7話:お誕生会 前篇

 通学路のアスファルトがドーンドーンと揺れる。

 体重7トンの巨大な足が地響きを起こしている。

 俺のスマホを持つ手も震える。


 俺は妹のコンテンツを増やすため、隠れて撮影をしている。下校途中のチラノサウルスの妹の撮影だった。

 仲良しの郁子ちゃんと数人の女子が固まって歩いている。

 やはり、俺の妹がひときわ目立つ。チラノサウルスだから。

 

「じゃあ、また明日ねーー」


「うん!」


 他の子は、家に向かって帰っていく。

 最後まで同じ道を歩いているのは、妹と郁子ちゃんだけになった。

 2人きりだった。


「なあ、誕生日はいつだい?」


 唐突に郁子ちゃんの口から言葉が漏れた。


「え? 私の?」


 郁子ちゃんに話しかけられたチラノサウルスの妹がビクンと反応した。

 パタパタと意味もなく短い前足を動かしている。


「確か―― そろそろなんじゃないかい?」


「うん……」


「ほう、そうかい――」


「そ、そうだよ。郁子ちゃん」


 郁子ちゃんとチラノサウルスの妹が話している。

 千葉県の小学校の場合、出席番号が生年月日順なので、誕生日がだいたい分かってしまうのだ。

 そういえば、妹の誕生日が近い。

 危うく忘れるところだった。

 郁子ちゃん、ナイス!


 郁子ちゃんは、小学生とは思えぬ長身だ。

 身長は190センチを超える。ランドセルが凄く小さくみえる。

 長い黒髪をツインテールにしており、地面すれすれまで伸びている。

 顔立ちは、幼さが微塵もない。なんと言うか、整った顔だが、抜身の刀身のような剣呑な雰囲気のある少女だ。

 細身ではあるが、その身体は十分に鍛えられているのが一目でわかる。

 しなやかに動く四肢には、必要にして十分な筋肉がついていた。


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(とびらの様よりいただいた、郁子ちゃんのイラストです)


「誕生日会というものがある――」


 ほろりと郁子ちゃんの口から、その言葉が漏れた。


「う、うん、あるね。でも……」


「なあ、オマエさんの家じゃ誕生会をやらないのかい?」


「ううん! やる! やるよ。誕生日会!」


 ブンブンと尻尾を振りながら、チラノサウルスの妹が言った。

 向こうから走ってきた自転車が尻尾をよけながら走り抜けた。

 

 誕生日会か……

 妹の誕生日はこんどの土曜日か。あと4日だな。

 しかし、友達を招いての誕生日会などやったことないな……


「ほう、そうかい――」


「うん、そうだよ! 郁子ちゃん」


「ならば、俺も出席できるってことだよな? 権利はあるんだろう?」


「そうだね! だって郁子ちゃんは友達だもん!」


 巨大な顎をぐぁぁッと開け、チラノサウルスの妹は言った。


「ああ、友だ…… 俺とオマエは友(宿敵)だ――」


 最近の小学生女子の会話というのは、俺にはよく分からなかった。

 というか、女子に興味が無い。俺は淡々とスマホの撮影をするだけだった。


「なあ――、あの公園で遊んで行かないかい? ちょうど、人けもない」


 郁子ちゃんが声をひそめるようにして言った。小学生とは思えぬ雰囲気を纏った言葉であった。


「えー、学校の帰りに、寄り道したら、怒られるよ……」


「こまけぇことをぬかすやつは、コイツで黙らせばいいんだよ」


 胸の内にたまった熱い呼気を吐きだすように郁子ちゃんは言った。

 郁子ちゃんはひょいと武骨な拳を顔の前まで上げた。

 まるで、岩石のような拳だった。


「だから、郁子ちゃん、男子から怖いっていわれるのよ~」


「ふん―― 男子かい…… そんなに男子が気になるのかい?」


 チラノサウルスの妹が郁子ちゃんの言葉で真っ赤になる。

 意味もなく、短い前足をパタパタさせる。


「えーー! でも、郁子ちゃんだって、気になる男子がいるでしょ!」


「さぁね――」


「もう、郁子ちゃん! いじわる!」


「ふふん――」


 2人は児童公園の中に入って行った。

 ジャングルジムと砂場、滑り台のある小さな公園だ。

 全長12メートル、体重7トンの妹と身長190センチを超える郁子ちゃんが向かい合っていた。


「さて、小学生女子2人が公園に2人きりだ――」


 郁子ちゃんの全身から陽炎のような闘気がゆるゆると流れ出していた。

 その闘気は、周囲の大気を硬質に変化させていくようであった。


「あそぶぜ――」


 郁子ちゃんは、そう言い放つとゆらりと歩を進めた。

 間合いが詰まったと思った瞬間、地を蹴っていた。

 公園の土がえぐれ、爆音とともに、煙を上げた。


「もう、郁子ちゃんたら!」

 

 ぐあぁぁあと、咢を開き、郁子ちゃんのタックルを待ち構えるチラノサウルスの妹。


「ぬぅ――」


 郁子ちゃんは声を上げると、妹の牙を掴んで立ち止まった。

 

「危うく、噛まれるところだったぜ……」


「郁子ちゃんはすぐに、私の牙掴むんだからぁぁ~ もう!」


 郁子ちゃんはチラノサウルスの妹の上あごの牙を両手でつかんでいる。

 そして、2人の押し合いが始まった。


「さすが…… 原始の力、堪能させてもらっている」


 郁子ちゃんは、嬉しそうな笑みの中で、その言葉を吐いた。


「もう! 郁子ちゃんは!」


 チラノサウルスの妹はそう言い放つと、くるっと頭を持ち上げる。


「ぬむッ!」


 190センチを超える小学生の郁子ちゃんが天に向かって持ちあがる。

 妹は、首を振り回し、とうとう郁子ちゃんが手を離した。


 吹っ飛ばされた郁子ちゃんは、回転しながら地面に着地した。

 その顔には喜悦の色が合った。

 ニィィーと笑みを浮かべる。


「まだまだ、これからだ――」

 

 その言葉を待たず、7トンの巨体が突進した。爆音をあげ、突っ込むチラノサウルスの妹。


 妹は巨大な体をターンさせた。全長12メートルの半分近くを占める尻尾が唸りを上げる。

 電信柱の太さをもった巨大な筋肉の塊が、小学生女子目がけ、振り下ろされようとしていた。


 ガッツ!!


 妹の尻尾が受け止められていた。

 郁子ちゃんが、三戦(サンチン)の構えから、十字受けで妹の一撃を止めていた。


「もう、早く帰らないと、お兄ちゃんに怒られちゃう!」


 チラノサウルスの妹が原始の咆哮を上げた。


「ふふん、今日はこんなところかい――」


 郁子ちゃんは、スカートについた砂をパンパンと払った。

 

「じゃあ、誕生日会の話、楽しみにしているぜ」

 

 郁子ちゃんは口元に笑みを浮かべ言った。


「う、うん……」


「男子か……」


 ぽつりと口の中で転がすように、郁子ちゃんは言った。


「男子?」


「ああ、男子だ――」


「男子がなに?」


「誕生日会に呼べばいい――」


 ほろりとその言葉をつぶやく郁子ちゃん。


「そんな…… 恥ずかしいわよ! でも……」


「いいぜ、俺が力になってやる――」


 ポンポンと郁子ちゃんはその腕で、妹の鼻先を軽くたたいた。

 フンッと、妹は捕食獣の呼気を鼻から吹き出す。


 俺は、そんな二人を見つめ、スマホの撮影を続けていた。

 そうか――

 男子か――

 男子小学生か――


 そうかい。

 そういうことかい。


 俺の胸の内に熱いなにかが生じていた。

 それは歓喜だったかもしれない。

 それとも、別のなにかであったかもしれない。

 それをどう呼ぼうと、俺は構わなかった。


 とにかく――

 俺は、盛大な誕生パーティを準備することを誓った。

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