アナログコミュニケーション

椿ツバサ

出会いのトラブルとチョコレート

 周りのすべてが私をいじめているのでは、なんて思い込む事がある。それは今なお続いている気がする。 

 チャイムの音が鳴り響く。にもかかわらず、まだ話をしたりないのか先生の話は続いていた。

 梅中うめなか高校の入学式から一週間と少し。授業こそ始まっているが、まだまだ復習に近いところが多い。込み入った話をすることもない。そもそも現在はホームルーム。

 大した内容でもないくせに、やたらと話が長く感じる。まぁ、人によっては大した内容になりうるものだから、仕方がないんだろうけど。

 クラス単位での話というやつはどうしても、全員に関係のある話だけでh内。そうなると暇な時間ができてしまうこともある。担任の先生は、どちらかといえばいつも話は短めな方だし。必要最低限のことしかホームルームで話さないタイプの人。そのことからも仕方の無いということがよく分かる。

 それにしても、目の前でこそないからマシかだけど、最前列という特性上、視線を窓に逃がすのも難しい。

 こういうときに自分の名前――――特に名字が嫌いになる。私の名前は一番前であることがほとんどなのだ。

 席替えが待ち遠しい。

「――――ほな、本日は以上。あぁ、それと仮入部期間は今週末までやから、必ず二回は参加しておくようにな」

 担任の声を聞きながらそういえば、そんなものもあったなと思い出す。こんなことを言ってはいけないのだろうが、正直意味が分からない。私はどの部活にも参加する気なんてなく、しいて言えば帰宅部にするつもりだ。しかし、この学校の規則として、一年生は仮入部期間中、どの部活動でもいいので最低二回は参加することが義務づけられている。

 形骸化された決まりならば参加をしないという手立てあることだろう。しかし残念ながら、参加確認証となる紙を一人二枚渡されており、そこに顧問、もしくは部長のサインを記入の上提出しなければならないという。とにもかくにも面倒くさい仕様だ。ごまかすことすら許されない。

 担任の挨拶が終わり、私はその参加証を手にどうしようか考える。適当なマイナー部活に仮入部をするか。いや、でも人が少ないところは是が非でも誘い入れようとするから、危ないかもしれない。だとするならば、それなりに人がいる部活動の方がいいのかもしれないけども……、難しいところだ。

「なぁ、綾崎あやさきさん」

「えっ? えっと……」

 突如後ろから話しかけられて心臓が跳ねる。綾崎は私の嫌う名字。ツインテールにした髪を揺らしながら私に話しかけてきたのは、後ろの席に座る……確か名前は。

一ノ瀬いちのせさん?」

「綾崎さん、なんか、部活参加したん? ウチも迷っててさぁ」

 かなりフランクに聞こえるしゃべり方は関西の方便ゆえなのか、それとも彼女特有のトーンなのか。大阪へ移住してきたばかりの私には判別がつかない。しかし、それでも彼女の好意的な視線は感じるため、元来人付き合いの苦手な、田舎出身の私には荷が重いことは確かだ。こんな言い方をしたら田舎者が全員人付き合いが苦手みたいに思われるかもしれないが、すくなくとも私は苦手だ。

 そもそも、休み時間もクラスメイトと話すなんてこともできずに本を読むか、ぼーっと生徒手帳を見るしかしていない私にとって、自分から関わろうとしていない私にとってすれば彼女の存在はかな遠い存在に思える。

「私はその……まだ、ですけど」

「やんなぁ。せや、よかったら一緒に部活回らん? なんかいい部活あるかもしれんやんか」

「えぇっと……」

 視線を空中に逃がしてから、学校指定のカバンをつかむ。

「わ、私一人で見てみます。じゃ、じゃぁ、さようなら」

「あっ、綾崎……さん」

 半ば逃げるように――――いや、私は逃げ出した。彼女がなにも取って食おうとしてるとか、そういうわけではないことぐらい分かっている。しかし、太陽のような眩しさを向ける彼女の近くにずっといれば、目が眩み、やけどをしてしまいそうになる。平たく言えば耐えられない。太陽を好むヒマワリもいれば、影を好むクチナシだってある。

 教室からの脱出に成功したものの、どこにいくでもなく、ローファーを響かせながら適当にぶらつく。このまま帰ってもよかったが、部活のこともある。楽そうな部活に入るか――――というか楽そうな部活っていったいなんだろうか。運動部という柄でもないけど、たまに文化部でもすごく厳しいときもある。

「どうしようかな」

 私は参加証を眺めながら途方に暮れる。そもそも、お父さんがいけないんだ。大阪なんかに転勤になって家族一同それについていった。田舎娘が急に都会に来たらこうなるのは当たり前、というのは言い過ぎだろうけど、少なくとも私には荷が重すぎる。

 都会といえば、イジメやスクールカーストに犯罪……そういうネガティブなイメージが先行してしまうし、大阪はガラが悪そうだ。いや、これもまた偏見かもしれない。ここに移り住んでから危ない目にはあってないのは確かだし。でも、イメージっていうのがあるからなぁ。

「おや? 一年生かな?」

「えっ?」

 今日は何の日だと思わず心が叫ぶ。次に話しかけられたのは見知らぬ女性。思わずポカンとする。すぐにリボンの色が緑であることから三年生であることが理解できるが、言葉がつづかない。

 彼女は一年生の証である藍色リボンか部活参加証を見てかで推測したのだろう。

「参加証……。なるほど、部活に入りたいわけでもない、にも関わらずこんなものを渡されて困惑しているというところか。それも二枚となると、どの部活にも参加していないということだろう?」

「えっと……」

「よかったら、我が部活動にこないか? もちろん、入部を強制させる気はない。参加証消化目当てで構わないさ。さぁ、行こう」

 拒否権はなしですか? とは聞けなかった。歩き出した彼女に連れられおとなしくついていく。まぁ、入部しなくてもいいと線を張っていることから、私の気持ちもある程度は察してくれているようだし、大丈夫かもしれない。それに、『我が部活』という言い回しから部長さんな気もする。

 そうなれば、ある程度彼女の意思というものが部活全体に通じるということになる。というか、なんの部活動だろう? スタイルもいいし、スラッとしているから、運動部か?

 ただ、それにしては体操服姿でなく制服姿なのも気になるところ。

「ついた、ここだ」

 そういって示した教室。そこの名前を見て小さく絶望をする。運動部ではなかった。いや、おそらく違った、でとどめるべきだろう。それがどんな活動をしているか、その部室名だけではわからないから。

 しかし、十中八九文化部に属するもので、私の苦手とする分野であることは明らかだった。

「コミュニケーション部……」

「あぁ、そうだ。正しくは同好会扱いなんだがな。よし、入ってくれ」

 彼女は私の言葉を聞く前にガラガラと扉を開ける。

「モカ、一年生を連れてきたぞ。もてなしてやってやれ」

「あら? いらっしゃい。仮入部の子ね」

 中から出てきたのは色素の薄そうな髪をボブにカットして、ふんわりと笑う女性。同じく三年生のようである。その他に人物は見当たらない。

 コミュニケーション部という名前からもっとたくさんの人がいることを身構えていたが、人気の少ない部活動なのかもしれない。そもそも、同好会といってたし、下手をすればこの二人だけなのか。

「あれ? あっ、もしかしてマキ。またなんの説明もなく連れてきたんじゃないでしょうね?」

「あぁ、そうだな。実際に見てもらったほうがわかると思って。そういや、名乗ってすらいなかったな」

「あっ、えっと……」

 また、という言葉から常習犯なのかもしれない。確かに私を誘うまでの流れが自然すぎた気がする。

 ところで、マキとモカというのがこの二人の名前、もしくはあだ名なのだろうか。

「もう、強引なのもほどほどにしなさいね」

「わかってるさ。では改めて、私の名前は牧野まきの真希まき。クラスは3-B。みんなからはマキと呼ばれている。ここの部長――――正しくは同好会だから会長となるな。よろしく頼む」

「ごめんなさいね。私は百川ももかわ桃花ももか。3-C。一応副部長、ということになってる。みんなからモカと言われているわ。あなたの名前、教えてくれる?」

「私は……綾崎。綾崎、彩夏あやかです。えっと、1-Aです。よろしくお願いします」

 頭を下げる。牧野部長に、百川副部長。名前を頭の中で復唱させる。部長さんはともかく、副部長さんはいろいろと教えてくれるらしい。少し安心だ。あの調子でリードされては無理やり入部させられていたかもしれない。もちろん、そんなことはしないといってはいたがどこまで信じていいのか。人を疑いすぎかもしれないけども。

 そういえば、二人とも方言のような物がかなり薄いように感じる。イントネーションには少々訛りを感じられるが、あまり気にならない。

「彩夏……ふむ、アヤだな」

 速攻であだ名をつけられる。まぁ、アヤというのは田舎にいたころから時々言われていた呼び名なので、違和感は少ない。私が少し苦く笑ったのを見たのかすぐに百川副部長さんが話しかけてくる。

「その調子じゃ、コミュ部で何をするのかも教えられてないわよね」

「は、はい」

「そうね……まずはこれを見てもらおうかしら」

 百川副部長はそう伝えて私を戸棚のほうに案内する。そこにはカーテンがかかっていてなにが入っているのかは見えない。その間に部屋全体を見通す。

 部屋はお世辞にも広いといえず、机がいくつかあり、必要最低限の紙やペンがおかれているだけ。あとは、冷蔵庫? もおかれている。何をする部活かなどまったくもって想像がつかない。

「私たちの部活はね――――」

 カーテンを開けられる。

「アナログゲームを通してコミュニケーションを磨こう……。そういう部活なの」

 そこにあったのは、大量の箱。それが百川副部長の話でアナログゲーム、というやつであることが理解できる。しかし、何語で書かれているのかすらわからないゲームもあり、一割もそれが何のゲームであるのかを理解することはできなかった。

「まぁ、それは表向きで、実際はゲームで遊んでいるだけだがな」

「もう。そういうこと言わないの。それで、アヤちゃんはこういうのわかる人かな?」

「い、いえ。知りません。えっと、私田舎出身だし」

「あはは、都会とか田舎とか、関係ないよ。知ってる人は知ってるし、知らない人は知らない」

「そう、なんですか?」

 いわゆるオタク的な感じなのかな。しかし、そこにある数々のゲームに目が剥いてしまう。私の知らない世界というのを今日にいたるまでたくさん見てきたが、これはその中でも一、二を争う。

「まぁ、せっかく来てくれたし、なにかやっていって。マキ」

「そうだなぁ……」

 牧野部長はたっぷりと時間をかけてこちらまで歩いていく。そして視線をさまよわせてから一つのゲームが入っていると思われる箱を手に取る。

「一応コミュニケーション部ということだから、コミュ力を鍛えるという趣旨に合わせて、これはどうだろうか。『キャット&チョコレート』は」




「綾崎さん……どうしたんやろ?」

 一ノ瀬はぼんやりと、綾崎が去った方を見ながらつぶやく。少しスキンシップを取りすぎたかと、心配と後悔がやってくるが、結局は想像に過ぎない。どれだけ考えても仕方のないことであろう。

 なんとなくだが、彼女はどこか怯えというものが感じ取れていた。それは何に対しての怯えなのかはわからない。相手の立場に立って考えることが大切だ、なんていうが、どうすれば相手の立場にたてるのかなんてことは誰も教えてくれなかった。

 それはきっと自然に身につくものということなんだろうけど。だけど、そんなのは正直わかららない。

茅野ちの、これからどうすんの?」

「あー、うん。まだ決めかねてる感じ」

 話しかけてきた中学時代からの友人に曖昧な返事をする。彼女と同じクラスになれたのはなかなかに嬉しいことだった。そういえば彼女は部活動はどうするつもりだろうか。入学前は『高校生ってうまく授業を休んでバイト漬けするところでしょ?』なんてふざけて言っていたが、どうなんだろう。そんなことは言ってたけど、実際はこうして真面目に学校に来ているわけである。

「というか、私部活やる気ないんだけどな。茅野は、運動部?」

「んー……どうやろうな」

 一ノ瀬は机の上に腰掛ける。スカートが小さく跳ねる。そして膝に手を置きながら天井を見る。

 こうして改めて観察すると、汚さが際立つ。歴史があるといえば聞こえがいいが、その歴史を綺麗に保てないようでは意味などないのではないだろうか。

 この机もなかなかに年季が入っている。つぶれはしないかと、今更ながらに少し心配がよぎった。

「もったいないなぁ。運動神経、いいのに」

「運動神経って、どういうこと?」

「深い意味はないよぅ」

 ふざけた調子の言葉に一ノ瀬は怒ったように頬を膨らませてみせる。それから噴き出したように笑いだす。

 だが、その時も綾崎のことはどこかで頭をかすめていた。せっかく中学という義務教育の殻を出たのだから、新しいステップに入りたいものだ。このまま現状維持から新たに変わりたい。もう一度膝の上に手を置いて、そんな風なことを頭の片隅で考えた。






 椅子に座らされた私の目の前には紙コップがおかれ、オレンジジュースも注がれる。牧野部長いわく、昔職員室で使われ、古くなったものを譲り受けたらしい。そういったものを譲り受ける手腕に、ほんの少しすばらしさを感じる。全員に飲み物を注いだ後、例のゲームを箱から出した。

「説明は私がやるわね。キャット&チョコレート。簡単に説明すると様々なアクシデントを、アイテムを駆使して解決をしていくゲームなの。勝ち負けはあるけど、正直勝った負けたはあんまり気にしないかな」

 そういって、一組の山を作りだし、それを中央に置く。

「ここにあるのはイベントカード。様々なイベントが書かれているわ。今回は幽霊屋敷編、ちょっと怖いものが多いわね。そしてイベントは……『君は毒蜘蛛に噛まれた。早く治療しなくては』ね。このアクシデントをクリアするわけだけど、ただクリアするわけじゃない。ここにアイテムカードがあるの。そのアイテムカードを三枚持つ。今回は説明のために全員に公開するわね。『口紅』『硬貨』『スプレー』ね……正直難しいところだわ」

「でも、今回のアクシデント? とは関係ないアイテムだらけじゃないですか?」

 ふとした疑問。これがならばスプレーで撃退ということも思い浮かぶが、今回はだ。

「そう。ここが肝なの。アイテムを使わないほうが好きにストーリーを組み立てられるけど、アイテムのことを考えたうえでストーリーを組み立てる必要性がある。それがこのゲームの面白いところ。そうしてストーリーを考えて発表し、アクシデントをクリアできたかをほかのプレイヤーの投票で決める。過半数賛成でOKだから今回は二人とも認めたらポイントにしようかな。あと、このゲーム本来ならチーム戦なんだけど、初めてということも考慮してチーム戦もなしで。ゲーム終了はENDカードが出たらというのもあるけど、それもなし。とりあえず、楽しめればそれでOK。ルールは分かった?」

「まぁ、なんとなくは」

 とはいえ、どうなるか全く先が読めないのは確かである。アイテム数が少ない方が嬉しいというのは分かるが、必勝法みたいなものもないし、場合によってはまったくもって思いつかないこともあるだろう。

 私の知っているアナログゲームとしては、『人生ゲーム』や『モノポリー』ぐらいだけども、こんなに自由なゲームは知らなかった。プレイヤーの判断次第でいろいろ変わるということか。

 ふと、牧野部長がにやりと笑い口をはさむ。

「一つ補足しとこうか。このゲームの重要な点はプレイヤーの裁量によるということ。つまり、一見アクシデントを回避できていないように思えても、面白ければOKということもあるからな」

「どういう意味、ですか?」

「そのまんまだ。このゲームの特徴は自由なんだよ。さて、プレイを始めよう」

 クエスチョンマークが連続して訪れる。あの言葉の意味とはいったい。確かに、ゲームルールとして明確な基準がないのは確かであるようだが、面白ければ……とはどういうことであろうか。

 そんなことを考えているうちにカードが配り終えられる。私のアイテムは『バール』『カメラ』『ワイン』。それぞれに関連性の薄い道具だし、それがうまく発動できるかなんてわからない。

「では、最初は私から行こうか」

 そういって牧野部長はカードをめくる。

「場所は化粧室……。『左右の壁が君に迫ってくる。このままでは押しつぶされてしまう』ね。アイテムは2つ。なるほど、どうしようか」

 視線をさまよわせている。百川副部長は特別気にしたそぶりも見せずに微笑んで見守っている。シンキングタイムは、カード系ゲームにて必須要項かもしれない。私もスマートフォンのアプリでTCGトレーディングカードゲームをやったことぐらいはある。長くは続かなかったけども。

「よし。では、『傘』を使い、それを突っ張り棒にして壁が迫ってくるまでの時間を延ばす。そしてその間に大量の『ガム』を噛んで粘着力を挙げる。その粘着力によって壁の行進を押さえよう」

「えっ、えぇ。それってできるんですか?」

 思わずつっこんでしまう。あまりにもファンタジーが過ぎるような。いや、そもそも壁が迫りくるということ自体がファンタジーなのだからいいのかもしれないけど。しかし、百川副部長は冷静に返す。

「傘の長さが気になるわね。自分の横幅以上はなかったらだダメだと思うけど」

「さすがにそれぐらいはね。ちなみに傘は最高級品であるためすぐに折れたりしない」

「そしてガムは粘着力が高いものということね」

「あぁ。ガムを噛んでいる間に抜け出せばいいのにというツッコミは野暮だからな」

「わかってるわよ」

 クスクスと笑っている。だけど、そのやり取りを聞いて少し理解した。そうだ、これは納得をすることができるか否か。そこに現実味なんて必要ないし、ぶっとんだ内容であったとしても面白くクリアをすることができればOKなのかもしれない。小さな矛盾は気にする必要なんてないのか。

「さて、これがOKかどうか判定するわ。拳をテーブルに出して。OKだと思ったらグーサインのように親指を立てて、だめだと思ったら上げない。せーの」

 私は親指を立てる。半分はアクシデントをクリアできたと思ったから、もう半分は私に否定するほどの度胸がなかったから。

 そして立った親指の数は2つ。ということは――――。

「よし。回避確定だな。さて、次は……モカ。行ってみろ」

「はいはい。さてと、お題は……場所はダイニング。アクシデントは『周囲のナイフやフォーク、食器などが浮かび上がり、君に向かって飛んでくる』かぁ。アイテムは1つ」

 ポルターガイストらしい、ポルターガイストだ。説明こそなかったけど、そもそも幽霊屋敷編ということや、カードイラストやアクシデントの内容から主人公は肝試しにでも、この幽霊屋敷に訪れたことが分かる。なんとなく、フリーホラーゲームでありそうな設定だ。

「じゃあ……この『ナイフ』を使い、飛んでくるフォークやナイフを迎撃します。ナイフの量は無限にあると仮定した上で、投擲をしたり、つばぜり合いをしたり。とにかく。迎撃していくことにしようかな」

「迎撃か……。それは可能か?」

「投擲技術ってこと? それなら、それが出来る人物が主人公ということで。それに人のポテンシャルは解放されていないっていうじゃない? 火事場の馬鹿力じゃないけども、危機迫っているときなら出来るんじゃないかな? アヤちゃんはどう思う?」

「……えっ、私ですか。えっと」

 急にふられて少し遅れが生じた。こちらに話をふられてもと思うが、コミュニケーション部と名を打っている以上、しゃべらないわけにはいかないだろう。

 別にぼーっとしていたわけではないけども、改めて考えていく。今の回避方法はそれ自体面白そうではあるけども。

「……まず、ポルターガイストという状況的に考えると、いくら迎撃してもまた襲ってくるんじゃないかなって思います。それに、『つばぜり合い』と言いましたけど、筋力が均等、もしくは圧倒していると決まったわけじゃないです。だから意思を持って襲いかかっているのであれば、かなり強い力であると推測できますから、厳しいと思います……。思うと、感じます」

 言ってから少し後悔をする。初心者の自分が生意気言ってしまったかと少し不安に感じる。しかし、予想に反して二人は面白そうに目を細めていた。

 私はサッと視線を落としてしまったのでその目の細め方がどのように変化していったかまではわからなかった。

「いい意見だ。確かにポルターガイストという現象を甘く見すぎていたようだ。さらに言えば、襲いかかるという一文から明確な殺意、またはそれに準じた悪意を感じる。さて、反論はあるか、モカ?」

「そうね……。それに対する反論はない。だけども、こちらもそれに対抗できる力を持っているはず、ということにしておくわ……。自分で言ってても厳しいという事は分かるけどね」

「よし、では判定と行こうか」

 では、判定となるわけだが……、結果は言わずもがなという事だったのか、私も含め成功は0であった。ここで成功判定をだすと、先ほどの自分の意見と矛盾するから、成功と言うにはむしろ度胸が必要だ。牧野部長も成功判定を出さなかったため、助かったとも感じる。

「アイテム1個って楽ではあるけど、その分組み合わせとかもできないから、弱いところもあるのよね」

「そう、なんですね。アイテムの数で有利不利が絶対に決まるわけじゃないんですね」

「そういうことだ。もちろん、3個の難易度はかなり高いということは言うまでもないだろうがな」

 2つまでなら関連性を見つけ出すことは出来るかもだけど、3つとなると関連性を出すのは難しいのは確か。考えるだけでも頭が痛くなるのは分かる。

「さて、メインディッシュといこうか。アヤ、カードをひくんだ」

「た、食べられるですか……」

 メインディッシュという響きに思わずそう返しながら、カードを引く。そして、アクシデント内容を見る前に、顔がこわばってしまう。アイテム数は3つだ。

 せめて、アクシデントは楽であればと願いながら内容を読む。

「礼拝堂。『亡霊が生きた人間を求めてさまよっている。気づかれるととりつかれてしまう』ですか」

 その瞬間から頭を巡らせる。手元のアイテムからこれを回避する方法を見つけ出さねばならない。

 今回は百川副部長と同じく、オカルト面の強い話であることは分かる。つまり、牧野部長のような現実に即した方法で考えるのは難しい。

 思考としては亡霊はこちらに気づいていないということが文面を通して確定していることから、どうやって気づかれないように逃げ切るか。または、この亡霊を滅するかとなるわけだけど……、亡霊を滅するにしても手持ちの道具からでは無理な気がする。可能にする道具としては、ワインぐらいか。お酒などは昔から霊現象に対抗する手段の一つとして存在するし。だけども、やっぱり厳しい気もする。

 そもそも、亡霊は何を頼りに生者を襲って……。あれ?そういやなんで亡霊がさまよっているということを知っているんだろう。見えているということになるよね。ということは。

 私はもう一度アイテムを見直して頷く。

「この『ワイン』と『カメラ』を高く投げます。そして『バール』でカメラとワインを一気にたたく。カメラは電気機器ですからショートを起こすはず……起こします。それにより発火します。ワインはアルコール。強く燃えることでしょう。その炎で焼き殺します」

「なるほど、アイテムをうまく使ってるのは確かだが」

「そうね。幽霊という存在である以上、死んでいるんだから焼き殺すのは不可能なんじゃないかしら?」

「いえ、可能なはずです」

 既に死亡している存在を殺すというのもおかしい話だけども。その質問がくるのは想定済み。

 だからこそ、強く肯定をすることができる。

「その根拠は?」

「亡霊がです。モノが見えるということは、それは光を反射しているからのはず。私たちは光の反射で物を見ているはずですから。つまり、亡霊の正体は、少なくとも光を反射する物体であることが確定です。それと同時に、そこに何かが存在するのは確かですので、炎というのが障壁になるはず。また、焼き殺すといいましたが、部屋を炎で包ませれば壁なども朽ち果てるはず。そこからの脱出も可能なはずです。ついでに礼拝堂ですから、蝋などがある可能性も非常に高いので熱の量も確かでしょう」

「確かにな……。この主人公は霊感をもっており、なんとなく視認しているだけ、というツッコミはどうだ?」

「ゲームの性質上、どちらかといえば私がこの屋敷に迷い込んだと取った方がいいと感じました。私は霊感がありませんので、その可能性はないと主張します」

「幽霊を浄化するという方法ではなく殺すか。確かにな。面白い着眼点だ。それに、モカは架空の主人公を用意したのに対して、アヤは自分が主人公とした。よし、判定だ」

 その結果は二人とも回避成功。正直ほっとすると同時に、達成感もある。じわりと胸の内が熱くなる。

「おもしろいプレゼンだった。なんどかこのお題を前にしたことはあったが、亡霊が見えているという点に着目した奴は初めて見たな。私はそういうプレイは好きだな」

「えぇ、面白いと思うわ。これはいいプレイヤーかも」

 冗談めかした笑いかた。そこからは、順番にひいていきながらそれが成功かどうかを判定していった。時に眠気に襲われたり、時に部屋に閉じ込められたり、その状況はめぐるましく、どうするかに頭が割かれる。一見解決してそうに思えても、深く考えると解決していなかったり、ストレートに決まったり、思わず笑ってしまう内容のものだったり。

 気が付くと、時計の針は一周をしていた。針の音がならないのでそのことを今まで気にすることもなかった。

「おや、そろそろ時間かな? アヤ、どうだった」

「えっと……ルールは単純だし、自由度も高くて、とても面白かったです。役になり切る面白さとかもあるし、やってて楽しいゲームでした」

「そう言ってもらえてなによりだ。私はアナログゲームの面白さとして次の点を重視している。一つ目、勝っても負けても楽しいと思えること。二つ目、時間を忘れさせられること。三つ目、もう一戦やりたいと感じること。キャット&チョコレートはたとえ反対多数になって却下されたとしても、悔しくて、もう一度と思えるし、認められることができれば、承認欲求も満たされてうれしく感じる。プレイ時間も短いためついついもう一戦となってしまう、非常に優秀なゲームだな」

 少し熱く語る牧野部長。この人は本当にアナログゲームが好きなようである。

 その様子を面白そうに眺める百川副部長。

「アヤちゃん。もしよかったら、また来てくれない? まだ参加確認証、終わらせてないんでしょ?」

「はい。あっ、そうだ。これ」

「サインでよかったよな」

 サラサラと自分の名前を書く牧野部長。そして書き終えた紙をこちらに渡す。これで残り一枚といことになる。

「明日もここで活動をしている。最初に説明したように入部する、しないは自由として、ぜひ来てくれ。それに、仮に入部したとしてもガチガチでルールがあるわけでもない。本当は二年生が二人、まだいるんだが、今日は休んでいるしな。そのことからも分かるだろう?」

「そうなんですか」

 勝手に二人だけなのかと思っていたが、二年生の先輩もいるらしい。また、そのセリフから自由に休んでいいことも理解できる。確かに、いたるところで緩さというものは感じさせられた。

「私からも、待ってるわ。それじゃあ、今日はもう帰りなさい。遅くなってもあれだしね」

「えっと……、楽しかったです。ありがとうございました」

 それは本心からの言葉。ここまで楽しいと感じたのは、少なくとも大阪にきてからは初めての出来事で、心の底から湧き出る、熱い感情は収まることがなかった。

 またもう一度、ここに仮入部してみようかと、頭によぎった。




「モカ、あの子をどう思う?」

 名前を呼ばれたモカは、片づけを終えたテーブルをもう一度見てから微笑む。

「そうね。着眼点を色々なところにもっていけるみたいだし、発想の転換のしかたといい、相手のミスに付け入るうまさ。まだ一個しかやってないから、ボドゲやカードゲームの強さは分からないけど、『ワンス・アポン・ア・タイム』、『TRPG』、『水平思考パズル』なんかが強いかもしれないわね。もしかしたら『人狼系』も強いかも」

「対話がメインのゲームだな。私も同意見だ。こういうタイプはうちにはいないからな」

 一人でうんうん頷くマキ。アヤの思考スピードはまだまだ遅く、じっくり腰を据えて考えているようであるが、これがアナログゲームになれていくのに従って思考スピードが早くなっていくことがあれば強力なプレイヤーとなることだろう。アナログゲームはそこに人の顔色をうかがうという要素が加わることが多々ある。そのため、思考のスピードの重要性はそこそこ高いのだ。

「どちらにしろ、我が部活動的にも人数がほしいのは事実だ。先輩方が卒業してしまった今、行えるゲームは格段と減ってしまった。宝の持ち腐れはもったいない」

「そうね。さてと、明日あの子来ると思う?」

「私の意見としては、純粋に来てほしいと感じるな。あの子は育てがいがある」

「コミュ部という名目においても良さそうだしね。アヤちゃん、あんまりおしゃべりは得意じゃないみたいだし」

「それは確定だろうな。この時期にたった一人でぶらついていたのだから。半ば強引にでも誘わなければアヤはもっと困っていたことだろう」

「マキは強引すぎるけどね」

 少しだけ釘を刺しておく。調子に乗らせてはなるまい。だが、どこ吹く風という様子でマキは肩をすくめて窓から風景を眺めている。都会の学校であるためにそこから見えるのはただの家並みだ。

「明日、もしも来たときのために、なんのゲームをするか、考えておくか」

 釘刺しの返事は、そんな誤魔化した言葉であった。




 翌日。

 気がついたら、私はまたしてもコミュニケーション部の前に立っていた。

 残りわずかに迫った、仮入部の期間に間に合わせたかったから、という言い訳と、あの楽しさをもう一度味わいたかったから、という本音とが入り交じりよく分からない感情の色となっている。その色はなぜか非常にくすんでしまっている。

 というより、もう放課後だ。早くこの中に入るべきであることは分かっているが、迷惑ではないか、ココに入っても大丈夫なんだろうか、そもそも私は本当に歓迎されているのだろうか、という事が頭を駆け回り、前に出ることが出きない。情けない自分が少し嫌いになってしまう。思えば、こんな自分がコミュニケーション部なんて名前の部活の前にいるなんて大丈夫なのだろうか。

 もちろん、理解としては自分が迷惑をかけている可能性というのは極めて低いということは分かっている。理解はしているが、その極めて低いものにあたったらいやだと思うし、それに自分が気づいていないだけで、何かダメな事をしている可能性なんていくらでもある。

 怖い。

 ただその一言に尽きる。

 自分から能動的に動こうとするとどうしてもそんな考えが頭を駆け巡って、延々と答えのない演算をし続ける。まるでパラドックス問題を前にしたAIのようだ。

「あれ? 綾崎さん? どうしたん?」

「うっ……い、一ノ瀬さん」

 そんなことをダラダラ考えていたのが、悪かったのだろう。私のことを見つけた一ノ瀬さんが私のもとに駆け寄ってくる。正直言ってかなり困るところだ。一ノ瀬さんの方も部活を探していたようで、片手には、すべての部活動の名前、活動が書かれたパンフレットを持っている。

 この場をどのように切り抜けるべきかと、思案をしていると、一ノ瀬さんが目の前の教室に張られているネームプレートを読み上げる。

「コミュニケーション部? あっ、もしかして綾崎さん入るん?」

「いや……入るというか、その」

「へーでも、どんな部活なんやろ?」

 そういってパンフレットを開けるが、目的のものを見つけ出せないようで「あれー」と呟いている。

「あの、正しくは同好会だって、言ってました」

「あっ、じゃあこっちか」

 部活欄の方から同好会の方に視線を移す。しかし、同好会の方は写真もカットされ、活動内容も簡潔にし書かれていないため、あまり参考にならないところだろう。

 その予想は当たっていたようであまり納得のいってない顔だった。実をいうと一度経験した私としても、いまだに全てを理解しているとは言えないので、どんな部活かと問われたら答えられる自信はない。

「まぁええやや。んで、綾崎さんは入るん? というか、同好会と知っているってことは一度経験したってこと?」

「あっ……」

 自分の失言に気づく。いや、別に失言ではないかもしれないけど、個人的には失言だ。そしてそんな細かいところを拾ってくるあたりに彼女のコミュ力の強さを感じさせる。わざわざ部活で鍛える必要性もない気がする。最も、ここの人たちはコミュ力よりもゲームで遊べたらそれでよさそうという印象を受けたんだけど。

「ねぇ、綾崎さん?」

「その――――」

「あら? アヤちゃん、来てくれたのね? それと……?」

 騒ぎすぎたのがいけないのか、やわらに教室の扉が開き、百川副部長が顔を出す。うぅ……。これでますます引き返すチャンスを失ってしまった。

「もしかして、アヤちゃんのお友達?」

「はい!」

「……クラスメイト、です」

 一応補足をしておく。友人と呼ぶには知っていることは少ないし、会話も数えるほど。にもかかわらず、友達といわれて普通に返事をするのは、すごいというかなんというか。もしかしたらクラスメイトはすべて友達、または一度話しかけた人は全て友達的な感覚の持ち主なのかもしれない。

 教室の中からは「アヤが来たのか?」という牧野部長の声が聞こえた。

「たまたま、ここに立ってた綾崎さんが目に入って話してたんです。だから、ウチまだこの部活がなにかもわかってないって感じで」

「そう。う~ん、よかったら試しに入ってみない? 楽しいゲームをする予定だし」

「ゲーム? よくわかんないけど……なんや、楽しそうですね」

「そうよ。じゃあ、入ってみて」

 あれよあれよという間に私たち二人が中に入る。まぁ、一応本来の目的は達成できたし、よしとみるべきなのかもしれないけども。

 だが、予想に反して中にいたのは牧野部長だけでなく、もう二人、見慣れぬ人物がいた。一人は男性で一人は女性。

 そういえば、二年生が二人いるといってたが、その二人なのかもしれない。ネクタイの色もそれの答えのように、黒色だ。その二人は何かを牧野部長に問いている。

「では改めて、ようこそ、コミュニケーション同好会へ。私は副部長の百川桃花。モカと呼ばれてるわ」

「私が部長の牧野真希。マキと呼ばれている。私たちはアヤも知っているところだが、次からはじめましてのメンバーだな」

 牧野部長が視線で二年生を指す。すると、まず女性の方が立ち上がり手を挙げる。

小泉こいずみこいいうねん。みんなからはコイ、いわれてる。昨日はおらんかったけど、うちもここの部員やからよろしくな」

「僕は、小泉こいずみ出雲いずも。みんなからはイズいわれとる。名字で察したと思うけど、僕とコイは双子なんや。昨日はコイにつき合わされて限定ドーナツを買いに行かされてていけなかったんだけどね」

「イズだって、おいしいゆうてたやん」

「別に責めてないよ……。あっ、一応僕の方が兄ということになってる」

 小泉先輩たちの挨拶が終わる。双子か……、少しややこしいかもしれない。当たり前だけど小泉先輩じゃ、ダメなんだよね。

「じゃあ、はい! ウチは一ノ瀬茅野。綾崎さんと同じクラスです!」

「……綾崎、彩夏です。よろしくお願いします」

 昨日きたことが確定的な情報として一ノ瀬さんに伝わったことだろう。あと、今更だけど一ノ瀬さんの下の名前を初めて知ったように感じる。最初に自己紹介を全員やらされたとはいえ、下の名前までは把握できていなかった。

「さて、部活の説明だが、うちはアナログゲームを通してコミュニケーションを図るということになっている。まぁ、そこまで肩を張らずにゲームを楽しむ部活だと思ったらいい」

「アナログゲームって、人生ゲームとか?」

「そんな感じだな。ただし、うちにはおいてないが……。どんなゲームかは試しにやってみるか。今回のチョイスはイズ、お前がやってみろ」

「ぼ、僕ですか? そうだな」

 突如ふられた彼は、例のカーテンを開けてゲームを探しているようだった。それを後ろから見た一ノ瀬さんが、その量にわぁと声を上げている。百川副部長はふふと笑いながら全員分のジュースを用意していた。

「というか、6人か。結構多いよなぁ。よし、それならば『ヘックメック』なんていかがでしょうか?」

「お得意の推理系じゃないのか」

「初心者でも楽しめないことはないですけど、やっぱ、運要素の高い方がいいと思うし。それに、実力が0なわけやないっすから」

 こうして、二日目のコミュニケーション部の活動が始まった。




「ヘックメックはイズ君も言ってたけど、運要素の強いゲームね。21~36のタイルが書かれた数字を中央に置き、じゃんけんなどで最初のプレイヤーを決めます。今回は私にするわね。プレイヤーはこの8個のサイコロを一気にふるの。ちなみに6面ダイスで、6の目には代わりに虫の目がついてる。試しにふってみるね」

 コロンコロンと、サイコロどうしがぶつかり合って出た目は、虫・虫・5・4・4・2・1・1。この出目がよいのか、悪いのかはわからないが、周りの反応を見るにそこそこいい出目であるようだ。

「そしてこの出た目のグループから一つを選択し確保します。私は虫を確保するね。そうして残りをまたふります。また、重要になってくるのが確保したサイコロの合計数なの。虫は5として数えるから、今のところ、合計は虫二つで10ね」

 サイコロを振りなおす。残り6つとなった結果の出目は、虫・虫・4・4・2・1。

「こうして、また確保をします。ただし、確保には一つルールがあって、すでに確保されている出目はもう確保することができなくなります。だから、虫を確保することができなくなるということ。今回は4の目を確保するね。とすると、合計は18ね。じゃあ、また降りなおします」

 その結果は5・5・5・4・1。

「では、5を確保して合計の値は33。さて、合計の値が現在場にあるタイルの数値以上になったときには二つの選択肢が現れます。一つ目、またサイコロを振りなおす。二つ目、タイルをゲットする。タイルのゲットは合計の値より低いものであれば、どれでも確保できるけど、低い値をわざわざ確保する必要性はあまりないかな。ということで、私は33のタイルをゲットするわ。また、タイルをゲットしたらどんどん、上に重ねていってね。ただし、ここで一つ注意が必要。タイルのゲットのためには虫を確保しておかなければならない。つまり、合計の値がタイルの目以上になったとしても、虫が確保できていなければ失敗となる。あと、途中でサイコロの確保に失敗してもタイルの獲得失敗となるわ」

「失敗のペナルティってなにかあるんですか?」

「えぇ。いい質問ね。もしも、タイルの獲得に失敗したら、一番上のタイルを場に戻さななければならい。そして場に出ているタイルの中から一番大きい数字を裏返す。裏返されたタイルは、完全にゲームから除外されるわ。そしてもう一つ、ヘックメックの面白い点は次のルール。イズくん」

「はい、わかりました」

 百川副部長からサイコロを受け取った彼は計算をしながらサイコロの確保をしていく。

「例えば、僕がこんな風にサイコロを獲得したとしたら、合計の値は33。虫も確保している状況。モカ先輩は現状33のタイルを一番上にしているよね? この場合はもう一つ選択肢が増える。すでに確保されているタイルを奪うという、というものや」

 ひょいとタイルを奪う先輩。なるほど、序盤はともかく、後半は奪い合いがメインになるのかも。それに運だけではないといったのは確保する出目の難しさというのがあるのかもしない。最初に5がたくさん出たからと言って、5を確保してしまっては虫を確保できない可能性が出てくる。何を確保するのか、それが大切なんだと思う。

「最終的にこのタイルに書かれた虫を一番多く持っていたプレイヤーの勝ち。虫は21~24は1匹。25~28は2匹、29~32は3匹、33~36は4匹よ。ルールは以上だけど、わからない点とかはあるかしら?」

「あっ、じゃあ質問! ゲームとは関係ないですけど、皆さんがあだ名的な感じで読んでるのって何か意味あるんですか?」

「あぁ、それについては部長の私が答えよう。結論をいうと意味は大いにある。ヘックメックはそうでもないが、ゲームによっては名前をよく呼びあうことになる。その時にゲーム時間の短縮にもなるし、一応コミュ部として仲良くなろう、という名目もある」

「へー、なるほど。じゃあ、私たちもそう呼んでいいんですか?」

「もちろん。いや、むしろそう呼んでくれ。二人とも」

 どうやら、私も巻き込まれていたらしい。思えば、いきなりアヤと呼ばれていることから、もうここの常識として短く二文字ぐらいにまとめることが決まっているのかもしれない。

「では、アヤと……一ノ瀬茅野……。よし、チノでいいな。アヤチノだ」

「はい! じゃあ、よろしくな! アヤちゃん」

「あぁ……うん。よろしく」

 何故まとめられたのかとか、そのままじゃないかとか、複雑な感情はあるが、拒否する勇気は私にない以上受け入れる他あるまい。

 まぁ、茅野という名前をそれ以上短くするのは難しいだろうし。

「それでは、最初のプレイヤーはサイコロの目で決めるか。一番大きい数字を出した奴から時計回りにしようか。虫は6扱いで」

 牧野————じゃない。マキ先輩の指示に従いサイコロを一つづつふる。その結果。

「あっ、虫出た! ということはウチからやね!」

 一番のプレイヤーはチノちゃんから。ということは、私は二番手ということになる。ゲーム性はまだ掴み切れてないが、最初ということはの幅が広いということ。だけどその分、誰かに奪われる可能性も増える。ということは……やはりイーブンなんだろうか。

「じゃあ、よいしょー!」

 ダイスがふられる。結果は、5が四つ、3が二つ、2と1が一つずつ。これは出目としては良い方に思えるが……。

「あっちゃー、難しい出目やね」

「えっ? どういうことですか、コイ先輩?」

「例えば、5を確保したら合計20。この時点でかなり有利になるやん? でも、虫を確保してないから後々虫の確保が厄介になる可能性が出てくんねん。もちろん、まだ四つある、という考え方もあるけど、同時に四つしかないともいえるな」

「あっ! そっか。うわぁ、どうしたらいいんやろ。先輩はこういうときどうすんの?」

「それは答えられんなー。コミュ部は仲良くがモットーやけど、ゲームは真剣に。チームとして組んでるならええけど、敵やったりゲームマスターやったりするときは教えられへんな」

「むぅぅ」

 と唸るもののゲームとして成立させるならわかる。漫画やドラマなんかでゲームにアドバイスをする人は鬱陶しいキャラクターとして描かれていることがたたあるし、アドバイスのせいで負けたなんて逃げ道を作ることになってしまう。

「うーん、でも初めのうちはペナルティーも薄いし5の確保で、合計20。それでエイッと」

 コロンコロンと転がる残り四つのサイコロ。4が二つ、3と2が一つ。

「虫でない! 虫……。う~ん、4を取るの怖いから3! 合計は……23でお願い! 虫出て!」

 その祈りの結果は、サイコロがよく転がり……そして現れる。それは、虫が二つ、3が一つであった。

「うわ! やった!! ということは、合計は……」

「虫が5の扱いだから33やね。最初からこれはなかなかいい出目や思うよ」

「本当ですか! よしよし。あっ、これ以上はサイコロ投げずにタイル入手します」

 こういって33のタイルを受け取るチノさん。

 だけど、私としては少し別の視点で見てしまう。今回確保したサイコロの数は7つ。しかし、それでもなおタイルの最大数字である36に届いていない。このことから考えるに、かなり運がよくない限り36に届くことはないと言うことだろう。そうなると、どこかで必ず失敗が起きると考える方が自然だ。それに、チノさんが葛藤したように、どのサイコロを確保するのかもキモになる気がする。

 虫を確保できていない状況で高い数字がたくさんありすぎるのは怖いし、それに虫が4匹のタイルが一番上ならばリスクを冒したくないだろう。

「じゃあ、はい。次、アヤちゃん」

「あ、ありがとうございます」

 正直二番手で救われたと感じる。先にこのゲームの本質をみれたように感じるのだ。もちろん、このゲームには『31を言ったら負け』というようなゲームみたいに必勝法など存在しない。だけども、人生ゲームのような完全に運任せのゲームでもなく、どちらかと言えばポーカーのような、運の要素とテクニックの二つが必要なゲームなんだろう。

 サイコロは転がる。そもそも8つのサイコロを同時に投げるという経験自体が初めてだったように感じる。その結果は、虫が一つ、5が一つ、4が三つ、3が二つ、1が一つ。

 これは……どうとらえるるべきか。タイルの入手を優先するならば虫を確保すべきだろう。しかし、それではたったの5しか合計値がない。やはり、このゲームは高い数字のタイルを取った方が有利なのは目に見えている。ゲーム序盤のうちに勝負に出ることで、終盤が楽になる可能性が高い。それに、チノさんからタイルを奪える可能性も考えるならば。

「4を確保します」

「あれ? 虫やないの?」

「ま、まだサイコロの数に猶予があるから」

 チノさんの疑問に早口で返しながらサイコロをふる。肝心のコミュニケーションについては苦手だ。

 ふりなおしたサイコロの出目は虫が二つ、5が一つ、1が二つ。

「……これなら虫を確保します。これで合計値は、22。まだ、ふり直します」

 残りのサイコロは三つ。つまり、確率論で言えばタイル入手失敗となる確率は……6分の2の3乗だから、およそ3%ぐらい。そうなる可能性は低いとみる方がいい気がする。

「できれば……5がほしい」

 その祈りを込めながら出た目は4が二つ、5が一つ。危ない。

「……5の確保で、合計値27。タイルの入手を選択します」

 この次失敗する確率は25%。確かにまだまだ確率論としては勝負を仕掛けてもいいところだけども、今回の出目を見てしまってはどうしても日和ってしまう。この時点で私とチノさんの間に二匹の差が出来たことになる。1匹入手するだけでこんなにドキドキなんだから……かなり大きい気がする。

「よーし、じゃあ次はうちの番やねー」

 コイ先輩がサイコロを受け取る。このようにしてゲームが進んでいく。

 時には失敗してタイルを流出させたり、合計の最低値が徐々に削られていき勝負を強制的に仕掛けなければならなくなったり、タイルを奪えることに気がついたり。

 特にこのタイルを奪うというのは、例え虫一匹分のものだったとしても、その人物とは一気に二匹の分の差を出すことになるわけだから、大きい。今トップの人から奪うことが出来ればかなりのアドバンテージを得れると言うことになる。

 そして――――ゲームの終盤。場にあるタイルは28のみ。私が確保しているサイコロは3、2、1が一つずつ、虫が一つ。合計値が11。残りのサイコロは4つ。かなり怪しいラインだ。

 サイコロを投げて確認する。そのサイコロは4が二つ、虫が1一つ、1が一つ。

「……虫を確保します」

「ほぉ? 本当にそれでいいのか? 合計は16となる。場のタイルをゲットしようと思うならば後13が必要になる。つまり、残り三つのサイコロが全部4でもダメという非常に厳しい状況になるぞ?」

「とはいえ、4を確保しても同じことです。それに虫の確保ができていな以上難易度はこちらの方が高いと思いますから」

 私はこれ以上の言葉をノイズと思い振り切る。あの言葉は私を惑わすためであろう。マキ先輩も人が悪いと思う。

 結果は……5が二つ、1が一つ。

「5の確保で26。えっと、26のタイルを持つ人は……いないんですよね」

 ため息をつく。残りの確保できるサイコロは4のみ。

「さぁ、どうなるかみものだな」

 意地悪気なマキ先輩。それには理由がある。

「もう、マキったら。でも確かにここは大切な場面ね。もしもここでタイルを流出してしまうと、アヤちゃんの勝利は絶望的。それに対して確保の成功ができれば、おそらくタイルの数的にアヤちゃんの一位が確定」

 虫の数を確認してはいけないというルールはなかったはずだが、わざわざ聞くのも野暮だと思う。

 この状況的に1位を争っているのは私とマキ先輩、チノさん。だけどもここで私がタイルを流出すると順番がコイ先輩に回り、一気に1位争いに名乗りを上げることになる。コイ先輩は一度もタイルを流出していない。タイルを奪われてはいるが、着実にタイルを入手しているのでこの調子でいけば私がタイル入手に失敗すればタイルを入手してしまう可能性がたかいだろう。

 私は祈りながらサイコロをふるう。

 結果は。

「やった! 4だ」

 思わず声をあげてしまう。

「ふっ、これは私の負けかな」

「アヤちゃんすごーい! んー、でも悔しいなー」

 口々に声をあげる。私もつい笑顔になり虫の数を数える。ゲットしたタイルは合計で4つ。虫の合計9匹。

「くぅ……うち6匹やったからこのタイルゲットできたら勝ってたのにー」

「正しくは私と同点だがな。なにはともあれダイスの女神はアヤに微笑んだようだ」

「あっ、えっと……すみません、ありがとうございます?」

 ようやく正気に戻る。少しはしゃぎすぎてしまったようだ。

「謝ることはない。すばらしいんだ。ぜひともうちの部活にはいってもらいたいものだ。もちろん、チノもよいプレイだった」

「えへへー、やけど、勝負かけすぎて流出しすぎた気もしますけどねー」

人なつっこそうな笑顔で笑うチノさん。その笑顔を見て、マキ先輩は何かを確信したかのごとく息を吸う。

「そこで、どうだろう。二人とも、うちの部活にはいらないか?」

 小さく微笑んだ後、真面目な顔でマキ先輩が私たちに声をかけてくる。このように言われることはなんとなく考えていた。

 だけど、私は部活に参加するつもりは正直なかった。バイトも禁止されているから、できることはないんだけど……私みたいなのが部活に入ってもいいのかと思ってしまう。

「マキ先輩! ここにはウチのしらんゲームってほかにもいっぱいあるんですよね?」

「もちろんだ。じゃあ、オススメのゲームを順番に行ってみようか。私は『ガイスター』だ。心理戦……非常に面白い」

「私は……そうね。王道だけど『人狼』かな。誰が本当のことを言っているのか、うそつきは誰か、ドキドキするから」

「僕は『アルゴ』。あの推理はめっちゃおもろいから」

「うちは『ストライク』かな。ダイスを投げ入れるというのはやっぱ特徴的やし、初心者とかの実力差もでんやろうから」

「すごい! こんなにたくさんゲームあるし、オススメのゲームもみんな違う。それにゲーム性も全然違うみたいやし……おもろそう! ウチ、この部活参加してみたいです!」

「そうか。うれしい限りだ」

 マキ先輩が微笑む。となると、視線は私に集まる。

 答えはまだ出なかった。

 キャット&チョコレート。ヘックメック。とちらも戦略性も必要で、それでいて運も絡む、楽しいゲームだったのに間違いはない。だけど……私はおしゃべりが苦手。そんな人物が入ると雰囲気を壊してしまうのではと不安を感じる。

「ねぇ!アヤちゃん」

「え、えっと……なに?」

「あそこにアヤちゃんが立ってなかったらウチこの部活に入ってなかったと思うねん。だから、ウチにとってアヤちゃんは幸運の存在。だからさ、嫌やないんやったら、一緒に入ってほしい。アヤちゃんとならもっと楽しめる思うねん!」

 素直な好意。私は視線をそらした。ここまで率直に向けられたら困る。私は……コミュニケーションが苦手だ。

 でも、ずっと苦手のままでいいのかと聞かれたら、答えはNOだろう。だって、社会に出ればいやでも誰かとかかわることになるんだから。田舎からこの大阪にひっぱりだされて、変わるなら、今しかないのかもしれない。

「私も、はいってみます」

「そうか! もちろん、いつでも退部してもらっても構わない。出席も自由だが……私たちはと思うんだ。よろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします」

 こうして、私は、私が嫌いな私を変えるべく、コミュニケーション部に入ることを決意した。




 同時刻、学校内の生徒会議室にて、一人の少女が頭を悩ましていた。彼女は今回の選挙で会長に選ばれた人物であり、毎日遅くまで働いていた。というのも、先輩達の後を継ぐために一人頑張りすぎているところでもあるのだが。

 彼女の目的は勉学を優先とし、そのための環境を整えることだ。次に学生全員で盛り上がれるようにイベントを計画したり実行したりと言ったことも必要不可欠。そのためにはお金が必要だ。少しいやらしい部分もあるが、歴然とした事実である。

「無駄なところは排除していかないと……。まずは電気や水道の節約よね。今はまだいいけど暑くなるに従ってエアコンもはいるから、そこら辺も徹底させておかなければならないか」

 彼女のつぶやきは続く。悲しいかな、何をするにしてもお金はかかるのだった。世知辛い。

 とはいえだ、どれだけコストを削減してもどこかで限界は来る。節電を徹底させて、クーラーをつけなければ結果的に暑さで勉強に集中できないという自体にもなりかねない。そうなれば本末転倒であるため意味をなさない。

 となると、次はどこのお金を節約すべきか……。

 生徒が自由に閲覧できるレベルの計簿を見ながら考えていくと、意外に多くのお金を取っている部門が見つかる。部、及び同好会に関するお金だ。もちろん、経費を出すにしても毎回チェックが入るのだが、たまにそういったものをすり抜けて、不必要と思われるものの用具を購入している場合がある。すり抜けてしまった物に対しては、今更再請求をすると面倒なことになるため黙認することが暗黙のルールとなっているが……。

「それにしても無駄に多すぎるのよ。そもそも課外活動の一種なんだ、という事を理解しているのかしら」

 小学校までは義務ではあるが中学以上からは課外活動と位置づけられている。そのせいもあるのか、自由な部活動があまりにも多すぎるというのが彼女の意見だ。

 特に同好会クラスになるとその存在意義も怪しい物が多々ある。同好会は部活動より優先順位が低いために、経費も少なくなる。それでも、ちりも積もればだ。

「こうなれば……部活動の整理も進言してみましょうか。いらない部活は切っていかなきゃね。そうよ、いらない部活は」

 自分に言い聞かせるように呟いた彼女、小日向こひなた陽菜ひなは、新入生用に配られた部活動一覧表を確認しながら、梅中高校の校風に合わない部活動がないかチェックを始めた。

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