第7話

 その後アケミから魔方陣のバリエーションを聞き出そうとしたが、アケミが自分から提案する魔方陣はどれも微妙であり、こちらからこんなのは無いかと提案しないと拉致があかないのが現状でありとても疲れる。


 そもそも「濡れた洋服を乾かす魔方陣」を猪狩りにどう流用しようと言うのか?


 イライラする心を抑えつつプラスチックゴミを焼却処分する為に共用竃へと向かうと、いつも通りお隣さんの鋳物の鍋が火にかけられている。


 キョロキョロと辺りを見回して、燃え盛る竃の中にペットボトルや発泡スチロールなどをバンバン突っ込んで行くと、どす黒い煙がもうもうと沸き立ってお隣さんの鍋がみるみる真っ黒に煤けて行く。


「おうおう悪ぃな! 毎度使っちまってよう」


 背後からバタバタと忙しない足音を響かせて隣人のおっさんがやって来る。


 これ見よがしに鍋の中身を覗かなくてもテメェの作った残飯鍋なんざ盗まねぇよ!


「ははっ! 俺ぁどうも凝り性でよう。煮込み料理は時間をかけないとダメなんだよ」


 共用竃でじっくりコトコトやってんじゃねーよ!


「いえいえ、ちょっとお茶でも飲もうかと思ってたんで、まだまだ時間はかかりそうですね」


「あと二時間もあれば終わるからよそれまで勘弁な」


 ダイオキシン鍋を一生食ってろ。


「ああ、はいわかりました。ではこれで失礼しますね」


 イライラしながら自分の部屋に戻って来るとアケミが俺のベッドで、ぐっすりと眠り込んでいる。

 部屋を出る時に「寝つきはいいけど、寝起きは悪いの。多少乱暴な事をされても気付かないと思うわ」とか死ぬほどウザい事を言ってたのはこのネタ振りか?


 しょうがないので下着姿で頰を赤らめながら寝るアケミの後頭部から背中にかけてスルリと手を差し込むと「うふぅん」とか言っている。

 剥き出しの太腿の下に開いた手を差し込むとピクピクと小刻みに太腿が震えている。


 そっと抱き上げてベッドの下に露出の激しいアケミの肢体を置いてやり、優しく足の裏で奥の方へと押し込んで素早く空いたベッドにねっ転がりランプを消した。


「ちょっとおおおおお! どう言うプレイかと思ったら!」


 煩い奴だ。


「このお年頃の乙女の身体を思春期男子のエロネタ扱いするってのはどう言う事よ!」


「妙に詳しいなお前」


「紋章士の独身寮で寮長を務めた事もあるのよ! エリートだから!」


「寮長の経験があるなら夜中に騒ぐなよ迷惑な奴だな」


「お、覚えておきなさいよ!」


 大人しくベッドの下に潜り込む気配がしたので俺もゆっくり寝る事にした。



 早朝寝苦しさで目が醒める。


 部屋の中は窓が無いので真っ暗ではあるが、壁の隙間からこぼれる太陽の光で今は夜が明けていて外は明るい事が解る。


 ランプを置いてある定位置に手を伸ばして、ランプ本体の裏に隠してある百円ライターで火を灯すと、俺の身体の上にアケミが覆いかぶさって足を絡めているのが見てとれた。


「チッ」


 思わず舌打ちが出てしまうが心を落ち着けてベッドから這い出ると、ヤカンに残った水で雑巾を湿らせてそっとアケミの顔にかけておく。


 アケミの住む場所を本格的に探さないとそのうち殴ってしまいそうだ。


 外に出て共用竃の前で大きく伸びをすると軽く目眩がした。


「疲れてるのかな?」


 軽く身体をほぐし、井戸の水を汲み上げて顔を洗うと人馴れした小鳥が竃の上で遊んでいるのが見える。


 その竃は危険だから近寄らない方が良いぞ。


「ちょっとおおおおお! 死んじゃうわよ! 本気で死んじゃうわよ!」


 朝から煩い奴だ。


「人のベッドに潜り込んで来る奴が悪い。俺はパーソナルスペースが広いんだ。そんな事よりも早いところ金を稼がないとこんな狭い部屋に二人で住むなんて気が狂いそうだ」


「あたしは構わないわよ?」


「俺が構うんだ」


 取り敢えずは昨日色々と考えた猪狩りで行こうと思う。この辺の猪は雑食で畑の作物から道端で遊ぶ子供まで、何でも食べてしまうので常時依頼は張り出されている。なので正式に依頼を受けなくとも討伐後に依頼を受理する事も可能だ。

 変に正式依頼などを受けてしまうと注目されてしまうので、偶然猪が取れてしまった風を装いながら徐々に冒険者へとシフトして行こう。


 そこで猪の討伐方法だが、火を使って猪を狩るのは手っ取り早いかもしれないが、リターンする報酬も激減する。毛皮や肉、内臓などに出来るだけダメージが残らない方法が良いので、焼き殺す斬り殺す殴り殺す系は出来るだけ避けたいところだ。


 残る選択肢としては水系の魔方陣により溺れ殺すのが最もリターンが大きい効率的な狩りだと思う。


 以上の理由で畑の近くにある溜池近辺が猪を狩るにおいて最も適した場所だと考えた。


「溜池に猪を狩りに行くぞ」


「なんか色々間違っている様に聞こえるわね……」


 アパートの戸締りをした後に戸惑うアケミを引き連れて溜池へと向かう。


 猪は雑魚扱いされる事も多いが実際目の当たりにして見るとかなり迫力のある動物である。おそらくは溜池に上手いこと誘い込んだとしても悠々と泳いでしまうに違いない。


 どうやって溺れさせるかがネックとなるので泳いでいる最中に動きを阻害する魔方陣が必要となる。


 最初は氷を考えていたが農業用水を凍らせるてしまうと下手すれば縛り首であるし、肝心の獲物を手中に入れるには氷を削って掘り出さなければいけなくなる。


 却下。


 アケミが提案して来たのは

「毒!」

 却下だ却下。


 なので、水場を有意義に使えてそれほど獲物に傷がつかない狩猟として考えたのが電気。


 水は全く関係ない様に思えるが水は電気伝導体なので濡れてさえいれば電気は通る筈だ。問題はこっちが感電しない為の準備である。


「アケミ、これを履け」


 ネット通販で購入したゴム長靴を取り出してアケミに渡す。


「なにこれ? 靴? なんかの皮で出来ているのかしら?」


「雷を無効化する靴だ」


 ネット通販能力で長靴とは……泣けて来る。


 農業用水の溜池には定期的に掃除をする為のお粗末な小船が一艘用意されているので、勝手に借りて獣達の水飲み場っぽい場所へ向かって漕ぎ出す。


「アケミ、雷の魔方陣は準備しているだろうな?」


「任せてよ、予備も含めて五枚も用意したわ」


 粗末な板にメモ用紙を貼り付けた俺達の命綱がアケミの鞄から取り出される。


 念の為に手漕ぎ船の内側に絶縁シートを大雑把に敷いて、獲物を探すと笹薮が派手に動いている場所を発見する。


 隠れる気もないらしい。


 笹薮の方に向かってボートを漕いで行き現物を確認する。


「で、デカイ……」


「あれは、猪じゃないわきっと……猪を探しましょう」


 しかし、男としてここは引いてはいけない場面だ。


「アケミ」


「う?」


「こっちにおびき寄せろ」


「了解。ってなに言ってんのバカ」


 アケミの突っ込みが思いの外デカイ声だったらしく、猪がこちらに視線を向けて制止している。


 どう見ても仲間になりたそうに見ている眼光ではない。


 足下の地面を前脚でバサリバサリと蹴り慣らし始めた。


「今デカイ声を出したのはコイツです」


「ちょ! 人を売るのが早すぎるわよ!!」


 計算通り再びアケミがデカイ声をあげた途端、猪っぽいデカイ奴が溜池に飛び込んでこちらに向かって泳ぎ出す。


 奴が飛び込んだ水の波紋で手漕ぎ船は木の葉の様に翻弄された。


 水面に浮かぶ奴の視線はまさに殺る気満々で、俺は今狩られる者の気分を嫌と言う程に味わっている。


「アケミ! 魔方陣!」


「魔方陣? 結構得意よ!」


 アケミも絶賛パニック中である。


「違う! 雷の魔方陣だ! 昨日書いた奴!」


「あ、これ、はい」


「五秒で起動させろ!」


 アケミが板に貼り付けた魔方陣に指を当てて呟く。


「五つ数えて動け!」


「奴に投げつけろ!」


 アケミが五秒起動タイマーの入った板を放り投げる。


 猪とは反対側へと……


 ピシャーーーン!


「うわ!」


「きゃ!」


 ヘタレアケミの投げた魔方陣は意外と近い所にあったようで、雷が至近距離に落ちた。


「アホー! すごいアホー! 何やってんだ!」


「だって! だって!」


 ヤバイ! 猪が迫っているのにこんな事をやっている場合じゃない!


 慌てて水面に浮かぶ捕食者を探す。


「いた!」


 猪は水面にポカンとした顔を浮かべて後悔の滲む怯えた視線を彷徨わせていた。


「アケミ、魔方陣を貸せ」


 アケミのガタガタ震える手から魔方陣を受け取ると間違えないよう慎重に起動コードを唱える。


「五つ数えて動け」


 薄い板に貼り付けた魔方陣は手裏剣の様にクルクル回りながら猪の首元に着水した。


 ピシャーーーン!


 敵を射殺す闇の様に黒い瞳はぐるりと回って完全無抵抗の白目になっている。


「良し!」


 慌てて手漕ぎ船を寄せて、猪が沈まないうちに上顎にロープを巻き付ける。


 猪の口の端からはブクブク泡が出ていて、今にも息を吹き返しそうだ。


 かなり恐ろしいので、毛皮としては価値の無い下顎の下から喉に向けて深くナイフを差し込んで太い血管を探ると、運良く当たったのか切り口から大量の血が噴き出して来た。


 肺の中に空気が残っているのか浮力があるうちに、浅瀬へと手漕ぎ船を向かわせるとアケミが俺の袖を引いた。


「ねえ、あれ、あれも死んでる?」


 アケミの指差す水面には滑りの強そうな丸太がプカリと浮かんでいた。


「なんだあれ? 丸太か?」


「魚でしょ?」


 取り敢えず猪を浅瀬まで引きずって、再度浮かんでいる巨大な魚らしき物に近づいてみると頭の大きさが一抱えもあるウナギであった。


 下顎にナイフで穴を開けてロープを通し、背中からナイフを差し込み頸椎を断ち切る。


 ここまでしておけば万が一目を覚ましたとしても死ぬ程の大暴れはしないだろう。

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