事件三日後(2)

「事件を三つに分けるね」


 姫宮の家に着くや否や、お茶も出さず(代わりにコピー用紙を目の前に出して)姫宮が告げた。ボールペンを走らせ、次々と書き記す。オレはそれを見ながら、座った時に腿に当たって不快だった携帯をポケットから出して机に置く。


『第一、八木殺し。

 第二、犬一襲撃。

 第三、遊佐殺し。』


 何だろう。殺された二人に名前を囲まれて、アレだ。恥ずかしい。


「サキはそれぞれ誰だと思ってる?」


「それぞれって、別人なの? あたしはてっきり全部犬一だと思っていたわ」


 オレを襲った奴もオレなのか。ノリで喋るなよ。


「辻褄は合わせるって言わなかったか?」


「楽しくなってきちゃって」


 なら仕方ないか。


「ケンは?」


 全員に振っていくやつなのか、これ。


「第二は藤代じゃないか?」


「ん。僕もそう思う」


 さらにペンを走らせ、犬一襲撃の下に藤代と書く。


「まあ、これはそうよね。他に居ないし」


「オレが居るだろ」


 頼むから思いつきで喋るのをやめて欲しい。

 話が進まない。


「他は?」


 姫宮が促すが、オレは首を振って答える。そこまでは辿り着いてない。


「そっか。じゃあ此処から全部僕が話して良い?」


「良いわよ」


「おう」


 というか、最初からそのつもりだったのだが。オレ達が喋るターンは正直いらなかった。前守の変なボケを披露する時間になったからな。


「第一の事件だけど、まあ、犯人は遊佐君だと思う」


「何でだよ。その場には神谷しか居なかったって水野が言ってたじゃないか。水野の話には三人しか出てないぞ」


 そうよそうよ、と適当に同意する前守。

 黙ってろ。


「そんなことは言ってなかったよ。寧ろ明確に四人目を示唆していたじゃない。誰か来たから逃げたって」


 そういえば言ってたような。


「それが遊佐ってことか?」


「うん。立ち聞きしてたんだけど、遊佐君は神谷君を待っているって言っていたよね。ここはすんなり説明できると思ったんだけど……」


 何か、ゴメン。


「じゃあ、神谷のピンチを見て遊佐が助けた訳ね」


「いや、そこがちょっとトリッキーでね。多分遊佐君は飛び道具かなんかを使ったと思うんだ」


 ばあんってね。

 空気銃を突き出す。返してなかったのかそれ。


「まあ、流石に銃ではないだろうけど。こう、石つぶてか何かで頭を割ったと思う」


 殺人の手段については考えてなかったけど、バットで殴っても、石を投げても変わらないと思うけどな。


「これは想像だけどね。怖い先輩に虐められて、実際にバットで殴られて。神谷君は相当パニックになっていたと思う」


「まあ、分からんでもないな」


 オレなんか殴られた訳でもないのに腰を抜かしたしな。


「さっきの犬一みたいね」


「人に言われると腹立つな」


 同じ事を思ったのに、人に言われるだけでこうも違うとは。


「そう、さっきのケンみたいに。パニックって目を瞑ったとする。そこに遊佐君が来て、ヒットアンドアウェイだ。一撃を加えた後、走って逃げたとする。するとどうなる?」


「目を開けたら、八木が倒れてるな」


 そう上手く行くかは知らんが。


「パニックになった神谷君はこう思うかもしれない。『もしかして訳も分からない内に殺してしまったのかも……』とね」


「有り得ない話じゃないわね」


 まあ、許容できる範囲かな。物語にはならないけど。


「第一はこれで終わり。舞台裏ではこんなことが起きていたかもしれない『藤代、俺は人を殺しちまったよ』『ううん。教えてくれてありがとう』」


 藤代と遊佐なのだろうが、口調が違いすぎてイメージできない。立ち聞きしたなら話は聞いてただろうに。わざとやってるのだろうか。


 前守は気にならないどころか感心してるらしく、頻りに頷いている。


「第二の事件はそういうことだ。大好きな遊佐が犯人だとわかった、しかしケン達が調査してる。まずい、やめさせなきゃ」


「そんな理由で死にそうになったのか……」


「やっぱ死にそうだったんだ」


 前守が茶化す。最早突っ込みはしない。


「第三は……あんまり自信ないけど、神谷君じゃないかと思う」


「助けてくれたのに? どういうこと?」


 オレはもう、何と無く分かっていた。


「そう思ってないんだよ。寧ろ自分が殺したと思っている、そこに遊佐君が神谷君に電話をしたとする。内容は勿論『実は俺が殺したんだ』、しかし神谷君はこう思ったかもしれない『俺はお前の悪事を知っているぞ』ってね」


「え? そんな事有り得る? まさか、聞き間違いをしたんじゃないか、とか言うつもりじゃないでしょうね」


 コイツ、いちゃもんつけたいだけと違うのか。


「いやいや、多分こういう内容だったと思うよ。『直接会って話したいことがあるんだ。何処に何時に来てくれ』みたいなね」


 あ、そっかと前守。

 本気で言っていたのか。


「まあ、後は分かるよね。呼び出し場所に来た神谷君は口封じのために遊佐君を殺害する。僕の推理はこれで終わりだよ」


「成る程ね」


 ぱちぱち、と手を叩く音がする。


「非の打ち所がない、素晴らしい推理だったわ」


「ありがとう。ケンは?」


「……そんな上手く一撃で死ぬかなあ」


 率直に疑問を述べたつもりだったが、オレもいちゃもんつけてるみたいになってしまった。前守の事を笑えない。

 姫宮は苦笑する。


「まあ、打ち所が悪かったとしか。でも大筋は間違っていないと思うよ」


「でも確かめようが無いわね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る