詩『命の天秤』の翻訳

詩『命の天秤』の内容について(一)

 第二回目となる裏話では、作品ではなく詩の『命の天秤』の内容に触れていきます。

 説明に入る前に、詩の内容を下記へ残しておきます。なお、今回は新たに詩の前に番号を振ってあります。少し長い説明になるかと思いますので、分かりやすいように番号で振り分けしました。

 

 『命の天秤』

(一)

(a)

足音叩くと 誰かの歌が流れる街

ハムサンド頬張る 無邪気な笑顔

見える気がした


(b)

通り雨のように 降り注ぐ朝日が

眠った哀しみ また呼び起こす


(c)

琥珀色の滝に心休めると

バスタブで髪をくような

優しい気持ち溢れるの


あの時“好き”だと言ってくれた

おんなに見えるかしら?



太陽と月が 見張りを交代した時

命の天秤は 寄り添いながら

切なさ揺らす


夢心地な声で 面影へ祈っても

あなたの心は 振り向かないのね


寂しさの海に眠る この体は

青空へそっと向かうけど

想い出は深海うみを漂うの?


あの時“好き”だと言ってくれた

おんなになれるかしら?



時の迷い人の声に 誘われて

天使の温もり 置き忘れ

悲嘆ひたん奏でる 王子様


あの時”好き”だと言ってくれた

おんなになれるかしら?


 説明に入る前に、この詩の簡単な概要に触れておきます。


 この詩はといった、をテーマにしています。そして『命の天秤』の物語が完結した段階における、主人公 高村 香澄の心情を表現しています。詳細についてはここではふれませんが、ある事情により心に傷を残してしまった、という内容の詩です。

 表面上は“大丈夫よ”と言い張る香澄ちゃんですが、心の奥底では一人悲しみ泣いている。そしてそんな弱さを誰にも見せることが出来ず、自分(香澄)も苦悩し続ける、といった内容です。


 まずは一(a)の説明に入りますが、最初の文章は比較的分かりやすいと思います。文章通りにとらえることが可能ですが、詩の中にある「歌」とは『街並を歩く誰かの声』という意味になります。

 この「誰か」というのは香澄の友達でも知人でもなく、街ですれ違う人、つまり赤の他人です。


 次に「ハムサンド頬張る 無邪気な笑顔」という表現についてですが、これはトーマス・サンフィールド(以下トム)のことを指しています。作中で何度も触れていますが、トムの一番好きな食べ物はです。トムのハムサンドを美味しそうに食べる姿は、香澄ちゃんをはじめ周りにいる人たちを幸せにする、魔法のような魅力を秘めています。

 そんなトムのことを想いながら街を歩いていると、香澄の目にはある一組の幸せそうな親子連れの姿が映ります。幸せそうにソフトクリームやクレープなどのお菓子を食べる子どもを見た香澄は、『その子どもにトムの面影を重ねてしまう』という内容です。


 続いて一(b)の説明となりますが、この文章に秘められた意味は次の通りとなります。

 「通り雨」とは一時的に降る雨のことで、時間で換算すると数分から数十分くらいです。その次に↓の一文へと話が進みます。

 「眠った哀しみ」とは、香澄の心の奥底にある『心の傷』のことを指します。ただこの感情は表向きには分からないため、「心の奥底に仕舞いこんでいる感情」という意味を込め、「眠った哀しみ」という表現にしました。


 そして次の「また呼び起こす」という内容についてですが、これは少し前の「降り注ぐ朝日」という言葉が重要な意味を秘めています。「朝日」は朝にしか出ない太陽の光のこと、という意味に置き換えることが出来ます。

 呼び起こすの前に「また」と明記していることから、これまでに彼女は何度も、『心の傷が原因で、目が覚めてしまった経験が何度もある』ということを示唆しさしています。

 先ほどご説明した「通り雨」については、いわば突発的・偶発的に起こる気象現象のことです。『普段は特別意識していないけど、何の前触れもなく心の傷や思い出したくない過去の記憶がよみがえり、それが原因で朝早く目が覚めてしまう』となります。


 次に一(c)について説明したいと思いますが、ここが詩の中でもっとも分かりづらい部分ではないかと思います。

 「琥珀色の滝」とはあることを例えた比喩表現で、ヒントはです。香澄はで、作中でも一人紅茶を堪能している場面があります。

 そこで「熱々の紅茶をポットに淹れて、ティーカップに注ぐ」という場面を、想像してみてください。それはまさに、が浮かびませんか?


 そして「心休める」という表現について、これも香澄の紅茶好きが大きく関係しています。彼女にとって、ちょっとした息抜きに熱々の紅茶を堪能することは何よりの楽しみです。

 そんな香澄ちゃんの安らぎの時間を、と比喩表現しました。なのでみそぎのように、その身を清めるため滝に入るという意味ではありません。


 次の一文についてですが、私は女性特有の心理を強く反映させました。女性にとって大切な習慣として、『髪の毛の手入れ』があります。作中において香澄は『綺麗なロングヘア』という設定になっているため、その思い入れは人一倍です。また作中でも、鼻歌を歌いながら髪をかすシーンがあります。

 この髪をく瞬間は、女性にとってまさに至福の時間とも言えます。その一瞬の気持ちを香澄にとって、と考えこの一文を完成させました。

 なお「バスタブで髪をくような優しい気持ち溢れるの」という詩については、日本の人気ホラー映画『リング』で、山村 貞子が鏡の前で髪をく場面を見て、ふと頭の中へと浮かびました。


 一番最後の内容については、『命の天秤』の終盤でトムが香澄へ伝えた「告白」が関係しています。恥ずかしながらもトムが香澄へと言ってくれたことが、逆に彼女にとってになってしまいます。

 その一方で『好き』と言ってくれたことに対し、心のどこかで高揚感も生まれます。

 そんな彼女の気持ちを表現するという意味を込めて、「あの時“好き”だと言ってくれたおんなに見えるかしら?」という内容にしました。


 以上のことを踏まえると、『命の天秤』の一番の詩の内容については、次の通りとなります。


             『命の天秤(一番翻訳)』


 [私(香澄)は今日も一人で、街中を歩いています。するとふとしたことから、えんもゆかりもまったくない、ある一組の幸せそうな親子の姿を目にします。ソフトクリームを美味しそうに食べるその姿は、まるでトムが無邪気にハムサンドを食べる光景そのものでした。でもそれはしょせん幻だと分かっているけど、私にはなぜかその光景が鮮明に浮かぶのです……


 過去のことは忘れて、未来に向かって歩き続けよう……そう心に決めたはずなのですが、思い出したくないつらい過去が時折、私の夢の中で具現化されます。“もう……止めて!”と声を出すと、そこには夢の世界から目が覚め、ベッドで一人涙を流している私がいるのです。

 こんな体験も今日が初めてではなく、何の前触れもなくある日突然やってきます。それはまるで、気まぐれでやってくる通り雨のように何度も……何度も……


 私自慢の綺麗な髪の毛を維持するためには、何と言っても日々のお手入れがかかせません。特に気持ちの良いバスタブのお湯に体を浸かりながら、髪をく瞬間は、私にとって至福の時間です!

 別の表現に例えるとそうね……ちょっとした息抜きにポットに熱々の紅茶を淹れて、それをティーカップで一口ずつ飲む瞬間かしら? この時もすべて嫌なことを忘れられるから、どちらも私にとって欠かすことが出来ない時間だわ!


 別れ際になってトムが初めて教えてくれた本当の気持ち、“好き”というたった一言だけど、その言葉が私の頭の中から離れないの。

 ねぇ、トム……今の傷ついた私は、あの時あなたが告白してくれたおんなに見えるかしら?]


 という内容になります。これが詩『命の天秤』の一番における、大まかな内容となっています。


 次回は詩『命の天秤』の二番の意味について、説明したいと思います。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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