第8話 秘術が導き出した運命


チリリン……


 川原に連れられて向かった先は、地下にある喫茶店だった。彼女が言うには一階が居住スペースとなっており、普段はそこに住んでいるのだという。階段を降りると、「Closed本日閉店」の看板のかかったドアを開けた。


「兄さんただいま」


 店内は少々薄暗いもアンティークを思わせる洒落た内装、静かにゆったりと流れる近代音楽が落ち着きある空間を演出していた。きっと好きな人には好きな店だろう、真黒も一目で気に入った。

 奥に入るとカウンターで、若い男がカップを拭いていた。


「おかえり。そちらの方は?」

「この前話した探偵さんよ。話を聞きたいそうなの」

「あぁ、いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」

「……お邪魔する。しかし表を見る限り閉店では?」

「特別よ、話をするなら私もここがいいし。いいでしょ兄さん」

「あぁ、メニューから好きなものを選んで貰うといい」


 テーブル席へ案内され、座るとメニューを渡される。この若いイケメンマスターは川原の兄なのだろうか? 物腰も丁寧そうで、いかにも女受けするタイプである。


「両親は今、どちらに?」

「別居してます。私は兄さんとここに住んでるの」

「2人だけでここに?」

「兄妹2人だけで住んでるの、おかしいですか?」

「いや……そうではないが」


 兄妹2人が一つ屋根の下で、などという話はアニメか何か独自の世界設定と考えていたが、まさか本当に存在していたとは……。気を悪くさせてしまっただろうか? 恐る恐る川原の顔を伺うが、そんな様子は全くない。頬杖をつき不思議そうな表情をしてはいるが、むしろ無表情に近い。それが大人びた雰囲気をかもしだしていた。

 内心ほっとした真黒は気を引き締めてかかることにした。思うに、川原は恐ろしく感の鋭い子だ。部長をやっているくらいなのだから学年でもトップクラスの学力だろう。少しでも気を悪くされたら話をして貰えなくなる恐れもある。

 マスターにコーヒーを注文すると、身近な話題から手を付けることにした。


「先程学校に居たようだが、登校日だったのかい?」

「本を返したいので当直の先生に図書室を開けて貰ってたんです。借りたい本もありましたので」

「ほう、一体どんな……」


 川原はカバンから2冊の分厚い本を取り出してみせた。

「妖精大辞典」「西洋の処刑方法とその歴史」……いかにもな本だった。

 というか、高校の図書室にはこんな本が置いてあるものなのか?


「面白いですよ。探偵さんはこういうの、興味あります?」

「う……あぁ、そうだな……」

「ところで探偵さんこそ、さっきは何してたんですか? 後ろにいた人……誰?」

(ぬうっ!?)


 まずい、非常に面倒臭い事を聞かれてしまった! ガッデム、マジガッデム!

 ここはなんとかうまいことごまかさなくては!


「……悪と戦っていたんだ」

「……は?」


 真黒は急に真面目な顔つきとなり、身を乗り出した。


「いいかい七瀬ちゃん。女の子にはわからないかも知れないが、男ってのは常に見えない何かと戦っているんだ、いわば宿命と言ってもいい。そうだろう? マスター」

「……仰る通りです」


 コーヒーを運んできたマスターに無茶振りをすると、正しくその通りだと大袈裟に頷いてくれた。流石イケメン、ノリのいい男で助かった。


「……ふぅん。そういうものなのかしら……」


 どうやら納得してくれたみたいである。気持ちを切り替えるためにも、マスターの運んできてくれたコーヒーに口を付ける。芳醇ほうじゅんな香りは心地よい絹ごしの舌障りと共に喉奥のどおくへと流し込まれ、深い味わいを楽むことができた。


「……旨いな」

「探偵さんも珈琲コーヒーはお好き?」

「あぁ。紅茶は落ち着きをくれるが、珈琲は同時に活力もくれる」

「そうね。兄さんの入れる珈琲は絶品よ。よかったらまた来てね」

「そうさせて貰おう」


 気分も乗ってきたところで、早速本題へと切り出すか。手帳を取り出すと、気になっている部分を確認しながら聞き込みを開始することにした。


「済まないが、事件当日の事について少々……」

「探偵さん。私、事件のことについては何も話しませんよ」

「な、何っ?!」


 突然川原の前に現れた絶体領域の壁に、真黒は容赦なく弾かれてしまった!


「いや、えと……しかし……」

「警察の方ならまだしも、探偵さんに私から事件内容を話す理由がありませんから。それに警察からも話さないよう口止めされていますし」

「ぐ……」


 これは手強い! しかも……おのれ警察め……!


「でも事件以外のことならお話できますけど」

「事件以外のこと、とは?」

「学校の先生や生徒のことです。それなら事件の話では無いでしょう?」


 ……焦った、そういうことか。しかし事件に関係の無い話となると限られてしまう。ここは慎重に言葉を選びながら聞いていくしかないだろう。本当は川原が警察にした「教師の佐山に関する矛盾の供述」について聞きたかったが、今はストレートに聞かない方がいいだろう。佐山自身のことについて聞いてみることにした。


「では、七瀬ちゃんは佐山先生とは親しかったのかい?」

「親しい……? まぁ1年からの付き合いですからそれなりには知ってましたけど」

「普段の佐山先生はどんな人だった?」

「物分かりのいい普通の先生です。周囲からの評判は良くなかったですけどね」


 聞く人間が違うと、ここまで評価が変わってくるものなのか。


「佐山先生は色々な学校をたらい回しにされて、第二高へ来たと聞いています。誤解されやすい人柄が災いしてそうなったんでしょうね」

「何かこう……他の教師とは明らかに違った点は……」


「先生が覚醒剤をやっていたこと、とかですか?」


「っ!?」

「…知ってましたよ。実際に使っている所、見たことありますから」


 淡々と言い放ちコーヒーを飲む川原に、流石の真黒も目を丸くした。


「それは一体いつの話だ?」

「1年生の時、たまたま用事があって化学準備室を覗いたら佐山先生が居たんです。その時は驚いてしまって、誰にも話すことが出来ませんでした」

「そうだったのか……」


 生徒から嫌がらせを受けていたことが引き金になったのだろうと、川原は語った。

自分が他に漏らすことで、誰かの人生を狂わせてしまうことが怖かったとも。佐山が教師を辞めてしまう事で、オカルト部が無くなってしまうのではないかと考えたのも黙っていた理由なのだという。


「あの日薬物検査をされた時『あぁ、佐山先生のことだな』って直感しました」

「そのことを警察には話したのか?」

「いいえ、聞かれませんでしたから。私、間違っていましたか?」

「いや、いいんだ。これからも誰にも話さない方がいい。いいね?」

「…はい」


 警察が佐山について学生たちに尋ねなかったのは、恐らくショックを与えてしまうと警戒した為であろう。草間の手引きなのだろうか? 真黒は少し草間を見直した。


「次はそうだな……柿崎君について聞かせて貰えないか?」

「柿崎君? あぁ、彼とは親しくなかったのでよく知りません」

「そうなのか? でも1年の頃から同じオカルト部なのだろう?」

「……何というか、彼は駄目です。普段は大人しすぎて何もしないというか……。間々田君が入部してからは、彼とゲームの話ばかりしていましたけど」


 少し苛立つような様子を見せながらそう話す。


「その間々田君だって、私が柿崎君に入部を勧めるように頼んだんです。同じクラスだろうから勧誘してくれって。でも彼は返事だけで何もしてくれなくて、結局私が間々田君に直接声を掛けたんです」

「ほう……そうだったのか」


 などと言いながら、しっかり真黒は手帳に記した。

 矛盾だ! 間々田の「柿崎が部活に誘ってくれた」という話との食い違いが出た!

 

 さあここからが本番だ。昨日ひろしから手に入れた、伊集院との関係について話を聞きたい。だがデリケートな問題でもある、言葉を厳選しなくてはならない。


「で、柿崎君だが、部活ではどうだったんだ? 誰かから恨まれたりとかは……」

「間々田君からは何も聞かなかったんですか? 伊集院さんのこと」

「いや、聞いたが……七瀬ちゃんにも聞いて置こうと思ってね」

「でしたら気を遣わず、もっとストレートに聞いて貰って構いませんよ」


 そう言うと川原は、制服の腕に付いている留め金を外し、腕まくりをしてみせる。そこに現れたのは、目を覆いたくなるような青痣あおあざだった。


「これ、伊集院さんにつけられたものなんですよ」

「なんだって!? 酷いな! 誰かに相談は?」

「しません。しても無駄でしょう? それに……」


 伊集院財閥の娘、問題を起こしてもみ消してしまうのは必至……。しかし真黒は一瞬目を逸らし、何か言いかけた川原が気になった。


「間々田君はそのことを知っていたのかな?」

「……何故彼が関係あるんですか?」

「伊集院がオカルト部に来たのは自分のせいだと、彼が言っていた」

「……本当ですか?」

「まぁ自業自得というやつだな。普段の彼の行動に問題があったろうし」


 ここで真黒は何かを掴みかけ、賭けに出た。わざと挑発するように川原を揺さぶり、様子を見ようとしたのだ。


「間々田君のこと悪く言うのは止めて貰えませんか!?」


ガシャン


「……失礼しました」


 声を高ぶらせ言い放った言葉に、隣でテーブルを拭いていたマスターが驚いて物を落としてしまった。

 反応は予想以上だ。落ち着いて余裕の表情だった川原が、今では明らかにこちらを睨み、敵意を表している。この表情に真黒は半分驚くも、もう半分は「後5年もしないうちに世の男共が放っておかなくなるだろう」と下衆ゲスな事を考えていた。


「間々田君は部の存続のため、色々と尽力じんりょくしてくれました! 周りが彼をどう言っていたかなんて関係ありません! 彼を悪く言わないで下さい!」

「あ……いや、そんなつもりは無かった! 気に障ったなら済まない。どうか許してくれ! この通りだ、悪かった!」


 手を突くと、真黒はテーブルにくっ付きそうになるまで頭を下げた。

 ……どれくらいそうしてただろう。

 笑い声が聞こえ、真黒は顔を上げた。


「……?」


 そこには無邪気に腹を抱えて笑う川原の姿があった。今までずっと無表情だった事を考えればとても想像がつかなかった、年相応の女子高生の表情である。ポカーンとしている真黒に気が付くと、涙を拭いながら答える。


「……だって男の人って、みんな素直に頭を下げないから……。大人の男の人って、みんな頑固で恥をかきたくないんだなって思ってたのに……」

「む……そうか」

「えぇ。兄さんもそうでしょ?」

「む……ん……まぁ、な」


 隣で落とした物を片付けていたマスターは、歯切れ悪くそう答えた。

 妹とはいえ年頃の娘、マスターはきっと川原の事が気がかりなのだろう。同じ妹を持つ真黒はちょっとだけ同情する。イケメンなので、あくまでちょっとだ。


「……まぁ、確かに間々田君には勘付かれてしまいました。彼に心配を掛けさせたくなかったので黙っていたんですけどね。『俺がオカルト部を辞める』と言い出した時は流石に止めました」

「それはどうして?」

「だってそうでしょう? 彼は悪くありません。私はそう考えています」

「これは答えなくてもいい質問だが、伊集院から嫌がらせを受ける心当たりは?」


 僅かに川原の表情に変化が見られた。当然、真黒はこれを見逃さない。


「それは……何が原因かなんて、本人にしかわからないことじゃないでしょうか? まぁ心当たりというなら……学校の成績でしょうか」

「学校の成績?」

「私の学校、テストの成績が廊下に張り出されるんです。プライバシーに煩い今時、珍しいですよね。私はたまに学年トップに名前が載るんですけど、伊集院さんの名はいつもその下の方にありましたから」

「ほう、七瀬ちゃんは凄いんだな」

「いえ、たまたまです」


 落ち着きを払い、とうに冷めてしまったコーヒーを飲む仕草に照れ隠しが見えた。


 学業の成績を妬んでの嫌がらせ……これは本当のことかも知れない。しかし、話を聞いているうちに真黒は、間々田─伊集院─川原のラインが見えつつあったのだ。つまりは、そういうことなのだろうと……。

 さて、川原から事件以外で聞きだせるのはこのくらいだろうか。本当は事件当時について聞いてみたいが話してはくれないだろう。何より身内であるマスターもいる。今は遠慮しているのか姿が見えないが、話の内容が内容なだけにいい気持ちはしないだろう。こういった気配りが、時に人の心を動かすこともあることを、素人ながらに真黒も知っていた。


「探偵さん。探偵さんはどうして事件を調べてるんですか?」

「ん……。少し難しい質問だな」

「誰かに雇われて?」

「そうじゃない。始めは『暇つぶし』そう考えていた」

「じゃあ、今は?」


 少し真黒は考えると、ゆっくりと口を開いた。


「自分が納得しないから……社会に対するささやかな反逆、といったところか。この世の中、いい加減な部分で出来ている。誰かが泣き寝入りすることで成り立っている部分もあるんだよ。世の中の人間と違って、俺はそいつが気に入らない性質タチなのさ」

「……ふぅん」

「はっきり言って俺のやっていることは焼け石に水だ。だが石が少しでも冷えることで、泣き寝入りする筈だった命が救われることだってあるかもしれない」


 この言葉に川原はあごに手を当て、少し考える素振りを見せた。


「それが何の得にもならない事でも、ですか?」

「あぁ」

「新たな真相が見つかった事で、誰かが泣きを見ることになっても?」

「そうだ」

「探偵さんは私が犯人と思ってます?」

「うん……んんんおぃぃぃぃー?! いやいやいやっ!」


「わからないじゃないですか。私が伊集院さんを呪い殺したのかも知れませんよ? 佐山先生と柿崎君は、それに巻き込まれて死んでしまった……」


 川原は小悪魔のような笑みを口元につくる。おおよそ女子高生とは思えぬ妖しさに、真黒は眉をひそめた。


「……悪くない説だ。しかし世の中全て、証拠が何よりだ。君が犯人だという証拠は残念ながら上がってはいない。あくまで俺の調査からだがね」

「もし本当に私が伊集院さんを呪い殺した犯人なら、探偵さんはどうします?」

「……そうだな、一度諦めた超能力者への道を目指すさ」

「……ふふっ」


「だがそれは、フェアじゃない」


 フェアじゃない。やり方はどうあれ、真面目にコツコツと生きてきた人間の幸せを奪う権利など、どこの誰にも無い。ましてやそれに気が付かずにどこかでのうのうと善良ヅラしながら生きている犯人など、考えただけでも反吐ヘドが出る。そう言った意味で真黒は「フェアじゃない」と言ったのだ。


「…………フェアじゃ、ない……?」


 川原は再び考え込む仕草を見せた。そして、カバンからカードの束を取り出す。


「探偵さん、占いに興味は?」

「まぁ多少は。それはトランプか? 随分と大きいな」

「タロットカードです、初めて見ました?」

「……あぁ」


 テーブルの上に裏を返したカードが広げられる。


「探偵さんのフルネームは?」

「真黒克己、だが偽名だぞ? 本名は秘密だ」

「構いません。私が今から占うのは『探偵、真黒克己』の運命ですから」

「成程、面白そうだな。やってみせてくれ」


 同様に生年月日なども聞かれると、川原はタロットを円を描くように混ぜ始めた。今から占うやり方はオーソドックスなやり方にオリジナルを加えた物らしい。しかし今までに占った結果の的中率は90%以上だそうだ。


「アルカナ(タロットカードのこと)は一種の呪術だと考えています。他の占いとは比べ物にならない程に強力極まりない術具です」

「ほう……」


 やがてカードを揃えると、7枚置きに取り出しては十の字に並べ始める。計5枚のカードがテーブルの上に置かれた。


「まず探偵さん、あなた自身を示すカードです」

「……なんじゃこりゃ」


 中央のカードがめくられ、そこには「The Fool」と記された絵が現れる。一言で言えば「愚者ぐしゃ」、おろか者である。


「俺は道化師か」

「……まぁそういう解釈もありますね。ですがこれは新たな出発を意味しています。そしてこの数字を見て下さい。この『0』は無限の可能性を現しています。万物を示し、宇宙の真理とも解釈できる数字なんです」

「へぇ……まぁ要は見方か」


 今一つ納得しない真黒。続けて川原から見て、右のカードが開かれた。カードには建物に稲妻の落ちる絵が描かれている。


「バベルの塔か何かか?」

「……『The Tower』……災厄さいやくを意味する救い手の無いカード。過去に大分大きな物を背負ってきていますね?」

「……」


 この問いに、真黒は何も答えなかった。続けてカードは開かれる。


「これまた間抜けそうなのが来たな……」

「……『The Hanged Man』……吊るされた男、忍耐や努力を意味します」

「今の俺にピッタリだな」

「ですが今は逆位置……そのつまり……無駄な努力という意味です」

「な、なんだそりゃ……」


 次のカードが開かれた時、真黒は思わず苦笑した。


「……こいつは言われなくともわかる」

「……『Death』……死神、文字通り終焉しゅうえんを意味するカード。ですが今は逆位置、吉兆や起死回生を表しています」

「すると何か? 俺は死神にまでそっぽ向かれちまったのか? そいつは傑作けっさくだ!」

「……」


 楽天的な真黒とうって変わり、川原は何やら思い詰めた表情となった。しかし意を決し最後のカード、運命の守護やアドバイスとなるカードをめくった。


「!!」


「……で、最後のはなんだ?」

「……」


 カードをめくった瞬間、唖然あぜんとして固まってしまった。

 最後にめくられたカードには「Justice」と書かれている。しかも正位置だ。


(……そんな……こんなことが……)

「……七瀬ちゃん、大丈夫か?」

「……」


 言葉を掛けられて一瞬ハッとするが、今度はあごに手をやり考え込んでしまった。

  ……まさかそんなに悪い占い結果が出たのだろうか?

 やがて川原は真剣な目つきをすると、真っ直ぐと真黒へ向かい座った。


「……探偵さん、私と勝負しませんか?」

「勝負?」

「この前の宿にまだ見つかっていない最後の証拠がある筈です。それを見つけられたなら探偵さん、貴方の勝ちです」

「まさか占い結果にそう出たのか!? しかし警察がいくら探しても、もう……」


ドンドンドン!


 突然店のドアを乱暴に叩く音。奥からマスターが走って出てくるとドアを開ける。しかしすぐに閉め、こちらへやって来た。


「警察の人だ……」

「まずい! 俺は『みちのく湯煙ツアー連続弁当殺人事件』で指名手配中なんだ!」

「え!? それはいけない! 七瀬、急いで探偵さんを裏口へお連れしろ」

「わかったわ、こっちよ」

「またお越しください。さ、急いで」


 ノリのいいマスターだが何かを察し、真黒たちを促した。川原はテーブルにあったアンケート用紙に何か書くと、真黒を連れて裏口へと向かう。


「助かったよ、マスターにも礼を言っておいてくれ」


 そう言う真黒に、川原は先程のアンケート用紙を手渡す。


「これは?」

「私の電話番号、もし何か見つけたら連絡して。チャンスは一度きりよ」

「待て、それはどういう意味だ?」


 バタン!


 ドアは閉じられ、再び開けられることはなかった。しかしこうしてはいられない、すぐにこの場を後にしなければ!


 閉じられたドアの向こう、川原は力無くその場に座り込み、もたれ掛かった。


(…………ごめんなさい……)


 膝を抱え込むと、うな垂れるように顔をうずめた。

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