第10話 これだけは絶対に人には負けない
誰でも、これだけは絶対に人には負けないってものがあると思う。
ぼくの場合は、字の汚さです(笑)。いえこれ、ほんと。
ぼくはこどものころから悪筆で、字がめちゃくちゃ汚かった。ほぼ解読不可能に近い。英語で悪筆を「poor hand」と言うらしいが、ぼくのはもう、「evil hand」だ。
三島由紀夫に言わせると、「字の綺麗な奴に、頭のいい奴はいない」らしいが、だったらぼくなんて、アインシュタイン以上の天才であろう。
むかし、学生のころ、自分より遙かに汚い字を見たことがある。
それはうちの親父宛てに送られてきたハガキの宛名だったのだが、うちの住所とうちの親父の名前を書いたその字は、本当にくっちゃくっちゃで、そのあまりの下手さに、ぼくは腹を抱えて笑った記憶がある。
「うわー、なにこの下手糞な字。ぼくなんかより、遙かに下手じゃん! こんな下手な字、見たことないよ!」
が、しばらくして気づいた。
そのハガキを書いたのは、自分であると。
学校でハガキを配られ、自宅の住所と父親の名前を書けといわれて提出したものだったのだ。
裏面には、必要な内容の文書が印刷されていたが、それは今はどうでもいい。
ぼくはそのとき、自分の字を初めて客観的に見て、自分で腹を抱えて笑ったのだ。それくらい、ぼくの字は汚い。
何年か前、ぼくがメモに書いた文字が読めなかったようで、バイトの女の子が男性社員にぼそぼそと尋ねていた。ぼく本人に聞くのはさすがに憚られたようである。
で、しばらくぼくの書いたメモを見つめていた男性社員は、「これは、こう読むんだよ!」とそのメモを横に90度回転させたのである。
……、いえ、そのままの角度でいいんですけど。
そして、これも何年か前、ぼくの書いたメモが読めなかった女の子が、B店長にぼそぼそと読み方を聞いたみたいだ。
B店長はぼくが書いたメモを見てこう叫んだ。
B店長「これは、英語よ!」
少し補足しておくと、実はB店長は獣のような言語中枢を持ち、基本主語が抜けた日本語をしゃべるが、反面英語がぺらぺらである。その辺の留学してました程度のバイリンガルな人なんかより、遙かに英語がうまい。
……その人に、「これは英語よ!」と言われるレベルである。ちなみにぼくは、英語はまったくダメです。そんなの、B店長、あなた知ってるでしょう。
また、何年か前、これは百貨店にいたころですね。
百貨店は各売り場の店員を集めて朝礼をします。
各売り場から一人、出席して、連絡事項を朝礼ノートにメモして戻り、売り場の人にそれを見せるのです。
この朝礼。たまにぼくも出てました。
で、ぼくが書いた朝礼メモ。みんな読めなかったらしいです。それを専門に解読していたのが、当時のパートのフク子さん(30代)だったらしい。ぼくは知りませんでしたが。
ある日、自分で書いた朝礼ノートが、ぼくは自分で読めませんでした。
あれこれなんて書いてあるんだろう?と悩んでいると、隣から覗き込んだフク子さんが、「これはね、『見ると』って書いてあるのよ」と親切に教えてくれた。フク子さんは自慢げに、「あたしがいつも、みんなに解読してあげているから」と胸を張っていた。
字が汚くて、とうとうぼくは自分でも読めないレベルに到達してしまったようです。
最近自分で書いた「なっとう」というメモが、どう見ても「ルッコラ」でした。
「なっとう」→「るっこら」なんですが、ニュアンス伝わるでしょうか?
そして本日。ええ、さっきです。
ぼくが職場に休憩からもどっていくと、ザキ江さん(50代女性)とレナちゃん(20代女性)が、なにやら論争していました。
ザキ江さんの言葉の中に、ぼくの名前が出てきていました。どうやら、ぼくが書いて貼り付けた日付シールの字が汚くて読めなかったようです。
でもさ、日付でしょ。
せいぜい「3/3」とか、「3/2」でしょ?
なんで読めないんでしょう? おかしいと思いません?
結局ザキ江さんが解読してくれたようです。
そして最後にレナちゃんが、こうつぶやきました。
レナ「本当に、英語みたい……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます