6 tavzay(売女)

 vis cuches sxuulzo.


 その瞬間、魔術師が驚愕したような顔をした。

 正直にいって、文法的には、特にcuchesはかなり怪しいが「私は知識を話す」という大意は、伝わったらしい。

 だが、魔術は慌てたように言った。


 cuchete sxuulzo sel cu?


 舌打ちしたくなった。

 今度は、cucheteにselというまた新しい単語の登場だ。

 さすがにモルグズも混乱してきた。

 当たり前の話だが、まったく未知の言語をそうそう都合よく理解できるわけではない、ということである。

 ジグソーパズル感覚でやってみても、肝心なピースがあまりもたりない。

 このままでは、疲れるだけだ。

 さすがに向うも同じことに気づいたらしい。

 知識を求めるだけあって、単なる馬鹿というわけでもなさそうだ。


 vim marna era aagaros.erv asroyuridres,


 asroyuridresというのが何かは知らないが、これも自己紹介の一種のようだった。

 私の名はアーガロスだ、と言っていたことだけは確実だ。


 varsa lokyiya foy tuz.


 そう言って老魔術師はこちらとヴァルサを見比べるとどこかいやらしい笑みを浮かべた。

 そのまま扉を開けて、部屋から立ち去っていく。

 なんとなく、アーガロスがなにを考えているか、わかってしまった。

 自分よりも、ヴァルサのほうに心を許していると彼なりに悟ったようだ。

 だが、ヴァルサの目にはかすかな涙が浮かんでいた。

 なにか屈辱的なことを言われたのだろう。


 va,,,va erav ned,,,tavzay!


 泣き叫ぶようにヴァルサが言った。

 やはり、tavzayという言葉が彼女を傷つけているようだ。


 varsa,


 モルグズは言った。


 sxuulo.to era ned tavzay.


 文法的には、たぶんめちゃくちゃだろう。

 知識。あなたはtavzayではない。

 そう言ったつもりだが、どうもersやeraの活用の仕方がいまいち、よく自分でもわかっていない。

 それでも、たとえ拙くとも、言葉が伝わることは、あるらしい。

 しばらくの間、小刻みに体を震わせていたが、やがてヴァルサは泣きじゃくり始めた。

 たぶん、彼女はいままであまり幸福ではなかったのだろう。

 ここは、地球の現代日本ではない。

 だから、おそらく常識も違う。

 あるいはこのヴァルサという少女は、いままで何度もあの老魔術師の慰み者になっていたのかもしれなかった。

 女性に対する罵倒語といえば、だいたい相場は決まっている。

 売女。

 まあ、そんなところだろう。

 ただ、ここが前近代的な社会であれば、十代前半の少女が当たり前のように性の対象になることは、十分にありうる。

 しばらく泣き続けていたヴァルサが、ようやく落ち着きを取り戻した。


 etiva yurfazo tel.


 特に彼女はyurfaという単語を強調しているように思えた。


 va cuchava yurfazo.


 ヴァルサは一語、一語を噛みしめるように発音した。

 cuchavaはcuch-を活用した、話す、言うに相当する動詞だろう。

 yurfazoは、yurfaと「を」にあたるzoに分けるべきかもしれない。


 yurfa?


 モルグズは尋ねるように言った。


 yurfa.


 少女がうなずく。

 言葉、話す。

 そのような意味を持つことだけは確かだ。

 緑の目は怖いほどに真剣だった。

 これは、ただ言葉を教える、という決意だけとは思えない。

 言葉は確かに重要な意味を持つ。

 だが、この瞬間、モルグズは少女の目に宿る力のあまりの強さに、悟ったのだった。

 アーガロスに対して、ほとんど殺意に近い感情を彼女は抱いている。

 ヴァルサはかつてモルグズが属していた種族、すなわちホモ・サピエンスではない。

 異世界でまったく別に進化した、あるいは神かなにかに創造された異種族である。

 それでも、その思考や感情の動きはホモ・サピエンスに怖いほどに似通っているようだ。


 etiva yurfazo tel.ta,,,


 まだ、モルグズは狭い、地下室しかこの世界のことを知らない。

 それでも外の世界は、多分、かつて彼が知っていた平和な世界ではない気がする。

 もっと、峻厳苛烈な世界が自分を待ち受けているだろう。

 それなのに、なぜか背筋にぞくぞくするような興奮が走った。

 血や暴力が日常的な、死と隣合わせの世界。

 たぶん、外は「そういう場所」だ。

 かつて地球に、日本にいたときは、おそらく自分は退屈していたのだ。

 きっと元の世界では、自分は異端の、はぐれものだったのだろう。

 だが、この世界は違う。

 ここは俺向きの世界のはずだ、とモルグズは心の高鳴りを感じていた。

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