第14話 神様

 💡 


 男は閃いた。

 腐角食で顔を造形してマスクを作れば街にも入れるのではないか?


 あらかたこの大陸の地形と街の場所は頭に入っている。

 

 男の目的は自分を腐角食化した相手を突き止め、腐角食化することだった。


 腐食パンバイクで他の大陸に行くことも考えたがまた一から施設を捜すことに辟易していたこともあった。


 しかし話すのはめんどくさい…


 男はバイクに手を当てると、腐食パンバイクグレートの精神を探った。


「にゃー」

「おまえじゃない」


 精神の底では卵のような腐角食がいくつかあった。

 そのひとつをビリビリと破く。

 中から体育座りをして寝ている勇者が現れた。


「おい起きろ」

「…ン?」

「外の世界に出してやる。協力しろ」

「あン?オレの力が必要なンか?」

「そうだ」

「仕方ねェな!ここも居心地いいんだけどな!」


 男は腐角食化して取り込んだ者達の記憶を共有し、更に脳内で意見交換が出来る。腐角食された経緯は既に皆の知るところだが、敵の姿は検討が付かなかった。


「神様とやらのところへ連れていけ」

「分かった」


 男は腐角食マスク案は一つ置いて、まずはこの世界の神とやらから情報収集することにした。


 精神世界から戻った男は、勇者の記憶から神様の居所へバイクで移動した。


-神の神殿前-


 男はバイクからモコモコと勇者を分離させた。

 顔は腐角食のままだ。

 

 ここは前に見付けて中を覗こうとしたのだが、目に見えない力が行く手を阻んだ為に侵入出来なかった場所だ。


 今回は勇者がいる為か、すんなり入ることが出来た。


 <カツーンカツーン>


 クリスタルで出来た神殿を二人で歩く。


 最深部へ行くとワープゾーンがあった。


 <ヴン>

 ビュルッ!

 <キィンッ!>


 男はワープした途端、その場にいた神と思われる老人へ腐角食化を仕掛けたがガラスのようなバリアに弾かれてしまった。


「…」

「…」


 神と男の間に沈黙が訪れる。

 勇者は喋らない。

 現実世界の勇者は最早、男の傀儡のような存在だった。


「…勇者をどうするつもりだ…」


 先に口を開いたのは神の方だった。


「…」


 男はまだ口を閉ざす。

 この空間はまだ神の領域だ。

 足元から極薄の腐角食を張り巡らせていく。


 神は気付いてはいるだろう。しかし神もまた勇者のことは全て感知していた。


 この者は異形だ。


 神が警鐘を鳴らす。


「…『神』とは人間の概念が作り上げたものだ…貴様は何者だ…」


 腐角食を張り巡らせ終わった男は静かに口を開いた。


「…」


 神は考える。


 恐らくコイツは“デフリ”だ。


 何千年に一度かで現れる宇宙への排泄物がこの世界に降り立つ。


 …かつての自分のように…


 そう思えば神も感慨深いものがあった。そして、この世界で生の意味を見出だしたこその『神』だということを思い出した。


 言葉にならない幾千のやり取りが二人の間に交わされていく。

 先に沈黙に折れたのは神だった。


 『この世界を護るもの』と『敵を攻撃するもの』


 いつの世も自分以外を護るものの方が立場は弱い。


 神はこの世界を護りたかった。

 しかし男には護るものは無かった。


「…何が目的だ…」


 ようやく引き出したその言葉に、男は滔々と話し出した。


 自分がここに来た状況。

 声の主を腐角食化するという怨念にも似た決意。

 そして、助力を願う真摯な言葉。


「…大いなる意思…」


 神は話し始めた。

 本当の神とは全ての心に宿るものだと。

 それは『大いなる意思』という宇宙生誕に産まれた意識によるものだという。

 神はその大いなる意思の代理人として『神』を名乗っているのだという。


 めんどくさい。


 しかし腐角食化が効かないこと。

 神殿にも勇者がいないと入ることが出来なかったことは事実だ。


 この胡散臭い『神』には自分をはね除ける力がある。


「…また来る…」

「待て、勇者は置いて行け」

「断る」

「おまえを駆逐することも出来るのだぞ」

「…やってみろ…」


 男は腐角食の奥から血走った目を神に向ける。


 事実、神のフィールドに於いて神は無敵だ。しかし勇者が居なければ魔王は倒せないのだ。故に神はこの強力な男を用いて魔王にけしかけようとしていた。 


「…力を貸そう。しかしこちらの言い分も聞いてもらいたい」

「…なんだ」

「魔族を駆逐してもらいたい」

「断る」

「何故だ?」

「魔族も人間も同じだ。この世界の理に参加する気は無い」

「私はこの世界の人間を幸せにしたいのだ」

「それは貴様のエゴに過ぎない」

「それはおまえも同じだろう?おまえをそんな姿にした者を成敗したいのはおまえのエゴじゃないか?」

「…話は終わりだ」

「待て、勇者が居ないとこの世界の循環は止まる。それはつまりこの世界の破滅を意味する。それはおまえも困るだろう?」

「“万物流転の法則”か…」

「そうだ。停滞はゆるやかに破滅に繋がっていく。この世界も人間と魔族のバランスによって生態系が保たれているのだ。魔族は人間より少数だが強力だ。よって勇者が魔族をある程度駆逐しなければならない」

「…関係の無い話だ」

「復讐は果たさないのか?」

「貴様には関係無い」

「分かった。知っている情報は与えよう」

「…ならば本体を現せ」


 !


 男は気付いていた。

 腐角食が効かないこと。物質的なバリアもさることながら、このフィールド自体の違和感を感じていた。

 

 ここはいうなれば半精神世界だ。

 この空間に張り巡らせた腐角食の力強さが半分以下である。つまり何かしらの作用が働いている。


 男は神を信じない。

 科学の世界から来た現実主義者だ。しかし腐角食を始めとした科学で説明のつかない力はある。しかしそれはまだ解明されていないだけだ。


 腐角食の中にも自在な精神世界はあった。


 ならば現実の身体は神殿最深部のあの場所にあり、半ば夢うつつの状態でこの場所に連れてこられたとしたら大概の説明はつく。


 この場はフィフティーフィフティーじゃないということを男は暗に示したのだ。


「…分かった…」


 神は折れた。

 ワープゾーンを使い元にいた場所に戻ると、醜いゴブリンが一匹そこにいた。

 ビュルッ!

 <キィン!>


 腐角食がまた弾かれる。


 「…腐ってもこの世界の神なんだゼ…」


 生意気そうな耳の尖ったゴブリンはそう言った。

 神を名乗るその異形は話し出した。


 元々地球にいたこと。

 気付いたら森に捨てられていたこと。

 ゴブリンとエルフのハーフであること。

 神の座は先代神から受け継がれたこと。


「私が分かるのはそこまでだ。つまり、私とおまえは同じ存在かも知れない」

「…最初に気付いた時は森だったのか?」

「そうだ。おまえが何度も捜索したあの場所だ」

「…」

「私もあそこは幾度となく探した。それも神になってもだ。それでもあそこには何も無かった」

「…」

「…暗黒大陸に行け」

「暗黒大陸?」

「この神殿は暗黒大陸への穴を塞いでいるいわば結界だ。このワープゾーンの下にその入り口はある」

「なんだ?魔界か?魔族は滅ぼさんぞ」

「“人間”とは暗黒大陸からこちら側に逃げてきた種族だ。初代神がこちらの世界を作った。その時に紛れてきたのがこちらで魔王を名乗っている魔族だ。しかし…あの魔族も魔王を名乗っているが、ただの尖兵に過ぎぬ。おまえには荷が重いかな…」

「…向こうの世界には何がある?」

「混沌、それとおまえの望む答えに近付けるかも知れない」

「…」


 男は悩んだ。

 これは罠かも知れない。


「貴様も来い」

「私が居なくなればこの世界は瞬く間に魔族に征服されてしまう」

「構わん」

「それならば…殺し合いだぞ…」

「それも構わん」

「…分かった。私も行こう…しかし誰かがここを守らねばならない」


 モコモコモコモコ


 男は腐角食を膨らまし、腐食パン妖精を召還した。

「…ポニューか…」


 神と名乗るゴブリンは、腐角食化された妖精を解放する為に「フン!」と力を入れた。

 その時!


 ビュルッ!


 その間、0.1秒にも満たなかっただろう。


「ぬおおー!」


 腐食パン神が誕生した!


 男は腐食パン神と融合をし、記憶を探った。

 あながち嘘は付いていない様子だ。


 腐食パン妖精を神の座に据え、男は腐食パンバイクに跨がる。


 どうせ命は惜しくない。

 可能性があるならばいざ暗黒大陸に行かん。


 腐食パン妖精が呪文を唱えるとワープゾーンは黒色に変わった。


 そうしてワープゾーンに入ろうとしたところ、ズブズブと下から何かが現れてきた。


つづく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る