第5話 襲撃


「―――レイシスの子よ」


 頭の中でその言葉が永遠と鳴り響いている。


 漆黒のローブにその身を包み、人の形を彩った悪魔のようなアレが語りかけてくる。


 なんども、なんども、それだけを言っては。また消えていくのだ。


 それに対して何故だか異様に惹かれる心の鼓動が、いつか止むのを待ちながら。


 妙に魅了されているのが分かる、ただしそれは負の感情を伴いながら。


 ―――怒り、悲しみ、絶望。そして復讐心。


 だがしかし、もしかしたら。


 そこに求めていたような力の奔流が、そこにあるような気がしてならなくて。


 ただひたすら、それについて人は考えるのだ。





「―――んあ……」


 多少の頭痛を味わいながら目を覚めると、見覚えのない見新しい洒落た天井がそのぼやけた視界に見えはじめる。


「あぁ、そういえば……」


 廊下からノック音が聞こえてきた。


「―――レオさん?おめざめですかー?」


 ミーティア中尉の明るい声がドア越しに響いてくる、朝から実に心地よい声量で。


「あっ、あぁ......いま丁度おきたところですよ......えぇーと、中尉殿」


「ふふっ、そうですか!それじゃここにお召し物を置いておきますね~。支度が終わったら、ロビーの方にいらしてくださいね」


 ミーティア中尉はそれだけを言い残すと、すぐにそこを去ったようだった。

 レオはお召し物とやらを取りに、体を起こしてドアを開けに行く。するとそこには、軍服らしき物が置かれていた。


「まじか、軍服着るのか。なんだかそれっぽくなってきたな、こんな着替えまで用意してくれるとは随分親切なことで」


 今までのレオの服装と言えば、黒とか灰色。茶色の汚れの目立たない傭兵相応のカジュアルな服装をしていたばかりで、明るい色の服の格好というべきか、こういった正装には目が慣れず、これを着たところを想像したレオは、自身の見た目について不格好だろうなと感じていた。


 服を取るとまずは洗面所で顔を洗う、そこで鏡面を見上げたレオは自身の髭の伸び具合を酷く気にする。


「あちゃー、こりゃキツイな。さすがにここに身の回り品の完備とかないよな......後で髭剃りとジェル手配してもらおう、あわよくば家庭用の髭剃りレーザーカッターの最新機種だな。あれはネット広告で見たが随分便利そうだった、いやていうか普通に出る時に支度の準備をさせてくれりゃ困る事もないんだが、それくらいの要望は応えてもらわんとな」


 家庭用髭剃りレーザーカッター、通常のレーザー脱毛とは違い、単純に人体に傷がつかない出力のレーザーで毛を短くするだけのものだが、顔面をスキャンすれば自動で指定範囲を勝手に剃ってくれる優れモノだ。


 お召し物を順当に羽織っていき、最後に軍人らしい分厚いコートを羽織り終えると、レオはロビーに向かうことにした。


 ロビーにやってくると、そこには私服のレイシア少佐とミーティア中尉がふっかふかのソファーに座って待っていた。


「―――やぁ、軍服がなかなか似合ってるじゃないか」


 レイシア少佐にそう挨拶を受ける。


「どうも、ていうか少佐達は私服ですか」


「まぁ、そりゃ私達はオフだからね。でも、君もなにぶん先日と同じ服で過ごすのもアレだろ?その軍服は別に強制させてるわけじゃないよ。それは官給品だが、君に十分な支度の時間を確保させられなかったせめてもの償いという奴だ、別に後で要らなくなったら闇市場にでも転売すればいいさ。その豪華な装いは共和国セントラル努めのエリート軍人を象徴するものだ、言い値が張るかも」


 少佐はそう言うと、レオは呆れたような顔つきで少佐を見る。


「軍人が官給品横流しを容認とはね......」


「冗談だよ」


 レイシア少佐はやや不機嫌そうな表情でそう言うと、レオを近くの椅子へと手招く。

 レオは招かれるままに椅子に座ると窓に目をやる。

 少佐はレオが席に着いたことを確認すると、早速話題を切り開く。


「さて、まずは昨日の続きについてだな。簡単に説明するとだが、我が共和国にも彼らのような覚醒者をのさばらせない為の組織が当然あるわけだ。それを我々はイニシエーターと呼称し、今この時もさまざま戦地に趣き彼らと戦っている。敵国、レジオン帝国にはそんなならず者のような覚醒者による軍事組織が存在し、それらに所属している覚醒者はレイシスと呼ばれている。君が要塞で会ったという人物は、恐らくそのレジオン帝国のレイシスだろうと思う」


 少佐は一通り言い終えると、コーヒーらしきものを上品に口に運んで一口飲む。


「なるほど?戦場の裏側の世界では、超人的な覚醒者達がお互いにしのぎを削って今の今まで拮抗して繰り広げてきたと」


「裏側というほど裏側の存在でもないがね、昔ほど一般にその存在は浸透していないのだ。なにせ我々が活躍していた全盛期の時代から数百年の時も流れたし、その世界大戦全盛期の時代と現代を比べれば、今の人類は余りにも平和を享受しすぎている」


「そうか、ん......?我々......?」


 レオはその少佐の使った一人称の言葉に引っ掛かる。


「あぁ、言ってなかったな。私もそのイニシエーターの一人なんだ」


 レオはその言葉に衝撃を受けた、ただでさえ少佐は軍人をまともに務められるとは思えないような幼い容姿をしているだけでなく、人外的存在の覚醒者でもあったのだ。


「少佐はイニシエーター......だったか」


 少佐がそのイニシエーターだった、これが何を意味するのか。

 それは、目の前の少女が俺なんかとは比べ物にならない程に戦闘の場数を踏んでおり、そしてあの例のレイシスとやらの化物を何人も相手にして来たということ。そして、今この場に普通に人と接して日常を送っているのだという事。


「恐れ入ったな......、本当は身近にありふれて居たのか。覚醒者は......」


 少佐はレオの言葉に微笑しながら、再びコーヒーを一口、その口に運ぶ。


「それじゃあ、これも見せてあげよう。ディスパータの持つ武器は特殊でね、このソレイスと言う武器を我々は使うんだ」


 そういうと彼女の手のひらから一本の剣が、空間から粒子を集めて形作っていく様に虚空からそれが突如生成される。

 その剣は一級芸術品のように美しく煌めかせ、少し触れただけでも切り裂かれてしまいそうなほどに鋭い刃をしている。

 そしてその剣を構える少佐の姿は、金色の豪華な装飾に相応しく美しい。


「この剣は、イニシエーターの扱う武器の中でも最も一般的な部類の武器だ。この剣の刃は非常に鋭利で、どんなに重装甲な鎧でも容易く切り裂く。我々覚醒者に流れる力『ヘラクロリアム』の力を余す事なく発揮することができる代物なんだ」


「―――驚いたな......こりゃもはや魔法だな。ふーん、ヘラクロリアム粒子ねぇ......、教養のない俺ですら知っているごくごく有り触れた目に見えない空気みたいな物質だろ?よく分からんが、俺達が生命活動をする為にはなくてはならないものなんだとか、だがなんでそんなものが急に剣の形になったりするんだ?」


 レオは少佐の生成し顕現させたそのソレイスを見つめながら、ふと疑問を投げる。


「ヘラクロリアムは、我々の精神的観念と密接な関係にあるのだ。かつてヘラクロリアムを研究した血のつながりのない我々の先祖とも呼ぶべき覚醒者達が、何かしらの身体的特異性を持つ自らの人体について調べ上げるにつれて、同時にこの特異性が人類の迫害対象にもなりえることを悟った。そこで、自らの自衛手段として確立させるものとして、先祖達は哲学的な様々な極限的思想。正と負の両面思想に行き着いた、正と負の極限的思想は、元々ヘラクロリアムが持ち合わせていた性質である精神感情的なエネルギーとの同調に強く結びつき、やがてヘラクロリアムとの驚異的な同調によって生じたエネルギーはより高次元のものへと昇華されていった。ヘラクロリアムのそのエネルギーは、その思想に適合するようにその姿を変えていった。自己を防衛するための観念、即ち武器だ。このソレイスは、人間が元来原始的に持ち得ていた防衛観念そのものの顕現なんだ」


 少佐がそう長々しく語る姿に、見た目は人そのものだが。やはり人間とは根本的に違う生物なのかもしれないと、レオは良くも悪くもそう印象を強く受けた。


「小難しい話だが......要は原始的な防衛観念としての武器......、それが即ち当時の人にとっての一般的な剣という存在だったってわけか、だからヘラクロリアムはその覚醒者達の願いに応えるようにその身を剣に変えていったと」


「まぁ、そんなところだ。その精神は今の我々に引き継がれて、今も尚その姿を変質させている。だから、現代の今となっては剣だけとは限らず、様々なソレイスの形態が存在する。私の場合は普遍的な剣状のものだったというわけさ」


 そういって少佐は、ソレイスを手の中に収めるようにその剣は姿を消していった。


「―――まぁ、我々の武器がソレイスだけとも限らんがな」


 少佐はそう言うと、鋭い目つきでレオを見つめる。


「まぁそれはさておいて、本題に入るとしようか」


 少佐がそう言うと、ミーティア中尉が軍隊専用モデルのモバイル端末を取り出し、それをレオに手渡す。


「―――北方のヌレイ戦線から独立機動部隊宛てに救援要請が来ています。まずレオさんは着任後初任務として、北方に居る我がレイシア隊の本体と合流し、ヌレイ戦線にて合流して頂きます。その後我が独立機動部隊は、その機動性を活かす形で前線のアンバラル条約機構共和国軍参加し、前線の共和国軍を支援致します」


 ミーティア中尉が簡単に作戦の説明を終えると、初回からいきなりごってごての戦場に派遣される事について思わずレオは苦い顔をする。


「うわ......すごいな。初任務から早速前線行きとはね......さすがですねぇ......いやぁこれじゃあ先が思いやられる......」


 レオはその作戦要項が書かれた端末のディスプレイを見て唸る。


「れっ、レオさんならきっと大丈夫です!なんたって英雄の傭兵さんなんですから......!」


 彼女は笑顔でそう言い放つ。


「あはは......、まぁ独立機動部隊?とかいう大層な名前なだけの事はあるって感じか......、具体的な運用は全く知りませんけど、身に染みて味わうしかなさそうだ」


 傭兵業は企業紛争や軍閥闘争でよく起用されるその性質上、がっつりとした国単位での正規兵同士の戦場には余り参加する機会はない。というか、紛争はあれど軍戦略単位での戦闘が行われることは近代に入ってからは滅多になくなった。

 なので今回の戦線での任務とやらもそこまでエネルギーを消費するモノではないと思うが、如何せんほぼ未経験の地。腕前には自信があるとはいえ、正規兵を侮らないようにしなければならない。




 ミーティア中尉による初の作戦説明の会議は終わり、さっそく三日後には戦線に向けて出撃することになった。

 初任務から戦場送りとは鬼畜極まるが、これも自分が選んだ道だ。

 当然、最後までやり通す。

 出撃の間までは特にやることもないので、ブランクの穴埋めをすべく、リハビリでもして過ごすことにした。


「しっかし広いなぁここは......ここが隠れ屋ねぇ。それに、児童施設と併設とは、なんというか。色々な思惑を感じれてなんだか、悪趣味だ」


 この施設の外回りに取り付けられているバルコニーからは、第7セクター、ステーションの巨大な建造物が見える。

 下部構造には共和国全土へとアクセスするいくつもの列車の路線が張り巡らされていて、一日中輸送列車が稼働しつづけ都市を騒音で満たしている。

 上部構造には空港ターミナル、軍の空軍施設も併設で存在していて、そこから放たれ活発に出入りする航空機の航行灯がどこからでも拝められる。

 かつての共和国領から流入した数億人にも及ぶ下町セクターの巨住民。

 あそこはいつも賑やかだ、こんなところに戦火の火が灯ることなんて事はきっとあってはならないのだろう。



 ―――各都市には人口の流入限度が決められ、それ以上の人数が入ろうとすると規制がかかり、その都市にそれ以上の民間人が入ることができなくなる。そのためここセクターが管轄する区画に逃げ込めなかった、レオのような人々は戦線の外側に住み着くしかなくなる。

 なので、付近の戦線から逃れてくる民間人の中には轟音の鳴り響く迎撃城塞のすぐ外で暮らしている者もいる。

 そんな現状に中央共和国政府は関心すらもたず事実上の放置、見かねた軍の将官達は次々に企業の如く軍閥を設立し、やがてはアンバラル第三共和国のような巨大軍閥も生まれたのだ。


「秩序保全が入れ乱れるこのご時世。こんな平和そうな都市部が、いつ戦場になっても、実際おかしくはないんだな......」


 広大な都市の人工物が放つ美しき夜景を見ながら、レオは一人でそう呟く。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 謎の部隊が展開し施設を取り囲んでいる。

 本部とのやり取りからは配置の完了と、現場部隊突入の合図が待たれていた。


「―――合図をしたら突撃する。傭兵レオ・フレイムスは、発見次第最優先で確保。それ以外は排除しても構わない」


 少佐達の静寂な夜が、乱されようとしていた。

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