第17話 魔女の策謀

 モスクワ アメリカ大使館

 瑠璃は現状をどうするかを考えていた。

 「魔女をどうやって殺すか・・・未だに答えが出ない」

 彼女の言葉に護衛のルーシーも深い溜息を漏らす。

 「現状、我々は完全にソ連の監視下にある。下手に動けば、こちらが暗殺される可能性が高い。米ソの関係は悪化の一途を辿り、この大使館もいつ、国外退去が命じられるか不透明。とても魔女の暗殺には至らないわ」

 「だけど・・・確実に世界は終末に向かっているわよ」

 「それは多くのシンクタンクからも示唆されているわ。CIAや軍内部でも同様。早々に対処しないと・・・世界はハルマゲドンに向かうだろうってね」

 「ハルマゲドン?」

 瑠璃は不思議そうな顔でその単語を口にした。

 「ヨハネの黙示録・・・最終戦争とも言われるわ」

 「最終戦争・・・そのような事が起きる可能性は高いです。人々が殺し合いを始める前に我々の手で諸悪の根源を断たねば」

 「そうね・・・たった一人をこの世界から消せば・・・世界が平穏になるなら、やらないといけないわね」

 ルーシーはやはり深い溜息を漏らした。


 アジアではヴェトナムで内戦が激化し、カンボジアなどでも戦乱が起きた。

 その間にソ連は中央アジアを突破して、インド洋へと抜ける為にアフガニスタンなどで動き回った。結果的に内戦が起きた。

 そして、第二次世界大戦後にアメリカの肝いりで強引にイスラエルが建国され、適当に分割された中東において、激しい戦争が始まった。同時にアフリカ各地においても部族闘争などが起こり、虐殺や内戦が勃発する。

 世界に戦禍が広がり始めていた。

 極めつけはソ連によるベルリンの完全制圧であった。

 アメリカはそれに対して、抗議をし、返還を求めているが、ソ連は完全に無視をした。当時、ベルリンに残された多くの西側陣営の要人や軍人などは捕虜として、ベルリンにて、軟禁状態であった。

 西ドイツ、フランクフルトにて、彼らの救出が計画されていた。

 中心となるのはCIAとMI6であった。

 彼らは日々、KGBと諜報戦を繰り広げていた。

 そこから得られた情報で、ベルリン市内に軟禁される西側陣営の捕虜が確認されている。現状において、その数は家族も含めて、153人。軟禁状態であり、彼らの身柄を監視しているのは東ドイツの警察機構であるドイツ人民警察であり、その指揮を執っているのはシュタージとみられていた。

 「外交での取引にはソ連も東ドイツ政府も一切、乗ってこない。奴等は人質を盾にして、欧州での軍事行動などへの妨害をさせないつもりだろう」

 「それだけじゃない。中央アジア・・・極東。下手をすれば、世界全域に及ぶ可能性が高い」

 「だからと言って・・・人質を見殺しには出来ない。だから、この作戦が計画された。かなり危険な任務だが・・・仮に失敗したとしても、我々は決して人質を見捨てなかったというスタンスを見せる事が出来る」

 「成功すれば、英雄。失敗しても威厳が保てる。何もせずにソ連のなすがままになるよりマシって事か」

 冷ややか笑いが聞こえる。

 「それで・・・戦力だが・・・」

 「アメリカは第75レンジャー。イギリスは第3コマンドーから精鋭が抽出される。彼らを支援する為に西側陣営の全軍が動く。当然だが、我々も支援する」

 「敵も備えてはいるだろうな」

 地図の上には幾つかの駒が置かれている。

 

 魔女は笑っている。

 これから起こる事がまるで解っているように。

 「ベルリンか・・・かつての我が居城が・・・再び、戦乱の起点となるか」

 第二次世界大戦。激しい地上戦が行われたベルリンではまだ、復興が進んでいない場所もあった。街中にはベルリン制圧の為に派遣されたソ連兵が未だに駐屯をしている。

 ベルリンの中心地にあるホテルでは人質となった人々が軟禁されている。

 彼らを監視する為に東ドイツ警察が周囲に立っている。

 露骨に軍が警備しているわけではないが、ベルリン市街地の彼方此方に軍用車両が置かれ、兵士の姿が見える。

 明らかにベルリンは厳戒態勢であった。

 殆どの大使館は閉鎖され、大使、領事も含めて、軟禁状態になっている。当然ながらこれは外交問題であったが、東ドイツ政府は一切の抗議を無視した。

 東ドイツも含めて、東西陣営は国境線に戦力を集中させていた。

 米軍もソ連に対して、厳しい姿勢を見せ、大西洋に4個艦隊を派遣した。

 

 ヴンストルフ航空基地にB-17爆撃機が集められる。

 「まさか、爆撃機から飛び降りることになるなんてな」

 特殊部隊の隊員たちは苦笑いをする。

 第二次世界大戦中に大量に作られ、不要化したり、旧式化しようとしていた爆撃機が集められたのは落下傘降下の為だった。

 当初は輸送機で行われる予定であったが、敵の防空網からの離脱などを考慮した結果、爆撃機の方が生存率が高いと考えられたからだ。

 当然ながら、爆撃機の護衛に米軍から最新鋭の戦闘機であるFー104ジェット戦闘機などが用意されていた。この作戦を決行する前に大西洋では陽動の為に空母を主体とする3個艦隊が派手に動き回り、艦載機を沿岸地域へと飛ばし続けた。東側陣営はその陽動に対して、スクランブル発進を繰り返すと同時に外交ルートを通じて、米軍に抗議を続けた。

 陸でも国境を挟んで小競り合いが各所で始まり、緊張が一気に高まり続ける。当然ながら、ソ連からの抗議に対して、アメリカは人質解放を要求するという不毛な事態に陥る。

 ベルリンの情報を高い確度で確認する為に現地に潜伏する工作員は次々と無線等を用いて、情報を西側に送る。

 そして、状況は整った。

 ベルリン市内において、駐留するソ連軍の一部が移動を開始した事を確認した事で作戦の決行が承認されたのである。

 B-17爆撃機が特殊部隊隊員を乗せ、空へと舞い上がっていく。

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