星の橋守り

ぷれでたぁー

第1話:プロローグ 夢と覚醒

 枕元に誰かがいる気配を感じて意識が戻る。


 静かな部屋に、ジェットエンジンの金属音とプロペラの音が重なった独特のターボフロップの音が外からほんの微かに聞こえる、飛行機か。


 目を開けると一人の若い女性が、ベッドに座りながら俺の顔を覗き込む。

 俺は知っている、ここは家じゃない、普通の飛行機でもない、飛行船の中だ。 

ホテルの客室のような部屋。壁一面の大きな窓の外では、紺色の星空には二つの満月が浮かび、その明かりが差し込んでいる。横になっているから見えないが、窓に寄れば下は月明かりに照らされた白い砂漠が、まるで海のように広がっているのが見えることも俺は知っている。


「起きたの?疲れてるんだから寝てなさい」


 月明かりに照らされたその表情は緩み、子供を見守る母親のように優しい。

 二人でいるときはいつもそうだ。

 いつもは違う、普段の表情は彫像の様に硬く、いかにも女戦士と言った雰囲気だ。

 だからたまに漏れる笑みが、みんなも惹かれてしまうのだろう。


 そう、俺はこの女性を知っている。

 金色にも銀色にも見える短い髪、陶器の様に白い肌。

 その瞳は輝くような赤。

 俺は知っている、ルビーの様なこの赤い瞳は日が沈む夜の間だけだ。

 日が昇ると、その瞳は黄金色に変わる。


 細身の身体は、よく見れば意外なほどに筋肉質なのが分かる。

 そして背は俺よりも頭一つ高い。

 詳しい歳は聞いたことはないが100年近く生きているらしい。

 その身体を、ぴったりとした黒い服が包み込んでいる。

 生地は微妙ながら透けるように出来ており、肌がうっすらと見える。

 チャックを鳩尾まで下ろしていて、真っ白い胸元が覗いている。

 その全身には古代の文字や紋章の様な意匠の黒い刺繍があしらわれており

 それが大事な所を器用に隠しているが身体の線が分かるその姿は

 否応なしに見慣れぬ者の注意を奪ってしまうだろう。

 そういう俺も時間がかかった気がする。ぶっちゃけエロい。


 彼女は黒いドレスグローブを外す、その下から覗く袖は白い肌が透けて覗いている。

 真っ白で綺麗な手が、俺の頭を撫で始める。


 俺は知っている、この服は日光を嫌う彼女の為に用意された特別製だ。

 日中は色が透けなくなり陽光を遮断すること、そして日が沈むと色が透ける様になり、

 夜の間に身体が大気から力を吸収するのを邪魔しなくなるのだそうだ。

 別にわざわざこんなデザインにしなくてもいいはずなのだが

 これを作った人物は、「彼女にはもっと色気が必要だ」いうことで

 こういうデザインにして無理やり着せたということだ。その人物の事も知っているが、

 作っている服はあらゆる意味でやりすぎなものが多い。

 自分基準でモノを考えすぎて色気の感覚が麻痺しているのではないかと思う。


「ここに来る前」の「ただの人間であった頃」、彼女はプロのダンサーになりたかったという。

 本人は意識してないそうだが、その所作は、ただ座っているだけでも綺麗だ。

 バレエはおろか舞踊の類など何も知らない俺でもそう思う。

 だから、理由もなく見とれてしまうことがある。

 そしてそんなことを考えてる今も、まどろみながら彼女の顔を見つめているのだ。


「眼を閉じないと寝れないぞ、こら」


 恥ずかしそうに笑っている。瞼を閉じさせようとするかのように顔に手をかざす。

 知っている、いつも彼女は恥ずかしがる。

 彼女自身は面白いからと言って、よくこっちのことをじろじろ見るくせに。

 見つめられると気恥ずかしくなるのは俺も一緒だ。


 そして彼女が時々、寝ている俺を眺めに来ることも知っている。

なら「仕方ない」のだろう。でも何もしない、俺が知ってる限りただ見てるだけなのだ。たまに気付いて起きるが彼女はただ思わせぶりに微笑んでいるだけ。

 こうして俺の頭や肩を撫でて寝かしつけようとする。本人曰く、寝顔を眺めているだけで充分なのだそうだ。一言二言会話もするが寝惚けてるので頭に入らない。

 そして撫でてもらうのが気持ちよくて俺はすぐ寝入ってしまう。変な妄想が頭をもたげることもなくはないが彼女は勘が鋭い。

 一瞬の気迷いを気付かれて彼女を困らせる前に眼を閉じて寝るに限る。


「うん~おやすみ…」

「おやすみなさい、ジン」


 俺は彼女に背を向けるように寝返りを打ち眼を閉じる。


 そういえば何故そんなことを色々俺は知っているのだ?

 いや、どうでもいい。


「…」


 衣擦れの音。微かな息を感じる、彼女の吐息、溜め息か噛み殺した欠伸か。

 息は意思を持ったかのように耳から頭を通り抜ける。

 否応なしに目が開きぞくっとする、身体を回し彼女の方を向こうとした。

 身体が動かない。


 音が消え、全てが暗闇と眠りに包まれる。



 遠くでアラームが鳴っている。

 ああ、夢だったのか、もう起きる時間か。

 身体を起こし目覚まし時計を見る、朝7時。今日は日曜日だ、起きる時間ではない。

 手を伸ばして止めようとする。


 いや、音が違う、そもそもこの目覚まし時計の音じゃない、携帯電話のアラームかと思ったそれは、着信音だった。

 画面には「恵比寿 里香」と名前が表示されている。

 誰だっけこいつ?ああそうだ思い出した、東京に来たばっかりの幼馴染のいっこ下の子だ。向こうじゃよく遊んでたがこっちでも俺の家の近くに部屋借りて住んでいる。


 出るか、寝るか。


 寝よう、きっと間違えて鳴らしているんだ、そう信じ再び枕に頭を預ける。やがて鳴り止む。

 間髪入れず再び鳴り出す、今度は止まらない。駄目だ、ああ逃げられない、起きよう。

 そして俺は電話を取った。


「おはよう、どうした?」

「ちょっと開けて、大事な用だから」


 緊迫した声。何があったんだろう、とりあえず部屋の前にいるのだから開けねば。

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