第8話 重力猛襲! そして現われる謎の敵――!?

「くそ、何だ……!?」

爆弾が爆発したような強烈な衝撃に窓ガラスが一斉に砕け、全員が悲鳴をあげてうずくまる。そんな中、咄嗟に机の下に隠れて衝撃をやり過ごした俺は窓から外を見て――自分の予想が正しかった事に舌打ちをした。そしてその姿を見て――叫ぶ。


「今度は象かよ!!」


そう、そこにいたのは巨大な鋼の象だった。背中に巨大な円筒形のパーツを背負ってはいるが、その長い鼻も大きな耳も、そして巨大な牙も紛れも無く象だった。敵の宇宙人ってのは志●動物園でも見てたのか?

「巨鋼獣ですね!!」

「どわっ!?」

突然、後ろからブラスがのし掛かってきた。隕石的質量を誇る胸を俺の頭に乗っけつつ、巨大象を見てキラキラと目を輝かせる。

「さぁ、私たちの出番です! 変身です! バトルです!!」

「分かったから人の頭に隕石を乗せるな! ……おい、鬼龍院はどうした?」

「あの悪人でしたら、先ほどの衝撃で転んであのように」

ブラスが指差すと鬼龍院が床で気絶していた。

メイド不良の子が心配そうに膝枕をする中「うふふ……竜ヶ崎徹さん、わたくしと一緒にワルの頂点に……」などと幸せそうに寝言を言っている。ほっといてもよさそうだな。

「では行きましょう、徹さん! 私たちの手で悪の手先を倒すのです!」

そう言うとブラスは俺の手を引いて教室を飛び出した。後ろから「転校生が竜ヶ崎に連れ去られたぞ! 追って間違いを起こす前に止めるんだ! 例え法を犯しても!!」などとクラスメイトたちが叫んでいるのが聞こえるが、さすがに構っている暇は無い。

「どこに行くんだよ!?」

「屋上です! 皆さんの前で変身して正体を明かすわけには行きません。私たちは変身ヒーローですから!」

先ほど一発でネタばらしをしたとは思えないほどに清清しく叫ぶと、ブラスは屋上への扉を蹴り飛ばした。鍵ごと扉を吹っ飛ばしてどうすんだ、おい。

そのまま引きずられるように屋上に出ると、目の前に巨大象が見えた。そいつは何故か動かずにクレーターになった校庭に突っ立ったままだが、さすがにこのままって訳にはいかないだろう。

「仕方ねぇな……ほら、ブラス」

「はいっ!」

差し出した俺の手をしっかりと握り締めると、大空に手をかざしてブラスが叫ぶ。


「我ら正義の名の下にこの名を叫ぶ! 悪よ聞け、そして慄き心に刻め!! 我らはお前を倒す絶対正義ジャスティス!! その名は超機英雄――ブラストール!!」


長ったらしいブラスの叫びが響いた瞬間、目の前が眩しい光に包まれ――俺とブラスは純白の巨大ヒーロー、ブラストールへと変身した。

そして俺たちが重い音と共に校庭に着地すると、巨大象はようやく意志を灯したかのようにこちらを向き、長い鼻を振り上げて本物よろしくパオーンと鳴き声をあげた。

『さぁ、スーパーブラストールタイムの始まりです!!』

「待て、さっさと〈決闘空間〉を展開しろ!」

『おっと、そうでした。では〈決闘空間〉展・開!』

ブラスが叫んだ瞬間、世界が灰色に包まれた。同時に窓からこっちを見ていた生徒たちも、グラウンドで叫んでいた先生たちも、俺を追って屋上に現れたクラスメイトたちの姿も消え去っていく。どっから持ってきたんだよ、あの包丁……。

怖い考えを振り払って目の前に集中すると、灰色の世界で巨大象が再び鳴き声を上げた。そして背中の円筒形パーツが回転し始めたかと思うと、ブラスが驚いたように脳内で叫ぶ。

『重力場の局地的異常変移を確認!』

「は? 重力がどうし――」

思わず聞き返した瞬間、その言葉の意味が俺に圧し掛かった。全身がとてつもなく重い物を乗せられている様に重くなり、俺は校庭に倒れ伏した。

「な、なんだこりゃ……!?」

『現在、局地的に一千倍の重力がかけられています!』

その言葉を示すようにブラストールがみしみしと嫌な音を立てて校庭に沈められて行く。くそ、全然身体が動かねぇ……っ!

「あいつ、どうやってこんなことを…………ん?」

無理矢理視線を向けた俺は、巨大象の背中で円筒形パーツが激しく光り輝きながら回転しているのを見つけた。

「……なぁ、もしかしてあのパーツが重力を操ってるのか?」

『見た目と分析結果とヒーローアニメのお約束から考えてその通りかと』

「……もし、あれを破壊したらどうなる?」

『重力操作はできなくなるかと』

「……弱点を堂々と晒してていいのかよ、あいつ」

『いいえ、あれこそが由緒正しいデザインです! 視聴者にも分かりやすくていいじゃないですか!』

「だから、誰だよ視聴者って」

ピンチだってのに何やら興奮しているヒーローマニアはさておいて、あのパーツの能力は本物だ。このままだと地中深くに埋められるか、さもなかったらひき肉みたいにぶっ潰されちまう。幾らブラストールが元の身体とは別物だって言っても、今は俺の身体に違いない。それが潰されるってのは考えただけでぞっとする。

俺は全力を振り絞ると何とか立ち上がろうとした。だが、それを見た巨大象はパオーンとどこか牧歌的な鳴き声をあげると校庭に足を叩きつけた。瞬間、圧し掛かる重力がさらにその強さを増した。俺は何とか片足を踏ん張って倒れこむのだけは防ぐ。

『重力場が二千倍に増加! まずいです、徹さん!』

「ようく感じてるよこんちくしょう! くそ、あのパーツさえ何とか壊せりゃ……おい、何か飛び道具とか無いのか? 実は修復が終わってるとか言わないだろうな!?」

『…………………………あ』

「…………………………縦と横、どっちがいい?」

『なんですか、その選択肢は!?』

悲鳴と共に脳内に幾つかの選択肢が浮かび上がった。

『これはどうでしょうか、クラッシュブロウ! 腕が超高速で回転しつつ空を飛んで相手を貫きます!』

「……その腕が戻ってこなかったらどうなるんだ?」

『徹さんの腕が無くなります!!』

「却下だ」

この重力にも負けない力強い声で否定する。

『ううう、ロケットパンチはスーパーロボットのお約束なのに……では、これならどうですか。両膝の裏に内蔵された生体電流式せいたいでんりゅうしき電磁加速大砲でんじかそくたいほうブレイカーキャノン!』

「大砲か、なんか良さそうだな」

『ただし、弾丸は我々の質量から生み出しますので連射しすぎると徹さんの体重がごっそりと減ります』

「そんなダイエットはするつもりは無い! 却下だ却下!!」

『大砲もスーパーロボットのロマンなんですが……』

しょぼんとブラスが呟く。こいつ、自分が半分機械だか鉱物だかでできてるせいか巨大ヒーローと巨大ロボットがごっちゃになってるぞ。

「もっと手ごろな奴はないのか? ていうか、実は戦いに見せかけて俺を殺すつもりじゃないだろうな?」

『ち、違います! 超機生命体である私だと多少の質量の減少は問題にならないので勝手が違うだけです! 本当です、信じてください!』

「その言葉は信じられる材料を用意してから言え。いいか? 次にふざけたら殴る。徹底的に殴る」

『わ、わかりましたっ!』

意識の拳を振り上げると、ブラスは急いで次の武器をポップアップさせてきた。やっぱり平和を守る一番の武器はこれだな。

『これぞ取っておき! エネルギーを増幅して胸から放つ〈ブラストバーン〉です! エネルギービームですから質量の軽減もありませんし、お手軽に使えます!』

「本当だろうな」

『本当の絶対の確定大当たりです! 今まで私が嘘を言った事がありましたか!?』

「今までの人生を思い出してから言ってみろよ」

しかし説明の胡散臭さはともかく、そろそろ何とかしないと俺が危ない。俺は嫌な音をたてる身体を何とか捻じ曲げると、巨大象に向かって胸を向けた。

『では腕を組んでポーズをとり、強く凛々しくかっこよく叫んでください!』

「……ポーズと叫びは必須なのか?」

『いいえ、イメージするだけで出ます。しかし、やはりヒーローの見せ場はこのような必殺技にあるかと!』

その言葉に俺は上半身からビームが出るイメージを思い描いた。瞬間、胸部パーツが輝いて激しい閃光が放たれ、巨大象の円筒形パーツを粉々に吹っ飛ばした。その途端、全身にかかっていた負荷が嘘のように消え去った。

『……ううう、必殺技は見せ場なのに……ポーズと叫びがあった方が視聴者にも分かりやすいですし……』

「だから誰だ視聴者って。ほら、さっさとあいつを倒すぞ」

『全国のヒーローファンの皆さんごめんなさい……』などと悲しげに呟くブラスを無視すると、俺は右手を握りこんで意識を集中した。右手のパーツが展開し、必殺の輝きをその拳に纏う。

「これで終わりだ! 一撃――必殺!!」

大地を蹴った俺は高く跳躍すると、巨大象に向かって拳を振り下ろした。巨大象は長い鼻と牙で迎撃しようとするが、俺はもう一度ブラストバーンを放ってそれらを吹っ飛ばすと、その背中に向かって拳を叩き込んだ。

べきべきと鋼を引き裂く感触と共に金色の輝きが開放され、相手の体内が眩く輝く。そして俺が背中を蹴って離れた瞬間、灰色の校舎とその周辺を巻き込んで巨大象が大爆発を起こした。

「何とか勝ったな……」

『はい、大勝利です! さぁ徹さん、勝利の名乗りとポーズを! ちなみに名乗りは頭に絶対無敵とか元気爆発とか熱血最強とか完全勝利とか超機英雄とかの四文字熟語をつけるのがお勧めです! あと、ポーズのストックは百八までありますよ!』

「いらん。終わったんならとっとと帰るぞ。これから授業があるしな」

『ううう、様式美が……』

いつものように滂沱の涙を流すブラスを無視して綺麗に吹っ飛ばされた校舎跡に戻ってきた俺は、その威力と惨状にため息をつき……ふと首を傾げた。

「そういやこいつ、なんでこんなところにやってきたんだ?」

『悪人のすることです。取りあえず暴れたいとか人々を苦しめたいとかお宝を探しているとかセントラル●グマを探しているとか、きっとそんなところですよ』

「ねぇよ、うちの学校にそんなもの」

そう言ってブラスの妄言を流しながら俺は考える。

これで現れた巨鋼獣は三体。さすがにここまで続くとブラスが言っていた通り敵がこの街に向かってやってきているのは間違いない。なら、その目的は何だ?

この街に宇宙人が狙うようなものがあるなんてやっぱり考えにくいし、そもそも最初の巨大狼からそうだがこいつらは大して暴れてもいない。だから俺たちを単に苦しめようとしているって訳でも無さそうだ。

そうしてブラストール姿のまま悩んでいた俺は、ふと破壊された校舎跡に誰かが立っているのに気付いた。黒いローブを頭からすっぽりと被ったそいつは、確かに俺を見上げてにやりと笑って――。

「おいブラス、あそこに人がいるぞ!?」

『えっ?』

ブラスが意識を向けた瞬間、その黒ローブはまるでコマ落としのようにふっとその場から消えてしまった。

『……光学的にもセンサー的にも何も反応はありませんが』

「いや、確かに黒ローブを着た人間っぽい奴が……」

『ここは〈決闘空間〉です、我々以外の生命体は存在しませんよ。さぁ、戻って授業を受けましょう! ああ、憧れの高校生活……!』

「…………」

うきうきとしたブラスとは反対に、俺は何となく不気味さを感じながら〈決闘空間〉を後にした。もしかして、あれが悪の宇宙人なのか……?


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