1章 平和は唐突に崩壊する

karma1 夏の訪れ

 周りはどこもかしこも熱の層が流れていた。

 今にも溶けてしまいそうな顔が、街のいたるところで叫びたがっている。


 快適な環境にいられるのは、暑さの元凶から逃れられる屋内だけ。高性能な空調管理機械を各建物に設置していなければ、この暑さをやり過ごすことは厳しい。

 法師も心頭滅却しんとうめっきゃくなんちゃらかんちゃらと口が回らないはずだ。文明の利器がなければ、人々はまともに健康を保てないこのご時世。健やかな生命を育んでいる人類とは違い、花たちは炎天下の庭先にいる。

 家事を一段落させた氷見野優ひみのゆうは、大きな窓を開け、花の飾りをつけたサンダルを履いて小さな庭に下りた。


 ホースの口につけられたシャワーヘッドを持ったまま、きゅっきゅと音を鳴らす蛇口をひねっていく。蛇口のハンドルからも水が染み出てくる。手を軽く払って冷たい水を落とす。


 花の下にシャワーヘッドの先を向け、トリガーを軽く引いた。

 いくつもの細い水が光を反射して放物線を描く。鮮やかに咲いている向日葵は、驚異的な熱を放射する太陽に負けないようにと、にらめっこをし続けている。こんな息詰まる気候にもかかわらず、綺麗に咲き誇る花たちを見ることが、氷見野の安らぎであり、元気を貰える象徴だった。


 氷見野は水やりを終えて部屋に戻る。ものの3分くらいしかいなかったのに汗まみれ。カウチソファの背にかけていたタオルで汗を拭う。まださっき吸った汗が残っていて、濡れた生地が肌に触れる。


 ソファに座り、安堵の息をつく。水滴に覆われたペットボトルをテーブルから取って蓋を開ける。ぬるくなってしまった水を口に入れ、蓋を閉めた。まだ喉の奥が乾いているが、潤うまで飲み続けていたら逆に体調を壊しそうで、控えるのを心掛けている。


 夫がいつも帰ってくる時間を想定すると、夕飯の準備まで2時間くらいあった。くつろげる時間はまだある。またいつでも飲めるからと、水のペットボトルをいつもの習慣でテーブルに置いた。


 つけっぱなしになっていたテレビは、またあの話題を伝えている。爽やかな印象の男性キャスターが、最近起こったに関する死傷事件を説明していた。


 名前はブリーチャー。地球外生命体と言われている。



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