俺の妹がチラノサウルスなので食事が結構大変、と思っていたら「地球46億年 史上最強トーナメント」に参加することになった

中七七三/垢のついた夜食

1話:ホルスタイン(生食)

「お兄ちゃん! お腹すいた! ごはんまだぁ!」


 妹が尻尾を唸らせ、リビングで暴れた。

 体重7トンを超える巨体のため、頑丈にできたリビングも痛みが早い。

 

「まてよ! ちょっとまってくれよ! こら! 尻尾で壁叩くな!」


 電信柱のような尻尾が唸りを上げ壁を直撃。


 高張力鋼のリビングの壁が高い音を立てた。


「すいません、この牛どこにもっていけばいいですか?」


 牧場から来た配達の人が、言った。ホルスタインを引っ張っている。


「あ、すいません! そこの牛はこっちです!」


 俺は配達の人に言った。体重800キロのホルスタイン。

 乳が出なくなった老牛だ。値段が安いので最近はもっぱらこれが食事の中心となっている。


「あ~、こっちっすか! こら、アカ! 言うこときけ! こっち来い!」


 これから食われるという自分の運命を知っているのか、引っ張られていくのを抵抗する。

 なんか、ホルスタインが悲しい目でこっちを見つめている。

 だが、そんなことで挫けるわけにはいかない。

 これを食わせないと、俺が食われる。


「モォォォ~」


 心の底にしみいる悲しい声でホルスタインが啼いた。

 うちの家は毎日ドナドナ状態だった。 


 ようやくリビングに牛をつなげる。


 ホルスタインが最後の力を振り絞って抵抗している。


「ほら、晩ごはん準備できたぞ。テレビ消して、食事の時はテレビは見ないのが決まりだぞ」


 妹はテレビを見ていた。俺はしっかり妹に注意する。

 そのあたりは、今は亡き父親の教えが俺に染み込んでいた。

 

 父親は、妹が7歳の時に死んだ。

 妹が、獲物と間違えて食べてしまった。それで死んだ。

 3年前のことだ。

 妹の食事中に、あまり周囲を動き回ってはいけない。

 獲物と間違えて食われる。


 母親は、妹を生んだときに死んだ。

 難産だったから。


「こら! 尻尾でリモコン押すな! 行儀悪いんだよ!」


「うるさいわね! お兄ちゃんは、だから彼女できないのよ」


「大きなお世話だ!」


「ねえ、友達紹介してあげようか?」


「小学生を紹介されても、俺が困る」

 

 俺は犯罪者になりたくないし。ロリコンでもない。

 まったく口ばかり達者になりやがって……


「ああ! もう、お兄ちゃん、今日もホルスタインなのぉ! プンスカ!」


 巨大な目玉がホルスタインを見つめている。

 ホルスタインは完全に観念したのか、おとなしくなっていた。


「オマエだって、結構おいしいっていってたろ? ホルスタイン」


「なんか、最近、乳臭くって、あんまり好きじゃない」


「おま! 最近じゃ生の牛を食わせる店なんてそんなにないんだぞ! 生レバーだぞ」


「なんか、あきたー」


 小さな前足をパタパタさせながら、妹が言った。

 妹は新鮮な生餌しか食べないので大変なのだ。

 昔はチラノサウルスは死肉食いだという説が主流だったが、妹をみているとそれが嘘だと分かる。


 そう、俺の妹はチラノサウルスだ。

 生粋のチラノサウルスなのだ。

 母親が卵を産んだときは驚いた。

 医者の言うには、先祖がえりというよくある現象らしい。

 人間は子宮ないで進化をもう一度繰り返すらしいので、なんかの理由でチラノサウルスで生まれることもあるということだ。

 

 俺の父親が「なんで! トリケラトプスの方がかっこいいのに!」と医者に抗議していた記憶がある。


 しかし、それどころではなくなった。

 難産で、母親が死んだ。


 そして、トリケラトプスのファンだった父も3年前に食われて死んだ。

 恐竜に対する価値観の違いで、娘とはあまり上手くやっていけてなかった気がする。

 まあ、俺は特に好みが無かったので、問題ない。


「あ! ちょっとまて! スマホだ! スマホをセットする!」


 俺はスマホを忘れていたのに気付いた。


「えええ!! また食事のとこ動画、取るのぉ! エロいんだけどぉ!」


「バカ、いいだろ? オマエの成長記録だ! 天国の母さんと、父さんに知らせなきゃな」


「もう、お兄ちゃんたら、早くしてよね!」


 小さな前足をパタパタさせつつ、妹が言った。

 

「グモォォォ!!」

 前足の一撃が、ホルスタインに直撃した。

 体に対して前足が小さいというだけで、妹の前足は、他の生物にとっては十分凶器だった。

 ちなみに前足には、500キロ以上の物体を軽々と持ち上げるパワーがある。


 ホルスタインの胴体が鋭く切り裂かれ、血飛沫があがった。


「ああ、もったいない!」


 巨大な口を開けて妹がホルスタインを背中から咥えこんだ。

 そのままブンブンと振り回す。


「グモォォォォ~」


 ホルスタイン断末魔の叫びがリビングに木霊した。


「ああ! もう、スマホで撮るまで待てと言ってるのに!」


 俺は慌てて、スマホで撮影を開始する。

 この動画が貴重な収入源なのだ。

 動画に埋め込んだ広告収入が我が家の収入の全てだった。


 国の研究機関が、妹を引き引き取るといってきたが、俺は拒否した。

 今となっては、たった一人の俺の肉親なのだ。

 妹を売ることなど俺にはできなかった。


 ガリガリ、グチャグチャと咀嚼音が響く。

 豪快な食事風景は人気コンテンツである。


「うーん、やっぱ、ホルスタインばかりというのも、あれか……」

 

 巨大な口の中には、出刃包丁のような牙がならんでいる。

 ホルスタインの血で真っ赤に染まっている。


「ごちそうさまぁ」


 800キロのホルスタインを食べ終わった妹はごろんとソファーの上に横になった。

 特注ソファーである。

 長さ10メートル。

 体重7トンを超える妹が乗っても壊れない。


 だが、この態度は兄として黙っていられなかった。


「こら! 食ってすぐ寝るな! 牛になるんだよ! 牛に!」


「えー! そんなのなるわけないじゃーん。お兄ちゃんのバーカ!チラノサウルスが牛になるわけないのよ!」


 小学生のくせに生意気な妹だった。屁理屈こきやがって!

 

 しかしだ――


 このまま、毎日牧場から牛を届けてもらうのも面倒だし、なんか別の食材もありかな……


「こら! リモコンを尻尾でやるなと何度言ったら……」


 ソファーに寝っころがったまま、尻尾の先でリモコンを操作して、テレビを見る妹。


「だって起きるのめんどうなんだもーん」


「女の子なんだからさ、少しはちゃんとしようぜ」


 俺はぼやきながら、巨大なリモコンを抱えてテーブルの上にもってくる。

 尻尾が届かないようにだ。

 重いなこれ。


「なあ、オマエはなにか食べたいものあるのか?」


「うーんとね! じゃあ、お寿司! お寿司食べたい!」


「寿司か……」


 妹のサイズからみると、一にぎりがの寿司がミカン箱くらいの大きさでいいか?

 ご飯をいっぱい炊いて、ネタは、デカイ魚あたりなら大丈夫か。

 ピラルクとか、ジンベイザメとか……


「よし! 寿司屋当ってみるか!」


「本当! お兄ちゃん! お寿司楽しみ!」

 

 ソファーの上で飛び跳ねる7トンの巨体。

 さすがにスプリングが軋む音が聞こえる。

 なんでも、戦車のサスペンションを応用しているというので大丈夫だと思うが。


 チラノサウルスが食べればいい宣伝になる。


 さて、どこの寿司屋がいいのか?

 

 俺は、スマホで巨大魚を扱ってくれる寿司屋を検索するのであった。


 しかし、この食事は大きな問題があったのだ。

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