取り合う二人とすれちがい

 私が私を見ていた。私は少し遠い、高い視線で小学生の私を見ていた。

 小学生の私はクラスメイトの人目につかないように、こっそりと机の上で頬杖をついている。別に隠れることもないんだけど、つまらないと思われても嫌だからだ。なんて、私は勝手に過去の私の気持ちを代弁してみる。実際今になって思えば、そんな風な気持ちだったんだろうと推測はされるけども、人の記憶なんてあやふやで簡単に作り変えられるものだ。もしかしたら、あの時の自分はそこまで考えてなかったかもだし、それに単純に疲れているだけなのかもしれない。いろいろ考えられるはず。だけども、私はそんな風に私を見ていた。

 きっと自分から壁を作っていたんだ。クラスメイトはみんな好きにおしゃべりをしていたり、校庭でドッジボールをしていたりと好きに活動をしている。

 ――――私は臆病者だ。

 他の人とは違う。ほかの人は全員幼く見える。

 幼い私はそんな風に感じていたのかもしれない。そもそも、高校生の私にしても友人という言葉を使わずに、クラスメイトといっている時点で底が知れている。

 視界にノイズが走る。深夜にテレビをつけたみたいな、砂嵐が前面を覆うと、次に現れたのは中学生の自分だった。成長を考慮して買ったために余っている袖から考えるにきっと中学一年生だろう。なんとか袖が余らない程度には成長をしたが、大きな成長とまでは結局いかなかった。胸のサイズもほぼあの頃のまま。

 中学生の自分はまさしく中二病だったのかもしれない。勉強も大してできるわけではないのに、努力を否定して、世の中才能だけで回っていると斜に構えていた。そのせいにでもしなければ、友人の少ない自分というものに耐えられなかった。たぶん、そう考えたのは間違いであり、正解でもあった。例えそれに気が付いたとしても臆病な私には前へ一歩出る勇気なんてありもしないんだから。

 だけども、その勇気があれば、今のように楽しい出来事が待ち受けていたのかもしれない。

 何が才能だ、何が向いていないだ。

 もちろん、もとの性格ってのはあるし、運動神経や頭の良さだってある。でも、それを言い訳にして諦めていいわけではない。なにもプロフェッショナルになる必要性なんてなかったのに、うまくいかない自分が恥ずかしくて、見たくなくて、逃げていただけなんだ。

 ノイズ。高校の自分。それは今の自分だ。

 新天地として訪れた大阪で、私は憂鬱な生活が訪れるだけと諦めていた。でも、そこで出会ったのはアナログゲームを通した、友人たちの姿。

 私の言葉がぽろぽろとこぼれ出る。アナログゲームは、陰鬱な私を楽しみという刃で削り倒していって、新たな世界を見せてくれた。そうして削り切られた壁の外にあった私と、世界は笑顔になっていた。

 才能がなくたって、努力でそれなりにすることができる。なにもそれがうまくなる必要なんてなくて、様々な補助器具を使ってもいいし、正攻法だけが物事の味方じゃない。視力が悪い人に自力で見えるようになれなんて言っているわけではなく、眼鏡をつけて補助をすれば、立派に、人並みとなれる。私はそんな、眼鏡をかけるという簡単な動作を怠っていただけに過ぎない。

 マキ先輩は私に新たな世界を与えてくれた。少し強引でめちゃくちゃなところもあるけども、優しく私を導いて、なんていうか部長らしい、すばらしさを感じさせられた。

 モカ先輩は様々な考え方を私に植え付けてくれた。無理をする必要なんてなくて、だけど少しだけ前に出るその勇気の大切さを。

 イズ先輩は、共感を感じるものがあった。彼の過去話は私が少し聞いただけで全てを受け止められるわけもない。だけども、私は彼に共感した。

 コイ先輩は部活のムードメイカー的な存在。場の空気が凍ることがなかったのはたぶん、この人のおかげだし、それでいて思量深いところが見えるし、なによりも彼女のおかげ楽しさは何十倍にも増幅していたはずだ。

 マイちゃんは、先生らしくない先生で、だけどもやっぱり先生で。立場を超えて、いろいろ教えてもらって、なんでも真剣に取り込む姿に、惹かれていったのは確かだ。

 そしてチノちゃん。彼女はいろいろなことにためらいを覚えていた私を、それとなく支えてくれて、本当の意味で初めて友人だと思う人だ。クラスメイトから友人となって。

 それだけで、私が守るための理由はできた。これで十分だ。余計な理論や、大人ぶった態度が必要なわけではない。ありのままの自分が、どうしてコミュ部が、部活動が必要なのかを与えるだけ。

 ノイズが走る。

 そこにきてようやくこれが非現実的な状況で、夢であるということに気が付く。夢であると気が付いたら、そこで初めて、瞼が光を受けていることに気が付く。少し嫌がる瞼に言うことをきかせてぼんやりと開ける。カーテンの隙間からこぼれる光が私を起こしたらしい。

 なんとなくの、手探りで携帯を探し出す。コツンと当たる手触りをもとにそれを取って、充電器から切り離して時間を見る。いつも起きる時間より10分ばかりはやい。とはいえ二度寝をする気も起きないのでアラームを解除してカーテンを開ける。

 待ちに待ったというわけではないが今日は討論会か、とまだ覚醒しきっていない頭を振りながらぼんやりと考える。

 もちろん、通常の授業を終えた後なんだけども。それまでにはリラックスをしておかないとダメだな。あと、授業時間を無駄に過ごすのもだめだし。さすがに授業中は討論会のことを忘れるようにしないといけない。

「がんばれ……私」

 頬を叩いてシャキンとする。誰かのために戦うというわけでも、自分ために戦うというわけでもなく、ただ、純粋な自分の気持ちをぶつければいい。決して一人で戦うわけではないのだから。




 ……なんて意気込んではみたが、結局お弁当の味も覚えていない。それほどにまで緊張をしている。一応おなかはいっぱいになったから大丈夫なんだけど……なんかお母さんごめんなさいという気持ちでいっぱいだ。いつもはおいしくお弁当を食べてます。

 心の中で母親に謝罪を済ませてから私は大きく息をついて、気持ちを切り替える。あえて、チノちゃんたちに会わず、まっすぐ二階にある会議室へと向かう。部会議の時や、生徒会での会議などの生徒間で使われることがたまにある程度。私はもちろん使ったこともなかったし、これからも使うことはないと思っていた。

 ――――そもそも、なんで今日に限ってホームルームが長引くかな。

 小さく担任に毒づく。まぁ、今日に限って一年生に対して渡されるプリントが多かったり、来週に控えた体育測定の説明があったりで、先生のせいでは決してないのだけども。

 扉を開けると、もう多くの生徒が席についていた。生徒会の人たちと思われる方も着席をしているが、例の生徒会長さんは姿は見えない。少しキョロキョロと辺りを見渡してマキ先輩を見つける。まるでご主人様が返ってきた犬のような速さで彼女の隣につく。知らない人ばかりで少々怖い。

「逃げ出したかと思ったぞ?」

「さ、さすがにそんなこと、ないですよ」

「わかってる、冗談だ。一年生全体が遅いみたいな噂は、既に流れていたからな」

 緊張を溶かすためかそんな言葉をかけてくれる。私は肩の力をぬいて背もたれに身を預ける。ざっと勘定して今回集まっているのは8の部、同好会。合計で16人と生徒会の人。署名上はもっと多いが、やはり名前だけ貸してもらっているという人も多いから、今回のことで不満を持っていると各部活、同好会で結論が出たところだけだ。やはり活動実績のある部活としては名前ぐらいなら、あくまで個人の活動だからよしとしても、部そのものとして喧嘩を売りたくないというところもあるのかもしれない。

 もしかしたら生徒会長さんはそれを狙っていたのかもしれない。だから部会議という形をとったのではと。もちろんこれは推測――――いや、憶測にすぎないのだが。余計な想像は失礼だからやめておいた方がいい気がする。

 それにしても、やっぱり一年生からの参加者というのは少ないようだ。それは印象の問題でも一年生を出してパシリっぽくなるよりは二年生、三年生を出す方がいいというのがあるからだろう。ここまでは読み通りだが、その先の展開は分からない。一応フラットな立場となるのかもしれないが、それでも今回の討論会の立役者として暗躍しているコミュ部が注目を受けるのは致し方のないことだ。他の部活、同好会が堕ちたとしても、立て直すのは難しくないが、コミュ部が堕ちれば一気に士気が下がりかねない。

 それ以降は特に会話もなく異様な雰囲気が包み込んでいる。緊張をしていないと言えば嘘になるが、だからといって何かしら会話を行う気も起きない。

 しばらく待っていると、静かに扉が開く。中に生徒会長さんと君島先生が現われる。特別挨拶もないまま教室最奥について、全員の視線を集める。ひとしずく程度の静寂が訪れる。生徒会長さんの息を吸う音さえも、私には生々しく耳元に届く。

「では、これより討論会を行います。今回の議題は『部、及び同好会の統廃合、予算削減の是非』についてです。議題はコミュニケーション同好会を中心にいただきました。なお、この模様は全て録画をさせていただき不正などが無いことを証明いたします」

 これが、開催の合図となった。その瞬間一人の女子生徒が手を挙げる。彼女がその生徒を指す。

 チラリとプレートを確認して、その生徒が園芸部所属であることを確認する。詳しくは私も知らないが、園芸部も今回の事に巻き込まれているのだろうか。

「まず、今回の発端は噂ということやけど……確認まで。園芸部としては肥料や鉢、それに種もはじめいろいろお金が必要。やのに予算削減の噂が流れているけど、それはホンマなんかな?」

「まだ何も決まっておらず予算削減に動き出そうとしていたところで、今回の議題が出てきたためお答えできません」

「言い方が悪かった。もしも予算削減が認められるとしたら、ウチはそれの影響を受ける予定があるん? 受けるんやったら詳しく教えて。なんで予算削減されなあかんのとか」

 それまでで生徒会長さんのやり口がうまいなと感じさせられる。少しでも議題を長引かせてこちら側のストレスをためるのはもちろん、ほんの少しの間違いも見逃さない。弱みを出さないということがうかがえた。その証拠に、というわけではないがコミュ部の方を一切見ていない。おそらく私たちに観察をされるのを嫌っているのだろう。

「わかりました……。確かに園芸部に対しての予算削減は検討されています。理由は活動実績から。確かにわが校の花壇に花を植えてはいますが、そもそも、それは必要なのかということが議題としてあがりました。さらに、用具なども頻繁に買い足されているようなので規模を小さくしても致し方がないという結論に達したためこのような処置をしようとしています」

「わかった。ついでに質問。今回来ている部、同好会は全員なにかしら、この議題が可決された場合影響を受ける予定はあるのかな?」

「……まだ確定されていないことが多数あるため断言はできませんが、一応はハイと答えておきます。もちろん、活動実績を呈示していただくなどがあれば、その都度、臨機応変に変えていきたいところですが」

 その物言いに思わず歯をかみしめる。おそらくこの質問は予想していたのだろう。なにより厄介なのがこの『臨機応変に』という言葉だ。これを部会議という形として残したのは本当に痛いところだ。直接的表現こそ避けているため追及はできないが、暗に逆らえば予算削減は確定的なものにするぞと言っているのだ。

 そんな私の不安とは裏腹にマキ先輩は落ち着いてい――――。

 カサリとマキ先輩が私に向けて手を開けた。そこにはメモが乗っている。私はそれを受け取って視線を落とす。

『彼女が最初に発言するように頼んだのは私の方だ。それにこの返答は予想をしていた。これで士気は下がることなくむしろ一致団結する』

 ……なるほど。相手の動きを予想していたのはこちら側もだったらしい。確かに改めて周りを観察してみれば動揺をしている人はおらず、全員がわかっていたという表情をしている。これならば、生徒会という一つの敵を見つけ出せたことによりつながりが強くなるのも頷ける。

「次、オレの方から質問。あー、パルクール同好会だ。そもそもやけど、なんでこんなことしようと? 今までのとおりやっておけばいいんやないの?」

「確かに問題がなければ私どももそうしたいところですが、学校部品の老朽化などの影響で買い替えも考えなければいけません。そうなると削れるところから削ろうと考えるわけで、生徒会の方もそちらの検討を行おうと考えました。そこで部、同好会に対して必要以上の予算が割かれていることが分かったので、削減を行うことを決めたのです」

 これが、生徒会の主張か。マキ先輩は私に一つ頷いて見せる。これも作戦なのだろうか。

 しかし、これで方針は固まったように思う。正攻法としては相手の主張を、意味のないものであると論破をする。正面からの殴り合いになるため成功をすれば確実に勝てるわけではあるが、やはり正義は生徒会側にあるような気がするためなかなか難しいと思う。

 そうなると、この前のコイ先輩とモカ先輩の討論ゲームを思い出される。あの時はメリットデメリットの戦いだった。つまり、今回で言えば予算を削減しない方がメリットがあるという風に説得をする事が出来ればよいということになる。とにかく、相手をなんとかねじ伏せることが出来れば。

「そもそもですが、今回削減に及んだ部活に関しては縮小という形をとらせていただくだけであり、なにかありましたら特別予算を出すことも検討されます。また、統合につきましてはわざわざ分ける必要性のない部、同好会とこちらが認識したまでであり、廃止するつもりはありません」

「なら質問だ。我々コミュ部はどれにあたる予定だ?」

「廃部です」

「理由は?」

「コミュニケーション同好会に関しましては学生にとってプラスとなる活動ではない点、目立った功績がない点、さらには同好会に関しての活動頻度も不明瞭である点から部、及び同好会として存続する価値がないと判断されたからです」

「……ふーん、そういうことか」

 そのあまりの物言いにカチンときてしまいそうになるが……、マキ先輩は特に言い返すこともなく静かに笑っている。一体何を考えているのか。確かに作戦会議とかは私たちはしていないが、それにしては根回しをしていたりして、行動の一貫性がないような気がする。マキ先輩がよくわからないのは今に始まったことでは確かにないけども……。

 いや、だめだ。これじゃあ私がここにいる理行を見守るに限る。

 それからしばらく、自分由にならない。何かしら理由を作らないと。せっかく受けた想いを無駄にはできない。

 息を大きく吸って観察に努める。まずは同たちの部活はなぜこのような処置を受けなればならないのかの説明を求める質問や、今回の政策に対する批判が続く。一言一句聞き逃すまいと、少しの隙を見せないように私は潜伏に徹する。

「とにかく、私ども生徒会の方針としては縮小を行うことで、部、同好会に所属していない生徒に対しても強く還元をしたいのです。そもそも、皆さんの活動はいささか問題があるようなものばかりです」

「……質問です、問題とは?」

 ほんの一瞬、今までにない声の色を感じる。生徒会長さんの後半の言葉にはまるで侮蔑というか、忌み嫌うものが混ざったような気がした。それを私はなんとなく察したから、ここを掘り下げればと質問を行う。

 生徒会長さんは今まで黙っていた私が動き出したことに、ほんの少し嫌な顔をしたように感じるのは自意識過剰なのだろうか。

「質問がおおざっぱで簡単に答えることができません」

「では、コミュ部における問題とは、というものに変更をいたします」

「コミュニケーション同好会は、公表されている分では『コミュニケーション向上を目指すため、様々な活動を行う同好会』ということになっていますが、実際はアナログゲームを行っているだけです。その詐称は大きな問題だと思いますが?」

「なるほど、つまり生徒会長さんは野球もサッカーもスポーツというゲームだから全部スポーツ部にしてしまえ、ということをおっしゃりたいんですね?」

「は、はい?」

「アナログゲームというのは総称にすぎません。その中には100、200を超えるゲームが存在いたします。それを『だけ』とひとくくりにするというのはスポーツを一つとするといってるのと何も変わらないんです。訂正を願います。確かに私たちコミュ部はアナログゲームを通した活動をしていますが、それをだけとひとくくりにしないでほしいです」

 飛躍した理論であることは理解している。たぶん、生徒会長さんも予想外の方向から攻撃をされたのだろう。隣に座るマキ先輩ですら、苦笑いに近い形で笑っている。

 しかし、なんでもいい。ペースをつかむことができれば。まずは訂正を行い続けさせることで面倒くさいと思わせることが大切だ。嫌だという思いは、相手の本音を引き出しやすくさせる。

 これは生徒会長さんが行っている手法と同じ。長期戦に持ち込もうというのであれば私もそれに乗っかる。

「わかりました。しかし、アナログゲームばかりを行っているにすぎません。アナログゲームでコミュニケーションが向上できるという証拠もない……、結局はコミュニケーションの向上という、謳い文句で遊びたいだけにすぎないように感じるのです」

 すぐに立て直す生徒会長さん。アナログゲームでコミュニケーション向上できるのかということに関しては私も同様の疑問を抱いていたときもある。それは体験しなければわからないことだけど……。それを説明する方法なんて存在をしない。

 ならば、同じだ。別の角度から、考えるんだ。

「では、生徒会長さんはどのようにしてコミュニケーションを身に着けていけばよいとお考えですか?」

「自然に、としか言いようがありませんね。友人との会話、親戚関係、そして部活にこだわるなら何かしらの部活動に入れば、それでも身についていくと思われます」

「では、その証拠は?」

「…………」

 黙り込む。久々の静寂が訪れた様な気がした。

 もちろん、これは意図したものではないが、こちらにとってうまく答えることができない意見を、こちらも同じ策で戦いなおすことでそれはお互い様であると認識をさせればよい。

 そして、一度黙り込む空間を作れば、よりこちらが有利になるっぽい話をすればいい。

「これは、私が感じていることですが、少なくともコミュ部の部員は全員楽しんでいます。ゲームという共通の話題のおかげで話すことができています。そしてゲームを通すことにより、今まで考えもしなかったことも考えるようになったり、相手の立場に立って考える能力が身についたと思うんです。あくまでも私の所感ではありますけども、それでもコミュニケーション能力がみについたと感じるんです」

「……個人的な意見など特に聞いていませんが」

「生徒会長さんのコミュニケーションの身に着け方は個人的な感想では?」

「客観的事実です」

「では、私の方も。もしも生徒会長さんの意見が客観的事実というのであれば、こちらも客観的事実です」

 オウム返しとなるが、おそらくこれが一番鬱陶しいタイプなのではと感じる。とにかくなんでもいい、こちらのペースに引きずり込ませれば。そもそもこの討論会はどうあがいても生徒会側にペースを持っていかれがちになってしまう。それは司会進行という立場上仕方のないところだ。まずは奪い取ること、それが大切だ。

「……論点がずれてきているようですね。今回の議題は統廃合及び予算削減について。コミュ部どうこうという話はいったん置いておきましょう」

 逃げられる。しかし、それを食い止める手段はない。確かに、コミュ部に絞ればこれでなんとか議論を展開できるが、今回の議題とは異なってしまう。ここで議論を展開するのは悪手だ。自己中心的すぎると思われても厄介だし……。それならば、先手をうっていくしかない。せっかくペースがこちらに来ているのだから。

「そうですね、ではコミュ部としての主張はアナログゲームを通した活動には意味があるということでしたが……皆さんもそれぞれの部、同好会の行動には意味があるとお考えですよね?」

 司会の役割を奪い取る。

 全員が頷き同意をする。これで風向きが変わったはずだ。これによってこの討論の流れは当初の、こちらが相手のロジックを切り崩していくような感じから、相手がこちらの活動を意味がないものとしていかなければならないということとなる。しかもこちらはそれぞれ活動をしている身。その内容については相手より深く知っているはずだ。ロジックの展開を行いやすい。

 鋭く生徒会長さんが睨みつけてくるのがわかる。怖い。

 やっぱり調子乗りすぎたかとひるみそうになる。でも……負けたくない。相手が感情を出しているのならば……好都合だ。

「たぶん。たぶん、皆さん同じ気持ちのはずです。私たちの活動が無駄なものだと思われたくない。意味のあるものだと認めてほしいんです。私は……コミュ部に入れて本当に良かったと思う。だから、そんなコミュ部をつぶされたくなんてない」

「ですから、今コミュ部の話は――――」

「これはコミュ部だけじゃないはず。皆さんそれぞれの部、同好会でよかったと感じているはずです」

 私の呼びかけにみんなが頷く。感情をむき出しにしているからこそ、こちらも感情で動けばいい。感情論だって、立派な理論だ。屁理屈だって立派な理屈だ。

 生徒会長さんには悪いが、数的有利だって、なんだって利用をさせてもらう。話をさえぎってでも、一度得た流れを逃すわけにはいかない。だが、それは生徒会長さんも同じ考えのはず。流れを戻したいだろう。

「……では、皆さんに反対にお尋ねいたします。確かに、皆さんは部活動、同好会を介して十二分に学生生活を楽しむことが出来るかもしれません。だけど、あまりにも自己中心的すぎませんか? ほかの皆さんに使うはずの予算が削られるわけです。それでもいいといっているんですか?」

 討論の中心内容をずらされる。部、同好会の必要性を説くだけであれば簡単だが、こうなってくるとマクロに物事を考える必要性が出てくる。正義が生徒会側にある理由の一つがこれだ。局所を見捨てているわけでは決してないが、より多くの人が納得いくのはこのマクロに世界を見ることができる考え方。

 ここをどうでもいいと切り捨てるわけにはいかない。しかし黙り込むというのは同時に相手の主張を受け入れるということになる。

 それだけは避けたいところ。それに生徒会長さんはマクロに見ているようで部、同好会を見ていない。結局はマクロではなく、生徒全員という局所しかみていない。いや、正しくは部、同好会を見ようとしていないはずだ。そこは議論すべき場所であるはず。

「どうでもいいなんて考えていませんよ? しかし、私たちだって生徒なんですから自由に部活、同好会に参加する権利があるはずです。なのに、これはよくてこれはOKというのは差別的だと思います」

「差別だなんて……そんな」

「確かに誇張表現はあります。ですけども、ここは矛盾点ではないですか?」

「……しかし、現実問題として予算というのは有限なんです。でしたら、活動実績の高いものから振り分けられるというのは致し方ないと思いませんか? そもそも、なんども言いますが、課外活動として皆さんは活動しているわけであり、決して思い出作りのためだけにあるのではないのです。学校側が課外活動費としてこれが適切であると思われるからこそ統廃合、削減を提案しているんです」

 課外活動か……。一応私も部活動、同好会の意義については調べてきた。この課外活動費というのはかなりネックになるだろう。社会見学で遊園地で遊ぶのがよくないのと同様で、それぞれに必要なお金が割り当てあられ、不必要なものは削減をされるのはもっともだ。

 窓の外にはカラスが数羽飛んでいる。もう、日がくれようとしているのかもしれない。平行線上にしかお互いの主張が存在しないところも問題だ。疲弊はこちらにとって損でしかない。

 乾く喉を癒すために水筒のお茶を飲む。もう、視線もなにも感じなくなっていた。

 これはゲームだ、アナログゲームだ。

 必勝法など存在しないけど、それはお互い様。いくら不利なゲームでも勝利をもぎ取ることが可能であるはず。

「だとしたら、課外活動として認められるような、活動実績があればいい、そういうわけですね?」

「……理屈上は、そうですが」

「そうなると、今ままで否定してきましたが、やはりは一つ一つの部活動についてみる必要性があると思います。コミュ部は……、アナログゲームは、みんなを一つにしてくれた。うまく話せない人を……ゲームという土台であれば話せるような空間を作り出した。行き場を失った感情を、想いを様々な形で吐き出させてくれる場所を与えてくれた。そして、“コミュニケーション”が苦手な私を、孤立しそうな私を救ってくれた。温かく向かい入れてくれた。もしも、活動実績として言葉以上のものが必要ならば、そういったメンタルの面での報告書をいくらでもだしてもいいと、私は思っています。それぐらいに、少なくともコミュ部は、私にとって、私たちにとってのよりどころなんです」

 真摯に熱を込めて語る。虚言でも、空言でもない、真実からの想い、言葉。

 生徒会長さんがひるむのがわかる。今まで活動実績と言っていたのだから、実例を出されれば弱いはず。そもそも、今回の議題はやはり無理がある。部、同好会の見直しではなく統廃合を主としてしまっては必ず反発が起きて、戦う意欲を沸かせてしまうのだから。

 カラスが空気を読まずになく。感情を持って論理を制する。涙が鼻に上がってツンとした嫌な匂いとと味が染みわたる。

「アヤ、そうだな。私も同意見だ。みんな、どうだ? 確かに私たちの発言は権利を主張するばかりだった。それだと納得がいかないのは当たり前ともいえる。活動実績があるからこそ、みんなはそれぞれの部活に固執をするはずだ? 固執をするのには理由があるのだから。だからこそ、ここで提案だ。今日は一度討論会を終わらないか? そして……、個々の部活で今一度活動実績を報告しよう。それでもなお、認められないというのであれば統廃合でもなんでもしたらよいのではないか?」

 マキ先輩が私の意見をまとめるように話しかける。それぞれ、想いや矜持があるのだろう。

 ここからは個人戦ということになる。もちろん、手助けを求めているのであれば手助けをするつもりはある。

 そのまま、生徒会側もその案を受け入れたために、流れれで解散する形となった。こうして討論会は幕を閉じた。




 会議室にとどまり、私はぼんやりと天井を仰いでいた。すべての機材も回収し、ここにはマキ先輩と私しかいない。

 私はこの会議室は、人がいっぱいの状態でしか知らなかった。たった二人きりだと、どこか寂しさを感じさせられる。

 空の主要な色は、橙色と紫が入り交じって、よく分からないようなものとなっていた。

「ひとまず、お疲れ様といったところか?」

 携帯を閉じて、マキ先輩は私に話しかける。きちんと座りなおそうかとも思ったが、面倒になってそのままだらんと眺め上げる。別に叱られるわけでもないし、いいだろう。というか、私も彼女に対してここまで隙を見せることができるようになっているわけだ。

「なんだか、いろいろ複雑な心境なんですよね。頭の中でいろいろな言葉が巡って……。とりあえず、今回の討論会は、私たちにとって良かった結果だったんですかね」

「十分以上の結果だと思う。無理にねじ伏せるわけでもなかったから相手にとっても、その案件を受け入れざる得ないというところまで持って行けたわけだ」

「そうだと、いいなぁ……」

 結局は重要なところはそれぞれのところに持っていたわけだし、完全勝利というわけではない。そもそも予算をどうしたらよいのかという問いかけに関して、完全に無視をしたわけで……。やっぱり今一度考えてみても正義は相手側にあったように感じる。もちろん、後悔をしているわけでもないし、やってよかったとは感じるけど、なんだろう……。胸のもやもやは晴れることはない。

 しばらく無言でいると、会議室の扉がゆっくりと開く。そこには予想通りにコミュ部の面々がたっていた。

 予想通りというのは、マキ先輩が先ほど携帯をいじっていたのはコミュ部に連絡を取っていたからであることを知っていたから。私が何かを言うよりも早く、連絡を取っていたので私がここで黄昏るのを予期していたようだ。まぁ、レインのことも考えると妥当な判断である。

 ゲームと完全に割り切っている時はここまで疲れないということを考えると、やっぱりどこかで現実との違いというものが、まざまざと理解をさせられる。

 チノちゃんが後ろの方から顔を出すと、一目散に私に抱き着く。私は椅子を座りなおして、苦笑いを浮かべながらそれを受け止めた。

「お疲れ様!」

「うん、ありがとう……。たぶん、これで大丈夫」

 もちろん確定ラインではないけど……、いやそんな言葉は蛇足だ。きっと確定ラインまでたどり着いていると信じたほうが幾分もましだ。

 というか、この様子で感じたけど、みんな今回がどのような結果に落ち着いたのかを知っているらしい。

「そういうところでオチつけると思わんかったなぁ、うちは。完全に理論で押しつぶすんや思ってたら、こっちもある程度譲歩した姿勢を見せ、相手の意見を取り組むことで反論を封じるとはな」

「だ、だから、そういう言い方をしたら少し罪悪感を感じるので、ちょっと」

「少しなんや」

 笑って見せるコイ先輩。私は失言をしたかなと感じつつもあえて訂正はしない。罪悪感を感じているのは感じているが、それで押しつぶされそうというわけでないのも事実なのだから。

「報告書に関しては僕とモカ先輩で作っておくよ。アヤちゃんたちの活躍無駄にせんようにやるから」

「もちろん、報告書を作る際はみんなの意見も聞くから、きちんと協力してよね」

 これは頼もしいタッグができた。理知的な二人に頭を下げてお願いする。なんだかんだで縁の下の力持ちというか迷惑をかけてしまったというか……。

 コミュ部は実働派のマキ先輩とコイ先輩、頭脳派というか、縁の下の力持ち的な動きをするモカ先輩とイズ先輩に分けられるような気がして、私はどちらかといえばモカ先輩側と思っていたけど、実は逆なのかもしれない。一年、二年先の自分が――――。特に他意はないけども、報告書作りには私も積極的に参加しようかな。特に他意はないけど……。誰に対しての言い訳かもわからない。

「あれ? そういえば、マイちゃんいないんですね」

「あぁ、仕事があるらしくてこちらにはこれないと。忘れがちだが、あの人は部員ではなくて顧問だ」

「忘れてはいませんけど、そうなんですね」

 マイちゃん本人がそう呼んでといったのでそう呼んでいるが、基本的には先生として敬意を払っているつもりだ。少なくとも私は。マキ先輩辺りはやや怪しいが、アナログゲームの強さを単体で見るとその分析能力、話術などは一線を画す何かがあるような感じがする。いまだ謎の多き人物だ。特に身長が。

「なにはともあれ、一件落着か。明日から通常通りコミュニケーション同好会営業開始だ。レインとの状況報告もできればアキさんにも感謝の気持ちを伝えに向かう必要が出てくるだろうし、まだまだ忙しいぞ」

 マキ先輩が部長らしくその場をしめる。私たちは全員、返事をして、会議室にはそれが小さく、しっかりとこだました。




 夕闇に溶けた廊下は恐怖の対象となるのもよく理解できる。マキは幽霊というもの事態は特別信じる、信じていないのどちらのスタンスも取るつもりはないが、不気味という感覚は共通しているような気がする。そもそも、暗闇という点で怖いのは不審者だったりの方が大きい。一応それなりにスポーツもできるつもりはあるが……体格差とか、どうしようもないものは存在する。

 とはいえ、ここは学校である以上、そんな奴らに襲われる可能性は小数点以下の可能性であるように感じるが。

「それで、あなたは何をしているの?」

「こんな遅い時間まで残って仕事をしている生徒会長さんを覗きにきたんだ。まぁ、そろそろ任期も切れるから、引継ぎもあって大変なんだろうけども」

 生徒会は前期と後期の二期生で変わる。前期は一年生を除くメンバーで作られ、後期は反対に三年生を除くメンバーで構成されるのが常だ。それは一年生はまず学校に慣れてもらうことを優先してもらうことになっている点と、三年生は受験や就職に一生懸命になってもらいたいという計らいからである。

 凛とした顔でその生徒会長、小日向はマキをにらむように口を閉ざしている。普段ならば、一般生徒は完全下校の時刻であると伝え、早く変えるように促すのだが、今日に限ってはそんなことを言う前に感情が前に乗り出してしまう。

「それで? 負け犬の顔でも覗きに来たの? 嫌味でも言いに来たの?」

「そんなに卑屈になるな。それに、コミュ部の共通認識としては痛み分けに近しいところに落ち着いたと思っているよ」

「案件自体は確実にこちらが有利だったはず。なのに……、全部あなたの――――真希の掌の上だったわけ?」

「懐かしいな。ヒナの口からその名前で呼ばれるの。私はずっとヒナと呼んでいたのに、いつのまにかあなたになってて……寂しかったぞ?」

「いいから答えて」

 不機嫌なオーラを隠すことなく詰め寄る。ローファーの音が夜の廊下に嫌に響いて、これも恐怖の対象となりうるのかと、どうでもいい思考を展開する。いきり立つ彼女を抑えるために話したつもりだったが逆効果だったらしい。

 緩めていた口元を正し、誠心誠意答える。

「ある程度策を張ったのは事実だ。ただし、全員に共通で伝えたのは大きく分けて二つだけ。まず、序盤の展開づくり。全員には責めすぎないように注意を促しながら台本通りに喋ってもらった」

「どうりで少し挑発した言い方をしても怒ってこなかったわけね」

「そして二つ目。綾崎の発言には口を挟まないように伝えた。アイツはまあだ人との交流が苦手だ。援護射撃があればその人物に、のちの展開を委ねかねない。だから、援護射撃もなにも不要としてアイツの好きなように動かしたんだ」

「綾崎さんは、このことは?」

「知るはずもない。もしかしたら、他の人が途中から全然口を挟まなくなったことに違和感を感じていたかもしれないが、討論中は忘れていただろうな。全く、アヤは面白いよ」

 心の底から関心をして見せる。多くの部活はアヤの功績を人づてでしか知らないために、もしも劣勢になりそうだったら口を出すと伝えていたが、全体的にもアヤが押した展開でもあったために信頼も勝ち得たということであろう。

 マキも最後こそ口出しはしたが、それはあくまでまとめのためであり、このような結末になるとは予測さえしていなかった。答えは二つに一つ。こちらの完全勝利か、こちらの完敗か、その中で痛み分けという結末を導き出そうとするとは思っていなかった。やはり、どこまでもアヤは相手の心情を覗きみて、相手と同じ態度を取ろうとし続けたためであろう。顔色を窺いすぎているとは思うが、それが今回は功をなしたというわけだ。

「もういい。あとは負け犬としてむなしく卒業するだけ。部活に関しては、少なくとも私はこれ以上どうこうするつもりはないから、部活担当の先生にいろいろ説得してみるといいわ。まぁ、面倒ごとが嫌いな先生だからどうせ現状維持になるでしょうけども」

「なぁ、ヒナ。私のことは嫌いか?」

「大っ嫌いよ」

 吐き捨てるように言う。幸いにも、というべきか夜の学校には他に生徒も存在しておらずいくら感情を爆発させようがイメージが壊れる危険性がヒナにはなかった。こだまする声が耳になんども響く。心の底からの嫌いを受け取ると、さすがに少しショックであった。一体どこで何を間違えたのか。ゲームであれば反省こそすれど、次のゲームに移ればリセットされるのに対して、人生はずっと積み重なる。

「真希はいつもいつも私の一歩前を歩き続けた。人にうまくなじむことができない私を、幼馴染という立場を生かして強引に溶け込ませようとしていた。でもね、私たちはどこまでも水と油。まじりあうなんて不可能。真希はさぞ楽しかったでしょうね。いつも下の私を……馬鹿にできるんだから。自分は有意であると証明し続けるんだから」

「それは」

「ただの嫉妬よ。言われなくてもわかってる。でもね、ただの嫉妬だとしても私はあなたを妬ましく思ってしまった以上、この感情を制御することなんてできないのよ。わからない、でしょうけどね」

 善意が悪意となることなんてよくあるし、自分たちのこれはただのすれ違いに過ぎない。大人になって振り返ってみればしょうも無いこと、と一笑につきるものなのかもしれない。だけども、今を生きている自分たちにとってはその壁というのは非常に大きいのだ。壁が小さく見えるのは、それが遠い未来にいって振り返ったから。遠近法で小さく見えるだけの話だ。

「私は今は何も必要ない。同情もなにもかも余計なの。真希の本心がどこにあっても、私の感じ方という物が全てだから」

「……どちらの立場に立つかで、状況が変わるというのは理解しているつもりだったけど、まだまだだな。私がアナログゲームが好きになったのは簡単に盛り上がれるという以上に、人数が少ないからとか、とにかくどんな理由でもいいから人を巻き込むことができるからだ。ゲームを通して仲良くなれるからだ」

「それが余計な気遣いだって言ってるのよ」

「ははっ、なるほどな」

 寂しげに笑うマキ。

 沈黙が訪れる。お互いに何かを考えているようだった。だが、それが何かは分からない。

 そんな沈黙を、靴音が割いた。教員の見回りでも何でもない。なるほど、このタイミングで現れるかと、マキは心の中で笑った。

「生徒会長さん、こんばんは。そして私のわがままを聞いていただきありがとうございました。一年の綾崎です」

 隣に立つアヤの表情は、討論会で見た凛々しいものではなく、弱弱しくて、年齢を大きく下に回したように思わさせられた。




 私はここに立つ、そこにどのような理由があったのか、いまだにわからない。だけども、胸の中のもやもやを晴らすためにはこれしかないように思えた。

 偶然でしかなかった。でも、マキ先輩の態度から生徒会長さんとなにかしら因縁が過去にあったように感じたから、頼めば生徒会長さんとサシで話せる場を設けてもらえると考えた。そうしたら『私も話したいことがあるから、先に話させてくれ』と言われた。なぜ隠れて聞かなければならなかったのか、私にはわからなかったが、今ではわかる。

 予想以上の因縁だし、幼馴染という関係の複雑さを感じさせられる。

 服を強く握りしめる。やっぱり私の行いは決してただただ正しいというわけではなかったんだ。

「まずは、盗み聞きをしてごめんなさい」

「真希」

「あぁ、私の指示だよ。私は確かに、ヒナの言うように卑怯者なのかもしれない。だから、自分が一方的に傷つく展開を避けたかった。それゆえの作戦だ」

 全てを白状するように手を挙げる。そしてこれ以上は特に何も考えていないということを表すように、手を数回たたいて壁にもたれかかる。

「……それで? 出てきたということは、なにか用事があったんでしょ?」

 もはや口調を敬語に戻す必要もないと判断をしたのか、私に対してもマキ先輩と同じ口調となっていた。普段通り……というわけではないのかもしれないけど。

「……もしかしたら、権利なんてないのかもしれません。すべては私の自己満足のために行います。勝手なことをして、迷惑をかけて……ごめんなさい」

「あなたは生徒の権利を主張して、正当な手段で戦っただけ。だれもあなたを責めることなんてできないわ」

「だからこそです。犯人が逮捕されて、それを社会的に罰せられるならばいいですが、そうでないならば、ただただ悔しいだけ。目の前の犯人に感情を向けることさえ許されない。そんなの辛いですよね」

「だからといってそれがなんだというの。私はとにかく負けたの。負け犬なの――――。もう……ほっておいてよ」

 最後は涙声になっていた。理性を持つことによって人は倫理と感情を持つことを覚えた。だけども、それに縛られすぎた人間は非常に弱くなることを知っている。私も一緒だから。すべてを周りのにしたくても、結局は自分のせいだと知っていたから、心が弱くなる。

「全部自分が弱かったから、自分のせいだから。どれだけ他人のせいにして生きても、そのことを理解しているから苦しいんですよね」

「知ったような口を聞かないでよ」

「ごめんなさい。でも……私がそうだから、うぅん、そうだったから、もしかしたらあなたもそうなんじゃないかと思いまして」

「一緒に、しないで」

 蛇に睨まれた蛙とはこんな気持ちなのかと、体が竦む。もちろん私は蛙側。でも、生徒会長さんが蛇だなんていうつもりもない。

 もう逃げない。私にとって本当に勝つために、ここでなかったことにしたらダメ。彼女と仲直りをする必要がある。私ではなく、マキ先輩が――――。だって、コミュニケーション同好会なんだから。

 だから、コミュ部らしく、最後はゲームで決める。そのために、私はさっきの間に調べた。残念ながらコミュ部にはなかったが、レインにはおいてあることを知ったので、アキさんに頼みここまで持ってきてもらっている。部外者であるアキさんは入れないけど、たぶん、もうマイちゃんの手によって部室に置かれていることだろう。

「複雑な感情を乗り越えることが必要だと思います。だから、ゲームをしましょう」

「何のゲームだ?」

「ふざけないでよ……」

「私がゲームマスターを務めます。今回用意したゲームは『そしてふたりは手を取り合って』です」




 感情のすれ違いから、仲たがいをしていったふたりが、いくつもの感情体験を繰り返して、再び手を取り合うさまを表すゲーム。それが、そしてふたりは手を取り合って。どちらかといえば、恋人関係の二人を思い出させるようなゲームだったけど、なんだかこの二人にはこのゲームがとてもお似合いなように私は感じた。

 ゲームは大きなサークル、中くらいのサークル、小さいサークル、そして中央のスポットがあるマットを用いる。また、各サークルには、いかり、かなしみ、やすらぎ、よろこびの四つの感情と対応した色が塗られたスポットがマスの役割を果たしている。

 プレイヤーはコマをまず外周から移動を開始し、それぞれの目標――――自分のターン終了時に停止しておく必要のある感情の書かれたカード―――――をクリアしていくことで中央に近づけていく。コマの移動には各プレイヤーに配られるカードに描かれている感情を好きな数だけプレイをすることで移動することができる。この時、プレイヤーの手札は常に公開されており、どちらのプレイヤーの手札を用いても大丈夫ということらしい。しかし、制約としてプレイした感情によって心のパラメータが揺れ動き、その範囲をプラスマイナス2にしなければならない、移動し終えた後、感情パラメータが0でなければ手札を補充できないなどがある。こうして、プレイヤーは様々な感情を共有しながらゆっくりと目標をクリアしつつ中央に近づき、手を取り合えるかが勝利条件となる。つまり、このゲームは対ゲーム制作者という、協力型のゲームとなるみたいだ。

「そうしてふたりは、すれ違って」

 私は三度目のこの言葉を告げる。これは、もうマスを進めなくなったときに使う言葉であり、つまりはゲームの敗北を意味する。やはり、このゲームは難しいらしい。だけども、それでもいいと思っている。私はカードをすべて回収してシャッフルをし、再び山札などの用意を整える。

 そしてまた、無言の時間が訪れる。

 これは仲が悪いからとか、そういう理由ではなくゲームのルールとしてゲームに関する話をしてはいけないとあるからだ。ただの友達どうしだと通常の会話を最初こそするだろうが、どこかのタイミングで確実に黙々とやることになるだろう。というのも、こう動けば相手はどのように動くのかということを推測しつつ、さらには山札にも限りがあるために無茶な動きをしてよいという訳ではないからだ。私も神様視点で見ているからこそ、このゲームの複雑さがよく分かる。特に相手のカードを使用するというのは難しく、感じる。なぜなら感情パラメータが0の時に補充できるのは自分だけであるからだ。

「中サークル、最後の目標は怒りです。怒りを体験してください」

 カードを一枚めくってそのことを告げる。とはいえ、怒りのマスへの道はすでに見えているので簡単であろう。というか、私がゲームマスターを名乗りだしておいて言うのも変だが、このゲームにはゲームマスターは不要だ。まぁ、二人きりだと一戦を終えただけで退席しかねないので、私がいる意味は少しはあると思うけども。強制的に次のゲームへと移行することが出来る。

「怒り……か。できれば体験したくないものだが、そのようなことは不可能だろうな」

「…………」

「目標達成です。次からは小サークルに進んでください。目標は、悲しみです」

 マイナスの感情が続く。とはいえ、このゲームはマイナス二種かプラス二種のどちらかしかないので必然ともいえるけど。

「私たちは常に様々な感情を乗り越えている。その感情は人によってまちまちだし、常にどこの地点にパラメータがあるのかわからない。だから推測をするしかないけど、私はそれに失敗をした」

「誰かの心を完全に理解をするなんて、傲慢。ありのままの姿をさらけ出そうとしたらきっとどこかで齟齬が生じる。だからみんな嘘をついて生きている」

「嘘をつかずに生きるなんて不可能だと、私も思う」

「続いての目標は安らぎです」

 ゲームを進行する。いままでのゲームの中で一番よい流れだ。あとは目標カードと山札に泣かされなければ素直に攻略できるのではないだろうか。正直このゲームをクリアできるとは少しも考えていなかった。きっと二人はすれ違いを続けるだろう。だけども、それでもゲームと現実を離して考えるきっかけになると思っていた

「嘘はいけないことだと教えている大人が嘘つきなんだから、変な話だよな。でも、嘘にはいくつか種類があって、一般的にホワイトライと言われる、悪意のない嘘は認められる傾向にあると思う」

 直訳すると白い嘘か……。その言葉は初めて聞いたけど、確かに誰かをだまそうとする嘘とそうでない嘘は分ける必要性があるような気がする。ほとんどの人間はこのホワイトライを一日一回はついているのかなと感じるし。

「そこで、面白い話がある。実は人間はまずこのホワイトライというものを覚えるらしい。自分のためでなく誰かのための嘘をつくことを覚える。または空気を読む能力ともいえるかもしれないが、とにかくだ誰かを傷つけないことを最優先で覚えるらしい」

「それが、なんなの?」

「それが、成長をして自分のための嘘をつけるようになる。まぁ、アナログゲームのほとんどはこの自分のための嘘が重要となってくるわけだけどな」

 自嘲気味に笑うマキ先輩。確かに、人狼にしたって、嘘が付けなければゲームとして成立しづらいだろう。でも、ここからどのように話を展開させるのだろうか。

「私は、悔しかったよ。ヒナが離れていく様が、寂しかった。もっと一緒に遊びたかった。一緒に悩みたかった。だから私はアナログゲームに熱中をした。また、一緒に遊べるようにと」

「それが余計な気遣いだといってるの」

「気遣いじゃない。私の本心からの思いだ。ホワイトライを取っ払たうえでの感情。それを証明する手立ては確かにない。でも、ヒナに固執をしているのは事実だよ」

「……真希といることで、確かに安らぎを感じることもあった。だけど、それ以上に怒りや悲しみが全身を襲った。だから、私は自分のために場を離れた」

「二人とも、他者のことを気遣っていたんじゃない。自分のために行動を起こし続けた。わがままがゆえに私たちはすれ違いを、続けてしまったんだ」

「……最終目標を達成しました。感情パラメータが0であれば中央サークルにはいれます。お二人が連続して中央サークルに入ることができればプレイヤーの勝利となります」

 私は、あくまでもゲームの進行に努める。私にはわからない世界での会話だから。だけども、共感はできる気がする。私もわがままで、傷つきたくない存在だったから。時には茨の道でも進まなければ、きれいなバラを見ることができない。

 ゲームは、あとは心の安定をたどるだけ。しかし、それをあざ笑うかのようにカードは悪く感情が荒れ狂う。それは、今の彼女たちのようだ。目の前にいるのに、いるからこそ、二人の想いは離れていく。

「わがままゆえに、ね」

「うまくいかないな……。はぁ、まぁ、そういうものか」

「そうしてふたりは、すれ違って」

 私はゲームの終了を告げる。最後の最後で出目に裏切られてしまった。しかし、私は次のゲームを用意はしない。時間はもう8時だ。これ以上粘ることはできない。

 いくつもの感情を経験しても、結局ゲームの中では手を取り合うことはできなかった。だけども――――。

「いきなり、今までのことを全てなしにして、というつもりはない。だけども、このまますれ違いを続けるのも嫌なもんだ。ヒナ。いつかまた、このゲームをクリアしないか?」

「それは、コミュニケーション同好会をつぶされないようにするための布石?」

「そんな打算はない。純粋に遊びたいからだ。ヒナ、来てくれるのを待ってるよ」

「私も、お待ちしてます。小日向先輩とは、いろいろお話したいと、思いますから」

「……負け犬の遠吠えを、ここまで優しく聞かれたら……どんなふうに鳴き続けたらいいのか、わからないわね」

 その言葉を残して、小日向先輩は部室を出ていった。彼女から毒気はある程度抜けたような気がする。もちろん、すべてが水に流れたわけでもない。だけども、少なくとも私の気持ちは少し晴れたような気がする。

 部室の窓から夜空を見上げているマキ先輩の隣に立つ。春の大三角形が見れえるかなと思ったが、そもそも星自体があまり見えなかった。そのあたりはさすがは都会というべきかもしれない。大阪に来てから夜空を見上げる機会はこれが初めてのことだった。

「さて、そろそろ私たちも帰ろう。マイちゃんにもずいぶんわがままを聞いてもらったしな」

「先輩は、この結果をどう思いますか?」

「今まですれ違いを続けていたけど、感情を共有することで、お互いを見る程度には仲が縮まったと思うよ」

「そうですか」

 私はあまり、深く問いかけることもせず、その言葉を純粋に頷くだけにとどめた

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