ぴなどれ

ぴなどれ(1)

 はい、次の世界に到着だよー。

 都市部では至る所に工場が建てられ、真っ黒い煙を垂れ流して空を灰色に染め上げる。街から外れると凍てつくような荒野と一度入ったら二度と出られない鬱蒼と茂る森林があって、都市部は石畳で舗装されているけれど田舎は土塊。交通手段は徒歩か馬車。当然あちこちには馬糞が散乱しているよ。工場の臭気も相成って凄く臭いの。

 電気化は始ったばかりで当然PCはおろかラジオさえなくて、川は工場排水の垂れ流しでどろりと黒く濁ってる。

 家々は連立したアパートと豪奢なお屋敷の二極化。

 地方だと地主と農奴。都市部は資本家と労働者。

 いわゆる、太陽の沈まない時代。ただ、イギリスじゃないけどね。貴族制度ないし。私たちが住んでた地球とは別の地球。ついでいうとさっきまでいた所も別の地球だけどね。日本だけど。まあ、別にこの世界には魔法も超能力もないからあまり気にしなくていいかな。

 この国の特徴としては、十六歳で成人ってとこくらいかな。進学率もかなり低くて、多くの労働者階級は十三歳……人によっては十歳くらいから働き出しちゃう。十代いっぱいまで学生をやれるのは一部の特権階級のみ。これだけは重要なの。

 ん? どうしたの?

 あはは、急に世界が変わって驚いた? ごめんね、でも魂のスキップは時間や空間を無視しちゃうからどうにもならないの。

 そしてここは都市部の郊外。すぐ近くにはさっき言った森があって、夜になると夜行性の動物たちがぎゃあぎゃあとうるさいね。

 場所はロータスルート財団っていうこの国でも有数の大財閥の総帥一家のお屋敷。お兄ちゃんは財団の一人息子、リーク・オウヴァージン・ロータスルート。十六歳。そして私の魂の一部が宿っているのが、ペア・ロークァット。メイドさんだよ。十七歳。あはは、今回は私、お姉ちゃんだね。妹なのにお姉ちゃん。なんかこそばゆい感じ。

 あとは――まあ、もうわかるよね。

「ちょっと何よ、あんたその態度は。十六歳になって元服もしたってのに、まだそんな子供みたいな態度取ってるの?」

 ここはお兄ちゃんの自室。そしてたった今やたらキッツい言葉を投げかけたのがペアだよ。興奮からか茶色がかったショートヘアがさらさらと揺れている。

 えと、そうだねお兄ちゃん。ちょっと彼女に反発して。リークは結構激情家でわがままで、自分の非を認めないタイプだったから、ペアの言葉に素直に、はい、ごめんなさい。と謝れるような人間じゃなかったから、そのまま素のお兄ちゃんを出すと怪しまれちゃう。

「メイドのくせに生意気ですって? なーに言ってるのよ坊ちゃま。私はね、坊ちゃまの教育係なのよ。あんたの手足じゃないの。だから諫言は許されている権利なのよ。文句があるなら旦那様に言えば?」

 そうそう、いい感じだよ。ペアは何の疑問も抱かずにいつものケンカに付き合ってくれた。

 そう、いつもの。毎日にようにやってる、他愛ないやりとり。

「いいえ、諫言よ。罵倒じゃないわ。だってそうでしょうが。私はね、坊ちゃまのためを思って言ってるのよ。こう言っちゃ何だけど、私はサボろうと思えばいくらでもサボれる立場にあるの。あんたと一緒に遊んでるだけでいいんだもの。でもそれじゃ信頼されて教育係に任命してくださった旦那様に申し訳が立たない。私には恩があるの。孤児で救貧院にいて明日もしれない日々を過ごしていた私を救って下さった恩が」

 年上だからといっても到底雇い主様に叩く口の利き方じゃないよね。でもそれもいつものこと。皆から認められてる。

 なんでかって言うと――

「だから私はあんたには厳しく躾をする。それを無礼とか筋違いもいいところだわ。それとも何? ぺこぺこ頭を下げてお願いしますこうしてくださいって言うわけ? バカじゃないの。どこ世界に平身低頭でお願いする教育係がいんのよ」

 あ、先にペアが答えてくれたね。そう、理由はこれ。

 リークの、じゃなかった。お兄ちゃんのお父さんが認めてくれているからね。それにペアとお兄ちゃんは幼なじみで、しかもペアはお姉ちゃんだからね。どうしても口調はキツくなっちゃう。まあ、ペアの勝ち気な性格のせいでもあるんだけどさ。彼女、向上心強いし。

「もう、この話は終わり! いいからちゃっちゃと勉強なさい。サボっちゃダメよ。私は旦那様のお慈悲で高等女学院まで通わせて頂いてるんだからね。勉強をごまかしてるのなんかすぐわかるんだから!」

 ペアはぱんぱんと手を鳴らしてお兄ちゃんを半ば無理矢理机に座らせたよ。マホガニーの机がとっても高級感を醸し出しているね。窓から見える景色は、工場の煙と森の木々。

 いつものやりとり、そしていつもの光景だよ。健気で礼儀正しかった花梨とはまた違う世界。

「あんたはロータスルート財団の将来を担う責務があるの。だから今のうちからしっかり勉強しないとダメなのよ。わかるでしょ?」

 でも、忠誠心がないわけじゃないの。ペアはお兄ちゃんに対して最大限の忠誠を誓っている。自分のご主人様として最高のご奉仕をしているんだよ。

 教育係としてね。もっとも。

「じゃ、私は他の仕事があるから離れるけど、ちゃんと勉強すんのよ」

 流石に他にもメイドさんとしての仕事があるから、いつもお兄ちゃんの傍にってわけじゃないけどね。

 ペアは部屋から出ていって、残るは机にぽつんと寂しく取り残されたお兄ちゃんだけ。

 でも――それじゃダメだよ。

 お兄ちゃん、リークだったらそのまま勉強してた。でも、それじゃダメなの。それじゃペアは報われないの。そして私の魂も。

 なんでかは、ついてきて、こっそりドアを開けて、廊下を覗き込んで。

「ふぅ……坊ちゃま……ごめんね」

 ペアはしゅんと俯き、重いため息をついているでしょう? 

 あれがペアの本当の気持ち。よく聞いてあげてね。

「本当はこんな言い方するつもりじゃないんだけど……私ってどうしてこうなのかな」

 壁によりそって、こつんこつんと踵を地面に当てて、ぼんやりと向かいの窓から真っ黒な煙がもうもうと立ちこめる空を眺めているよ。

 それもこれも、自己嫌悪によって。

 でも、まあ、あまり深く考えないタイプだから。

「お仕事済ませたら坊ちゃまにお茶、煎れてあげようかな」

 そう独りごちで、ぐっと拳を握ると笑みを取り戻し、悠然と廊下を突き進んでいったよ。彼女のこれからの仕事は――お洗濯の手伝いだったかな。洗濯機がないからね。結構大作業なんだよ。お屋敷には沢山の使用人たちも暮らしているし、手が空いている人がやらないと到底終わらないのね。

 昔のお屋敷にはどうしてお手伝いさんが山のようにいたかというと、文明の利器が全然ないからに他ならないもん。

 って、ペアが進んでいく先に立っている中年紳士。あれは……。

「あ、旦那様」

 ペアはぺこりと頭を下げ、すすっと脇に逸れる。お通りくださいってわけだね。

 でも中年紳士こと旦那様。ぶっちゃけお兄ちゃんのお父さんに当たる人は、足を止め、ペアに話しかけてきた。

「リークのことは、しっかりやっているようだな」

「は、はい。仰せの通りに」

 ペアは少々恐縮気味にそう答える。相手が主人であるというものそうだろうし、それとは別にお兄ちゃんに対して辛辣な言葉を吐きまくっている事への後ろめたさもあるんだろうね。

 お父さんはというと、ペアの言葉に満足したように胸を張った、

「結構。しかし……」

 んだけど、何か含みがあるように、そう続けた。

「はい」

 でも、すぐにお父さんは首を振って否定する。

「いや、何でもない。確かリークはこの前十六になったのだな」

「はい、元服を済ませましてございます。しかしそれは旦那様もお立ち会いになったはずですが」

「…………」

「あ、申し訳ございません。出過ぎたことを」

 ペアが慌てて頭を下げる。ついお兄ちゃんとの触れ合いが表に出ちゃったね。いけないよ。相手は旦那様なんだから、礼儀には注意しなきゃ。

 でもまあ、お父さんは特に叱咤する様子もなく、寛大にペアを許した。

「いや、いい。そうか、あいつももう元服か。早いものだな」

「はい。私がこのお屋敷に引き取られ、早十年になります」

 それまでペアは救貧院。今で言う孤児院にいたんだよ。使用人の孤児率って実はかなり高いんだよね。なんせ子供のうちから住み込みで朝から晩まで働ける労働力なんて、両親を持つ家庭から引っこ抜くのは中々難しいからね。

「そうか、十年か。というと、ペア。お前はもう十七なのか」

「はい」

「年頃になったものだ。ついこの間まで少女だったお前がな」

「旦那様のお陰です。高等女学校も卒業させていただきましたし。これからは一日お屋敷でお仕えできると思うと胸が沸き立つ思いです」

 ちなみに高等女学校はこの国だと十二歳から十五歳まで通う私立の施設だね。誰もが通える所じゃなく、最低でも中流階級以上。だからペアが通えたのは偏にお父さんのご恩によるものなんだね。だからこそその言葉に嘘はカケラも感じられなかった。ペアは本気でそう思っているのだ。

 そしてそれはお父さんにも伝わったようで、

「ふっ」

 と小さく笑みを浮かべた。

 でもペアには理解出来なかったようで、不思議そうに首を傾げる。

「旦那様?」

「いや、いい。リークとは随分と仲良くしてやってくれているようだな。礼を言う」

「そんな……ご子息様に対して失礼を重ねてばかりで……」

「それでいい。私も妻も多忙であいつとはあまり多く接してやれん。誰かが躾けをせねばあいつは再現なく堕落する。その点でペア。お前はとてもよくやってくれた」

「旦那様……」

 ペアが惚けたように頬を赤らめる。それは敬意と忠誠によるもので、別にお父さんに恋心を抱いているわけではないから注意してね。

「学校の成績も上々のようだ。ペアのお陰でな」

「もったいないお言葉。恐縮でございます」

 ペアは三度頭を下げた。会釈や謝罪とは角度が違って、だいたい四十五度。

「ならば……いや、いい。お前の将来、悪いようにはしない。ではな」

「あ、はい」

 お父さんはすたすたとペアの脇を通って長い廊下を突き進んでいった。

 その背中を見ながら、ペアはぽつりとこぼした。

「……旦那様? どうなさったんだろ? まあいいわ。お仕事お仕事っと」

 本当いい子だと思う。

「将来悪いようにはしないって言って下さってるし、そろそろ中級使用人に昇格させていただけるのかもしれないし、頑張らなきゃ」

 ペアはそう呟くと、ぱたぱたと一階裏口脇にある脱衣所に向かい、かごいっぱいに衣服を詰め込んだ。

「十年このお屋敷で働いてるんですもの。そろそろ昇格しないとね。昇格すればお給金も上がるし、屋根裏の共同部屋から個室にランクアップするし、楽しみー」

 ああ、勿論使用人にもランクはあるよ。組織だからね。このお屋敷ではオーソドックスに下級、中級、上級の三段階に別れてる。無論待遇も給金も違う。中級以上は十年以上の奉公が規定されているから、ペアはもういつ中級に昇格してもおかしくないの。

「上級使用人になればお付きまで貰えるけど、はは、それはもっと先かな」

 まあ、上級は二十五年以上の奉公が必要なんだけど。

 基本使用人は三年以内の離職率が七割を超えていて、十年勤めるまでに九割が辞めちゃったり他のお屋敷に移ったりしているから、まさに古株だけがなれるの。

 メイドさんって、一生やる仕事じゃないからねえ。男だとフットマンだけど。執事……バトラーは上級ね。


 さて、洗濯も終えてペアはお茶を煎れ、お兄ちゃんの部屋へと戻ってきたよ。

「坊ちゃま、お茶持ってきたわよ。一休みしましょう」

 その声は明るく、そして優しく、どこか福音めいて聞こえた。

 でも、まあ、すぐに変わっちゃうんだよね。

「って、何してるの? もしかしてサボってた?」

 いやー、だってペアの様子盗み見してたわけだし、勉強なんかする暇ないっしょ。

 でも素直にそう言っちゃマズいよね。お兄ちゃん、何とかごまかして。そうだね……勉強が難しくて頭をひねってたとか。

「嘘! ちょっとノート見せてご覧なさい! あー、やっぱり! 全然進んでないじゃない! 何やってるのよあんた!」

 あ、一発でバレました。がちゃんってテーブルにお茶の載せられたトイレを叩きつけて、超怖いよ。ど、どうしよう。お兄ちゃん、何か気の利いた台詞!

「何よ、言い逃れするの? みっともないわね! あんたはもう元服済ませてるのよ、大人なのよ!? もう子供じゃないの。それなのにいつまで経ってもボンボン気分が抜けないんだから!」

 ダメか……。ペアはいい子なんだけど気は強いし、単純だからねえ。よく言えば躍動的で素直ってことなんだろうけど。

 って、ペアがずいっとお兄ちゃんの鼻先に人差し指を突きつけてきたよ。なんてマナーのない子だろう!

「いい、あんたは将来ロータスルート財団の総帥として何万っていう社員とその家族を養う責務を負うのよ!? つまりね、あんたは人の万倍頑張ってようやく一人前なの。その自覚を……って人の話聞きなさいよ!」

 うんうん。言っていることはもっともだよ。でも人に、それも自分が専属でお仕えするご主人様に指を向けるのはよくないよね。言ってあげて。

「な……っ! もう、あんた、私の愛情がわからないの!? こんなにあんたのためを思って言ってあげてるってのに! 口の利き方? あんたこそ口の利き方に気をつけなさいよ! 下品にまくしたてちゃって! それでも上流階級? 上流階級の子息……ううんもうあんたは大人なんだから、もっと紳士な振る舞いをしなさいよ! 子供じゃないのよ!?」

 全然聞いちゃくれない。本当に気の強い子だなー。花梨とは大違い。

 さてどうしようか。お兄ちゃんが何言っても聞く耳持ってなさそうだし。どうもペアは自分の方がお姉ちゃんって意思が強くあるみたいなんだよね。まあ、幼なじみだし、仕方ないことなのかもしれないけれど。

 と、あら。ドアが開かれて二人のメイドさんがぱたぱたと入ってきたよ。

「あらあら、ペアちゃん、その辺にしなきゃダメですよー」

 この人はペーシュ……だったかな。二十代中頃で上級使用人のメイドさん。柔らかそうな物腰と、穏やかな眼差し。長い髪をシニヨンにまとめて、そして毒気を抜かれるような口調から全体的に優しさがにじみ出ているね。上級使用人だからお付きの子もいるよ。まだ十代になったばかりに見える短髪の子供が。格好は同じメイド服なんだけど。

 ペーシュが屋敷の規定に反して上級使用人な理由は……なんだったかなぁ。ごめん、そこら辺は詳しく調べてなかったよ。許して。

 まあ、今はいいや。ペアはというと、ペーシュの丁寧なたしなめを受けて、しゅんと肩を下げちゃったよ。

「ペーシュさん……でも」

「ううん。ペアちゃんの言いたいことはわかるわー。でもお仕えする、いわばご主人様よ? もう少し言葉を選ばなきゃダメよー。丁寧な言葉でも諫言は出来るでしょう?」

「あぅ……」

 ペアは全然逆らえていない。それは彼女が上級使用人だからというのもあるけど、それ以上に優しさの奥からにじみ出てくる威厳に呑み込まれてしまっているからだ。

 それにペーシュの言っていることはどこまでも正論だから、口答えしようにも適切な語彙を紡げない。

 さらにペーシュはペアを叱りつける。

「それに坊ちゃまだって頑張って毎日お勉強したり将来のための人脈作りに励んでるんだから、そういうのはちゃんと評価してあげないと、やる気なくしちゃうわー」

「す、すみません、ペーシュさん……でも、私……何も間違ったことは言ってません!」

 お、強い! 頑張った! さすがペアだ! 相手が上級使用人でも負けてない!

 でも、まあ。

「うんうん。言ってないわねー。でも言い方ってあるでしょう? 貴女は下級使用人。この方が次期ご当主様。礼儀ってあると思うの」

 ペーシュの方が一枚上手だったみたい。

「あぅ……」

 ペアはまたもや俯き、前髪で目元を隠してしまう。

 そんな彼女の肩を、ペーシュはとん、と軽く叩いた。

「それ以上厳しいことを言うには、上級使用人になってからね?」

「上級って……中級でもダメですか?」

「ダメ」

 即答だった。

「あぅ……」

「だってペアちゃんはこのお屋敷にお仕えして十年。もう中級に昇格するじゃない。それじゃ意味ないの。だからここから先は、上級使用人である私が言ってあげますねー」

「え?」

 ペアが顔を上げる。これは私も予想してなかった。なんて言うんだろ。

「坊ちゃま。ダメですよー教育係のペアちゃんに逆らっちゃ。それに坊ちゃまはもう大人。立派な紳士なんですから、怒っちゃダメ。女性を立てて。それにペアちゃんの言うことは何も間違ってないんですよー? お勉強サボったのは坊ちゃんですよね? 全面的に非があるのはどっちだと思いますー?」

 おお、なんという高圧的な物言い。しかも口調や態度はとっても丁寧。それに加えて正論しか言ってない。これはお兄ちゃんに勝つ手段はないよ。素直に謝ろう。

「よろしい。疲れたなら疲れたと素直に言えば、ペアちゃんだって許してくれましたよ。ね? ペアちゃん」

 ペーシュは満足げにペアに振る。

 ペアはどきっとしながらも、すぐに態度を取り戻し、気丈に胸を張った。結構豊満。お腹いっぱいいい物を食べているんだろうね。少なくともコーヒーとベーコンだけの食事じゃなさそうだ。

「え? あ、は、はい。そうよ。疲れたなら一言言ってくれればよかったのよ! それを男らしくなくグチグチと言い訳を」

「ストップ。言い過ぎよ」

 ぴしっとたしなめるペーシュ。

「あ、す、すみませんペーシュさん……」

 ペアはやはりペーシュには勝てず、しゅんとなって頭を下げる。

 さて、空気も戻ったことだし、お兄ちゃん。どうにかして輪をまとめよう。

 と、おろろ。

「ノワ」

 その前にペーシュが自分のお付き――ノワの方を向いて声をかけたよ。

「はい、ペーシュ様」

 ノワは表情一つ買えず、微動だにもせず、小声でそう頷く。

 そんな彼女に、ペーシュは命じた。

「お茶にしましょう。準備なさい。って、ああペアちゃん持ってきてくれてたわね。じゃあ私たちも休みたいから別室に準備を」

「はい、承知しました」

 小さく、本当に小さく頭を下げると、すたすたと部屋から出て行ってしまった。

 なんというか、機械的な子だ。

「さ、二人とも、仲直りしましょうねー」

 ペーシュはそう言ってペアとお兄ちゃんの手を取り、握手を交わさせる。

 でもペアは抵抗しなかった。お兄ちゃんもそのまましたがった方がいいね。

「ペーシュさんに感謝するのね。私もあんたみたいなバカにいつまでも付き合っていられないわ」

 握手しながらもペアは悪態ついてきたけど。

「こら、ペアちゃん」

「は、はい。す、すみません」

 でもペーシュが傍にいるから謝罪するしかできない。

 うーむ、これが力関係というものか。勉強になるね、お兄ちゃん。

「坊ちゃまも一休みしましょうね。お茶を飲んで気持ちを静めましょう」

 まあ断る理由はないよね。お兄ちゃん。素直に頷いて。

「よろしい」

 うん、上級使用人は家人よりも強いんだね。まあ、家を取り仕切っているのは上級使用人だからね、ぶっちゃけ。

 と、ペアが何故かもじもじとしている。

「……あのさ、坊ちゃま」

 何か言いたげ。言わせてみようか。

「あの……その……」

 うんうん。

「え、えと……」

 ほら、早くっ。

「ええい、何でもないわ! 私仕事に戻る!」

 えええええええ!? 何ソレ!? もう、ペア、もっと素直になりなよ! 私の魂入っているんでしょ!? 私めっちゃ素直なのに!

「お仕事の前にお茶しましょうよー」

 あ、ペーシュナイス! でも結局ペアが何を言いたかったのかわからなかったね。

 おや?

「はぁ……私のバカ……どうしてこう、素直になれないのかな……」

 小声。誰にも聞こえないように小さく小さく囁いた懺悔。

 でもごめんねペア。聞こえ、ちゃった。

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