Case8 数が変わる階段

 そうして一つ目の調査を順調にこなし、次に俺達が実地検分にあたったのが〝数が変る階段〟である。


 お題の通り、数える度に段数が変るという摩訶不思議な階段なのであるが、こいつには思いの他苦労させられることとなった。


 というのも、その階段が校舎内のどこのどの階段なのか、定かなことはわかっていなかったからである。


「――ハァ……ハァ……ねえ、まだ調べるの? ……もう俺……足パンパンだよ……」


 階段を登る乙波の短いスカートの裾を見上げながら、俺は息も絶え絶えにそう情けない声を上げる。


 裾のラインと紺のハイソックスに挟まれた色白の〝絶対領域〟と、見えそで見えないそのスカートの中身も実に気になるところではあっだが、そんな逃れ難い煩悩も忘れてしまうくらい俺の心身は憔悴しきっている。


 なにせ、ここに到るまで学校中の階段を隈なく登ったり下りたりさせられたのだから無理もないというものだ。


「もう。だらしないなあ……あと少しで全部見終わるはずだから、もう少しがんばりなよお」


 一方、踊り場で立ち止まり、眉根を寄せて俺を見下ろす乙波はまだまだ元気な様子である。常日頃から無駄にトンデモな調査で駆けづり回ってるだけはあって、華奢な体型の割にはけっこう体力あるらしい……。


「んなこと言ったって……ハァ……ハァ……こんなに階段上り下りしたの初めてだよ……これじゃ、もう登山してるのと変わりな…おわっ!」


 乳酸の溜まった重たい足をなんとか引き上げつつ、そう乙波にまた泣きごとを漏らそうとした時のことだった。しっかり上げたつもりだったのだが、やはり疲れているせいか前に出した足が一段目の縁にひっかかり、俺は思いっ切りコケてしまったのである。


「大丈夫!? 上敷くん!」


 派手に突っ伏した俺の姿に、乙波も慌てて階段を駆け下りて来る。


「痛っっ……ああ、そこら中ぶつけたけど、とりあえず怪我はしてないみたい……ん?」


 俺は痛む部分をあちこち擦りながら、どこか大事がないか素早く確認してみる……すると、自分の身体ではないが、大丈夫じゃなくなっている箇所が一ヶ所あることに気付いた。


「ああっ! ヤベっ……階段壊しちゃったよ!」


 なんと、今、俺が足を引っ掛けた階段の一段目がコケた衝撃でずれ、二段目との間に隙間ができてしまっていたのである。


「んしょ……あ、ほんとだ! この段だけ床から剥がれちゃってるよ?」


 俺の声に乙波もその段に手を伸ばして試しに動かそうとしてみると、その一段目のブロックが簡単に持ち上がってしまう。


「うわあ、どうしよう……戻しとけば誤魔化せるかな?」


 ……ん? いや、待てよ……こんなコンクリの塊、なぜ乙波に持ち上げることができるんだ? いくら体力あるからって女の子の力じゃさすがに……それに、足を引っ掛けたくらいで壊れるだなんて……。


 今度こそ校舎の設備を破壊してしまったかと焦る俺だったが、そんな疑問に捉われるとともに、ふと、ある可能性に思い至る……即ち、この階段も先程のベートーベンと同じなのではないかという可能性に……。


「ごめん。ちょっとそれ貸してみて……」


 そこで、俺は乙波の持ち上げていたその一段目を彼女に代って手にしてみる。


「やっぱり思ったよりも軽い……なんでできてるんだろ? この重さからして中は空洞みたいだな?」


 予想通り、それは軽いとまでは言えないものの、到底、コンクリが詰まってるとは思えないような、女の子でも簡単に持ち上げられるくらいの重さだった。


 鉄などの重たい金属でもない。アルミとか、ステンレスとか、そういった頑丈だが比較的軽いもので側だけを作り、その表面に他の段同様、リノリウムを貼り付けて偽装したものらしい。


「なんなのこの階段? どうして取れるようになってるの?」


「他の段も取れるかどうか調べてみよう」


 訝しげに小首を傾げて呟く乙波に、俺は取れた一段目を床に置くと、彼女を促して一緒に階段を調べ始める。


 すると、そのような仕掛けになっていたのは一段目だけでなく、二段目、三段目、さらに四段目までをそうして簡単に取り外すことができた。とはいえ、当然、階段なので段が進むにつれてその高さも増し、ハリボテといえども三段目、四段目になると比例して重さもそれ相応のものとなって、それなりの苦労を強いられたのであるが……。


「また扉だ……」


 ともかくも、そうして四段を取り除くと、その下の床にはまたしても隠された扉があった。いや、床にあるので蓋というべきか? 一辺1mほどの正方形をしており、開ければ人も潜り込めそうだ。


「これも鍵がかかってるな……」


 ただし、この蓋にもやはり鍵穴があり、くるっと180°回転させて出す金属製の取っ手を一応、引っ張ってはみたものの、こちらも鍵がなければ開きそうにない。


「今度も怪しすぎる扉だね……」


 その隠されていた床の蓋に乙波は腕を組んで眉根をひそめているが、先程同様、俺にはこれの正体ももうすっかりわかってしまっている。


「いや、これもさっきのベートーベンと同じさ。こいつも管理用の扉なんだよ。電気系統とか、水道関係とかのね」


 さっきの肖像画の裏の扉もそうだったが、おそらくはそういうことなのだろう……建物において電線やら水道管やらといったものの関係は、邪魔にならないよう壁の中や床下なんかに埋め込まれているものなので、それを維持管理するための〝扉〟がどうしても必要となるのだ。


「で、こうしてこの扉を使う際には一段目~四段目を取り去って、まさしく段数が変ることになるから〝数が変る階段〟なんだよ。やっぱりベートーベン同様、これも洒落の利いたジョークだったってわけさ」


 にしても、今度もこのオチ……もしかして、この高校の怪談は落研(・・)のやつらの創作だったりするのか?


「ええ~そうかなあ……あのベートーベンもそうだったけど、それなら、なんでこんな厳重に隠す必要があるの? それに管理用の扉が必要だからって、何もわざわざ階段の下に作らなくたっていいんじゃない? ぜったい怪しいよ!」


「怪しくなんかないって。配管の関係かなんかで、きっとそこしか作る場所がなかつたんだろ? でもって、そういった扉は普段、人目につかないようにしておくもんなのさ。美観を損ねたり、あと誰かが悪戯したりなんかしないようにね。学校となれば、他にもまして悪戯しそうなアホウがいっぱいいるからなおさらだよ。さ、もう日も暮れたことだし、今日はもうこの辺でお開きにしよう」


 それでも、なおも怪しむ乙波に懇切丁寧もう一度説明してやると、すっかり暗くなった窓の外の景色を眺めて、本日の調査を切り上げるよう彼女に進言する。


「……あれ、そういえば、ここってどこら辺の階段だっけ?」


 だが、そこでふと、俺は今、自分が校舎のどの辺りにいるのかわからなくなっていることに今更ながら気付いた。ぐるぐる延々と階段を上り下りしている内に、方向感覚がなくなってしまっていたのである。


「ん? ここは管理棟一階の階段だよ。ほら、そっちに行けば、すぐ職員室が見えるでしょ?」


 俺の呟きを拾い、不意に難しい顔からいつもの笑顔に戻ると、乙波が何も気にしていない様子でほのぼのとそう答える。


「ええっ!? 職員室ぅ~っ!」


 マズイ! こんな階段を無断で分解しているところを教師に見られたら、それこそ速攻、そのまま職員室に連れ込まれてお説教を食らってしまう……早くこいつを元に戻さねば!


「なんで職員室近いって教えてくれなかったのさ! 急がないと誰か先生来ちゃうよ! ほら、早くそっち持って!」


「ええ~! だって上敷くん、そんなこと訊かなかったじゃん……」


 ぶつくさ言う乙波の尻を叩いて彼女を急かすと、俺は下から四段分そっくりなくなっている奇妙な階段の復旧作業に慌てて取りかかった――。

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