3.

「ユウさーん、大丈夫?ぼーっとしてるよ」

 気づけば部室にいるのは俺と同期の二人きりになっていた。声の主は、トロンボーンパートの水咲さん。そういえばいつの間にか人の喧騒は消え、トロンボーンの音色だけがしばらく聞こえていた。時計を見ると10時はとっくに過ぎている。

「うわ、やっべ、バスの時間過ぎちゃった」

 10時前にバスが終わってしまうなんて以前住んでいた地域では考えられなかった。田舎暮らしも悪くないが、こういうところはどうにも慣れない。

「まだ免許取ってないんだっけ、送ってくよ」

 楽器を片付けながら頭を抱えそうになったその時、水咲さんから助け舟がきた。彼女は入学時に既に免許もマイカーも持っていて、部活内外で友人や先輩方の送迎を引き受けている姿をよく見る。

 誰にでも屈託のない笑顔を向ける水咲さんは、トロンボーンパートの癒しだ。桜色のカーディガンが良く似合う柔らかい雰囲気ながら、ひとたびトロンボーンを持つと別人のような気迫を見せる。

「ごめん、ありがと。明日何かお礼するね」

「気にしないでー……あ、そうだ、じゃあ今日ユウさんちに泊まってっていい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る