Case7 動くベートーベン(1)

「――とまあ、以上がわたしの集めたこの高校の怪談だよ。いい? ちゃんとわかった?」


 放課後、西窓から射すオレンジの夕陽と色濃い影のコントラストに染められた教室の中で、黒板の前に立つ乙波が教師の如く俺に確認する。


「ああ、なんとなくは……」


 他の生徒達は皆、もうすでに部活へ行くか下校するかしてしまったので、教室内には乙波と俺の二人しかいない……もし他に誰かいたら「一体何をしているのか?」とずいぶん怪しまれたことだろう。


 俺達がオカルト研究会でも立ちあげて、この教室を部室代わりに活動し始めたのかと思われたかもしれない。


 黒板を見れば、彼女が横書きに箇条書きした怪談のお題が五つほど記されている……本日最後の授業が終わった後も約束通りずっと教室に残って待っていると、そんな俺のもとへ乙波がやって来て、おもむろに襟野五十一高校の怪談についてのレクチャーを始めたのだった。


「えっと……〝動くベートーベン〟に〝数が変る階段〟、〝引きづり込まれるプール〟、〝兵隊の歩く廊下〟、それと〝異次元に通じる校長室の鏡〟だな」


 俺は黒板に書かれた乙波の女の子らしいまる文字を目でなぞりながら、そのいかにもな題名を上から順に読み上げてみせる。誰に頼まれたわけでもないのだが、新聞部並みの粘り強さで取材に精を出し、乙波が集めてきた学校の怪談がこの五つだ。


「まあ、そんなところだね。もっとよく調べてみれば他にもまだあるんだろうけど、今日聞けた範囲ではこんなところだったよ」


 乙波も背後を振り返って黒板を眺めると、そこに羅列された怪談のお題にそう補足説明を付け加えた。


 題名を見ただけで、それがどういった内容のものであるかは大体想像がつくかと思われるが、そのほとんどがどこの学校にでも一つや二つありそうな、ごくごくスタンダードなお決まりのものだ。


 ただ、「トイレの花子さん」とか、もっとメジャーなものがなかったのは少々意外ではあるものの、まあ、このありふれたラインナップからすると、どうせ誰かがおもしろがって後から語り始めた、ただの作り話に過ぎないのだろう。


「で、上敷くんはどこから見に行きたい?」


 シラけた目で黒板を見つめている俺に、対する乙波は目をキラキラと輝かせて愉しそうに尋ねてくる。


「いや、どこと言われても……別に今書いてある順番通りでいいんじゃない?」


「うーん…ま、それが妥当なところか……じゃ、上敷くんのたっての希望通り、今日から順々に調べてくことにするね」


 いや、俺はただ適当に答えただけであって、別に希望したわけじゃないんだが……というか、もし希望を出していいのなら、調査は取りやめにして家に帰してほしい……。


「よーし! それじゃ、エリ高の怪談調査にしゅっぱーつ!」


「おー……」


 まるでレジスタンスを指揮するリーダーの如く、教壇で意気揚々と拳を突き上げる乙波に続き、俺も気だるい鬨の声とともに腕を天に向かって力なく伸ばす。


 こうして、不毛極まりなくも先週の市内都市伝説週間に引き続き、乙波feat.フィーチャリング俺のトンデモな学校の怪談週間が始まったのだった……。

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