお話をして、納得できないならいつものように拳骨を落とせばいいんだよ」

「……まるで俺が暴力主義の駄目男みたいだな」

「だってそうじゃない。徹ちゃんってDV好きなクズ男なんだから」

いつもの笑顔でそう言うと、姉貴は俺の頭を撫でた。

昔、俺が怖がられて落ち込んでいる時によくそうしてくれたように。

「…………俺がしたいこと……」

小さな手の感触を感じながら、俺はもう一度考える。

ブラスは全部の黒幕だった。けど、あいつはそれを反省して後悔して、そして決着をつけるために行っちまった。誰にも相談せす、助けも求めず、たった一人で。

「…………ははっ、なんだよ、それ。結局、自分で全部決めて突っ走ってるだけじゃねぇか。全部、自分が悪いって顔して自分だけで終わらせるって……それであんな泣きそうな顔しやがって……そんなの、気にならないわけが無いだろうが。心配しないわけが無いだろうが!!」

叫びながら俺は立ち上がった。そして心の中のぐちゃぐちゃとしたものを言葉に変えると、全部まとめて吐き出した。

「大体、黒幕だったから何だよ、自作自演だったから何だよ!? それでお前が本当の悪人になるってわけじゃねぇだろ!! いいか、悪人面だからってな、本当に悪人にならなきゃいけねぇわけじゃねぇんだよ!!」

「そうだったら徹ちゃんは生まれた時から刑務所暮らしね」

「うるせぇよ」

姉貴の言葉に笑って返すと、俺は立ち上がった。そして拳を握り締める。

「俺はあいつを助けに行く。あいつが嫌だって言っても知ったことか。あいつを連れ戻して迷惑かけた侘びをさせて……ついでに騒がせた罰として拳骨を落としてやる!」

「あらあら、暴力的ねぇ。そんなところも大好きよ」

復活した俺を見て姉貴がうふふと笑う。

ああ、何とでも言え。これが俺のやり方だ。

「………………けど、空の上なんてどうやって行けばいいんだ……?」

俺はそこではたと気付いた。ブラスがいない今、俺はブラストールに変身できない。変身ベルトも変身アイテムも無い今の俺じゃ、どうあがいたって隕石がある空の上までは上がれない。

「なぁ姉貴、飛行機とかじゃ大気圏までは無理だよな?」

「徹ちゃん、ちゃんとお勉強してる? 今どき小学生でも分かるわよ」

「ぐっ……!」

見た目小学生に馬鹿にされた俺は唇を尖らせる。けど、そんなことで悔しがっている場合じゃない。

「どうすりゃいいんだ。隕石だって落ちてきてるのに……!」


「おーっほっほっほ! わたくしにお任せなさい!!」


突然、リビングの扉が勢いよく開いて傍にいた俺は吹っ飛ばされた。そして顔面から床にダイブした俺を、高笑いを上げながら入ってきた闖入者が堂々と踏みつける。

「あら、どうしたのですか竜ヶ崎徹さん。そんなところでわたくしの足を堪能して」

「……まず謝れとかなんでお前がここにいるんだよとかそもそも日常茶飯事的にお前は人を踏んでいるのかとか色々と言いたいことはあるんだけどよ……早く足をどけやがれ、このアホ女がぁぁぁぁぁぁっ!!」

うがーっと叫びながら起き上がると、鬼龍院はひらりと見事な動作で俺から離れた。そして何事も無かったかのように話を続ける。

「お話は全て聞きました、鬼龍院財閥の力であなたを宇宙に上げて見せますわ!」

「……いきなり何を言ってるんだ、お前は。つうか、なんでここに?」

「本日はあの白髪娘と雌雄を決しようと思ってお邪魔致しましたの」

「そうしたら中から話し声が聞こえましたので、直恵がお聞かせしました!」

鬼龍院の後ろから現れたメイド不良の少女が手にしたヘッドホンとでかいスピーカーを見せた。スパイ映画に出てきそうなデザイン……っていうか、どう見ても盗聴器だ。

「あら、麗奈ちゃんと直恵ちゃん。いらっしゃい」

「お邪魔致しますわ、有紗さん」

「ちょっと待て姉貴、こいつら知ってるのか!?」

「ええ。徹ちゃんのことをいっぱい聞かれたわ」

「その節はお世話になりましたわ。お陰でファイルが充実しましてよ」

鬼龍院が嬉しそうに笑う。ん、待てよ。ファイルって……。

「まさか……この前の臨時収入って!?」

「お父さんとお母さんに親孝行ができてよかったわ。やっぱり今の時代、お金になるのは情報ね♪」

うふふ、とロリコンが見たら即座に誘拐しそうな笑みを浮かべる姉貴に俺は戦慄した。俺の個人情報を垂れ流したのはこの小学生型悪魔か……!!

「ですが、今はそれどころではありませんわね。竜ヶ崎徹さん、貴方の事はこの鬼龍院麗奈が全力を持ってバックアップしますわ!」

「そりゃ、正直ありがたいけどよ……お前、さっきの話を信じるのか?」

「状況的証拠は揃っておりますし、鬼龍院家訓にも『常識を覆せ。俺が、俺たちが常識だ……!』とありますわ。それに――」

鬼龍院は窓の外に目を向けた。そして隕石が落ちてきているはずの空を見上げる。

「この鬼龍院麗奈を相手に勝ち逃げなど決して許しません。あの白髪娘とは絶対に決着をつけてやるのですわ! おーっほっほっほ!!」

「素晴らしいお心がけです、お嬢様!」

「姐御とお呼びなさい」

「はい、お嬢様!」

「直ってねぇよ」

つい反射的に突っ込む。けど……俺はその姿を正直頼もしいと思ってしまった。

こいつはアホなお嬢様だが、やると決めた時の行動力と実行力、ついでに権力と資金力と執念は本物だ。あの舎弟たちもこいつのそんなところに惹かれてんのかもな。

「それで、どうやって大気圏まで行くんだ?」

「鬼龍院家の所有する大気圏航行用超音速試作機を打ち上げますわ。将来、遥か高みから地上のワルたちを見下ろすために用意していましたのよ」

「なんつー技術と金の無駄遣いだ……」

壮大なスケールの馬鹿話に思わず頭を抱えそうになる。けど、今はこれしか方法は無い。

「既に打ち上げ準備は進めさせています。お覚悟はよろしいかしら?」

挑むような視線で振り返る鬼龍院に、俺はにやりと笑うと気合を入れるように掌に拳を叩きつけた。

「おうよ。あの正義馬鹿は殴ってでも連れ戻してやる」


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