第1話 超機英雄誕生!!

――それは、俺が怪しげな光の球に絡まれる三十分ぐらい前。


「おーっほっほっほ! ここで会ったが百年目ですわ、竜ヶ崎徹さん!」

真夏特有のギラギラ照りつける殺人的日差しの中、俺は頭の芯まで響く高笑いに顔をしかめた。

「貴方こそ、このわたくし鬼龍院きりゅういん麗奈れいなと共にワルの頂点を目指すお方! 今日こそその素晴らしい運命に目覚めていただきますわ!」

特徴的な釣り目でこちらを射抜きつつ、見事な縦巻きロールのお嬢様がびしっと指を突きつけてくる。きっと俺の顔は『迷惑だ』って言葉で埋め尽くされてるに違いない。

「……なぁ、鬼龍院。まだ諦めないのか?」

「当然ですわ。今日こそ貴方をひれ伏させ、わたくしのモノにするのですわ!」

「彼氏を探してんなら動物園でゴリラと合コンしてこいよ」

「こほん、間違えました。今日こそ貴方を忠実な舎弟にするのですわ!」

「大して変わってねぇよ。そしてどっちも絶対に嫌だ」

心の底から断言すると、俺は何とか逃げられないかと周囲を見渡した。しかし周りは数十人の学生ががっちりスクラムを組んでいて、逃げ場どころか隙間一つも無い。

しかもこいつら、休日だっていうのに全員がきっちりと学生服を着て、しかもそれを思い思いの方法で着崩している。というのも、こいつら全員――。

「あのな、何度も言ってるが、俺は別にお前らみたいな不良じゃねぇんだよ」

「ほほほ、ご謙遜を。鬼神のように恵まれた体格と素晴らしい運動神経。天才的な喧嘩のセンスに相手を原始的恐怖へ陥れるその悪魔のようなお顔! それらを持って中学時代にこの辺一帯を一晩でシメあげた伝説はこの辺りでは知らぬものなどおりませんわ! つい先日も、暴れん坊で有名な閻魔えんま幼稚園の子供たちを一睨みで失禁させたそうですわね」

「好きでこの面に生まれたわけじゃねぇ!! それにあれは普通に笑っただけだ!!」

ほとんど間違っていないことにちょっと泣きそうになりながら反論する俺。

ちなみにあれは近所の幼稚園児たちがやたら元気だなと思って笑っただけだったんだが……その瞬間、やんちゃで知られる園児たちが号泣アンド悲鳴の大合唱。なまはげが本当に現れたってあんな泣き方はしないだろう。正直、アレは暫く凹んだ。

「笑い一つで相手を恐怖に陥れるなんて……なんと素晴らしい! それこそまさに、この世をワルの力で支配しろと神から授かった贈り物に違いありませんわ!」

「そんな神ならチェーンソーでバラバラにしてやる」

かなりマジな声で呟きつつちらりと川面に視線をやると、スーパーの買い物袋を持った男がこっちを見ていた。

百九十センチを超える長身に、服の上からでも分かる引き締まった身体。そして周囲を取り囲む不良たちを遥かに超える悪人面。警察が見つけたらその場で逮捕してもおかしくない、っていうか実際に何度か掴まったその男が……残念ながら俺だった。

昔からこの悪人面と恵まれすぎた体格のお陰で俺は近所の不良どもから目を付けられまくり、そしてその度に降りかかる火の粉をきっちりと払ってきた。たまに他人の火の粉を払うこともあったんだが、大抵もっとでかい火の粉が来たとばかりに怯えられた。あれは結構きつい。

ただ、これだけははっきりと言わせて貰うが、俺は自分から喧嘩を売ったことはないし、犯罪に手を染めたことも不良だった記憶も無い。

「昨日も音無おとなし高校の〈狂える鎖使いクレイジーチェーン近藤こんどうを倒したそうではありませんか」

「あれは目の前でカツ上げなんてしてたから、ちょっと注意をだな……」

「ええ、わかりますとも。自分のシマを荒らされるのは許せませんわよね」

「ああ、お前が何一つ分かってくれないことがよく分かった」

ため息をつくと、一体何を勘違いしたのか鬼龍院が得意げに高笑いを上げる。


さて、この辺でそろそろ紹介しておこう。さっきから完全にずれたことをのたまっているこのスケ番お嬢様の名前は、鬼龍院麗奈。俺と同じ高校二年生で、特技はバレエとピアノとヴァイオリンと活け花と日本舞踊と茶道と武道全般。そして、趣味は不良。

イギリス人のお祖母ちゃんから受け継いだらしい美しい金髪と碧い目、それに日本人離れしたスタイルの良さは誰もが認めるところらしく、さらに武道で培った綺麗な姿勢と世界的大財閥である鬼龍院の跡取りとしての教育、そして全身から溢れる自信満々なオーラが世界的なグラビアモデルみたいな風格を作り出している

(ここまで本人の自己申告)。


服装と髪を除けば、だが。


綺麗な金髪を無理矢理染めた真っ赤な髪と、昭和の時代から引っ張ってきたようなロングスカートのセーラー服。腰にじゃらじゃらと下がった鎖の数々に何故かヨーヨーを弄んでいるその姿がグラビアモデルどころか大財閥のお嬢様という設定すら台風のように吹き飛ばしていた。家の人が泣いている姿が目に浮かぶ。

「それにしても、昨日のあいつってそんな二つ名を持ってたのか」

注意したら鎖をぶん回して襲い掛かってきたから、正当防衛で一撃入れたらあっという間に気絶したんだけどな。あまりの鮮やかさに駆けつけた警察官が俺に冷たい手錠をかけてパトカーに乗せようとしたぐらいだ。

「いいえ、わたくしが名付けました」

「お前が付けたのかよ!? 相変わらず変な事をしてるな……」

「優れた猛者にはそれを現す二つ名が必要不可欠なのですわ。そうでしょう〈竜殺しの英雄ジークフリード〉」

「なんだ、その中学二年生臭溢れる名前は!?」

「かつてこの辺りをシメていた〈財宝を守りし悪竜ファフニール黒塚くろつかを倒した貴方に相応しい名前ですわ」

「あのロリコンまでそんな名前が!? おいやめろ、ご近所に広まったらどうする!」

「心配ありませんわ。既にわたくしが主催する全国不良ランキングのホームページにはその名前で登録しておきました。もちろん顔写真や住所その他のプロフィール、そして鬼龍院財閥のホームページからの直リンクも完備ですわ!」

「俺の恥辱が全国レベルで!」

「いいえ、鬼龍院のホームページには外国からもアクセスがあるので世界規模ですわ」

「もっと最悪だった!!」

情報化社会って怖いな!

「このわたくし、鬼龍院麗奈にかかればその程度のことお茶の子さいさいですわ。おーっほっほっほ!」

「お嬢様、素敵です!」

高笑いをあげる鬼龍院を傍にいた小柄な少女が称賛する。彼女も鬼龍院と同じスケ番衣装なんだが、何故か頭にメイドさんがつけるようなひらひらとしたヘッドトレスを付けていた。清楚なその顔と相まってミスマッチなことこの上ない。

直恵なおえ、お嬢様ではありません。姉御とお呼びなさい」

「はい、お嬢様!」

「直ってないぞ」

一応突っ込んでやるが、やっぱり聞いていない。

そしてその間にも周囲に居る鬼龍院の舎弟たちも「出たぁ―――っ!! 麗奈姉御の高笑いだぁ―――っ!!」「これを聞いた奴は既に負けてるんだよ……ククク」「一日一回、これを聞かないと落ち着かないんだよなぁ」「ああ、麗奈お姉さま。この卑しいメス豚を叩いて踏んで罵って下さい……はぁはぁ」などと謎の盛り上がりを見せていた。類は友を呼ぶと言うが、これに自分が加わるのは本気で勘弁願いたい。

「さぁ、竜ヶ崎徹さん。わたくしと共に不良界のチャンピオンを目指すのですわ!」

「変人界のチャンピオンならお前が№1だ。はぁ、お前さえいなけりゃ今頃俺は……」

嫌な記憶が蘇る。そもそも、中学時代にこいつが不良に襲われているのを見てつい助けてしまったのが全ての元凶だった。実は因縁をつけていたのはこのお嬢様だったってのに。

そんなことも知らず相手を一蹴した俺に、鬼龍院は感激した顔で例の高笑いをあげると『貴方こそ、わたくしの片腕に相応しいワルですわ!』などと言い出したのだ。

それからというもの、俺は毎日のように鬼龍院に付きまとわれた。クラスメイトに話しかけようとして不意討ちを喰らったのも、授業中にノートを貸そうとして集団で襲撃されたのも、部活に入ろうとして高笑いに邪魔されたのも一度や二度じゃない。男子トイレにまで追いかけてきた時は本気で恐怖を覚えたな。

そしてそんな毎日を送っていた結果、俺はいつの間にか鬼龍院と敵対している最強最悪の不良という非常に不名誉なレッテルを貼られることになった。そんな状態じゃ当然、友達なんて一人もできやしねぇ。

これじゃ駄目だ――そう決意した俺は、高校生になったらまともな学校生活を送ろうと入念なイメージトレーニングを繰り返し、鏡の前で人のいい笑顔の練習を行い、『友達百人たぶんできるマニュアル』とかのハウツー本や『ボクは友達が出来ない』などの各種ライトノベルも読み漁った。そして挑んだ高校の入学式――。


『ここですわね! 玉鋼市最強のワル、竜ヶ崎徹さんの新たな根城は!!』


遠いお嬢様高校に通っているはずのアホの乱入によって、俺のささやかな願いは見事に崩れ去った。入学式の真っ最中に乱入してきたこのトンデモお嬢様は定年間近だった校長を押しのけると、堂々と壇上に立って俺に向かって指を突きつけて、

『貴方こそこのわたくし、鬼龍院麗奈の片腕に相応しいワルですわ! 悪を体現し、弱者を蹂躙し、女と見れば手当たり次第に陵辱し、逆らうものは容赦なく抹殺する! そう、貴方は地上に降臨した破壊神! 悪魔の化身! 史上最強のワルですわ!!』

などとぶちかましてくれたのだ。

こうして、俺の輝かしい高校生活は開始一日で終わりを告げた。

その後はいつものことだった。中学の頃の噂を知っている奴が声を上げ、それを生まれついての悪人面がブーストして、気がつけば俺は校内どころか近隣一帯を締め上げる大不良にされていた。もちろん、友人なんて一人もできやしねぇ。

「そうだよ……お前が余計なことしなけりゃ、俺は休みだってのに家で掃除したり洗濯したり面倒な姉貴の世話をしたり近所の激安スーパーに買いだしに行ったりせずに、ダチと遊びに行ったりカラオケに行ったり、彼女を作ってデートしたりする楽しい高校生活を送ってたはずだったんだよ……っ!」

「ご安心を。貴方に彼女などできるはずがありませんわ」

「余計なお世話だこの野郎!! わかるか? 休み時間に誰にも話しかけられないで過ごす辛さが! 修学旅行を一人で回る寂しさが! 体育でペアを作ってくださいと言われたときの絶望感が! しかも俺の席は窓際じゃなくて教室のど真ん中なんだぞ……!?」

「素晴らしいですわ! 最強のワルとは孤高の存在。恐れと畏れを一身に浴び、誰もが見ぬ極地を体現するその姿こそわたくしの理想そのものですわ! おーっほっほっほ!」

……誰か助けてくれ。俺、もう帰りたい……。

「さぁ、竜ヶ崎徹さん。このわたくしと共に日本の未来を変えるのですわ!」

「選挙中の政治家か、お前は。もう何十回も断っただろうが」

「例え百万回断られようとも、百万と一回後に受け入れさせればいいだけですわ。我が鬼龍院の家訓にも『諦めたらそこで試合終了だよ……』とあります」

「お前の家はバスケ漫画か!? 大体、名家のお嬢様が不良なんてやってていいのかよ」

「これは鬼龍院のためでもありますわ。わたくしがこうして日夜、不良を倒して舎弟にして自らのグループを強大化させている理由がお分かりになりまして?」

「まったく分からん。説明も聞きたくない」

「そう! こうして不良を束ねていけば最終的に日本全土の不良を、すなわちワルの力を手中に収めることが出来るのですわ! それはすなわちこの日本を手に入れたのと同じこと! これこそわたくしの完全完璧な未来設計図なのですわ! おーっほっほっほ!!」

「お嬢様、ご立派です!」

「姐御とお呼びなさい」

「はい、お嬢様!」

「…………」

もう突っ込むのもめんどくさくなってきた。ああ、今すぐ熱中症で倒れないだろうかこのアホは。救急車なら呼んでやるぞ、黄色い奴を。

「ですが、ただ一人だけわたくしのモノにならないお方がいます。竜ヶ崎徹さん……最強の貴方を従えない限り、わたくしの偉大な夢は叶わないのですわ!」

「そういうのは野望って言うんだよ。なぁ、今日はもう帰してくれよ。親が旅行に行ってて家事は全部俺がやらなくちゃならねぇんだ。夕食の準備が遅れたら姉貴に殺される」

「わたくしの舎弟になるのでしたら、我が家のメイドをグロス単位で派遣しますわよ」

「いらねぇよ。メイド喫茶でも作る気か」

「直恵が不要だと申されるのですか!?」

「お前が来る気だったのかよ!」

がーん、と効果音が聞こえそうなほど動揺するメイド不良少女を下がらせると、鬼龍院が一歩前に出た。不意にその身に纏う空気が変わる。

「ここまで丁寧にご説明しても聞き入れられないのでは……仕方ありません。鬼龍院家訓『お前のものは俺のもの~♪』に従って力ずくですわ!」

「ほんと漫画好きだな、お前の先祖」

呆れる俺の前で鬼龍院が中国拳法のような構えを取った。性格は果てしなく破綻しているが、周辺の不良を片っ端から潰して吸収してきたその実力は本物だ。

「はぁ、結局こうなるのかよ……わざと負けてもなんでか見抜かれるしな」

昔、色々と面倒くさくなってきてわざと負けたことがあった。けど、こいつはそんな俺の心遣いに気付かず全力でボコボコにしやがった上に、入院した病院まで押しかけてきて『このわたくし相手にわざと負けて見せるその余裕……やはり貴方こそわたくしの片腕に相応しいですわ!』などと病室で高笑いをあげやがったのだ。同室の人々の迷惑そうな顔は今でも忘れない。

仕方ねぇ、こうなったらいつも通り怪我をさせない程度に叩きのめして、さっさとお帰りを――――ん?

「……今、何か光らなかったか?」

「どうしました、《竜殺しの英雄》」

「だからその名前で呼ぶのやめろよ。いや、何か空で光ったような……」

そう言って鬼龍院の後ろの空を見上げると、また何かが光った。昼間だってのに星のように輝くそれは見る見るうちに大きくなると、こっちに向かって一直線に落ちてきて――。

「って、マジかよ!? お前ら、早く逃げろ!!」

俺の声に、同じように空の異変に気付いた周囲の舎弟たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「いいえ、今日こそ絶対に逃がしませんわ!」

そんな中、何も気付いていないこの不良お嬢様は一足で俺の懐に潜り込むと、重い踏み込みと共に体重の乗った掌底を放ってきた。まともにくらえば大人すら吹っ飛ばすその一撃を、俺は反射的に受け流す。

「さすがですわね。鬼龍院流古武術『鬼殺(おにごろ)し』をこうも容易く見切るとは……!」

「格闘漫画みたいなこと言ってる場合か! お前も早く逃げろ! 何かがこっちに向かって落ちてきてるんだよ!」

「ふっ、そのような手段でわたくしの気を逸らそうなどとは……愚かですわ!」

「愚かなのはお前だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

思わず大声で突っ込む間にも、光はすぐそこまで迫っていた。非難した舎弟たちが「姐御も早く逃げてください!」と叫ぶ中、メイド不良の少女だけが必死に飛び出そうとして周囲の舎弟たちに止められている。

「お嬢様ぁっ!! お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

大粒の涙を浮かべたメイド不良少女の悲鳴が木霊する。その時になってようやく気付いた鬼龍院が後ろを振り向くと、まるでUFOみたいな大光量が目の前に迫って――。

「ああもう……ちっくしょう!!」

その瞬間、反射的に駆け出した俺は鬼龍院を掴まえると一気に舎弟たちへとぶん投げた。大きく空中を飛んだその身体が無事に受け止められたのを見てほっとした瞬間、俺は目の前に迫った巨大な光に飲み込まれて――――。



「…………そうか。思い出したぞ」

『思い出してくれましたか!』

「全部お前のせいか」

『いたたたたたたっ!? な、何故いきなりアイアンクローを!?』

光の球を掴んでぎりぎりと捻りあげると、俺はドスの聞いた声で囁いた。

「お前のせいで俺はこんな世界へ連れてこられた。違うか宇宙人」

『だ、大体合ってます! でも不可抗力だったんです! そして私は宇宙人ではなく、超機生命体です! お願いですから、その手を離してくださいぃぃぃっ!!』

涙ながらに(?)懇願する光の球に、俺は思う存分アイアンクローをかましてからその手を離した。ぼとんと落ちた光の球は掴み上げたクッションように変形している。

『ああ、酷い目に遭いました……』

「それはこっちの台詞だ。それで、お前は結局何がしたいんだ? ええと……ちょっきん生命体?」

『私は蟹でもハサミでもなく超機生命体です。まずはこれを見てください』

その瞬間、映像が切り替わってどこかの街が映し出された。

「……これって、もしかして玉鋼市(たまはがねし)か?」

『ばっちりはっきり、リアルタイムの映像です』

生まれた時から住んでいる街の映像に俺が見入っていると、急に視点が拡大された。それは一気に街中の交差点に迫り……そこにいた『モノ』を映し出した。

「な、なんだこりゃ……?」

それは――巨大な鋼の狼だった。

ビルのように太い四肢に金属のような肌。その毛皮は鋭い針の集合体で、背中には鋭い刃が剣山のように突き出している。街のみんなが呆然と見守る中、そいつは交差点のど真ん中で何故かお座りの姿勢を取ると、じっと何かを待つかのように動かない。

『これが地球を狙う悪の宇宙人の手先、巨鋼獣(きょこうじゅう)! 生物と金属の長所を兼ね備えた自律型の侵略兵器です!』

「つまり、お前の仲間か」

『違います! 私とは似ても似つかないじゃないですか!』

自称人間と機械のいいとこ取りした宇宙生命体がきっぱりと否定する。

『まだ敵の狙いは分かりません。ですがこの街に……いえ、この地球に対して何かをしようとしているのは事実です! 銀河連邦に届出もありませんでしたし!』

「……随分とお役所っぽいんだな、銀河連邦」

『宇宙で見つけた時にお話を聞こうとしたら突然攻撃されましたし、怪しさ爆発です! ちなみにその時の衝撃でこうして落ちてきてしまいました!』

「お前はどっかの光の巨人か……ん?」

映像を見ていた俺はふと首を捻った。交差点にあるこの交番、なんか見覚えが……。

「……なぁ、ここってもしかして……三丁目の交差点か?」

『そうですね。地球で言うところの玉鋼市東交差点三丁目です。グーグル●ップで確認もしました』

「宇宙人もグー●ル使うのかよ……って、やっぱり俺の家の近くじゃねぇか!」

昔から何度も連行された交番の姿に俺は悲鳴を上げた。ここは家から五分ぐらいのところにあるんだが、この巨大狼なら歩いて五歩で済んじまう!

「どうにかしろよ、ちょっきり生命体!」

『私はキリのいい数字ではなく超機生命体です。ですから、そのどうにかをするためにあなたの協力が必要なのです!』

「なんでだよ、俺はどっかの特捜隊でもIQ500の天才でも日本一の男でもないぞ!」

『いいえ、あなたでなければいけないのです』

叫ぶ俺にブラスは静かな声で告げる。

まさか……俺に何か特別な力でもあるのか? 例えば、俺が実は宇宙人の貴族の末裔だったりとか、異世界の勇者の生まれ変わりだったりとか、あるいはとんでもない超能力が隠されていたりとか……!?

『実は……私が落ちてきた時に偶然たまたま何の意図も無く、あなたにぶつかってしまったのです!!』

「ぶつかってしまったのです、じゃねぇよ。そんな下らない理由かよ。なんで避けなかったんだよ。俺を巻き込むんじゃねぇよ。つうかなんでそんな場所で戦ってるんだよ。どっか別の星でやれよ。水星とか火星とか色々あるだろうが!!」

『そ、それはそうなのですが……やはり、大気圏突入しながら戦うというのは定番かつ燃えるシチュエーションですし!』

「お前、奴らと趣味で戦ってんのか……?」

『ち、ちちち違います! わ、私は正義のために戦っているのです! 本当です、本当なんです、ええ本当ですとも!』

「なぜどもる。そして何故繰り返す」

俺はうろんげな顔でブラスを見つめた。正直、あの巨大狼よりもこいつの方がよっぽど悪の宇宙人に見える。

『ううう……何故でしょう。こんなシチュエーション、日本在住の男子高校生なら「俺が誰かを守れるのなら……!!」と燃える瞳で戦うことを即決するはずなのですが』

「あいにく中二病は中学で卒業したんだよ。そもそも、協力してほしいならなんで最初からそう言わなかった?」

『あの台詞、一度言ってみたかったんです!』

「よし、協力を拒否する」

そう言って背を向けると、光の球が足にしがみついてきた。どうやってんだ、おい。

『そんなことを言わずにお願いです! 後生です! 私と一緒に悪の手から地球を守って下さい!』

「面倒ごとは姉貴と鬼龍院だけで許容量オーバーなんだよ。俺はもっと平穏で甘酸っぱい青春を過ごしたいんだ」

『ですが、その青春の基盤となる家が危ないですよ?』

その言葉に振り返ると、映像の中でいつの間にか巨大狼が動き出していた。一歩踏み出すごとに道路が陥没し、ビルがひび割れて人々が逃げ出していく。その先は――。

「おい待て、その先は俺の家だ! おいお前、さっさと行って倒してこいよ! 正義の……あべのせいめい?」

『私は京を守る陰陽師ではなく超機生命体です。それに何度も言いますが、私が戦うためにはあなたの協力がどうしても必要なんです!』

「…………具体的にはどんなことが必要なんだ?」

『――っ!? よ、よくぞ聞いてくれました!』

そろそろ埒が明かなくなってきた俺が質問すると、ブラスが感激した声を上げてその場に浮かび上がった。そしてすっと深呼吸(?)すると――真剣な声音で告げた。


『私と融合して、正義のヒーローになってください!!』


「断る」

『即答!?』

「何が悲しくてお前みたいな正体不明の宇宙人と融合しなけりゃならねぇんだよ!!」

『私は宇宙人ではなく超機生命体です! しかしですね、融合していただかないと非常に困るというか、私が困るというか、ついでに世界が危ないというか…………そもそも徹さんの命が危ないと言うか……』

「ちょっと待てやコラ」

今までで一番聞き逃せない言葉に、俺は光の球をもう一度掴み上げた。

『な、ななななんでもありませんよ? ただ、ちょっとぶつかった拍子に徹さんの身体から意識が飛び出していて、割とぎりぎりな危篤状態というわけではなくてですね』

「そこんとこもっと詳しく聞かせやがれ、この光の玉野郎」

『あだだだだだだ!?』

渾身の力をこめてアイアンクローをくらわせる。このまま千切って分裂させてやろうかと考えていると、観念したのかブラスが新しい映像を映し出した。

それは見慣れた河原の映像だった。そしてそこに血塗れで転がっているのは、体格がよくて喧嘩が強そうでヤクザも顔負けな凶悪面の男子高校生――。

「って、俺じゃねぇか! おい、このままだとどうなるんだ!?」

『天国へのカウントダウン待った無しです』

「どうにかしやがれ、この野郎!!」

『ひぃぃぃっ!? す、すいません! ちゃんとご説明しますから、そんな世にも恐ろしい顔で迫らないで下さい!!』

「………………この顔は生まれつきだ」

こんな宇宙生物にまで怖がられるのか俺は……泣いてない。泣いてなんかいないからな。

『現在、徹さんの身体は私が融合して全力で治療中です。ですが、治療とぶつかった衝撃で私は自分の力のほとんどを徹さんの同意無しでは使用不可能な状態なのです』

「それで俺が必要とか言い出したのか。ていうかもう融合してるじゃねぇか」

『その通りです。なので、このまま正義のヒーローとして戦う事に同意してもらえれば、私はそれに力を与えたパートナーと言うことで一緒にいることができますし、その間にこっそりと徹さんの身体を再生しておけば上に怒られることもないだろうと……あだだだだだだっ!?』

「玩具を壊した子供かお前は」

『すいませんごめんなさい許してください! 地球の方を巻き込んだことが銀河連邦に知られたら、評価が下がって外の仕事に付かせてもらえなくなるんですよ!』

「宇宙が平和になりそうだな」

『ひ、酷いです!』

正直に言ってやると、がーんとショックを受けたブラスがまた床に落ちた。そしてそのまましくしくと泣き始める。

『最近は銀河連邦でも株安と通貨高のせいでコスト削減しろとうるさくて……特に私たちのような外宇宙警備用自律型超機生命体は育てるのにコストがかかるわ、中途半端に自我を持って厄介だわ、時々エラーを起こして銀河連邦に反旗を翻すわで肩身が狭いんです。おかげで配置ミスにあって超新星爆発に巻き込まれそうになるし、軌道計算を間違えてブラックホールに落ちそうになるし、挙句の果てには辺境にある赤色巨星をおはようからおやすみまで見守る仕事につかされそうになるし……ううう、追い出し部屋はもう嫌です……』

「リストラ寸前の社員みたいだな」

そんなんでいいのか、銀河連邦。

俺が遠い銀河の平和に思いを馳せていると、不意にブラスが起き上がった。

『いけません、巨鋼獣が!』

その声に映像を見ると、さっきの巨大狼がいつの間にか商店街をなぎ倒して住宅街にまで進んでいた。待て、その先はドンピシャで俺の家だ!

「まだ家には姉貴がいるんだよ! おい、早くあいつを何とかしろ!!」

『私もそうしたいです! ですが、今の私では戦うことはおろか満足に動くこともできないんです!』

悔しげにブラスが叫ぶ。その声は真剣そのもので、この光の球が俺の同意無しに動けないのはどうやら本当のことらしい。

『こちらの事情に巻き込んでしまったことも怪我をさせてしまったことも本当に謝ります! ですが徹さんお願いです……どうか私と共に戦ってください!!』

「…………」

頭を下げるように動くブラスに、俺は正直どうしたらいいのか迷った。

だが、あの巨大狼が遂に俺の家に向かって前足を振り上げた瞬間――ややこしい考えなんてまとめて全部吹っ飛んだ。

「ああもう、仕方ねぇな! さっさとしろよ、宇宙人!!」

『えっ? そ、それでは……』

「お前の言うことに乗ってやる! だから、絶対に姉貴を助けろよ!!」

覚悟を決めて叫ぶと、ブラスは嬉しそうに頷いた。

『――はい、わかりました! では、行きますよ!』

瞬間、ブラスが眩しく輝いた。その輝きは一瞬で漆黒を白く染め上げると、全てを光で満たしていく。それはまるで、宇宙で起こる超新星爆発のような光景で――。


『さぁ、超機英雄――ブラストールの誕生です!!!』

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